1.はじめに
ネパールは生態学的および社会文化的多様性を特徴とする。社会文化的多様性は人種/カースト・エスニック、言語、宗教、文化、ジェンダーそして地域の多様性に表れている。例えば、ネパールには92以上の方言/言語があり、101のカースト/エスニックグループがいる(CBS, 2001)。
宗教的多様性はネパール社会のもう一つの特徴である。様々な集団が、アニミズム、ボン教、Kirata、仏教、ヒンズー教、イスラム教そしてキリスト教など、異なる宗教を信仰している。1990年憲法はネパールをヒンズー教国として宣言し、世界で唯一のヒンズー教国となった。
ネパールは生態学的には北から南に3つの地域に分かれる:山岳部、丘陵部そしてタライ平原部である。同じく、ネパールを地域開発の角度からみれば、東西に5つの開発地域に分かれる:東部、中部、西部、中西部そして極西部である。農村地域と都市部との格差は拡大を続けている。ジェンダー間の格差はネパール社会のもう一つの側面である。家父長的なヒンズーの宗教と文化により、女性に対する支配は最高潮に達している。多くの先住民族集団/ダリットのカースト集団にみられた平等主義的な社会構成は、徹底的なヒンズー化およびサンスクリット化、すなわち国内植民地化のプロセスにより、カーストの階層と浄・不浄の概念の影響を受けた(Bhattacham, 1998;イイジマ,1963;Sharma, 1977)。
2.ネパールのダリット
ダリットは南アジアに集中している。文明の夜明けより、インド亜大陸はヒンズーの規範と価値に支配されてきた。この規範から、ネパール社会は、ヴァルナと呼ばれる階層制度のもと、主に4つのグループに分けられてきた。伝統的に司祭の職に就き、階層の最高位にいるブラーミン。ブラーミンのすぐ下に位置するチェトリは武将である。チェトリの下には商人のバイシャが続く。階層の一番下に位置するのは、ダリット や不可触民と呼ばれてきたシュードラで、上位3つのカーストに奉仕するものと考えられている。
14世紀、カトマンドゥのKing Jayasthiti Malla 〔ジャヤスティティ・マッラ王〕は、インドから招いた4人のブラーミンの助言にしたがい、先住民族のNewar 〔ネワ−ル〕(注1) を64の職業別カーストに構成しなおした。これら64のカーストは、世系や帰属ではなく、職業のもつ性質に基づいて構成された。後年、ネワ−ルの社会や文化がヒンズー化されたことにより、多くのネワ−ルはヒンズー教を信仰するようになった。その結果、ネワ−ルの社会は、ちょうどヒンズー社会のように、非常に階層的な社会に変質した。例えば、Rajopadhyaはネワール内でブラーミンになり、Shrestha 〔シュレスタ〕がそれに続いた。このネワ−ルのカースト階層において、Pode 〔ポデ〕とKusule 〔クスレ〕は最下位におかれ、その他のカースト集団のダリットのような扱いをうけた。
104年間続いたラナ家による寡頭政治、ラナ専制政治の最初の首相であるJanga Bahadur Rana 〔ジャンガ・バハドゥル・ラナ〕がその政権時代に発布したネパール国内法典〔The National Code of Nepal〕(1854年)は、ネパールにおいて不可触制とカースト差別を普遍化させ強化させることを認めた。それは、国全体で初めて制定された法律であった。法的処罰はどのカーストの層に属しているかによって決まった。4つの異なるカースト集団が同じ罪を犯した場合、Bahuns-Chhetris 〔バフン・チェトリ〕(注*1)は一番軽い罪で、ダリットは一番重い罪を受けた。1854年の国内法典によって、4つの社会的カースト集団が設けられた。一番上にきたのがTagadharis〔タガダリ〕で、聖なる紐(聖紐)を身に付けることができる人々といわれていた。その次がMatawalis 〔マトワリ〕(注2)(注*2)で、元はヒンズー教徒ではなくネパールの先住民族であった。3番目がPani Nachalne choichito halnu Naparne 〔パニ・ナチャルネ、チョイチト・ハルヌ・ナパルネ〕(注*3)という人々で、彼ら/彼女らには触れることはできるが不浄な者として位置づけられた。最下層がPani nachalne choi chito halnu partne 〔パニ・ナチャルネ、チョイチト・ハルヌ・パルネ〕(注*4)で、不可触カーストとして位置づけられた。Matawalis 〔マトワリ〕はさらに奴隷化不可能なマトワリと奴隷化可能なマトワリの2つの小グループに分けられた。
Newar 〔ネワ−ル〕について指摘しておきたい。ネワ−ルは、4つの階層に分散している。ネワールはヒンズー教徒ではなかった。また、世系ではなく、職業に基づくカースト集団である。14世紀のマッラ王の時代に、インドから招かれた4人のブラーミンの助言にしたがい、ネワ−ルは64の職業別カーストに分類された。この時代に職業に基づく差別が頂点に達した。この、職業に基づく多様なカーストはラナ政権時代に、4つの階層に分けられた。Rajouadhya Brahmin がタガダリに所属し、マトワリにはBajracharya / Shayka / Urayが存在する。Khadgi、Kapali、Rajakaは第3の階層に所属するものの、私たちの社会では不可触民の扱いを受けており、人々は彼ら/彼女らから提供される水を受けつけない。最下層には Dyahla、Cyamkhalah がいる。
カースト/エスニックグループ |
エスニック系列 |
I. Tagadhari〔タガダリ〕(“聖紐を身に着ける者”あるいは“2度生まれる者”) |
Upadhya Brahmin〔ウパッディア・ブラーミン〕(バフン)
|
P |
Thakuri(王族カースト)
|
P |
Chhetri〔チェトリ〕(クシャトリア)
|
P |
Rajouadhya ブラーミン(Deva Bhaju〔デオ・バジュ〕)
|
N |
インド・ブラーミン
|
その他 |
Sanyasi 〔サンニャシー〕(苦行者)
|
P |
下位Jaisiブラーミン
|
P |
高位シュレスタグループ(例えばJoshi)
|
N |
II. Matwali〔マトワリ〕(飲酒カースト) |
II. 1. Na-masine Matawali(奴隷化不可能なマトワリ)
|
聖紐を身に着けないシュレスタ
|
N |
Bajracharya/Shayka/Uray - Tuladhar その他
|
N |
Maharjan
|
N |
様々な ネワ−ルのサービスカースト
|
N |
山岳部族(例えば、マガル、グルン)
|
その他 |
II.2 Masine Matwali (奴隷化可能なマトワリ) |
チベット人;一部の山岳部族(タマン等);タルー
|
その他 |
III. Pani Nachalne choichito halnu Naparne (不浄であるが触れることはできるカースト) |
Khadgi (屠畜業、牛乳販売業)
|
N |
Kapali(死体処理、楽師)
|
N |
Rajaka 〔ラジャカ〕(洗濯屋)
|
N |
Charmakar(太鼓作り)
|
N |
モスレム(腕輪販売業)
|
その他 |
西洋人(ムレッチャ)
|
その他 |
IV. Pani nachalne choi chito halnu parne (不可触カースト) |
低位のParbatiya〔パルバテ〕カースト(カミ、サルキ、ダマイ 他) |
P |
Dyahla |
N |
Cyamkhalah |
N |
出典:Hofer 1979、p45、p137
注:P = Parbaitya 〔パルバテ〕または丘陵グループ、 N = ネワ−ル
3.ダリットとは誰か?
ネパールでは、ダリットもダリットではない人々もダリットの定義と識別について論争してきた。ダリットは過去も現在も様々な名前をつけられてきた。過去には、ネパール語で”paninachalne” “acchoot” “avarna” “doom” “pariganit” “tallo-jati” (注*5)、英語で “不可触民”“抑圧されたカースト”“虐げられた人々”“搾取された社会集団”“低カースト”などの名前で呼ばれた。“ダリット”はサンスクリット語の’dal’から来ていて、“裂く、割れる、開く”などの意味がある。ネパール語辞書では、“ダリット”は“切られたり、裂かれたり、壊された物あるいは人、あるいはきれぎれに引き裂かれたり、散らばったり、あるいは潰されたり破壊された物あるいは人”と説明されている。
今日、ダリットという言葉は、旧来の抑圧/剥奪やそうした抑圧/剥奪の犠牲者だけを思い起こさせるのではなく、彼らの厳しい生活も想起させる。これはさらに、自己アイデンティティ確認の苦闘、カーストに基づく不可触制や職業による抑圧の歴史的事実の表現、そして平等主義社会創造の決意を象徴している。
ネパール政府は、“無視され抑圧されたダリット集団の向上発展委員会”(Uppechhit, Utpidit ra Dalit Barga Utthan Bikas Samiti) が地方開発省のもと形成された1996年から、ダリットという言葉を制度的に使い始めた。この委員会は社会の底辺におかれた集団を国内発展の本流に入れることを任務として設置された。この目的のため、委員会は異なるカーストを“ダリット”という名のもとにまとめた。この“ダリット”という範疇に次の23のカースト集団が含まれた:Lohar〔ローハ−ル〕, Sunar〔スナ−ル〕, Kami〔カミ〕, Damai〔ダマイ〕, Kasai〔カサイ〕, Sarki〔サルキ〕, Badi, Gaine〔ガイネ〕, Kusule〔クスレ〕, Kuche, Chyame〔チャメ〕, Chamar〔チャマール〕, Dhobi〔ドビ〕, Paswan, Dusadh, Tatma〔タトマー〕, Bantar, Khatwe, Musahar, Santhal, Sattar,そしてHalkhor。一方、議会に上程された最近の議案 (2001年3月19日)は、28のカースト集団をダリットとして識別している。それらは、Lohar, Sunar, Kami, Damai, Sarki, Gaine, Kuche, Chyame, Pode, Chamar, Paswan, Dusadh, Tatma, Dom, Bantar, Khatwe, Musahar, Halkhor, Badi, Badimar, Kasai, Kusule, Kadara, Chunara, Parki, Ghoi, Dhaier,そしてJhangarである。
実際、ダリットのカーストグループを認識するには詳しい調査が必要となる。その作業では、3つの生態学的地帯(山岳・丘陵・タライ)にまたがる文化の多様性とエスニシティが検討されるべきだ。この視点より、ダリットは3つのグループに分けられる:丘陵ダリット、タライ(マデシ)ダリット、そしてネワールダリットである(表1)。Bhattachan(2001)によれば、丘陵ダリットとタライダリットは4層のヒンズーのヴァルナ型に属するが、ネワールダリットは過去600年にわたるネワールのヒンズー化の産物である。
以上の流れを踏まえ、フェミニスト・ダリット・オーガニゼーション(FEDO)は、便宜上、ダリットを次のように規定する:ダリットとは、社会的にアンタッチャブルであり、国家および一般社会より、公共施設の使用で差別をされ、あらゆる経済的機会へのアクセスを奪われ、職業的に差別され、また無視されている人々のことを指す。
表1:出身の集団〔native association〕別のネパールにおけるダリットカースト集団
出身の集団 |
確認されたグループ |
母語 |
丘陵/山岳ダリット |
Badi, Chunar, Damai, Kadara, Gaine, Kami, Parki, Sarki, Sonar |
ネパール語 |
タライダリット |
Bantar, Chamar, Chidimar, Dhair, Dom, Dusadh/Paswan, Ghothe, Halkhor, Ghanga, Khatwe, Lohar, Musahar, Sattar, Tatma, Jhagar, Dhobi |
マイティリ語
ボジュプリー語
アワディー語 |
ネワ−ルダリット |
Chyame, Kasai, Kuche, Kusule, Pode |
ネワール語 |
4.ダリット人口
ネパールのダリット人口を推定するのは非常に難しい。多くの学者や研究者がこれまで様々な方法でダリットカーストを識別して、その人口を推定してきた。しかし、FEDOは、ダリットカーストを、実際に行われている人道に反する不可触制の慣行を基に識別し、2001年の国勢調査にしたがってダリットの人口を以下のように推算した。国勢調査はネワ−ルダリットをダリットカーストではなく、先住民族として数えているが、実際には彼ら/ 彼女は社会で不可触民として扱われている。上述のFEDOの定義にしたがえば、ダリットの合計人口は、ネパールの全人口23,151,423中、12.90%に相当する。表2を見ればダリット人口は合計2,987,369人である。その中での最大グループは29.99%を占めるKami〔カミ〕であり、最小グループは0.12%のHalkharである。ダリット女性は全ダリット人口の51%を占めている。
6. ダリット差別
ダリットはカーストと不可触制に基づいて差別されている。ダリット男性と女性はヒンドゥー規範におけるいわゆる高位カーストから差別されているだけではない。ダリットコミュニティ内部にもカースト間差別が存在する。それは、社会階層構造をもつ巨大なヒンズーカースト規範の由縁であり、ダリット自身もその一部に組み込まれている。概して、ダリット女性はダリット男性以上に社会的差別を受けている。ダリット差別の範囲と形態は様々な実証例にみられる。
Bhattachan博士(2001年)は実際に行なわれているカーストに基づく差別慣行を205種類リストアップした。これら慣行は以下の9つの社会的分類に分けられた。
- 家屋、ホテル/レストラン、寺院等への入場拒否。
- <バフン祭司による>聖紐を身につける儀式は<ダリットには>許されない、ダリットによって取り仕切る礼拝は認められない。
- 水道、溜池等、共同使用の資源へのアクセス拒否。
- 公的活動への参加拒否あるいは宗教儀式や政府の式典などの公共の場所への入場拒否。
- 強制労働、あるいはBali Ghare (注*6)、 Khala Pratha(注*7)、 Haliya Pratha (注*8)、あるいは債務奴隷といった労働における差別的慣行。あるいは動物の死体処理などの差別的労働。
- Jadau制度(敬意を表するしぐさ)など、ある種の振舞いをダリットに強要。(注*9)
- 残虐行為。例えば、ダリット女性の方が他のカースト女性よりレイプ被害が多い。
- 社会的排斥。例えば、高位カーストやエスニック・グループの構成員がダリット男性あるいは女性と結婚した場合、そのダリットと結婚した人は社会的に排斥される。
- 感じ方における不可触制。例えばKamiに早朝出会ったら縁起が悪いとか、ダリットの教師がいれば、高位カースト集団の子どもたちは学校に行きたがらないなど。
上記のダリットに対するカースト差別の調査で、ダリット回答者が最も頻繁にうける差別行為に挙げたのは、飲食の拒否(38.9%)と家屋や寺院などへの入場の禁止(28.3%)であった。また、Sharmaその他も(1994年)、水源への接近禁止、寺院、ホテル、店、家屋、牛舎などへの入場禁止、水桶への接触拒否、学校における飲食時に高位カーストの生徒との同席禁止、祝宴での高位カーストとの同席禁止、職業の機会における差別などを挙げている。両方の調査とも、カースト差別の発生率は国の東部地域より西部地域の方が高いとしている。ダリット差別の形態および範囲は開発の度合いと正比例していることが示されている。
学者や研究者は、ネパールの文脈における不可触制の慣行を異なる角度より捉えながらカースト差別を分析してきた。FEDOは以下の側面からダリットに対する差別の慣行を分析した。
6.1 社会的文化的差別
ダリットは宗教および文化の世界で差別されている。ヒンズーの行動規範や価値観を他のカーストの人々と同等に、格式高く実施することを否定されている。ダリットの男女とも、いわゆる高位カーストと呼ばれる人々と同じようにヒンズー教徒である。しかし、高位カーストの人々はダリットを残忍に扱う。ヒンズー教に基づくカースト階層におけるこの残酷なカースト差別により、多くのダリットの男女がヒンズー教からキリスト教に改宗した。しかし、その他の社会的差別に影響され、キリスト教でも牧師などの重要な位置は高位カーストが占めている。高位カーストのキリスト教関係者の中には、ダリットの信者を見下したり差別する人がいる。政府はネパールの社会構造におけるヒンズー支配を変えることに関心を向けてこなかったし、国はヒンズー国として特徴づけられているにもかかわらず、ヒンズーダリットの文化遺産を保護促進してこなかった。
6.2 カーストに基づく伝統的職業と強制労働
ダリットはカーストに基づく職業に従事している。鍛冶屋、金細工人、仕立屋、靴職人そして清掃夫などはダリットの主な職業である。これら職業は社会的地位が低いが、貧しかったり他に収入源がないことにより、ダリットはこれら職業に従事せざるをえない。一方、ダリット女性と子どもたちは、地主の家で働くしかない。彼女たちは労働に対する正当な賃金をうけていない。Haliya Pratha(債務奴隷)やKhala Prathaは強制労働である。この種の労働では賃金がもらえない。労働の対価として食料が支給されるかもしれない。そのため、伝統的な仕事を辞めて他の賃労働に就くダリットもいるが、彼ら/彼女らの経済状況は改善されていない。
一般的に、男女同一賃金ではない。しかし、ダリットの場合、ダリットではない人々よりも絶対的に安い賃金を受けている。ダリット女性は特定の職業をもたない。彼女たちは伝統的な職業につくダリット男性の手伝いにすぎない。そのため、大半のダリット女性は農業の賃労働に就いている。ダリットではない人々は、一部のダリットの子どもたちに、地主のために無料奉仕することを要求し、子どもをも差別している。
一方、近代化と工業化および開放市場の今日において、ダリットは、大規模工業による安い生産品と競争できない。それは、一つには、近代的スキルや財源および適正な技術が欠如することによる。また、彼らには金属や皮革、仕立て、音楽など豊かなスキルがあるが、産業界や市場で雇用機会を見つけることができない。明らかに、社会や政府がそのスキルを認めていないからだ。
6.3 教育における差別
ダリットは教育機関でも差別されている。教師は教室内にいるダリットの生徒に注意を払わない。人里離れた地域では、ダリット生徒はいわゆる高位カーストの生徒と席を同じくできない。それ以外にも、政府の支援や、栄養プログラムのために海外のNGOの支援を受けている学校でさえも、不可触制が実施されている。ダリットの生徒は、校内では離れた場所で給食を食べなくてはならず、非人間的な扱いを受ける。いくつもの実例が記録されている。
同様に、いわゆる高位カーストの人々は、学校でダリットの教師から教わりたくないと思っている。それは、教師がダリットならば、毎日挨拶をしてその教師を敬わなくてはならないからだ。その他、ダリットではない教師が、ダリットの教師と同じ席で飲食しなければならないことも理由としてあげられる。それはヒンズーの神話に反する。ダリットが学校の管理者になる能力をもっていても、他の人々が妨害する。ダリット学生への奨学金は不適当であり不規則である。
カイラリ〔Kailali〕郡のあるダリット教師は、彼の村の学校から郡都ダンガディ〔Dhangadi〕に転校させられた。それは、彼が、栄養食プログラムで提供される給食で、高位カーストの生徒と不可触カーストの生徒を同席させたからだ。学校の監督官<視学官>は彼の教え方に満足していたが、彼の価値観を受け入れなかったブラーミンの校長は、郡教育長に影響力を行使して彼を異動させた。
(出所:Sharma他、1994:33) |
6.4 入場の拒否
ダリットに対する入場拒否は、家屋、寺院、ホテル/レストラン、茶店、職場、食品工場、酪農場、牛乳収集所などに関連している。しかし、学校、オフィス、職場などの場所は、ダリットの入場を禁止していない。しかし、全国紙の一部報道によれば、ジュムラ〔Jumla〕郡の一部学校ではダリットの生徒は教室の外に座らされているようだ。
ダリットは民家に入ることを拒否されている。これはたいへん私的な問題だが、ネパールの極西部では、いわゆる高位カーストはダリットを彼らの牛舎にさえ入れない。ダリットが牛舎に入って、牛のロープや、牛の水桶に触れただけでも、牛は死んでしまうか粗悪な乳しか出さなくなると信じられている。
ダリットは寺院への入構を禁じられている。ヒンズー教徒でありながら、ダリットは寺院の中で礼拝できない。寺院の外から礼拝しなくてはならない。寺院の中で宗教儀式が行なわれるとき、ダリットはそれらに参加できない。
概して、女性は男性より頻繁に寺院に参る。ダリット女性は寺院に入りたがらない。寺院の中へ行けば、僧侶やその他の高位カーストの人々が彼女たちを侮辱する。
ダリットは店舗、レストラン、茶店の中に入ることを拒否されている。ダリットが茶店でお茶を飲んだら、そのコップを洗い清めて返さなくてはならない。さもなくば、ダリットは店主にぶたれてしまう。
1999年5月29日、シンドゥパルチョーク〔Sindhupalchowk〕郡のBhotenaglangVDCで、警察の巡査が2人のダリット男性を逮捕し、拷問した。その理由は2人が茶店で飲食に使用したお皿を洗うのを拒否したからだ。2人は罰金として2万ルピー、そして茶店の店主への補償として2万ルピー支払うよう言われた。ソーシャルワーカーがその事に抗議したが、その巡査は別の駐在に移転させられただけで、処罰は受けなかった。
出所:1999年ネパール・オルタナティブ・カントリーリポート/JUCN |
6.5 政府、非政府、援助機関の活動への低い参加
すべての政府機関は、カースト/エスニシティ、年齢、性別、階級、言語、宗教、地域に基づく差別なく、すべての市民に同等のサービスを提供しなくてはならない。だが現実は、ダリットは二級市民のような扱いを受けている。政府役人は概してダリットを無視して劣悪に扱う。政府機関ではどの仕事も遅延しがちだが、ダリットの仕事になればさらに遅れる。役人は、最初はダリットと気づかず、HajurまたはTapain(注*10)などの尊敬語を使っていても、後でそれが分かれば、途端にtan(尊敬語ではない)(注*11)に切り替える。
ダリット女性は政府、援助機関およびその他の組織の活動の計画立案に参加する道を閉ざされている。国の中心にいる人々、政府によって立案された活動は、草の根レベルのダリットに恩恵をもたらさない。
6.6 社会的排斥
ダリットのメンバーに対する社会的排斥は次の3つの条件で起きる:
i) 異なるカースト間の結婚
高位カーストやダリットではない人々との婚姻関係は社会的に認められていない。高位カーストの青年がダリット女性と結婚すれば、青年の家族の誰かがその結婚を破談させようとしたり、夫婦を社会的に排斥しようとする。同じように、ダリットではない女性がダリット青年と結婚すれば、彼女は二度と自分の家族に受け入れてもらえない。いずれの場合も、女性の被る被害の方が男性より大きい。
カブレパランチョーク〔Kavrepalanchok〕郡のChinned VDCで、目の不自由なブラーミンの青年がダリットの女性と恋に落ちた。二人は結婚したが、VDC議長を含む多数の高位カーストが離婚に追い込もうとした。やがて夫婦は村を出て行った。1ヶ月後、夫婦はFEDOをはじめとしたいくつかのダリットNGOのスタッフと共に村に戻った。青年の親戚は大きなプレッシャーのもと、青年にダリット女性を村から追い出すよう迫った。最終的に夫婦は村を出た。 |
ii)ダリットあるいはダリットではない人々が伝統的規範や価値観に叛いたとき。
iii)カーストに基づく特定の伝統的職業に所定のダリットが就くことを拒否したとき。例えば、チャマール〔Chamar〕が彼らの職業とされる動物の死体処理の仕事を拒否したとき。
数ヶ月前、シラハ〔Siraha〕郡のラハーン〔Lahan〕で、高位カーストの家から動物の死体を持ち出すのを拒んだことで、チヤマール〔Chamars〕を排斥するために排斥委員会が結成された。しかし、政府機関は、そうした社会的排斥を進めた人々を取り締まることをせず、この問題に同情的な姿勢を見せただけであった。ラハーンの事件のすぐ後、別のチヤマール排斥事件がサプタリ〔Saptari〕郡のいくつかの村で起きた。しかし、国はこの問題に対して完全な沈黙を守っている。 |
6.7 政治的権利の無視
政党における大半の重要なポジションはいわゆる高位カーストが占めている。決してダリットの人間を党の重要なポジションに置こうとはしない。彼らは常にダリットが政治的権利を行使することを妨害する。リーダーたちはダリット集団の票欲しさに、“リップサービス”に終始している。政党は党の利益の実現のためにダリットを動員する。ダリットはネパール国民会議派のネパールダリット協会〔Nepal Dalit Sang of Nepali Congress〕, ネパール統一共産党のネパールダリット解放協会〔Nepal Dalit Jatiya Mukti Samaj of CPN/UML〕など、政党の兄弟姉妹組織をもっている。しかし、政党は決してダリットを公認候補として選挙に出そうとしない。そのため、下院議会にダリットの代表は誰も選出されていない。国民議会(上院)にわずか4人のダリット代表が指名されただけである。しかし、これら議員の声が様々な政党の議員によって聞かれた形跡は見られない。
政党政治にダリット女性の声はほとんど反映されていない。ネパール憲法は女性にリザベーションを認めているが(国政選挙および地方選挙で5%の議席に限定)、どの政党もダリット女性に議席を与えることを拒んできたし、ダリット女性も憲法で認められている機会を利用できるまではエンパワーされていない。
6.8 ダリットへの残虐行為
Bhattachan博士(2001年)によれば、インドと比較した場合ダリットへの残虐行為の性質や度合いは無視できるぐらい軽度である。調査では、ダリット女性への比較的穏やかな形態の残虐行為がいくつか発見された。ネパールでの残虐行為は、殴打、精神的拷問、レイプ、カースト間結婚の破談、虚偽の申し立てなどである。いわゆる高位カーストは、ダリット女性が憲法の規定を用いて権利を主張しようとしたり、公共の場におけるヒンズーの伝統的規範や価値を破ろうとしたとき、彼女たちを叩いてはばからない。
警察官によるBadi女性のレイプ
昨年のある夜、一人の警察官がKotbhiarab VDCにあるBadiの家の戸をノックした。警察官はドアをこじ開けて中に入り、ベッドで眠るBadiの女性とその夫を見た。女性の義父と義母を含むその他の家族も驚いて起きた。警察官は家族全員の前でその女性をレイプして去っていった。
事件を聴いたVDCの副議長は、彼らに加害者を相手取って事件をVDCの駐在所に届け出るよう勧めた。駐在所に詰めていた警察官は事件の記録を拒否した。その代わり、彼は本署に向かった。その途中でVDCの副議長に会った。副議長はその警察官に駐在所に戻って記録するように求めた。そして、記録しないならば、地区の警察署長に訴えると脅した。
副議長は被害者と一緒に駐在所に行き、事件を記録するよう圧力をかけた。加害者は恥ずかしさのあまり身を隠していた。後日、彼は姿を現し、副議長に詫びた。副議長は加害者に被害者家族にも謝罪するよう告げた。
出所: Bhattachan et al. 2001:38
|
7.課題
7.1 統一
ネパールではダリット組織間の統一は大きな課題である。ネパールには、ネパールパリヤール協会〔Nepal Pariyar Samaj〕、 ビシュワカルマ青年協会〔Bishwakarma Yuva Samaj〕、ミジャール協会〔Mijar Samaj〕(注*12)などのカースト別の組織、政党の姉妹組織や、ダリットNGOがある。すべての組織は、ダリットのための平等で公正な社会の実現という共通したビジョンを掲げている。しかし、ダリットカースト内の階層序列とカースト間の差別により、同じ目標を達成させるための統一に欠けている。
7.2 現行法の施行
ネパール憲法(1990年)は、カースト、人種、性、そして宗教に基づくあらゆる形態の差別を禁止している。そうした差別は処罰の対象であるにもかかわらず、実際にはあらゆる形態の差別が今も実践されている。例えば、タライ地方におけるチャマール〔Chamar〕の社会的排斥の事件では、チャマール集団が動物の死体処理は汚くて不名誉な仕事だから、これ以上やらないと集団で決めたため、元大臣のPadma Narayan Chaudharyはそれに対する対抗措置をとった。このように、法律立案者が自ら現行法に違反する場合、問題はさらに複雑である。
7.3 コーディネーションとコミュニケーション
ダリット運動とほかの運動−たとえば女性運動、先住民族運動−の間に調整がない。連帯を築かなければ運動は強化されない。地方のレベルと中央のレベルでコミュニケーションギャップがある。例えば、首相は2001年6月に8項目の計画を発表した。それは、不可触制撤廃をめざし、ダリットのエンパワメントと生活向上のために速やかに着手されるはずであった。この計画では、カースト差別の処罰も重要な項目であった。しかし、コミュニケーションの欠如や情報が行き届かなかったため、地方の人々は首相の計画を知らされなかった。
7.4 関係当局の注意を喚起
カースト階層と不可触制は一夜にして変わるものではない。それは、政府、政党、官僚など、現行の法律を実践的に強化できる人々の努力を必要としている。政治のリーダーや官僚は、ダリット問題を政治問題として捉えず、むしろ社会問題として捉えてきた。他方、ダリットには政党幹部や高級官僚への道はない。政府はニューヨークで開催された北京+5の会議に向けて国内報告書を作成したが、ダリット女性の参画はなかった。さらに、どのような計画であれ、立案されても実行が伴わない。
8.勧告
ダリットを本流に入れる努力には、開発関係従事者や、そうした機関の理解と努力が不可欠である。そうした努力には、包括的で新しいビジョンと、ダリット問題全般、とりわけダリット女性の問題にスポットライトを当てた将来の見通しが求められる。FEDOはこのことを創設以来唱え続けてきた。そうした努力には次のような要素が含まれるべきである:
- ネパール政府はダリットを認定し、官報に書き留めるべきだ。
- 政府はネパール憲法(1990年)に基づき設けられた現行法と新民法(1963年)を実施するためのイニシアチブをとらなくてはならない。
- 政府は、女性差別撤廃条約や人種差別撤廃条約および北京+5など、平等に関する様々な国際条約を遅延なく即座に実施しなくてはならない。
- 計画立案のプロセスにダリットの参加を認めるべきである。計画がダリット女性に関するものであれば、ダリット女性もその計画立案プロセスに関わるべきである。
- 人権団体は不可触制の問題とダリットの苦境を真正面からとりあげるべきである。
- ダリット女性を国および地方レベルで組織して、強力なダリット女性運動を進めるべきである。また、現行の女性運動にダリット女性の運動が迎え入れられるよう声をあげるべきである。
- ネパール政府はダリット全般、とりわけダリット女性のエンパワメントのために、アファーマティブアクションを実施すべきである。
- トップの政策立案者や管理者はカースト差別やジェンダー差別に協同で取り組むことを誓うべきである。
- ダリット、ダリット女性、先住民女性をすべての関係省庁に配置することを真剣に検討すべきである。
- 特別法を設け、ダリットの政治および公務への参加を高めるリザベーション制度を導入する。
- 国際人権関連文書を実施する。
- 国は草の根の人々の社会的経済的権利を実現させる。
参考文献:
Feminist Dalit Organization (FEDO), 2002. " Dalits of Nepal, Issues and Challenges", Kathmandu
ALHUREDS, Nepal 2002, " Status of Dalits in Implementation of HMG's Program for the Solution of Landlessness". A study report submitted to Action Aid Nepal, Kathmandu.
Dr. Bhattachan, Krishna B., Kamala Hemchuri, Yogendra B. Gurung, Chakraman M. Bishwokarma. 2001. Existing Practices of Caste ? Based Untouchability in Nepal and strategy for a Campaign for its Elimination (Final Report), Kathmandu, Action - Aid Nepal.
CBS 2001, Population Census 2001, National Report. Kathmandu : Center Bureau of Statistics, Kathmandu , Nepal.
Jha, Haribansha. 1998. "Tarai, Dalits, A Case study of selected VDCs of Saptari Districts of Nepal". Kathmandu: Action Aid Nepal.
Kishan, Yam Bahadur. 2002 "Nepalma Dalit Jatiya Mukti Andolan" ( Dalit Caste Liberation Movement in Nepal)
TEAM Consult. 1999. " The conditions of the Dalits (Untouchable) in Nepal: Assessment of the impact of Various Development Interventions. Report Submitted to UNDP, Kathmandu.
OXFAM Nepal. 2001. " Caste Based Untouchability Study" . OXFAM Nepal Kathmandu.
Jana Utthan Pratisthan (JUP) .2001 " Dalit in Nepal and Alternative Report for WCAR ?2001" . Jana Utthan Pratisthan, Kathmandu.
Dilli Ram Dahal, Yogendra Bahadur Gurung, Bidhan Archarya, Kamala Hemchuri, Dharma Swarnakar. 2002. " National Dalit Strategy Report Part I : Situational Analysis of Dalits in Nepal", prepared for National Planning Commission. Submitted to Action Aid Nepal, CARE Nepal and Save the Children US, Kathmandu.
The Resource Center for Child And Women Development. 2002. " Dalit Situation Study Survey of Godamchaur VDC , Lalitpur" Submitted to Feminist Dalit Organization ( FEDO), Kathmandu.
Sharma, Khagendra, Gyanu Chetri and Sita Rana. 1994, " A Modest Study of the Current Socio ? Ecomonic Situation of the Lowest Status Caste and Tribal Communities in Nepal". Save the Children, US.
Sagar D.B, 1996. " Mahila Utpidan Bhitra Dalit Mahila " ( " Dalit Women Within Women Oppression "). Feminist Dalit Organization (FEDO), Kathmandu.
Singh, Shakila and Anne ? Mette Bak 2001 Baseline Survey Report on FEDO Project Areas in Doti District. A Report submitted to DANIDA/ HUGOU, Kathmandu Nepal.
UNDP , “Nepal Human Development Report 2001”
(注)
- ネワ−ルはネパールの59の先住民族の1つ。ヒンドゥー教徒と仏教徒がいる。
- マトワリはモンゴロイドで、異なる言語と文化をもつ。
(注*)
- 「バフン」は「ブラーミン」に相当するネパール語。「チェトリ」は同様に「クシャトリア」に相当するネパール語。
- 「マトワリ」または「マタワリ」の原意は、「お酒を飲む人」、すなわち「飲酒カースト」。
- 原意は、「(高位カーストにとって)彼ら/彼女らからは水を受け取ることはできないが(不浄)、触れたとしても聖水を振りかけて清める必要のない(不可触ではない)人々」すなわち「不浄であるが不可触ではない人々」
- 原意は、「(高位カーストにとって)彼ら/彼女らからは水を受け取ることもできず(不浄)、触れたならば聖水を振りかけて清める必要のある(不可触である)人々」すなわち「不浄であり不可触である人々」
- 過去において、ダリットを表した様々なネパール語に関する補足
”paninachalne”(高位カーストにとって彼ら/彼女らから「水を受け取れない」カーストを指す)
“acchoot(「不可触民」)”
“avarna(「ヴァルナから外れたもの」すなわち「アウト・カースト」)
“doom(「ドム(Dom)あるいはドゥム(Dum, Doom)はタライダリットのひとつ(表1参照)。これらの特定の人々だけでなく、人を侮辱するときにも広く用いられる。また、鬼ごっこの「鬼」の意味にも使われ、鬼以外はDoom(鬼)から「触られないように」逃げ回らなければならない」
“pariganit(「指定された」という意味で、いわゆる指定カーストを意味する。しかし、これはインドのScheduled Castesの概念を単純に持ち込んだもので、この語が使用され始めた頃はアニタさんも後述しているように、憲法や関連法によって明確に「指定」されていなかった)
“tallo-jati(「下位カースト」「低位カースト」の意味)
- Bali Ghare (「低位カーストのクライアントが高位カーストのパトロンのために働き、パトロンが収穫期にクライアントに収穫物を与える制度」(Bhattachan(2001)p51)
- Bali Ghareとほぼ同じ。主にネワールでの呼び名。
- Haliya Pratha (「地主であるパトロンがダリットのクライアントに、土地を耕す許可を与え食物や住処を提供する慣行。しばしば貧しい土地なしの人々はこの制度に頼り、債務奴隷に陥る」(Bhattachan(2001)p51)
- Jadauは低位カーストが高位カーストに対して敬意を表してあいさつするときの言葉。Bhattachan博士が調査した地区では、その時ダリットは立ち止まって右手を上げ、左手のひらを右手に肘にのせるしぐさをしなければならないという。
- ともに「あなた」にあたる尊敬語。Hajurの方が尊敬度が高い。
- 目下に対する語。乱暴な響きを伴う。「お前」にあたる。
- ネパールパリヤール協会〔Nepal Pariyar Samaj〕(ダマイカーストの組織)
ビシュワカルマ青年協会〔Bishwakarma Yuva Samaj〕(カミカーストの組織)
ミジャール協会〔Mijar Samaj〕(サルキカーストの組織)
【翻訳にあたって】