1 研究会の趣旨
現在、非正規労働者(約1700万人と全労働者の約3分の1を占める)や「ワ-キング・プア」と呼ばれる年収200万円以下の労働者(約1000万人)が急増し、それを主要因とした社会全体の貧困化と不安定化が進んでいる。これらは子どもの貧困化をもたらし、例えば就学援助受給率が約14%とこの10年間で倍増している。そして、残念ながら全国学力・学習状況調査結果でも就学援助受給率が高い学校ほど低学力傾向が強いというように、学力にも大きな影を落としている。
これに対し、子どもの貧困という視点に基づき社会福祉分野からは活発な問題提起がされているが、教育分野(教育社会学は別にして)からの問題提起は残念ながら極めて低調と言わざるを得ない。
こうした状況の中で「貧困・差別と学力問題」研究会は、①部落をはじめ社会的不利な立場に置かれている人々の家庭状況と学力状況、②学力論や学力調査などで同和教育が切り拓いてきた実践の教訓、を明らかにし、そのことを通じて③低学力問題を生徒個人や家庭、学校の努力不足=自己責任のみに矮小する新自由主義的傾向に警鐘を鳴らすと共に、④今後の学校教育における学力保障の基本的な課題を明らかにしていく、ことを目的に取り組みを進めてきた。
2 取り組みの概要
具体的には、以下の内容の報告を受け、活発な意見交換を行ってきた。
3月20日(金)午後2時~5時
桂正孝「子どもの貧困と学力問題―人権教育としての同和教育の視座から」
高田一宏「部落の低学力―近年の調査からみえてくるもの」
5月8日(金)午後6時~9時
長瀬正子「児童養護施設で生活する子どもの家庭背景と学力」
神原文子「ひとり親家庭の子どもの家庭状況と学力」
7月22日(水)午後6時~9時
櫻井千穂「学校における外国人児童生徒支援のあり方-言語指導の側面から-」
濱名猛志「全日制普通科単位制高校における外国人児童生徒支援の取組み」
9月15日(火)午後6時半~8時半
志水宏吉「学力格差と社会的背景」
その概要は、少し長くなるが以下の通りである。
第1回 3月20日
最初に桂正孝(宝塚造形芸術大学)さんより「子どもの貧困と学力問題―人権教育としての同和教育の視座から」について以下のような概要の報告がされた。
最初に、「1 問題状況と社会的背景のとらえ方」として、競争(規制緩和)と自己責任を基調に新自由主義的社会政策を進めてきた日本は、2008年秋以降のアメリカ発世界同時不況以降、一層深刻な経済危機・雇用危機に陥り、ワーキングプアに象徴される広範な家庭の貧困化(=絶対的貧困と相対的貧困)を招いた。教育においても、社会的困難層をはじめ社会全体に大きな影響が出てきている。歴史的に部落解放運動は差別実態を訴えると共に、憲法の社会権の具体化を求め、教科書無償化や給付型奨学金といった教育条件の改善と学力保障、さらには統一応募用紙の実施などの就職差別撤廃や大学進学などの進路保障を一定実現した。まさに立憲主義確立の闘いで様々な成果を上げた貴重な民主主義運動であった。しかし近年の部落では、日本社会全体の経済・雇用の危機と相まって、部落内での階層分化の進行や脱工業化社会に対応しうる学力未達成とその背景にある経済状況や生活文化の問題がある。
次に「Ⅱ 現代の学力問題(学力論・学力形成論)―「解放の学力」論と市民性教育」について述べられた。1960年代後半から70年代に展開された「解放の学力」論は、その歴史的経緯からも「社会権的教育論」(憲法26条)の立場から学力観や教育上の諸問題に対応した。しかし教育界の主流は、1958年の特設道徳や1961年の全国一斉学力テスト反対の論理に象徴されるような自由権的「国民の教育権」論の立場で、内心の自由に対する国家権力の介入の排除という質であった。このため同和教育が重視した人権の教育的価値も、教育行政としては実施すべきものではなく、「教育の私事性」に押しやられた。しかし「解放の学力」論の成果である解放教育読本『にんげん』(大阪)も、「自主編成」ではなく「民主的編成」され子ども達に無償配布され教育されてきた。また1980年代後半以降、大阪をはじめ各地で教育現場・行政・地域が協働して取組んだ学力保障のための学力・生活実態調査とその活用も、「社会権的教育論」の立場からの取組みの1つである。学力論としては、生き方と学び方の統一、人格形成と知識習得の統合をめざしたが、識字の取組みに象徴されるように、構造としては生き方・人格形成(解放の自覚)を基底とした。「解放の学力」論の視点から学習指導要領や検定教科書、指導要録の批判的検討もされたし、学校では生活指導や人権総合学習等では大きな成果を上げた。しかし思想性に強調点が置かれ、理念としての学力論にとどまり気味だったという弱点もあった(池田寛「人権と教育―同和教育の新しい展開」、麻生誠・天野郁夫編著『現代日本の教育課題』放送大学教育振興会、1999年)。
最後に「Ⅲ 当面する研究課題の枠組み―戦後同和教育の総括と検証を踏まえて」として、「現代学力論の理論的再構築」「現代学力の形成を担う学校づくり論の再構築」「キャリア教育・進路保障システムの再構築」「教育コミュニティづくり・学校外教育の構築」「市民・若い世代に居場所のあるまちづくり」等の検討と新たな貧困化に対峙する「学力・進路保障をめざす人権教育総合計画の構築」が指摘された。
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第2報告は、高田一宏(兵庫県立大学)さんの「部落の低学力問題―大阪の調査から見えてきたこと」であった。「1 部落問題における貧困と学力」では、1965年の同対審答申の指摘=学力の向上は実態的差別を解消する鍵の1つとして学力保障は重視されてきた。「2 大阪の学力調査の歩み」では、1985年調査(大同教・府連などが実施)に始まり、88年箕面市調査(自尊感情と学力の関連性を初めてテーマとする)、89年大阪府調査(学力・生活総合実態調査)、96年大阪府調査(ふれ愛教育推進事業)、2003年大阪府調査(義務教育活性化推進方策)、06年大阪府調査、07年「確かな学校力」調査研究事業(「力のある学校」モデル)、そして01年東大グループ調査(関西調査、「効果のある学校」の発見)等の特徴が紹介された。「3 近年の調査にみる貧困と学力」では、まず1989年調査と2001年調査による10数年間の変化の内容として、部落外との格差は拡大し、部落内の「低学力層」が特に下位層で増え「2極化」が進んだことが示された(http://blhrri.org/info/koza/koza_0175.htm)。また2003年調査と06年調査といった最近の3年間の変化をみても、部落の場合、低学力傾向が顕著で、「進学に備えた貯え」も「余裕がない」の急増、同推校の要保護率の高さ、など部落の貧困層の急増が推測される。
続いて「4 部落の子どもの低学力要因」の研究史が報告され、「5 今日の部落の貧困と学力」では、低学力の要因として①不平等な機会構造、②部落の下位文化と学校文化の不連続性、③消費社会化の影響、④部落の近年の構造的変動、等が指摘された。また理論的課題としては、1997年に苅谷剛彦さんが指摘した「低学力問題の階層要因と部落固有の要因の関係」、「近年の部落の実態や文化の変容」の検証、③実践的課題としては、『解放教育』2002年12月号で池田寛さんが示した理論的には相反する「解放教育の三つのモデル」を教育実践では折合をつけようとしていることや「力のある学校」の検証、④政策的課題としては、「学校の力」とその限界を押さえた施策の検討、が指摘された。
第2回 5月8日
最初に、長瀬正子(常盤会短期大学)さんより「児童養護施設で生活する子どもの家庭背景と学力」のテーマで報告がされた。
児童養護施設で生活する子どもの家庭背景の先行研究として、原史子(2005年)「児童養護施設入所児童の家庭的背景と家族への支援(1)」金城学院大学論集 社会科学編、堀場純也(2008年)「児童養護問題の構造と子育て世帯との共通性―児童養護施設5ヶ所の実態調査から」『子どもと福祉』第1号、ロジャー・グッドマン著、津崎哲雄訳(2006年)『日本の児童養護』明石書店等があり、その家庭の特徴が以下のように述べられた。
- 入所理由の上位3位が近年では、親の就労、放任・怠惰、虐待・酷使となっており、放任・怠惰、虐待・酷使、親の行方不明等の「親の問題行動」は1970年度調査(厚労省)以降、38-43%を占めている。
- 親の経済状況では、世帯所得は1977・1982・1987年度調査(厚労省)では調査されているが、年間100万円(200万円)未満世帯が1982年で12.4%(43%)、1987年調査で28.3%(50.9%)であること、就労状況は、単純労働・サービス業の従事で不安定就労が多いこと、雇用形態は、厚労省調査(1987年)で父親は常雇は約5割、臨時・日雇い・パートが約2割、不就労が2割強、母親は常雇は約1割、不就労が約6割、住居は持ち家率が低い。さらに堀場(2008)によれば居候12.6%、住所なし4.8%、入院・拘留中5.8%、不明・死亡27.2%と住宅以外に住む世帯が全国平均1.8%に比べてかなり高い。学歴は、堀場(2008)によれば、1985年時点で親学歴は中学卒38.1%(全国平均5.9%)、高校卒15%(94.1%)、短大・大卒4.4%(37.6%)、不明40%であった。職歴は「年功賃金が確立していない袋小路的な、ある限られた職種内を転々とする」傾向が存在する。
- 親の婚姻状態・家族関係等では、届出婚は61%で内縁・同棲が多く、初婚年齢16-20歳が52%、21-25歳が33%と低い傾向が強い。また子どもが継父母と同居の継家族が多い傾向もある。
次に児童養護施設で生活する子どもの進学率に関しては、全国児童養護施設協議会編「平
成17年度児童養護施設入所児童の進路に関する調査報告書」『全国児童養護施設長研究協議会第60回記念大会』資料(2006年)がある。これによれば2005年度の児童養護施設入所児童の高校進学率はなお87.7%(全国平均97.6%)と低く、盲・聾学校、養護学校への進学10.6%も含まれており、中卒後の就職率は9.3%と高い。高校の中退率は7.6%(全国平均・公立2.3%、私立2.0%)と高い。高卒後の大学進学率は9.3%(全国平均47.3%)と低く、就職率は69.0%(全国平均17.4%)と高い。更に入学金・授業料の準備方法は、各種奨学金の利用65.3%、本人の貯金37.0%、保護者の援助34.1%、施設の援助17.3%となっている。こうした進学率の低さの背景には、第1に、厚労省や施設において大学等の高等教育への進学を「自立」の重要な柱とはあまり位置づけず、「日常生活での金銭管理・食事・健康など自立」を依然として重視していること、第2に、高校進学に対し1973年に初めて公立高校進学の費用が特別育成費として措置対象となり、1989年に私立高校もその対象になり、2006年度から大学進学等自立支援生活支度金が設置されるというような公費による保障が極めて貧弱であることが指摘された。
最後に今後の課題として、「社会的擁護の再生産の防止」として、親支援の充実、児童養護施設の社会的資源の充実、「進学率の向上」のためとして、本人の経済的負担の抜本的改善、進学の可能性や多様な職業イメージを持つことの保障、学校教育の果たす重要性、などが指摘された。
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第2報告は、神原文子(神戸学院大学)さんの「ひとり親家庭の子どもの家庭状況と学力」であった。
ひとり親家庭については6年おきに厚生労働省が調査しており、今回は2003年調査結果の母子世帯の実態が基本的に報告された。
まずひとり親家庭の実態だが、母子世帯数は122万400世帯(全世帯の2.5%)で1998年調査より28%増加している。母子世帯になった理由は、離別が97万8500世帯(79.9%)、死別14万7000世帯(12%)、未婚の母7万500世帯(5.8%)で、1983年の離婚49.1%から急増している。そして日本家族学会による第2回全国家族調査(2003年)をみると、最終学歴と離別には関連がある。離別率は、女性で中学校卒で12.1%、高校中退で19.4%(短大・高専卒では4.1%、大学卒では3.5%)と高く、男性も中学校卒で9.1%、高校中退で7.5%(短大・高専卒では3.6%、大学卒では2.0%)と、最終学歴が低いほど離婚率は高い傾向がある。
2006年調査(厚労省実施)によれば、母子世帯の平均年間就労収入は171万円、年間収入は213万円(全国平均563万円の約38%)で、養育費を受け取っている比率は19%にすぎない。就業状況は、有職が84.5%と高く、その内、臨時・パート・派遣が48.7%(就労年収113万円)、常用雇用が42.5%(257万円)である。国民生活基礎調査と全国母子世帯等調査からみると、「母子世帯の貧困率」は2005年時点で62.7%となる。それらの背景には、女性の結婚前、結婚後、出産後の就業実態の変化がある。即ち、結婚前の就業率は88.5%(正規雇用は65.2%)だが、結婚後は65.3%(37.7%)に、出産後には23.1%(15.6%)という状況がある(『平成18年版国民生活白書』)。このように、現代日本女性にとっては、結婚(出産)と離婚は、大きなリスクの側面を持っているのである。
次にひとり親家庭の子どもの実態だが、厚労省調査は学力関連面では極めて不十分な内容である。そこで大阪市のひとり親家庭等実態調査を見ていくと、子どもの年齢が17~19歳で最終学歴が「中卒」が9~10%存在している。また、母親の希望する最終進学先は、母子世帯の年間総収入が250万円未満では高校までが約2割・大学が約4割ほどで、300万円以上ぐらいを境に大学希望が約5割を越していく。さらに上記の日本家族学会・第2回全国家族調査で、家族形態の違いによる第1子の大学進学率をみると、ひとり親家庭の第1子・大学進学率は11.8%と最も低い(平均39.4%、夫婦高学歴・妻無職が82.4%と最も高い)。このように、ひとり親家庭の階層差と子ども進学とは関連がある。したがって、公的な教育支援が乏しいほど、家庭の経済力、親の教育力が子どもの学力と進路に大きな影響をもたらしているのである。
ただし11.8%ではあるが大学進学を果たしたひとり親家庭の子どもへのインタビュー調査をみると、①離婚を子どもなりに受け入れている、②母親が比較的安定した仕事についているか、親族の経済的支援がある、③母親以外で物心両面で支援してくれる人(多くは親族)の存在、④母親の教育期待、といった要因が大学進学を可能としたことが分かる。
第3回 7月22日
最初に櫻井千穂(大阪大学大学院言語文化研究科博士後期課程)さんより「学校における外国人児童生徒支援のあり方―言語指導の側面から」のテーマで報告がされた。
日本の外国人児童生徒の現状は、文科省の「日本語指導が必要な外国人児童生徒の受け入れ状況等に関する調査」(2008.8.13)によれば、「日本語指導が必要な」外国人児童生徒は、2万5441人(2007.9現在)で、2006年度の2万2413人より13.4%増加している。しかしここでの「日本語指導が必要な」という判断基準は、「日本語で日常会話が十分にできない児童生徒、及び日常会話ができても、学年相当の学習言語が不足し、学習活動への参加に支障が生じており、日本語指導が必要な児童生徒」となっており、「学習活動への参加に支障」をどう判断するかが大きな課題である。また、日本の現在の外国人児童生徒支援は、取り出し授業等の場において、生活適応指導や日本語の初期指導から、日日本語による教科学習へとやっと目が向けられ始めたばかりである。よって、本来児童生徒が多くの時間を過ごす原学級との連携や、原学級そのものの在り方、また児童生徒の母語や母文化の重要性については十分な議論がされているとは言いがたい。こうした切り取られた文脈の中での、一部の技能習得のみが目的となった日本語指導のあり方は検討を要すると考える。
外国人児童生徒に関する先行研究では、①PISA2003年度調査結果(読解力)では、1世(学齢期途中で移動してきた子ども)のみならず2世(現地生まれ)の移民の子どももネイティブの子どもと比較して読解力が有意に低いこと、②アメリカの英語学習児童生徒数は全児童生徒数4766万5487人の約10%で79%がスペイン語話者(ヒスパニック系)だが(バトラー後藤2008)、全教科において平均点以上の成績を取り、それを学校教育の最後まで維持できたのはバイリンガルプログラムだけで、このコースの子どもたちが一番ドロップアウト率も低かったこと(Thomas&Collier(2002))などが明らかとなっている。日本の場合、外国人児童生徒の言語能力の実態調査は少なく、特に読解力調査はほとんどないという状況であり、彼・彼女らにとって有益な支援を考える上でも、実態を把握するための基礎的研究が必要となっている。
学校での支援として、①自尊感情を育てる環境作りが重要であり、その視点からも母語・母文化を財産化することを重視すること、②ことばの力を育てる授業作り(母語を使用した学び、多読・再話・ライティングプロセスの活動・リライト教材や絵・写真等の使用等々)が指摘された。
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第2報告は、濱名猛志(府立長吉高校)さんの「全日制普通科単位制高校における外国人生徒支援の取り組み」であった。
長吉高校は1975年創立され中国帰国生徒の入学に始まり、現在、アジアを中心としつつ南米の子ども等63名の外国にルーツがある子どもが在籍し、多文化共生の学校作りをしてきたが、2001年度から普通科単位制高校へ移行した。生徒は毎年6クラス240名募集し、進路状況は進学39名、就職45名、未定等37名(計121名)である。クラスや学年はなく、学校行事もエントリー制で参加率が低い悩みがあり、自己管理・責任の徹底が課題となっている。
府立高校5校で外国人生徒への「特別枠等入学」が実施されており、長吉高校もその1校であるが、定数の5%を、原則として中国帰国者又は外国籍、小学校4学年以上の学年への編入者に対し、数学・英語・作文(日本語以外も認める)の学力検査で選抜している。
長吉高校のルーツ別在籍数は、中国(台湾)28名、フィリピン13名、韓国・ブラジル各8名、タイ3名、ベトナム2名、ボリビア1名で、日本語指導が必要な生徒は41名。
学習支援は、人権文化部・情報管理部・教科担当者・各言語の教員・サポータが連携して生徒1人1人のニーズに応じた支援を基本とし、①日本語の学習は、1・2年各4時間、3年2時間の日本語学習、他の授業でも1年生のみ様々な教科で日本語学習の機会を設ける一方、多文化研究会(外国人生徒は基本、全員加入)での日本語能力検定1級合格を目標に毎週火曜日の学習会や夏・冬・春休みは自主的な学習会、②母語・母文化の学習は、選択授業として中国語・朝鮮語・ポルトガル語・フィリピノ語・ベトナム語・タイ語が3コースあり、多文化研究会でも教育サポータ制度を活用して学習、③多文化研究会の活動自体は、毎日活動や学校内行事(新入生歓迎会・ワイワイトーク・文化フェスティバル「世界の食べ物」・クリスマス会・春節会・テト・送別会)、学校外行事(母語・母文化に関する小中への出前授業等々)、④進路支援(入学年次の進路ヒヤリングと時間割作成・本人と保護者への正確な情報伝達・母語母文化を活かした大学受験)、等がある。翻訳や通訳・言語別懇談会など保護者支援にも力を入れているが、特に保護者同士をつなぐことに留意している。実際の進路状況は、1~6期生62名中、大学等38名、専門学校8名、斡旋就職9名、その他7名となっているが、進学後の課題は存在している。
これからの長吉高校としては、外国人生徒や途中入学生徒・プレッシャーや集団に弱い生徒が安心して学べる学校づくりを、単位制高校(全国的には進学校化)という利点を更に活かして取り組んでいくと共に、卒業率の向上や学力面の向上、「やんちゃタイプの生徒」の活躍という課題にも力を入れていきたい。
第4回 9月15日
志水宏吉(大阪大学)さんより「学力格差と社会的背景」のテーマで報告がされた。
最初に、欧米の教育社会学の「社会階層と教育との関係を考える」という伝統や、報告者が探求している「効果のある学校」の歴史的源流が紹介された。すなわち、①アメリカでの教育の大衆化にもかかわらず黒人層の学力向上が進んでいないことに対し、政府が膨大な資金をかけて調査し『コールマン報告』やジェンクスの『不平等』が出され、「学校は無力である。社会的不平等に対してあまり力がない」ということが実証的に主張されたこと、②ヨーロッパではイギリスのバーンスティンやフランスのブルデューが有名だが、「学校では見かけ上は、社会的不平等を減らせる、また社会の不平等構造を改善するということが語られているが、実際は、支配層による支配を徹底させることをカモフラージュする形でやっているにすぎない。即ち、学校は普遍的知識を伝達すると言いながら、そのプロセスを見てみると中産階級以上の子どものみが得をしている」という「文化的再生産論」の考え方が主流を占めていたこと、③これらに対し「学校の力はある」という気持ちをもった研究者がスタートさせたのが「効果のある学校」研究で、社会的に不利な立場に置かれた人々の子どもほど、低学力傾向に陥りやすいが、そうした子どもに対しても学力向上で効果を上げている学校の存在とその学校の特徴を明らかにしていく研究である。
しかし1970、80年代の日本の教育界では、そういった海外の議論はまったく話題に上らなかった。その流れが変わってきたのが1990年代の中頃からで、2000年代以降の格差社会論争等の中で、「社会階層と教育の関係を考える」という教育社会学的見方がようやく注視されてきたようである。
次に文科省委託研究・第1次調査(2007年)に触れられた。
2007年度から40数年ぶりで全国学力テストが行われたが、分析の深化のため外部の研究者に委託を始めた。その1つが耳塚寛明さん(お茶の水大学)のプロジェクトで、学力テストの結果は生活・学習状況アンケートと重ねて分析することが必要であり、パイロットスタディとして小学校40校(7自治体)を対象に、児童への学力調査とその保護者調査、学校調査を併せて実施した。その一部を私が担当し、「効果のある学校」論の視点からデータの分析を行った (参照:志水宏吉「第3章階層差を克服する学校効果」、ベネッセ教育研究開発センター『教育格差の発生・解消に関する調査研究報告書』2009.3)。
具体的には「母学歴で高卒まで」「収入で500万円以下」「塾に行っていない」という子どもたちが相対的に学力面では不利だが、そういった子どもたちのグループの「通過率」(テストでこの程度はできてほしいという点数の)を押し上げている学校を「効果のある学校」とした。その結果、2割~3割の学校が「効果のある学校」と判定できた。
さらに、高学歴で収入が高い親が多い学校ほど「効果のある学校」になりやすい傾向があるので、「学校背景」別に分析したところ、しんどいタイプの学校(農村部)で恵まれたタイプの学校(都市部)とほぼ同じ割合で「効果のある学校」が出てきた。しんどいタイプの学校(農村部)が頑張っているのである。そこで、農村部で効果があったとされた学校と、大都市部で効果のないとされた学校を比較してみると、大きな違いがあり、1つは、教師と子どもの信頼関係が違うこと、2つ目は、いろいろな意味で着実な学習習慣が違うこと、が明確になった。大都市部の子は、教師との信頼関係や着実な学習習慣において、子とも間のギャップが非常に甚だしく、信頼関係や学習習慣の弱い子どもの低学力問題が深刻と思われる。
次に文科省委託研究・第2次調査の結果を見ていきたい。この調査は2008年2月に、5つの政令都市から小学校20校ずつサンプリングを行い、計100校を対象として実施したものである。この結果は今年の8月4日に公表され、文科省のホームページにも掲載されている。この調査の画期的な点は、100校の保護者(学校)の個々のデータと、2008年全国学力・学習状況テストの児童の個々の結果とを結合したところにある。
(http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/045/shiryo/__icsFiles/afieldfile/2009/08/06/1282852_2.pdfを参照)。
得られた主な知見の1つは、「家庭の世帯年収が高いほど子どもは高学力である」という点である。これまで文科省は、学校別の就学援助率の高さによって学力水準が違うということを発表してきたが、今回は個々の家庭の家計にさかのぼって、経済的に豊かな家庭ほど学力の点数が高い、という結果を初めて出したということで盛んに報道された。
私の担当部分=「効果のある学校」だが、第1次調査と同様に保護者調査データから児童個人単位のグループ分けと学校の就学援助率によるグループ分けをし、その両方で「効果のある学校」となったのは20校であった。他方、効果が出なかった学校は58校あり、その両者の比較を、学校の取り組み、教師の取り組み、子どもの生活・意識、の質問項目別に分析した。すると効果のある学校と効果のない学校の間に統計的な有意差があったのは、学校質問紙の85項目中13項目(国語指導の工夫・模擬授業等の実践的研修・学習規律など)、教師質問紙の115項目中15項目(学習内容の活用を重視した授業・退勤時刻が8時以降など)、児童質問紙項目の71項目中46項目、であった。要するに、子どもの生活・意識に、効果のある学校かそうでないかが強く反映されることが明らかにされた。これは、我々の予想を大きく上回る結果であった。特に「学校背景」下位の学校のなかで4校存在する「効果のある学校」に通う子どもたちは、そうでない26校の子どもたちに比べると、「学習習慣」「自尊感情」「規範意識」「社会や地域への関心」「総合的な学習への関心」「国語への関心」「算数への関心」などの各領域で、圧倒的に肯定的な学校生活を送っている。この結果は、社会経済的要因に起因する学力差を生じさせない「学校の力」の存在を示唆するものと考えることができる。
3つめには、文科省の委託研究事業とは別だが、2009年9月の日本教育社会学会で報告した、1964年と2007年の全国学力テストのデータを都道府県単位で比較し得られた「都鄙格差」から「つながり格差」の変化について触れられた。1つの結論は、1964年と20007年の都道府県別の結果はあまり関連していないということである。要するに、かつて高かった府県が低くなったり、かつて低かった府県が高くなったりしているのである(参照:志水宏吉『岩波ブックレットNo.747 全国学力テスト』2009年1月、P30~31)。
さらに1964年および2007年の結果について、30以上の社会経済指標との関連を見てみた。即ち、人口的指標(総人口・生産年齢人口割合・人口増減率・離婚率など)、経済的指標(実収入・消費支出・生活保護率・持ち家率・産業別割合など)、教育関係指標(児童生徒1人当たり教育費・高校や大学への進学率・不登校率・へき地校数など)が、その時々の学力テストのスコアにどの程度影響を与えているのか、ということを検討した。多変量解析を行った結果、1964年の場合、学力と非常に関連の強い代表的な指標は、教育娯楽費割合と高校進学率(大学進学率)であった。「経済的豊かさ」とも言えるし、「都市化の進展度合い」あるいは「生活の豊かさ」と読むこともできる。一方、2007年の場合はそれとは対照的で、1番大きいのが離婚率、2番目は持ち家率、そして3番目は不登校発生率であった。これら3つは、当然、経済的な要因と無関係ではないが、同時に家庭・学校・地域それぞれにおける人間関係の強さ・つながりの太さみたいなものを表していると言える。「つながり」のたくさんある地域の子どもは、基礎学力の水準も相対として高く、1964年から2007年の変化は、「都鄙格差」から「つながり格差」への変化を示しているという。学問的表現で言うと、「社会関係資本」(ソーシャル・キャピタル)の較差と言える。
最後に「何を考えるべきか」ということで、イギリスで既に実施されている「面」のサポートの重要性が指摘された。現在、教育の世界では、新自由主義的に国家主導でやるのか、昔ながらの社会民主主義的に(フィンランドでそうは言わないが)現場への信頼重視でやるのかといった二大潮流のようなものが存在している。日本の現状を見た場合、どちらの道を歩もうとしているのかという大きな争点がある。さらに政策面で非常に立ち遅れているが、「面」のサポートである。奨学金を出したり、子ども手当てを出したりという個人に対するサポートは必要である。しかし、日本の社会関係資本を考えると、個々の家計のみにサポートしても、それは消費されて新たなものにつながっていかない可能性もある。「面」のサポートというのは、地域のグループ、あるいは学校がグループになって、そこでの取り組みを行政がサポートするというものである。こういった施策は、イギリスで「普通に」なされていることであり、日本においても参考にできる点が多いと考える。
3 3つの「提言」
以上の報告をふまえ、今後、「貧困・差別と学力問題」に取り組んでいく上での基本的な課題を、以下3点、提起しておきたい。
①貧困・貧困と学力実態の把握のための調査を早急に実施すること
貧困層、特に社会的差別を受けやすい立場にある人々―例えば、被差別部落、外国人、ひとり親世帯、生活保護世帯、児童養護施設から学校へ通う子どもなど―の学力は、きびしい状況に置かれていることが容易に推測される。本書の第2章をはじめ第3章以下の各報告でも、そうした点について客観的なデータをもとに、可能な範囲で触れている。
しかし既存の政府調査では、こうした状況を全く把握していない。その帰結でもあるが、社会的困難層の学力保障を視野に入れた施策は極めて弱い。
府県レベルで見た時でも、近年では、大阪府教育委員会『平成18年度「同和問題の解決に向けた実態等調査(平成12年度)」対象地域に居住する児童生徒の学力等の実態の分析』(2007年3月)があるだけである。なお高校・大学の進学率についても、2006年12月、大阪府が既存の行政データを活用して府内の部落の実態(それ以外に、長欠率、就学援助率、高校中退率も把握)を、また北海道が日本の先住民族であるアイヌの人々の実態(『平成18年北海道アイヌ生活実態調査報告書』北海道環境生活部、2007年3月)を、あるいは2007年、堺市が生活保護世帯の行政データを活用して世帯類型別の学歴等を明らかにしている程度である。
しかし学力問題を検討する際、国際的には、OECD「PISA調査」に象徴されるように、学力の背景にある家庭の経済社会文化的実態を把握することは自明のことである。
2008年度の文科省委託研究事業を受けた耳塚寛明(お茶の水大学)研究グループが、全国学力テストとその子どもの保護者調査結果を結合させ、学力の社会的背景を初めて把握した。その調査結果では、1)保護者の世帯収入や教育支出が多いほど、各教科の平均正答率が高い傾向、2)しかし保護者の子どもに対する接し方や保護者の行動と正答率は関係しており、それは世帯収入の影響を統制してもなお有意、3)さらに家庭背景の厳しさにもかかわらず学力面で成果をあげている「効果のある学校」の存在とその特徴、が明らかになった(第7章を参照)。
こうした国内外で既に実施されている学力調査の蓄積をふまえ、今後の学力保障の取り組みの根拠となりうる調査を、国や地方自治体は早急に実施すべきである。
②調査結果等の根拠に基づき、学力保障のための総合的施策を実施すること
今日までの人権・同和教育の教訓・経験(第2~6章を参照)やいくつかの学力調査結果の分析(第2・7章を参照)からも、社会的困難層に対する学力保障のためには、以下の3点の重要性が指摘できる。
第1に、家庭の経済的安定を図るための総合的支援―教育分野だけでなく住宅・福祉・保健・生活・雇用等々、第2に、「力のある学校」(「効果のある学校」)づくりをはじめ、学校への総合的支援、さらに第3に、学校内外の「社会関係資本」(ソーシャル・キャピタル=「人と人との豊かな繋がり」)の充実への総合的支援、である。また支援施策の実施に当たっては、当該被差別者に対する負の「烙印」に繋がらないよう、最大限、一般対策の充実を図ること、当然ながらそれでカバーできない課題に対する「特別対策」の実施、という視点が重要である。
さらに大阪府は、2006年学力調査から大阪府教委「学校力向上のためのガイドライン」(『学校改善のためのガイドライン』2008年2月)をまとめ、「力のある学校」づくりの具体化とその検証の取り組みのスタートラインに立っていた。にもかかわらず、それが全く具体化されず今日に至っているが、その1日も早い具体化が強く望まれる。
いずれにしても、こうした学力調査結果や教育実践の分析等のエビデンス(根拠)に基づいた、学力保障のための総合的施策や教育実践が強く求められる。
③学力論・学力形成論などを「社会権的教育権」論を踏まえ本格的に検討すること
21世紀の「知識基盤型社会」において、いかなる学力(能力)が重要なのかという問題意識のもと、OECDが整理したのが3つの柱からなる「キーコンピテンシー(鍵となる能力)」である。その中で定量化できる一部を調査しているのが2000年から3年おきに実施されている「PISA調査」である。
同和教育は1970年代に「解放の学力」論を展開したが、新自由主義的価値観が教育の世界でもなお大手をふるっている今こそ、「自由権的教育権」論だけでなく「解放の学力」論で求めた「社会権的教権育」論をふまえた、「学力論」「学力形成論」等を検討する必要がある。第1章は、その重要性を強く指摘すると共に、それを追究してきた同和教育の先駆的役割を高く評価し、その発展の重要性とそのための拠り所を提起している。
「貧困・差別と学力問題」を議論するとき、こうした視点を踏まえた「学力論」「学力形成論」の検討が不可欠である。
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