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国連文書・訳文
 
掲載日:2001.8.21

日本における被差別部落民のおかれている
現状と差別撤廃に向けた課題


I. 部落問題の概説

 1965年の内閣同和対策審議会答申では、「いわゆる同和問題とは、日本社会の歴史的発展の過程において形成された身分階層構造に基づく差別により、日本国民の一部の集団が経済的・社会的・文化的に低位の状態におかれ、現代社会においても、なお著しく基本的人権を侵害され、とくに、近代社会の原理として何人にも保障されている市民的権利と自由を完全に保障されていないという、もっとも深刻な社会問題である。」と規定されていた。

 その後、1969年7月に制定された同和対策事業特別措置法以降今日まで、一連の「特別措置法」に基づく施策により、同和問題は一定の改善をみてきてはいるものの、今日においてもなお深刻な日本の社会問題である。そのことは、1996年の地域改善対策協議会意見具申でも「ひるがえって、我が国固有の人権問題である同和問題は、憲法が保障する基本的人権の侵害にかかる深刻かつ重大な問題である。

  戦後50年、本格的な対策が始まってからも四半世紀余、同和問題は多くの人々の努力によって、解決にむけて進んでいるものの、残念ながら依然として我が国における重要な課題と言わざるを得ない。その意味で、戦後民主主義の真価が問われていると言えよう。また、国際社会における我が国の果たすべき役割からすれば、まずは足下とも言うべき国内において、同和問題など様々な人権問題を一日も早く解決するよう努力することは、国際的な責務である。」と指摘されている。

 被差別部落出身者に対する差別は、なお深刻な状況下にあるにもかかわらず、近年の政府の対応は、消極的なものとなってきている。たとえば、現行の「特別措置法」は、2002年3月末を持って期限切れを迎える。

  政府は、その後「特別措置法」の延長はしないとの態度をとっている。けれども、2002年3月以降、被差別部落出身者に対する差別を撤廃するための政府としての基本方針を確立するためには、少なくとも部落実態調査が必要であるが、現在までのところその計画はない。

  なお、1993年に総務庁地域改善対策室によって実施された同和地区実態把握等調査(以下「93年政府調査」と略)によれば、地域改善対策事業が実施されている地区は、4442地区で、そこに居住する世帯数は、298385世帯,人口は、892751人である。しかしながら、現実には6000カ所を超す部落が存在し、被差別部落民の人口は300万人を超すものと思われる。

《注》

* 同和問題・・・被差別部落出身者に対する差別問題を指す行政用語
* 同和関係者・・・被差別部落出身者を指す行政用語
* 同和地区・・・被差別部落(被差別部落出身者が住む集落)を指す行政用語
* 地域改善対策事業・・・被差別部落並びに被差別部落出身者がおかれている低位な状況を改善するための行政施策を指す行政用語(同和対策事業とも呼ぶ)

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I. 被差別部落民のおかれている実態

A.生活

1、生活実態

 1993年の総務庁地域改善対策室による同和地区生活実態把握等調査結果によれば、部落の場合、全国平均と比較して、生活保護受給世帯、住民税非課税世帯、住民税均等割り世帯など、低所得者層の比率が高い。

2、原因

 その原因は、差別の結果、教育や就職の機会均等が奪われ、失業状況におかれているか、仕事があったとしても不安定な仕事しか保障されてこなかったことによる。

3、犠牲者

部落の中でも、低所得者層に置かれている人びとを分析すると、高齢者、母子・父子家庭の人びとの比率が高い。

4、防止の手段

教育や就職における差別を撤廃すること。

5、救済策

生活相談の充実、職業紹介や職業訓練の充実、安定した仕事保障などが必要である。

6、戦略

短期的な戦略としては、上記5の救済策が必要であるが、長期的な戦略としては、教育と就職の機会均等を保障することが最も重要である。

B.暴力

1、暴力の実態

 部落差別の歴史をひもといたとき、部落に対する直接的な襲撃が行われた歴史がある。たとえば、1871年に封建社会にあった賤称を廃止する「解放令」が出されたが、その際、現在判明しているだけでも20件を上回る「解放令反対一揆」が生起し、一般の農民が部落を襲撃し、被差別部落民を殺傷したり、部落の家を焼き払ったりしている。

現在では、直接的な暴力行為は生起していないが、各地で多発している落書き、嫌がらせの投書、さらにはインターネット上で流されている情報などの中で「部落民を皆殺しにせよ」、「部落民を毒ガス室に入れて抹殺せよ」等と主張する差別扇動が増加してきている。

2、原因

 一般民衆の中に、根深い被差別部落民に対する差別意識が存在していること。バブル崩壊以降、日本社会でも失業者が増大し、一般庶民の生活も低下してきており、不満が募ってきている。その不満のはけ口、スケープゴートとして被差別部落民が見られている。このような状況下にあって、政府が部落差別撤廃に向けた確固とした諸方策を講じていないこと、たとえば、部落差別を禁止する法整備を行っていないと言う問題がある。

3、犠牲者

 差別落書きや差別投書の中には、直接被差別部落民個人を特定したものがあるが、多くは被差別部落民全体を誹謗したり、抹殺を呼びかけたりするものである。

4、防止の手段

 被差別部落民に対する直接的な暴力行為はもとより、被差別部落民全体に対する誹謗や抹殺を呼びかける行為も明確に法律で禁止すべきである。(ちなみに、日本は、人種差別撤廃条約に加入した際、差別宣伝や差別扇動等を禁止した第4条のa項,b項は留保していて、これらを禁止した国内法は存在していない。ただし、戦争宣伝と差別扇動を禁止した市民的及び政治的権利に関する国際規約の第20条には批准しているが、これを受けた国内法整備はしていない。)

5、救済策

 被差別部落民に対する直接的な暴力行為はもとより、被差別部落民全体に対する誹謗や抹殺を呼びかける行為に関する実効性のある公的な救済機関を整備する必要がある。

6、戦略

 上記4の防止の手段、5の救済策とともに、教育・啓発活動、広報活動等によって、被差別部落民に対する差別意識の払拭をはかるべきである。さらに、失業者に対する仕事保障を実施したり、社会保障を充実することによって一般民衆の生活の安定を確保していく必要がある。

C.ジェンダー

1、ジェンダーの実態

 被差別部落民の中の女性は、被差別部落民全体が置かれている状況より、さらに困難な状況に置かれている。たとえば、識字の状況、高校や大学への進学状況、労働の状況などに明確な格差が存在している。

資料 読むことの状況別世帯員数(性別)
区分
  
  総数(人)
全く読めない(%) カナなら読める(%) 漢字も少しは読める(%) 普通に読める(%)
不明(%)
総数
 
123,929
1.6
2.8
6.6
88.8
0.3
性別
58,668
1.1
1.6
5.6
91.5
0.2
65,247
2.0
3.9
7.4
86.4
0.3
不明
14
-
-
-
100.0
-

  
  総数
初等 教育
修了者
中等 教育
修了者
高等 教育
修了 者
不明
 
 総数
123,929

55.3

32.3
7.6
3.8
1.1
58,668
55.3
33.4
7.6
2.6
1.0
65,247
55.2
31.2
7.5
4.9
1.1
不明
14
21.4
64.3
14.3
-


部落解放運動の中にもジェンダーの問題が存在している。地域における日常の部落解放運動では女性の占める比率が高いが、部落解放運動の役員には女性の占める比重は少ない。

2,原因

被差別部落の女性は、部落差別に加えて女性差別を受けているため、いわば2重の差別を受けている。さらに、部落差別を受けているために、被差別部落の男性は、女性差別をすることによって日常的な不満の解消を図っている面がある。

3、犠牲者

 被差別部落の女性が被害者である。

4、防止の手段

被差別部落の女性には、その置かれている状況の改善に向けて特別の注意が払われる必要がある。

5、救済策

被差別部落の女性のおかれれている状況に関して相談にのるための相談員を配置する必要がある。

6、戦略

識字活動への女性の積極的な参加を呼びかけること。高校、大学にも女性が積極的に進学できるようにすること。保育所や児童館など子どもを地域で支える条件を整備し、女性が安定した仕事に就けるようにすること。特別養護老人ホーム、宅老所、ヘルパーなどを整備することによって、地域で高齢者を支えていける条件を整備し、女性が安定した仕事に就けるようにすること。家事や育児を男性も平等に分担するような教育を行うこと。

 部落解放運動の中でも役員に女性を積極的に登用すること。部落解放運動の中で女性部の活動を活性化すること。(部落解放同盟としてはそのための方針を策定し、実践しつつある。)

D.機会の平等

1、機会の平等の実態

 被差別部落民は、教育や就職の面で機会均等が保障されていない。雇用については、後述するとして、ここでは教育面について触れる。

 まず、教育面で言えば、学歴構造の面で見ると、部落の場合、全国平均と比較して不就学や未就学者、初等教育修了者の比率が多く、高等教育修了者の比率が少ない。

 高等学校への進学状況を見ると、1960年代前半では全国平均の半分以下であったものが、近年数%の差まで接近してきている。これは、1960年代の後半から被差別部落民の高校進学を促進するための奨学資金制度が地方自治体や国のレベルで整備されたことによる。しかしながら、現在でも進学時点で数%の開きがあるし、部落の場合、中途退学者が多いので、卒業時点で見ると10%程度の開きが存在している。このような現状がありにもかかわらず、国は、2002年3月末をもって、特別の奨学資金制度を終了させようとしている。

大学進学の状況を見ると、高まってきてはいるものの、部落の大学進学状況は全国平均の60%程度である。大学進学の分野でも、国は、2002年3月末をもって、特別の奨学資金制度を終了させようとしている。

2、原因

学歴構造、高校進学、大学進学面などでの明確な格差の原因としては、まず、差別の結果、部落には低所得者が多く経済的な面の壁がある。ついで、親自体が教育の機会均等が保障されてこなかったことから子どもを取り巻いている教育環境面での不利な状況がある。さらに、たとえ高校、大学を卒業したとしても就職面で差別されるおそれがあるという将来に対する不安という壁がある。

3、犠牲者

差別の結果、学校に行けなかった人が高齢者の中にはある。これらの人びとの中には、読み書きに不自由している人びとがいる。また、差別の結果家が貧しく、高校や大学には行けなかった人がある。

4、防止の手段

経済的な理由で高校、大学への進学を断念しなくともよい奨学資金制度の整備が必要である。

5、救済策

 読み書きが困難な人びとが参加できる識字教室の開設・充実が必要である。また、2002年4月以降も、高校、大学へ進学できるための奨学資金制度の整備が必要である。

6、戦略

識字教室の整備、奨学資金制度の整備、親、地域、学校の連携の確立によって、高校、大学への進学率を高めていく必要がある。さらに、就職における差別を撤廃する必要がある。

 なお、21世紀はインターネットの世紀と言われている。けれども、2000年に大阪府が実施した調査によれば、パソコンの保有状況やインターネットの利用状況を見ると、部落の場合、全国平均の半分で、デジタルディバイドが明らかに存在している。

 このため、部落にある隣保館や教育集会所、児童館等にインターネット通信が可能なパソコンを積極的に配備し、講習事業を開設することなどが必要である。

E.命と安全

1、現状
 
原子力発電所が被差別部落の周辺に建設されている現実がある。(例・福井県高浜原発、愛媛県伊方原発)

2、原因
 
原子力発電所の建設には、周辺住民の反対がある。そこで、人口も少なく、周辺地域から孤立した部落の周辺に建設することとなっている。

3、犠牲者
 原発の付近の被差別部落にすむ部落民、及び原発で働く被差別部落の労働者。

4、防止の手段
 原発の建設にあたっては、情報を完全に公開し、被差別部落民にも発言の保障をすること。

5、救済策
 不安、苦情の受付をするとともに、安全対策の確立が必要である。

6、戦略
 
原発に関する情報の完全な公開、被差別部落民の発言の保障、安全策の確立が必要である。なお根本的な問題としては、原発を撤去し、太陽熱や風力発電等への切り替えが必要である。

F.土地と労働

1、現状
 歴史的に見ると被差別部落の立地条件は良くないところが多い。例えば、河原やがけの下等に被差別部落があることが多い。
 また、田畑を所有していなかったか、例え所有していても田畑の所有面積は多くはなかった。このため、被差別部落の80%は農村地帯に存在しているが、農業で生活できる部落は極めて少ない。

2、原因
 
封建社会下の身分制による役負担として、被差別部落民は死牛馬の処理をすることによって皮革を上納すること、城の清掃や下級警吏の役目を強制されたことによる。近代になって、これらの役負担から解放されたが、農業においては小作人になった被差別部落民が多い。現代においてはごくわずかの農地しか持たないため、過疎化が進行している。

3、犠牲者
 農村地帯の被差別部落民

4、防止の手段
 小規模零細農家の育成策を講じることが必要である。

5、救済
 小規模零細農家に対する相談員制度を充実させる必要がある。

6、戦略
 被差別部落の小規模零細農家に対する相談員や協業化促進を支援したりする施策が2002年3月末でうち切られることとなっている。それ以降、被差別部落も含む小規模零細農家の育成策を新たに創設する必要がある。

G.雇用

1、雇用の現状
 被差別部落の雇用の現状を見ると、不安定労働者が多い、零細規模の事業所に従事している労働者が多い、現業労働者が多いという特徴がある。この結果、被差別部落の労働者の年間所得を見ると低所得者で多く高所得者で少ないという実状にある。

2、原因
 大企業を中心に部落出身者を採用しないと言う就職差別がある。例えば1975年には部落地名総鑑差別事件が発覚した。また、1998年には「差別身元調査事件」が発覚している。さらに、差別の結果教育の機会均等が保障されていないため、不安定で零細な企業に就職することを余儀なくされている。

3,犠牲者
 被差別部落の失業者、日雇い労働者、零細企業で働いている人びと。

4、防止の手段
 
就職差別を法律で禁止すること。ちなみに日本は雇用と職業における差別を禁止したILO111号条約に批准していないし、就職差別を禁止した国内法は存在していない。

5、救済
 被差別部落の失業者や日雇い労働者、さらには零細な企業で働く人びとに対する職業相談の充実。職業訓練の充実。安定した仕事保障。

6、戦略
 就職差別を明確に法律で禁止すること。職業相談を充実するとともに職業訓練を充実すること。教育の機会均等を保障すること。

H.結婚

1、結婚差別の現状
 1993年に実施された総務庁地域改善対策室による同和地区実態把握等調査によれば、被差別部落民の3人に1人は差別を受けた体験を持っている。その内訳としては、結婚(24.2%)、地域社会(23.6%)、職場(21.2%)、学校(16.4%)、就職(6.8%)等となっているが、最も多かったのは、結婚に際して受ける差別である。

 1993年の調査では、国民の意識調査も実施されたが、親の立場として、自分の子どもが被差別部落出身者と結婚する際になんらかの意味で反対すると回答した人はおよそ60%に上っている。若い人たちの間でも、相手が被差別部落出身者であるということが分かったり、親や親戚が反対すると結婚しないと回答した人はおよそ20%もある。

この結果、自殺にまで追い込まれた被差別部落出身の青年は少なくないし、例え自殺に至らなかったとしても、心に深い傷を負っている被差別部落出身の青年男女は少なくない。

 また、結婚差別に際して興信所・探偵社などの調査業者による身元調査が介在することが多い。

2、原因
 一般民衆の中に、根深い被差別部落出身者に対する差別意識がある。また、日本社会には、個人を個人として評価するのではなく、その個人がいかなる社会的な地位を占めた「イエ」に属しているかで評価するという風潮が根強い。さらに、調査業者による部落差別調査が国の段階では禁止されていないという問題がある。(47都道府県中5府県では条例で禁止されている。)この他、戸籍が家族単位となっていて、先祖の出身地を意味する本籍地欄をともなっていることも結婚差別の根絶を困難にしている制度である。

3、犠牲者
 結婚差別を受けた被差別部落出身の青年男女及びその家族

4、防止の手段
 調査業者による部落差別調査を国のレベルでも禁止する。

5、救済策
 結婚差別を受けた場合、真摯に相談に応じ、差別をしている相手側にその不当性を説得するための実効性のある救済機関を設置すること。

6、戦略

教育・啓発活動によって、一般民衆の中にある差別意識を払拭すること、また、「イエ」によって個人を評価するのではなく、その人自身で評価する風潮を強めていくこと。調査業者による部落差別調査を禁止すること。結婚差別を受けた人を救済するための実効性のある救済機関を設置すること。住民登録制度が別に存在しているので、戸籍制度や本籍地を廃止すること。なお、戸籍制度や本籍地を廃止するまでの過渡的な措置として、戸籍謄本や抄本がとられた場合、必ずとられた本人に通知が行く制度を導入すること。(現在は、この制度が存在しない。)

I.グローバリゼーション

1、グローバリゼーションの影響
 グローバリゼーションの影響は、被差別部落の産業、とりわけ皮革や食肉関係で顕著に出ている。例えば、靴やグローブ、ミットに関連した産業を見ると、低価格の製品は発展途上国から輸入され、高級品についてはアメリカ・ヨーロッパ等から輸入されることによって、廃業に追い込まれた業者は少なくなく極めて困難な状況に置かれている。

原因
 自動車や電気製品、さらには電子機器などの大企業の利益を優先する政府の産業、貿易政策がとられる一方で、皮革や食肉産業を育成する政策については極めて弱いことに原因がある。

3、犠牲者
 廃業に追い込まれた被差別部落の皮革や食肉に関連していた業者、並びにそこで働いていた労働者と家族。

4、防止の手段
 自動車や電気製品さらには電子機器優先、皮革や食肉産業切り捨て政策を改めること。

5、救済
 被差別部落の皮革や食肉産業の育成策を確立すること。廃業を余儀なくされた業者やそこで働く人びとへの転業支援策を講じること。

6、戦略
 政府や地方自治体として、皮革や食肉産業を育成するための抜本的な支援策を確立すること。

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úL 日本国内の基準

A.1947年5月に施行された日本国憲法では第13条で「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他国政の上で、最大の尊重を必要とする。」と個人の幸福追求権が定められるとともに、第14条1項で「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分または門地により、政治的、経済的または社会的関係において、差別されない。」と規定され、差別は一般的に否定されている。

 また、居住、職業、婚姻、教育、勤労についても以下のように定めらている。

* 「何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。」(第22条‡@)
* 「婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。」(第24条‡@)
* 「すべての国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。」(第26条‡@)
* 「すべての国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ。」(第27条‡@)


B.けれども日本国憲法による、これらの規定は、現実に存在している部落差別を撤廃するためには、ほとんど役に立たなかった。その理由は、日本国憲法のこれらの規定を実施していくための具体的な法律の整備や施策が講じられなかったからである。

C.1950年代の後半以降、被差別部落民の、居住や職業、教育などの面で置かれていた劣悪な実態の改善を求めた大衆的な運動が部落解放同盟を中心に展開された結果、1965年8月「同和問題の早急な解決は国の責務であると同時に国民的な課題である。」とした内閣同和対策審議会答申が出され、1969年7月には、同和対策事業特別措置法が制定された。それ以降、2002年3月末まで、一連の「特別措置法」が施行されてきている。

D.30有余年に及ぶ「特別措置法」に基づく施策によって、被差別部落の住環境面の実態は一定改善された。また、高校や大学への進学も高まってきた。地方自治体の現業部門を中心に仕事を保障される人びとも生まれてきた。

E.この結果、政府は、2002年3月末をもって、「特別措置法」を終結させ、それに基づく施策も終了するとしている。けれども、住環境面の改善とて終わったわけではない。残されている事業もあるし、初期に実施された事業は全面的な改修が必要となっている。また、被差別部落と周辺地域との連携をもった住環境面の改善も必要である。高校進学や大学進学面での格差は今なお明確に存在している。インターネット時代の到来に対応したパソコンの積極的な普及も差し迫った課題となっている。また、結婚差別や就職差別も後を絶たないし、差別落書きやインターネットを悪用した差別宣伝や差別扇動は多発している。

F.1996年5月に政府の諮問機関である地域改善対策協議会から出された意見具申では、「これまでの取組によって改善されてきたものの、同和問題は依然として我が国における重要な課題である。」と指摘し、‡@依然として根深く存在している差別意識を克服するための教育・啓発活動の充実、‡A差別事件の被害者の効果的な救済、‡B生活、教育、雇用面などで存在している格差を是正していくための施策の実施等の必要性を指摘した。

G.この内、教育・啓発と救済については、1996年末に5年間の時限立法として人権擁護施策推進法が制定された。この法律の第2条には、「人権教育・啓発の推進及び人権侵害の救済が国の責務である」ことが盛り込まれるとともに、これらの充実強化の在り方を検討するために人権擁護推進審議会が設置された。この内、人権教育・啓発の充実に関する答申が1999年7月に出されたが、行財政的措置の必要性を指摘するにとどまった。けれども、部落解放同盟を中心とする広範な世論の高まりを受けて2000年11月、議員立法として「人権教育及び人権啓発の推進に関する法律」が制定された。この法律では、人権教育・啓発の推進が国、地方自治体、国民の責務であることが盛り込まれている。

H.一方、人権侵害の救済については、2001年5月をめどに答申を出すべく審議が積み重ねられてきている。2000年11月には、審議会より「中間取りまとめ」が公表されたが、‡@悪質な差別の禁止の必要性が盛り込まれていない、‡A政府から独立した人権委員会設置の必要性が不明確である、‡B中央集権的な人権委員会の構想が示されていて、中央レベルだけでなく地方レベルでも独立した人権委員会を設置する必要性が盛り込まれていない、‡C委員や事務局に関してジェンダーバランスのみならず被差別の当事者の代表を積極的に選任する必要性があることの指摘がない等の問題がある。

I.さらに、教育や雇用面の格差を是正する施策に関しては、2002年3月末まで「特別措置法」が施行されている。その後どのような方策を講じていくのかについて検討するためには、今日時点の実態調査を実施することが不可欠であるが、政府は2001年2月現在、実態調査は実施しないとしている。それのみならず、これまで政府各府省庁をあげて総合的に部落差部撤廃のための取組を実施していくための窓口として設置されてきた総務省地域改善対策室も2002年3月末をもって廃止するとしている。

J.なお、地方自治体レベルでは、部落差別撤廃・人権条例や人権のまちづくり条例を制定し、部落差別をはじめあらゆる差別撤廃に取り組んでいるところが次第に増えてきている。2001年1月時点で、その数は650を超している。(注・日本の地方自治体数は、およそ3300)

 これらの条例の内容を分類したとき、‡@調査業者等の部落差別調査を規制したもの、‡A部落差別を撤廃するための総合的な施策の実施の必要性を規定したもの、‡B部落差別をはじめあらゆる差別を撤廃し人権を確立するための総合的な施策の実施の必要性を規定したもの、‡C人権が尊重されたまちづくりを推進していくための総合的な施策の実施の必要性を規定したもの、に分類される。

 なお、日本では、あまりにも中央集権的であった20世紀を反省することの中から、2000年4月から地方分権推進法が施行されて、地方自治体の果たす役割は大きくなってきている。

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úM,国際基準

A.部落差別を撤廃していく上で、国際人権規約をはじめとした国際的な人権基準は極めて大きな役割を果たす。このため部落解放同盟をはじめ部落差別撤廃に取り組む人びとは、国際人権規約や人種差別撤廃条約などの批准促進運動を活発に展開するとともに、日本が締結した国際人権諸条約の実施に向けて、報告書の審査にちなんだNGOレポートの作成等にも積極的に参加してきている。

 日本は、2001年2月時点で、経済的社会的及び文化的権利に関する国際規約(社会権規約)、市民的及び政治的権利に関する国際規約(自由権規約)、難民条約、女性差別撤廃条約、子どもの権利条約、人種差別撤廃条約、拷問等禁止条約等10の条約に批准または加入している。

B.この内、自由権規約や社会権規約、さらには人種差別撤廃条約が部落問題解決にとって関わりが深い条約である。例えば、

* 社会権規約や自由権規約には、差別の禁止規定がある。
* 社会権規約では、雇用、居住、婚姻、教育面等での詳細な規定がある。
* 自由権規約では、プライバシーの法的保護、差別扇動の禁止等の規定がある。
* 人種差別撤廃条約では、‡@差別宣伝・差別扇動、これらを目的とした団体の結成や加入などが禁止されている、‡A劣悪な実態に置かれている人びとに対する特別施策は差別ではなく必要な施策であることが明記されている、‡B差別的偏見を取り除くための教育、教授、広報、文化活動の必要性が盛り込まれている、‡Cさらに、居住、雇用、婚姻等の面での差別が禁止されている、‡D国や地方自治体は、個人、集団等による差別を禁止し終了させる義務を負っていることが明記されている


C.けれども、日本政府は、社会権規約や自由権規約を国内で実施するための法制度の整備を行っていないという問題がある。例えば、雇用面での差別や差別宣伝や差別扇動を禁止する国内法を整備していない。また、部落差別が人種差別撤廃条約の対象、とりわけ「世系(descent)」に含まれる問題として捉えようとしないという問題がある。

D.さらに、自由権規約に関する第1選択議定書、人種差別撤廃条約第14条など、個人または集団による通報を認めた条項には批准または承認していないという問題がある。さらに、雇用と職業における差別を禁止したILO111号条約、教育における差別を禁止したユネスコの条約にも批准していないという問題もある。

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úN,公務員、警察官、検察官、裁判官

A.公務員、警察官、検察官、裁判官の中でも被差別部落民に対する差別意識は存在している。

B.その典型的な事例が、狭山差別裁判と呼ばれている事例である。1963年5月、東京に隣接する埼玉県狭山市において女子高校生の誘拐殺人事件が生起した。この犯人の逮捕に窮した捜査当局は、被差別部落民ならやりかねないという差別意識に基づき、被差別部落出身の石川一雄さんを別件で逮捕し、ありとあらゆる手段を講じて自白を強要した。一審での死刑判決後、石川さんは、警察官の甘言にだまされたことに気付き、無実を主張した。その後東京高裁は、無期懲役を言い渡し、最高裁でもこれが確定した。その後2度にわたる再審請求がなされているが、未だに再審が認められていない。

 現在、検察側がもっているすべての証拠を弁護団にも開示することが求められているが、実現していない。なお、1998年11月、国際人権自由権規約委員会の日本政府第4回報告書の審査に基づく勧告でも公平な裁判を保障するために弁護団への証拠開示の必要性が指摘されているが、2001年2月現在、実施されていない。

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?,結論

A.日本政府への要求

1,全面的な部落実態調査を早急に実施すること。

2,部落差別撤廃に向けた総合調整・企画立案機能をもった窓口を内閣府または総務省に設置すること。

3,部落差別撤廃基本方針、基本計画を策定すること。

4,上記2,3を効果的に実施していくための法整備を行うこと。

5,「人権教育・啓発推進法」の具体化・充実をはかること。特に「人権教育のための国連10年」国内行動計画を充実させた「基本計画」を策定するとともに、この法律の所管を内閣府に移管すること。

6,部落差別を禁止し、実効性のある救済を可能とする法律を制定し制度の整備を行うこと。

とくに、就職差別、調査業者による部落差別調査、部落差別扇動等を禁止すること。また、政府から独立した人権委員会を中央・地方に設置し、その委員なり職員には被差別のマイノリティー出身者を積極的に採用すること。

7,人種差別撤廃条約の対象として部落差別を承認し、人種差別撤廃委員会への報告書に部落差別を含むこと。また、人種差別撤廃条約を受けた国内法を整備すること。

8,国際人権自由権規約に関する第1選択議定書の批准、人種差別撤廃条約第14条の承認を早急に行うこと。

9,雇用と職業における差別を禁止するILO111号条約、教育差別を禁止したユネスコの条約を早期批准し国内法を整備すること。

B.地方自治体への要求

1,全面的な部落実態調査を早急に実施すること。

2,部落差別撤廃に向けた総合調整・企画立案機能をもった窓口をひきつづき設置すること。

3,部落差別撤廃基本方針、基本計画を策定すること。

4,上記2,3を効果的に実施していくための条例を制定すること。

5,「人権教育・啓発推進法」の具体化・充実をはかること。特に「人権教育のための国連10年」行動計画を策定し、法律に基づく「基本計画」と位置づけること。

6,悪質な部落差別行為を禁止した条例を整備するとともに、実効性のある救済機関を設置すること。

C.アジア・太平洋地域への要求

1,アジア・太平洋地域に存在する各国が、国連やILO、ユネスコ等が制定した人権諸条約を積極的に批准し、国内法を整備すること。

2,アジア・太平洋地域に存在する各国において、パリ原則を踏まえた国内人権機関を整備すること。

3,アジア・太平洋地域に存在する「職業と世系に基づく差別」の実態を明らかにし、差別を撤廃するための方策を提言すること。このためのフォーラムを開催すること。

4,アジア・太平洋地域における地域的人権保障の整備に向けた取組を促進すること。

D.国連等への要求

1,国連等の採択した差別撤廃と人権確立にちなんだ条約をすべての国が批准または加入し、国内で実施することの呼びかけを強化すること。

2,とりわけ、人種差別撤廃条約、ILO111号条約、教育差別禁止条約をすべての国が批准または加入し、国内で実施することの呼びかけを強化すること。

3,人種差別撤廃条約の対象に、日本の部落差別やインド等で見られるダリットに対する差別が含まれることを明確にすること。

4,2000年8月の国連人権小委員会で採択された「職業と世系に基づく差別に関する決議」が守られるよう積極的な支援を行うこと。

5,インターネットを悪用した差別宣伝や差別扇動を禁止した条約を採択すること。

6,差別撤廃と人権確立にとりくむNGOを積極的に支援するとともに、国連活動への一層の参画を保障すること。

E.企業への要求

1,企業並びに企業団体が基本方針などで、国際人権規約や人種差別撤廃条約などを尊重し、差別を撤廃し人権を尊重することを明確にすること。

2、採用にあたっての部落差別を撤廃すること。

3,企業内で、企業のトップも参加した差別撤廃と人権尊重のための委員会を設置し、専任の担当者を配置すること。

4,企業内での差別を撤廃するための方針と計画を策定すること。また、この計画を実施するための予算を確保すること。とくに、企業内での部落差別撤廃に向けた研修を積極的に実施すること。

5,被差別部落民をはじめとするマイノリティ−出身者を積極的に雇用するとともに、マイノリティ出身者が経営する中小零細業者との取引を積極的に行うこと。

6,部落差別をはじめとする差別撤廃と人権確立に取り組むNGOを積極的に支援すること。

【注】1975年11月に発覚した部落地名総鑑差別事件を反省することの中から東京や大阪等10数府県に同和問題企業連絡会(部落差別撤廃に取り組む企業の会)が結成されている。

F.宗教団体への要求

1,それぞれの教団や宗派の教義の中にある部落差別等につながる差別的な教えを見直すこと。

2,それぞれの教団や宗派の中にある部落差別等につながる差別的な慣行を見直すこと。

3,それぞれの教団や宗派の中に、トップも参画した差別撤廃と人権確立の委員会を設置すること。さらに、専任の担当者をおくこと。

4,それぞれの教団や宗派の中で、差別を撤廃し人権を確立するための方針と計画を策定すること。また、計画を実施するための予算を組むこと。とくに教団や宗派内での部落差別撤廃に向けた研修を強化すること。

5,部落差別をはじめとした差別撤廃と人権確立にとりくむNGOを積極的に支援すること。

【注】1979年に生起した第3回世界宗教者平和会議における差別事件を反省することの中から『同和問題』と取り組む宗教教団連帯会議が結成されている。

G.マスメディアへの要求

1,マスメディアが部落差別をはじめとする差別撤廃と人権確立のために積極的な役割を果たしていく社会的使命があることを、基本方針等で明確にすること。

2,マスメディア内に差別撤廃と人権確立に積極的に取り組んでいくための委員会を設置すること。その委員会には、決定権限を持つメンバーを必ず含むこと。専任の担当者を配置すること。

3,マスメディア内で、差別を撤廃し人権を確立するための方針と計画を策定すること。計画を実施するための予算を確保すること。とくに部落差別撤廃に向けた研修を強化すること。

4,被差別部落民をはじめとするマイノリティの出身者を積極的に採用すること。

5,部落差別をはじめとするマイノリティに対する差別撤廃人権確立にとりくむNGOに積極的な発言の機会を提供すること。

6,マスメディアによる差別や人権侵害については誠実に対応する第3者による苦情処理機関を設置すること。

H.大学等への要求

1,大学の基本方針の中に、大学が差別撤廃と人権確立に積極的な役割を果たしていく社会的使命があることを明記すること。

2,大学の中に、差別撤廃と人権確立のための委員会を設置すること。

3,大学として、差別撤廃と人権確立のための方針と計画を策定すること。計画の実施のための予算を確保すること。とくに、部落差別撤廃のための研修を実施すること。

4,大学の講義や研究の中に、明確に部落差別をはじめ差別撤廃と人権確立を位置づけること。

5,大学の教職員、学生に被差別部落出身者をはじめとするマイノリティ出身者を積極的に採用すること。

6,大学での必修科目として、国際人権規約や人種差別撤廃条約等の学習を位置づけること。

7,各方面で差別撤廃と人権確立の推進者を育成するとともに、差別撤廃と人権確立に向けた研究を深めるために国際人権大学院大学を設置すること。

以 上