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掲載日:2001.9.18

人種差別撤廃条約と部落問題

2001.2
(社)部落解放・人権研究所

一部にこの条約は「人種差別」撤廃条約だから、人種差別ではない部落差別は対象にならないという意見がありますが、これはまちがっています。

その論拠は以下の通りです。

(1)この条約の精神を踏まえることから

この条約は、ネオ・ナチのような動きを芽の内に摘み取るために作られたものです。ある国で失業者が増大したり、大規模な災害が生じたとき、時の権力者、若しくは権力掌握をねらっている勢力は、民衆の不満をそらせるために、その国のなかで伝統的に存在している差別を利用し、差別されている集団にすべての責任をなすりつけ、民衆の不満をそらせようとします。(スケープ・ゴート)

例えば、第2次世界大戦直前にドイツにおいて、猛烈なインフレと大量失業による国民の不満をユダヤ人などのせいにして、急速に勢力を拡大し、ついには権力を掌握し、第2次世界大戦に突入していったナチス・ドイツの例をあげることができます。

この条約は、そのような差別を根絶することを目的としています。日本の場合、上記にのべたような事態が生じた場合、攻撃の対象となるのは、被差別部落出身者、在日韓国・朝鮮人、在日外国人等が考えられますが、この条約に日本が加入したことにともない、自ずからこれらの差別を撤廃することが求められることとなります。
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(2)「条約」第1条の定義は広範、この条約の名称も広範

(1)で述べた精神から、この条約第1条で、この条約でいう「人種」とは、人種(race)、皮膚の色(color)、門地(descent、政府の公定訳は「世系」)、民族(national)、種族(ethnic)に基づく差別であると定義しています。

この定義を見ても明らかなように、この条約は、いわゆる「人種」差別や民族差別のみでなく、descent=家柄等の身分による差別(部落問題を含む)をも撤廃することを目的としています。

なお、descentについては、この条約を批准している中国では「世系」、韓国では「家門」との言葉を当てていますが、これらは、いずれも家筋、家柄、門地等の社会的身分を意味する言葉です。

さらに、近年の「人種」に関する研究の発展をふまえて、人種差別撤廃条約の「人種」の定義に関して、ユネスコから出版された解説書のなかで、以下のようにふれられています。

「(人種差別撤廃条約の第1条で規定されている)「人種」は、身体的基準を基礎に社会的に規定される集団を指している。「皮膚の色」は、これらの基準の一つにすぎない。

「門地」(政府の公定訳は「世系」)は、言語、文化あるいは歴史を基礎に規定された社会集団を意味する。「民族的」・「種族的」出身は、意識を基礎にして主に決定される。

しかしながら、これらすべての事例において、さまざまに異なる基準に適用されるのは、客観的な定義ではなく、主観的な定義である。重要な問題は、それが本当であるかどうかには関わりなく、ある人が他者によって身体的、社会的、あるいは文化的に異なるものと考えられるかどうかである。

そして、一般に、ある人の「人種」を決定するのは他者である。」(『ユネスコ版・人権と国際社会(上)』カーレル・バサック編、『人権と国際社会』翻訳刊行委員会翻訳監修、(財)庭野平和財団、(財)世界宗教者平和会議日本委員会、1984年、133〜135ページ)

この解説にもふれられていますが、部落差別とは、まさしく日本の歴史のなかで形成された身分階層構造に基づく差別により、他者によって、自らと異なる集団として見られ差別されてきた問題なのです。

さらに、この条約の正式名称は、単に、人種差別撤廃条約ではなく、あらゆる形態の人種的差別撤廃に関する国際条約であることにも注目する必要があります。

(英文名 INTERNATIONAL CONVENTION ON THE ELIMINATION OF ALL FORMS OF RACIAL DISCRIMINATION)
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(3)学者や委員の間でも対象となるとの見解が支配的

人種差別撤廃条約に関する研究者のなかでも、部落差別がこの条約の対象になるとする研究者が支配的です。例えば、日本では、斎藤恵彦・前東京外国語大学教授(故人)、金 東勲・龍谷大学教授がおられます。

特に、斎藤教授の場合、2年間国連に出向され、人種差別撤廃委員会の事務局を担当された経験から、「委員会の審議の事務局を経験してきていえることは、この条約は、性と宗教に起因する差別以外のほとんどの差別が対象となる」とのべておられます。

さらに、地域改善対策協議会会長の宮崎繁樹・明治大学総長(当時)も、部落問題はこの条約の対象になるとのべておられます。

また、日本以外で、この条約に関する本格的な解説書を書いておられるナタン・レルナー・テルアビル大学教授、人種差別撤廃委員会の委員長を歴任されたホセ・イングレス氏(フィリピン・故人)、バレンシア・ロドリゲス氏(エクアドル)等も、日本に来られ、実際に被差別部落の視察をしたうえで、明確にこの条約の対象になると指摘されています。
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(4)これまでの国会審議でも地対室長が含まれると答弁

国会においても、人種差別撤廃条約の批准にむけて活発な論戦が展開されましたが、1984年3月10日、衆議員予算委員会第1分科会で、日本社会党の大原享議員(故人)の質問に対して、当時の地域改善対策室の佐藤良正室長が、「地域改善対策問題についても含まれておると承知いたしております。」と答弁しています。
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(5)与党プロジェクトにおいても部落問題が対象となることが前提

さらに、1994年12月7日より与党内に「人権と差別問題に関するプロジェクト」が設置され、1995年の6月16日まで14回の会合が重ねられ、その中間意見の中で、年内のしかるべき国会において人種差別撤廃条約の批准を政府に求めていくことが盛り込まれましたが、その論議の前提として、部落問題を含む日本に存在する差別を撤廃するためにこの条約の批准を役立てていくことが位置づけられていました。この論議を政府としても尊重する必要があります。
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(6)与党プロジェクトと外務省の合意での部落問題

1995年末に開催された第134臨時国会で人種差別撤廃条約の締結案件が国会に上程されるにあたって、与党・人権と差別問題に関するプロジェクトチームと外務省との協議が行われました。

その中で、与党プロジェクトとしては、この条約の対象に部落問題が含まれるとの主張がなされましたが、外務省側は「この条約の対象はあくまでも人種、民族、種族等に基づく差別を対象としたもので部落問題のような社会的出身に基づく差別まで含むものでない」と主張。

最終的には、10月24日に「1,臨時国会での批准を処理する。2,1条の定義に関して「社会的出身に基づく差別は本条約の対象とされていない」ことを確認することを了承する。

但し、同条に関して、部落(同和)問題が含まれるかどうかについては言及しない。3,政府は、同条約の批准に当たって、わが国における部落問題を含むあらゆる差別を撤廃するよう努力することを明確にする。」こととした合意が両者の間でなされました。
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(7)衆・参両院の外務委員会の決議でも部落問題が含められている

なお、この条約の締結に当たって1995年11月22日衆議院外務委員会、11月30日参議院外務委員会で決議が採択されました。たとえば、衆議院の決議では、その決議の提案理由の中で、「あらゆる形態の人種差別の撤廃をめざす本条約の批准を本委員会で行うに当たり、我が国として今後とも国際人権の促進に寄与していく決意を明らかにするとともに、我が国に存在する部落問題やアイヌ民族問題、定住外国人問題などあらゆる差別の撤廃に向けて、引き続き努力を重ねていくことが肝要であると認識し、次の決議を採択する。」として、この条約の締結によって部落問題、アイヌ民族問題、定住外国人問題の解決に向けて積極的に取り組むことを国会の意志として政府に求めています。

また、決議文の中でも、政府は、本条約の批准に当たり、左記の事項につき誠実に努力すべきであるとして、「政府は、あらゆる差別の撤廃に向けて、一層の努力を払うこと。」とされました。(参議院の決議についても、衆議院と基本的には同様です。)
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(8)インド、ネパール等の報告書審議でもカースト問題がとりあげられている

人種差別撤廃条約の締約国から提出された報告書は人種差別撤廃委員会で審議されますが、インド、モーリシャス、ネパール政府の報告書の審議のなかで、委員からカースト制度に起因する差別の問題について質問が出されたり、勧告の中でこれらの差別の撤廃に積極的に取り組むことが求められています。

たとえば、1996年8月に行われたインド政府の第10−14定期報告書の審議後に採択された「最終所見」では、条約第1条にいうdescentがraceのみに関連するものではなく、インドにおける「指定カースト及び指定部族(the scheduled castes and scheduled tribes)の状況は条約の適用範囲内にある」と明言されています。

周知のように、カースト制度とは歴史的に形成された身分構造に起因する差別制度で、日本の部落差別もこの範疇に入る差別です。
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(9)国連人権小委員会の「決議」でも部落問題が含められている

さらに、昨年8月、国連人権の促進及び保護に関する小委員会(国連人権小委員会)は、「職業及び世系に基づく差別」に関する決議を採択しました。

この決議によれば、これらの差別は国際人権法によって禁止されている差別であること、これらの差別を抱えている国においては、これらの差別を禁止すること、等が明らかにされました。

この決議の提案者の提案理由説明の中では、これらの差別の中にはインドのダリットに対する差別や日本の部落差別、アフリカにおける同様の差別が含まれるとされています。
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(10)条約に加入する意義を踏まえること

最後に、条約に加入するのは、何のためなのかを考える必要があります。いうまでもなく、一つの意義は国際社会の仲間入りをしていくことにありますが、もう一つの意義は、条約の観点から、国内にある人権問題や、差別問題を見直し、それらの問題解決に役立てることにあります。

その点では、人種差別撤廃条約が国連で採択された年である1965年に出された内閣同和対策審議会答申の中で、「(日本社会における)最も深刻な社会問題である」と指摘された部落問題の解決にも、この条約加入を役立てる必要があります。