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2010.07.13
意見・主張
  

児童養護施設で生活する子どもの家庭背景と教育達成


第3章 児童養護施設で生活する子どもの家庭背景と教育達成

長瀬正子

 

1 児童養護施設で生活する子どもの家族背景

まず、児童養護施設(以下、施設と記す。全国で563施設、約3万1千人の子どもが生活)で生活する子どもの家庭背景について述べたい。子どもが施設で生活することになる理由は、子ども自身が原因となるものは非常に少なく、その理由のほとんどは親あるいは生育家庭の置かれている環境による。これらの家庭背景は、多くの場合、厚生労働省雇用均等児童家庭局の児童養護施設入所児童等調査の結果である「児童養護施設に入所する理由」によって説明される。しかしながら、この入所理由項目の羅列を眺めていても、実際にその家族が置かれた家庭状況や環境、入所に至った具体的な出来事等については想像することが難しい。入所に至る経緯は多様であり、一人一人の子どもによって異なっている。施設で生活する子どもや若者の生育歴を理解する時に、現実的に彼・彼女たちに出会い人生を聴かせてもらう機会は貴重である。文献としては、『子どもが語る施設の暮らし』編集委員会編(1999、2003)が参考になるだろう。
施設で生活する子どもの家庭背景について説明する際に、本報告では、原論文(2005)の知見を主に紹介しながら進めていきたい。原論文は、施設で生活する子どもの家庭背景を厚生労働省の調査結果及び過去の文献を精査して整理し、近年設置されたファミリーソーシャルワーカーという施設職員の役割と意義について述べたものである。施設で生活する子どもの家庭背景について丁寧に述べた論文であることから、原論文に引用された先行研究の調査概要を以下に簡単に記す。
まず、佐藤・鈴木(2002)は、1946年から97年の北海道内児童養護施設において調査した結果をもとに、保護者の問題の計時的変容状況と相互関連性について述べたものである。斉藤(2001)は、1991年の3月から1年間全国535の施設を調査したもの、清水・筒井(1992)は、養護問題における貧困サイクル、1990年のO市児童相談所の親子2世代にわたって施設入所したケースを特に整理したものである。田辺(1982)は、1945年から1980年までの東京都内の施設を調査したもの、東海社会教育研究会養護問題グループ(1980)は、1966年以降の12年間、愛知県名古屋市の施設のW寮において調査したものである。吉田(1982)は、1979年の秋田と東京の施設を調査したものである。
また、最近の調査では、堀場(2008)があり、2000年から2007年にかけて東海地区の児童養護施設5箇所で暮らす子どもと親の生活問題に関する調査結果を整理し、5施設合計294名の児童記録を基にして親の状況を把握している。ロジャー・グッドマン(2006)では、東京都福祉局児童部の調査が紹介されている。
近年、子どもの貧困問題が注目されるようになってきたが、親たちが子どもを手離すに至った生活背景にまで踏み込んで分析した研究はそれほど多くない。原論文(2005)では、これらの先行研究を踏まえ、児童養護施設で生活している子どもの親のもつ特徴を次のように述べる。施設で生活する子どもの親たちのなかには、マイナスの文化を背負ったまたは背負わされた一群の人々が明らかに存在している。また、施設で生活する子どもの親に特徴的に見られた低学歴、不安定な就労、様々な問題行動、交友関係や対人関係における行動様式は、世代間を越えて引き継がれている性質が強い。単に社会的、経済的な貧困状態を問題にしているだけではなく、そのような逆境に順応してしまうことによって、無気力となってしまった「精神の貧困性」を浮かび上がらせているという特徴を指摘している。以下、原(2005)がそのような結語に至った先行研究のいくつかのデータを紹介したい。

①児童養護施設の入所理由の経年比較

原論文で紹介されている先行研究のひとつが、厚生労働省雇用均等・児童家庭局「児童養護施設入所児童等調査」である。前述したように施設の子どもの家庭背景を説明する際によく使用されるデータである。これは、厚生労働省により1970年以降ほぼ5年ごとに実施されている調査の結果であり、さまざまな児童福祉施設の入所理由が示されている。原論文では、入所理由のうち特に親の問題行動にあたる入所理由を分類化した(表1)。

表1 主な入所理由(%)(原2005;50より引用)
表1

表1によると、入所理由の上位として、かつては親の行方不明、父母の離婚、親の入院があった。しかし、その入所理由に1997年以降に変化がみられ、2002年度調査では親の就労、放任、怠惰、虐待、酷使が入所理由の多くを占める。多くの児童養護施設関係の教科書(社会福祉士、保育士のテキストなど)等では、これらの変化を「虐待が増えた」というふうに説明されることが多い。しかし、原論文は、虐待が「発見」されたことによって、施設入所に緊急的直接的に結びつきやすい理由が入所理由の大きなものになったためにこの数値が増えたのではないかと指摘しており、発表者も同様に感じている。
実際には施設で生活する子どもの入所理由は単独で存在せず、多くの場合入所理由が複数に重なり、重層的になっている場合も少なくない。しかし、長年、厚生労働省の調査においては、主な理由を一つだけ選ぶという形で集計が取られてきた。入所理由のうち、原が「親の問題行動」として分類化した親の行方不明、親の拘禁、放任怠惰、虐待、酷使、棄子、養育拒否のパーセンテージの合計は、38%から43%くらいで前後している。原論文では、これらのパーソナリティは、その家庭生活・社会生活にふさわしくないパーソナリティと言えること、入所理由の約4割がここに起因していることを指摘した。

②親の生活背景

 以下では、原論文の知見を引用し施設で生活する子どもの親の生活背景を読み取っていきたい。

1)年間所得
厚生労働省の雇用均等児童家庭局の調査では、家族の経済状況についての項目、実父母の職業上の地位、実父母の仕事の種類、児童の家庭の年間所得が、1977年度、1982年度、1987年度のみ設けられている。しかし、それ以降の年度においては調査項目そのものがなくなり、残念ながら現状については把握することができない。1982年と1987年の一般世帯と入所児童の家庭の年間所得を比較した図1を見ると、養護施設児童世帯には、400万円以上の収入を得ている世帯が圧倒的に少ないことがわかる。また、1982年から87年に入り100万円未満で生活している世帯が増えるという特徴もある。東京都福祉局児童部によると、措置時点での子どものたちの生活は、33%が生活保護受給世帯である。吉田(1982)によれば、7割は低所得階層である。
図1:入所児童の家庭の年間所得(原2005;55より引用)
図1
2)就労状況
田辺(1982)によれば、施設で生活する子どもの父親は第2次、第3次産業の単純労働、サービス業への従事が大半を占め、母親においてはよりその傾向が強い。堀場論文(2008)によれば、安定就労が12名、不安定就労96名、自営業が10名、比率にして4.1%、32.7%、3.4%となっている。つまり、不安定就労の世帯がとても多いという特徴がある。

3)職業上の地位
厚生労働省の調査では、父親の常用勤労者は約5割、臨時・日雇い・パートが約2割、不就労が2割強である。母親も常用勤労者が1割、不就労が6割で、原論文で取り上げたどの調査においても、無職・不安定職という親が一定の割合で存在すること、また転職の回数が多いことが指摘されている。

4)住居
清水・筒井(1992)、田辺(1982)、東海社会教育研究会(1980)によれば、住居に関して持ち家率が低く、民間アパート、公営住宅、福祉施設、借家、借間、従業員会社寮といった居住形態が多くを占めている。最近の研究である堀場(2008)でも似たような傾向がみられる。1985年の入所時点での親の状況として、持ち家・自家マンションが5.1%(その当時の全国平均は61%)、民間アパート・借家・寮が35.0%(全国平均は30.7%)、公営住宅が9.5%(全国平均が6.5%)、また住宅以外に住む世帯は約23%(居候、家族や内縁といった形での居住形態が12.6%、不定・住所無しが4.8%、入院拘留中が5.8%、不明・死亡が27.2%で、全国平均は1.8%)となっている。これらの研究から、児童養護施設で生活する子どもの親が住宅以外に住む割合が、全国平均と比べ非常に高いことがうかがえる。

5)学歴
田辺(1982)で示されたのは、父母の学歴は、どの時代も中学校卒業までが全体の半数以上を占めており、特に日本全体の高学歴化が進んだ1960年以降においては、逆に施設で生活する子どもの親の低学歴化がはっきりしてくるということである。東海社会教育研究会(1980)では、施設で生活する子どもの親たちが、高度経済成長期以降の著しい高学歴化とは無縁な存在であったということを指摘する。堀場(2008)によると、1985年当時の親の学歴は、中卒が112名(38.1%)、高卒が44名(15.0%)、短大・専門学校卒が7名(2.4%)、大学等が6名(2.0%)となっていたことが示されている。ちなみに、その当時の全国平均は中学卒が5.9%、高校進学率が94.1%、短大進学率が11.1%、大学進学率が26.5%という状況であり、親の学歴においても、非常に格差があることが指摘された。一方、清水・筒井(1992)は、経済状態が普通の層は学歴が中卒であっても、マッサージや調理関係や建設関係、また普通自動車免許を有している人もおり、いわゆる手に職をつけた人も多いということが指摘されている。

6)職歴
吉田(1982)では、親たちの転職歴の多さが指摘された。親たちは、職を求めて他の都府県に移動し、より労働条件の良い働き口を探していると考えられる。先住地よりはよい労働条件としても、技術や資産は持たず学歴の低い流入者は総じてそこでは下層の労働者となってしまう。また、ほぼ5人に1人が職業上の失敗をおかしているという調査結果から、変動する産業構造に適応していくだけの技術が習得し切れずにいるということが指摘された。清水・筒井(1992)では、就職・退職が容易ではあるが年功賃金が確立されていない袋小路的なある限られた職種内を転々とする傾向が示されている。これは、松本(1987)等で指摘されるように児童養護施設を退所した人たちにも重なる点である。前述したように職を求めての移動が多数回になればなるほど新居住地において根無し草的に孤立した生活をしてしまうということにも結びつく。さらに、清水・筒井(1992)は、度重なるマイナス的な転職は、金銭の蓄積をもたらさないばかりか人間関係の蓄積にも不利であることを指摘した。

③親の婚姻状態・家族関係等

清水・筒井論文(1992)によれば、届出婚は61%であり内縁・同棲が際立っている。結婚回数が1回というのは43%で、初婚年齢が非常に若く16歳から20歳が52%、21歳から25歳が33%という結果である。また、子どもが継父母と同居している継家族が多く、それが虐待の発生要因にもなっているという指摘もある(斎藤2001)。東海社会教育研究会(1980)では、父母の看護力の乏しさ、その逆に干渉や過保護などの養育上の課題があることや、父母間の関係不調、児童自身と家族メンバーとの関係不調が家族の特徴として挙げられている。

④親の問題行動

親の問題行動による子どもの入所の「きっかけ」として、身体的虐待・性的虐待・放任等・怠惰・粗暴・DV・薬物中毒・アルコール依存、蒸発・失踪・常習的犯罪などが挙げられる。吉田(1982)は、こういった親の問題行動も、長期にわたる低所得層の生活がパーソナリティを荒廃させた場合と、パーソナリティの荒廃が私生活をかく乱させた場合の二つがあるのではないかと指摘する。また、その親の問題行動を丁寧に見ていくと、現代ならばおそらく、虐待としての入所理由となったものが多く含まれるのではないかという可能性が指摘されている。

2 児童養護施設で生活する子どもの教育達成

これまで述べたことから、施設で生活する子どもの親世代もマイナスの文化を背負わされながら非常に厳しい生活を生きぬいてきたことが読み取れる。教育の機会は、子どもにとってそうした世代間の負の再生産を乗り越えていくための重要な機会であろう。ここでは、施設で生活する子どもの進学率に関連する研究の知見から、施設の子どもの教育達成がどの程度保障されているのかをみていくことにする。

①現在の高校進学率および大学等高等教育進学率

児童養護施設で生活する子どもの進学率についてまとめたものに、全国児童養護施設協議会編(2006)「平成17年度児童養護施設入所児童の進路に関する調査報告書」がある。この調査は全国の児童養護施設550施設に調査票を送付して実施したもので、1980年より隔年に実施されてきた。児童養護施設に在籍していた子どものうち、中学校卒業者の進路に関する結果と高等学校卒業後の進路に関する調査結果が示されている。
まず、2005年度、現段階で把握されている最も新しい高校進学率及び大学等高等教育の進学率について説明しよう。2005年度の高等学校進学率は87.7%であり、全国の高校進学率97.6%と比較するとやはり低いがかつてよりは全国平均に近づいてきた。ただし、施設で生活している子どもの進学率のうち、盲学校・聾学校・養護学校が合わせて11.6%含まれているので、その点を考慮すると全国の平均との格差はまだ大きいと言えるかもしれない。この点に関しては、児童養護施設において近年、発達障害が「発見」されたことによって、「障害」と認定される子どもが増えていることも考えられる。
一方、高等学校の進学者の中退率は7.6%である。ちなみにその年の全国平均の中退率は公立2.3%、私立2.0%である。また、中学校卒業後の就職者数は158名、9.3%であった。これは、同年代の中学校卒業者の割合0.6%と比べると非常に高い。そして、2005年度中に中卒で就職した子が転職した割合は44.9%である。
それでは、高校卒業者の進路はどうであろうか。まず、高校卒業者の就職率は69.0%である。全国の高校生の就職率である17.4%と比較すると、前述した69.0%という数字は非常に高い。就職者のうち1年以内の転職は31.4%である。進学に関しては4年制大学、短期大学への進学者は78人であって全体の9.3%である。同年の全国平均47.3%と比較すると、圧倒的に低い数字である。進学のための入学金・授業料の準備方法は、保護者からの援助が34.1%、本人の貯金が37.0%、各種奨学金の利用が65.3%、施設からの援助が17.3%となっている。大学等の進学率の低さがもたらされる背景についての研究は少なく、今後の重要な研究課題であろう。

②進学率の低さをもたらす背景

1)児童養護施設における「自立」概念の偏り
1997年の児童福祉法の改正において「自立支援」という理念が、児童養護施設の目的に新たに明文化することとなった。では、その「自立」の意味する内容は、いかなるものであろうか。児童福祉法改正以降に示された厚生労働省の通知である「児童養護施設等における児童福祉施設最低基準等の一部を改正する省令の施行に係る留意点について(1998年2月18日厚生省児童家庭局家庭福祉課長通知)(以下、「通知」)、児童養護施設職員が現場での実践に反映させていくための指南書として『児童自立支援ハンドブック』(1998年10月30日)がある。これらの文書における「自立」について述べた箇所を引用し、その中身を読み取っていきたい。
「通知」では、「児童の年齢と発達に応じて生活の各場面で自主性と自ら判断し、決定する力を養うことを念頭においた指導が求められること」、「児童の対応や児童が選択肢の中で決定する機会を積極的に設けること」など子どもたちの自主的な組織の運営や、地域のこども会の運営や参加を奨励することが述べられている。生活面でも、調理、洗濯、炊事の家事栄養面を含めた健康の自己管理、金銭の管理、余暇の過ごし方や、官公庁・金融機関の利用等、施設を退所した後、社会人として必要となる具体的な生活技術を習得できるように施設内設備等を特に配慮することや、施設を退所した者についても可能な範囲で相談や助言に乗ることが述べられている。
一方、『児童自立支援ブック』においての「自立」の内容は、「一人ひとりの児童が個性で豊かでたくましく思いやりのある人間として成長し、健全な社会人として自立した社会生活を営んでいけるよう、自主性・自発性・自ら判断し決定する力を育て、児童の特性と能力に応じて基本的生活習慣や社会生活技術・就労習慣・社会的規範を身につけ、総合的な生活力を獲得できるよう支援していく」というものである。
これらの文書においては、生活技術獲得の重要性が具体的にかつ繰り返し記述され、この点が児童養護施設における「自立」において重視されていることが読み取れる。また、学力や進路保障の視点はほとんど含まれていない。また、明確な達成目標やそのための具体策が示されるというよりは「自立」の理念が示され、実際の取組みや方針は各施設に委ねられた状況がうかがえる。

2)高校進学のための公費支弁
小川(1983)は、進学率の低さの背景として、児童養護施設職員の全国的な学習会である養護問題研究会第9回全国大会の基調報告を紹介し、進学率の低さとして、第一に子どもに学力がない、第二に問題行動を起こしやすく指導が難しい、第三に施設長をはじめ職員の中にも「進学がすべてではない。むしろ早く苦労させた方が子どものためによい」という考え方が根強くある、第四に私立にはお金がかかりすぎることと近くに適当な学校がないことをあげ、これらの理由は子ども自身の問題や責任ではなく、おとな側の努力不足や行政側の怠慢であると指摘した。小川(1983)の指摘は、高校進学率についてのものであるが、現在の大学進学についての児童養護施設現場の認識も当時と重なる状況があるのではないだろうか。
児童養護施設における高校進学率の実態は大きく変わってきた。この実態の変化は、何によってもたらされているのであろうか。児童養護研究会(1994;219)は、児童養護施設の経済が高校進学率に大きく影響を与えていることを指摘する。つまり、高校進学に関連する財源確保の可否が子どもの進学を左右するのである。1966年に大阪府では、府独自の高校進学のための補助金「修学助成金」を創設し、1973年には「特別育成費」が導入した。児童養護研究会(1994)は、特別育成費の導入より大阪府内の施設の高校進学率が1970年度には20.8%であったのに対し1975年度には39.6%とおよそ2倍にはねあがったことを示している。
次頁の表2では、高校の特別育成費が導入される以前と以後の変化が読み取れる。導入以前の1969年の児童養護施設の全日制高校進学率進学率は23.3%であるが、導入以後の1974年度は41.3%と倍ぐらいに上昇している。1974年には、特別育成費の支弁対象が高校や高専のみならず専修学校や特殊学校にも拡大された。さらに、1989年には、児童養護施設入所児童等の高等学校進学実施要領が定められて、特別育成費も公立・私立に区分され支給されることとなった。1989年にやや進学率が上昇するのは、私立高校への進学にも公費が支弁されるようになったからだと考えられる。

表2:児童養護施設児童と一般家庭児童の義務教育後の進路比較(1961-1993)(%)
グッドマン(2006:230)より引用
表2

近年、大学等高等教育機関への進学率の低さは、児童養護分野においても指摘されるところである。2006年度以降、入所している子どもに対し大学進学するために施設を退所する際の自立生活支度費が設置されたり、あるいは、児童養護施設は、原則18歳での退所であるが19歳以降も措置を延長できることを伝える通知も出された。また、最近の動きとしては、2009年3月に幼稚園の費用や中学生の学習塾も公費支弁でまかなわれるようになった。従来、子どもの教育費であってもそれぞれの施設負担となってきた諸費用が、公費としてまかなわれるようになってきた。今後、制度の充実によって、大学進学率も上がっていく可能性はあると考えられるが、現段階では非常に大きな格差がある。
ただ、公費支弁が導入されても、このような社会資源をいかに活用するのかという点については個々の児童養護施設の判断に委ねられる。となると、各施設が子どもの進学に対する方針、資源活用に対する意欲によって子どもの進学状況は左右されることとなり課題が残る。1989年以降も私立高校には行かせないという方針をとる児童養護施設があることは、関係者の多くが現在も耳にすることである。こういった施設間格差をいかにして軽減していくかが重要である。

 

 

3 今後の課題―社会的養護の再生産の防止

最後に、本テーマに関連して発表者が課題として考えていることを述べまとめとした。今後の課題として非常に重要だと考えていることのひとつは、社会的養護の再生産の防止である。児童養護施設を退所した子ども・若者たちのその後についてまとめた調査研究は少ないが、施設経験者や職員の語り、退所した若者を支える自立援助ホームの実践等から伺えるのは親と同じく厳しい状況で生き抜いている子ども、若者が多く存在していることである。時として、それが社会的養護の再生産という形で現れる場合もある。親という家族資源が頼りにならないばかりか時として足枷となる可能性がある状況において、児童養護施設は、子どもを保護し養育する「最後の砦」と言われている。それでは、児童養護施設は、子どもたちにとって自己を回復する場所となっているのだろうか。また、大人となって生きていくときに十分な準備をして出発できる場所となっているだろうか。

①親支援の充実 -児童養護施設に課せられる負担の軽減

これらの状況を改善していく方法として、ひとつには児童養護施設で生活する子どもの親支援の充実があると考える。現在、親支援の多くは児童養護施設が担っている。児童養護施設は、保護した子どもの養育、虐待からの回復、自立支援、退所した若者のアフターケアのみならず、地域への子育て支援、そして親支援まで非常に過重な役割が課せられている。この過重な負担を児童養護施設のみに課すのではなく、地域で、社会で子ども・若者を支える仕組みが重要であると考えている。最近、発表者の知るところでは、親を支援するためのプログラムを実施するNPO(チャイルドリソースセンター http://homepage3.nifty.com/childrc/index.htm)ができたり、児童養護施設で生活した経験をもつ当事者が中心となった当事者活動が東京、千葉、名古屋、大阪、鳥取に誕生している。このような新しい取組みが始められていくことにより、児童養護施設に課せられる負担が軽減され、児童養護施設が持っている機能を補完したり応援したりするさまざまな社会資源が地域や社会において増えていくことを期待したい。

②子ども・若者の進路保障 -進学率の格差の是正

もうひとつには、子ども自身の学力が保障され、十分な力をつけて自立していくことを保障していくことが重要だと思われる。進学率の低さの背景として、進路選択における進学の実現可能性が感じられない、進学できるのだというイメージが持てないことが指摘できる。発表者は、2006年から2007年にかけて児童養護施設を退所した13人の経験者の方にインタビューを実施した。インタビューを受けてくださった方たちには、高学歴の卒業生が多く含まれていたことから、なぜ、彼・彼女たちは進学したのだろうかという問いをもち、進学の動機とそれが実現した要因についての語りを分析しまとめた。それが次頁の図2である。
進学を企図した者のうち、最初から進学意欲があった者は少数であり、身近な人が職業モデルとなったり、信頼できる他者に出会ったりすることによって初めて進学を意識し決断していた。信頼できる他者は、人によって施設職員であったり、他の施設の進学者であったりするが、そのような人との出会いによって初めて進学は実現可能だというイメージとなることが明らかになった。そもそも施設で生活している子どもは進学する卒業生を間近で見ていることが少ない。就職する先輩の姿が圧倒的に身近な存在であろう。やはり、多様な職業イメージを抱けることが重要である。なおかつ、最も大きな影響を与えていたのは社会資源の存在である。生活の見通しがもてることは非常に重要で、社会資源のなかでも奨学金制度が果たしている役割は大きい。進学に関連する本人に課せられる経済的な負担が非常に高く、一人で暮らすすべての諸経費、学費と二重に負担しなければならないという負担を軽減していく方策が重要であろう。
また、信頼できる人に出会えるかどうか、奨学金という制度や生活の見通しをもてる機会を得られるかどうかという点に関しては、経験者たちの多くは偶然の重なりによってもたらされていた。彼・彼女たちの語りには、「たまたま」「偶然」という言葉が頻繁に聞かれた。偶然得られた「ラッキー」だけでなく、社会資源を子どもに伝えていくこと、職業イメージの多様性、進学が実現可能であることを伝えていくことが重要だと考える。

図2:大学等進学者の進学の経緯(長瀬正子(2008:143))
図2

③家族資源に依存する日本社会

ここまで児童養護施設で生活する子ども・若者の家庭背景および教育達成について述べてきた。ただ、発表者は、これらの課題のすべてを児童養護施設にのみ問題を帰する視点では不十分であることを強調したい。多くの児童養護施設職員が日々奮闘している姿を発表者は多く目にしてきた。重要なのは、なぜ社会的養護のひとつの仕組みである児童養護施設がこのような状況のまま維持されてきたのかという視点であり、そこに私たちの日常がどのように関与しているのかということを問う視点である。
日本社会に住む多くの人たちは、児童養護施設の存在そのものを知らない場合が多い。虐待のニュースには心を痛めても、そこを生き延びた子どもたちのその後に関心を持つ人は多くない。児童養護施設に対する社会的関心は決して高くないのである。また、教育達成においても、構造的な課題として、教育費の個人負担率の高さと公的負担率の低さといった点があげられる。このような社会において、児童養護施設で生活することになる家族資源を持っていない子ども・若者たちは、厳しい状況を強いられるのである。児童養護施設は、社会的養護つまり日本社会による子育ての仕組みのひとつである。今後、社会的養護そのものに対する理解や啓発に加え、家族資源に依存している日本社会のあり方そのものを問い、考えていく視点が重要ではないだろうか。

 

参考文献
原史子(2005)「児童養護施設入所児童の家族的背景と家族への支援(1)」金城学院大学論集 社会科学編.
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