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国連文書・訳文
 
掲載日:2002.9.10
「職業及び世系に基づく差別」に関する決議

E/CN.4/sub.2/RES/2000/4


人権の促進及び保護に関する小委員会は、

世界人権宣言第2条が宣言するように、すべて者が人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治的意見その他の意見、民族的若しくは社会的出身、財産、出生または他の地位等によるいかなる差別を受けることなく同宣言に掲げるすべての権利及び自由を享有することができることを再確認し、

職業及び世系に基づく差別が、歴史的に世界の様々な地域において社会の特性をなしてきたこと、及び世界の総人口の相当程度の人々に影響を及ぼしてきたことを認識し、

関係国政府が、職業及び世系に基づく差別の慣行を廃するためにとった憲法上、立法上及び行政上の措置を認め、

しかしながら、職業及び世系に基づく差別が当該社会に根強く存続していることを懸念し、

1.職業及び世系に基づく差別が、国際人権法により禁止されている一形態の差別であることを宣言する。

2.政府に対して、職業及び世系に基づく差別を禁止し、及び救済をはかるるために必要なすべての憲法上、立法上及び行政上の措置(適当な形態の積極的差別是正措置を含む。)が適切なものであることを確保すること、並びに、当該措置があらゆるレベルのあらゆる国家の当局によって尊重され、及び実施されることを確保することを要請する。

3.政府に対して、自国の管轄の下にあるすべての個人又は団体であって、職業及び世系に基づく差別の慣行に従事したと認められるすべてのものに、適当な法的処罰及び制裁(刑事制裁を含む。)が規定され、及び適用されることを確保することを求める。

4.グネセケレ氏に対して、財政支出を伴うことなく、次の目的をもって、職業及び世系に基づく差別の問題に関するワーキング・ペーパーを作成する任務を委ねることを決定する。

a)職業及び世系に基づく差別が実際に継続して行われている社会を特定すること。

b)当該差別を廃止するための、既存の憲法上、立法上及び行政上の措置を検討すること。

c)当該差別を効果的に撤廃するための、当該検討に照らして適当と考えるいかなる一層の具体的な勧告及び提案をも行うこと。

5.第53会期において、同一の議題のもとで、この問題を継続して審議することを決定する。


[解説]

人権小委員会が世系による差別に関する決議を採択、部落問題にも言及

2000/8/17 IMADR

 8月11日、国連人権小委員会(第52会期)はその歴史上初めて、世系による差別に関して決議を採択した(注)。これは「職業と世系による差別について」と題されるもので、職業と世系にもとづく差別が世界のさまざまな国に存在すること、関係政府は職業と世系による差別を禁止し、救済を図るための措置をとること、差別行為に対して刑事罰を含む処罰・制裁を行うこと、などを勧告している。そして、この問題について人権小委員会メンバーであるグネセケレ氏(スリランカ出身)にワーキング・ペーパーと呼ばれる研究報告書を作成するよう求めている。これによって、インドを初めとする南アジアに存在するカースト制度に基づく差別だけでなく、日本の部落差別、アフリカに存在する同様の差別も具体的な研究の対象となる。

 この決議はイギリス出身のハンプソン氏が提案したものだが、その提案趣旨説明の中で世系による差別の事例として日本の部落差別も含むと発言している。日本の横田洋三委員も共同提案者に名を連ねている。決議は無投票で採択されたが、唯一ナイジェリアの委員が反対を表明した。これはナイジェリアにも同様の差別があることが影響しているのではないかと言われている。

この決議によって、まず来年も人権小委員会で世系による差別を議題の一つとしてとりあげることが可能になった。つまり、部落問題についてより普遍的観点から訴える場ができたということである。しかし、この決議の最大の成果はワーキング・ペーパーを作成するという点にある。ワーキング・ペーパーという制度は、特別報告者(有名な例ではクマラスワミ氏が務める女性への暴力特別報告者)制度などに比べれば、実際に行える調査・研究の規模や程度は限られているものの、(1)職業と世系による差別を受けているグループを特定する、(2)差別撤廃のために存在する憲法上、立法上、行政上の措置について調査する、(3)差別撤廃のための勧告と提案を行うことを任務としており、来年はじめに予定されている人種差別撤廃条約第一・二回日本政府報告書の審査と併せて、この機会を十分に活用すれば部落差別を国際社会に知らせ、国際人権の観点からあらためて日本政府に差別撤廃の措置をとるよう求めるにあたって武器となりうる。

[決議採択に至った経過]

この決議は唐突に出てきたのではなく、その背景にはインドのダリットの人々を中心とし、IMADRもその一員であるNGO による国際的な協調ロビー活動とキャンペーンがある。インドでは1998年よりNational Campaign on Dalit Human Rights (全国ダリット人権キャンペーン)が組織され、署名キャンペーンなどを展開していた。また今年3月、カースト差別に関する国際NGOの会議がロンドンで開かれ、これにはIMADRからもジュネーブ事務所の田中敦子が参加した。この会議でダリットとの国際連帯ネットワークが結成され、以後国連を舞台にしたロビー活動を繰り広げているが、田中敦子もその中で重要な役割を担っている。IMADRはこのネットワークの中で、ダリットへの差別だけでなく、日本の部落差別や南アジアの他国、さらにアフリカに存在する同様の差別もキャンペーン対象に含むべきだと当初から主張してきた。その結果、ダリット問題にとりくむ他の国際NGOの国連での発言においても、ダリット差別だけでなく部落差別にも触れられるようになっている。

 こうした一連のロビー活動・キャンペーンのハイライトとなったのが、人権小委員会で上記の決議が採択される直前に、人権小委員会委員、人種差別撤廃委員会委員を対象にジュネーブで開催された「カースト差別に関するブリーフィング」(8月9日)である。これは当初カースト差別のみを念頭においたものだったが、IMADRの働きかけの結果、部落問題について訴える機会を得、急遽、部落解放同盟から高橋正人書記長が代表として出席することになった。

 人権小委員会の決議は、来年の反人種主義・差別撤廃世界会議で門地による差別をきちんと取り上げさせるためにも大きな一歩となる。といってもその道のりは平坦ではない。今回の決議採択の際もインド政府からの反対があったように、これからも関係国政府からの反対が予想される。しかし、同じ被差別のグループが他のNGOと共同してキャンペーンやロビー活動を行えば、不可能に見えたことも実現できる。今回の決議採択はそれを実証してみせた。

<注>

 この決議は英語では “Discrimination based on work and descent”というタイトルになっている。もともとの決議案のタイトルは”Discrimination based on occupation and descent”だったが、英語のoccupationには「占領」という意味もあり、またフランス語に訳すとさまざまな語に訳せるという議論が出て、結局”work”(「仕事」の意味)に落ち着いたという経緯がある。よって、ここではworkを職業と訳した。また、descentは人種差別撤廃条約における人種差別の定義(第1条)にある語で、公定訳は「世系」となっているためここでも世系とした。

(反差別国際運動(IMADR)事務局次長(当時) 藤岡 美恵子)