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国連文書・訳文
掲載日:2003.5.28

反人種主義−2001世界会議に際してのJUP(注1)・NDNPC(注2)の声明


議長ならびに仲間の皆さん、

  まずはじめに、わたしは、ネパールのダリット人民を代表して、また私単独の立場から、この名のある会議に感謝の意を表明したいと思います。2000年8月7日−15日のジュネーヴでの第1回準備会にわれわれが参加したとき、そのときに、ダリット問題が国際的レヴェルでまた国連団体で公式に取り上げられたという事実はまさに大きな成功でした。その第1回準備会への参加によって、ダリット問題は初めて国際化されたのでした。いまやこの問題は単に450万人のダリットのひとびとだけに限定されるものではなく、国際的な関心の的になってきています。ネパールにおけるダリットの闘いはネパールにおける人権問題に直接に関連しているとわたしは思います。現時点で人権について語ることは難しい問題だということをわたしは知っています。しかし、ダリットからその人権を剥奪することは、もはや正当化できるものではありません。ネパール政府はいまだダリットにたいする人権を法律で認めていないのです。

  ネパールでは、南アジアの他の近隣諸国と同様に、カースト分裂とアンタッチャビリティの慣行が何世紀もの間社会的現実となってきました。ネパールの国民は、今日まで全歴史を通じて社会的差別と憎悪と屈辱に直面してきました。ネパールは多くの宗教と言語とカーストを持った国です。実際上、国民社会はふたつの主要なブロックに分割されています。タッチャブルとアンタッチャブルです。基本的に宗教的な浄・不浄の2分イデオロギーにもとづいているとはいえ、ダリット(アンタッチャブル)に対するその結果は、機会へのアクセスと人権の享有という点からみて、きびしいものであります。

  いうまでもなく、バラモン、クシャトリア、ヴァイシャそしてシュードラという4層のヴァルナ制度(カースト制度)が存在します。ヴァイシャとシュードラの集団はさまざまな形態での社会的差別に直面しています。ヴァイシャとシュードラの集団は社会的差別の犠牲者ですが、末端シュードラ(アティ・シュードラ)の集団は極端な形のカースト差別とアンタッチャビリティの犠牲者であります。この集団はヒンドゥ・カーストのヒエラルキーの底辺の地位を占めています。ある解釈では、ダリットは非常に低位なので、ヒエラルキーの最低辺にさえ入ることができないということを意味する「アウトカースト」であるとさえみなされています。これが、末端シュードラ(アティ・シュードラ)という言葉のしばしば使われる理由なのです。ネパールでは、憲法上のまた国際的な約束にもかかわらず、なおアンタッチャビリティがいきわたっています。こうして、国家や個人がダリットの人権を侵しているのです。

議長、

  政府はさまざまなカースト集団と彼らの使っている言葉の実際の数を明示していません。社会的に差別されているということは別としても、ダリットは経済的、政治的に権利を奪われています。教育へのアクセスはすべての集団の中で最低です。この国のたいていのダリットは土地を持っておらず、特にネパールの西部では、彼らは債務奴隷的労働者(注3)として生きているのです。

  1999年の国勢調査によると、ダリットはネパール人口の15・5%を占めています。この数字は現実を表したものではありません。珍しい姓を使用する傾向や国勢調査局がこうした姓を解読できないことが、この理由のひとつです。この点で、将来の国勢調査はもっと適切である必要があります。今日ダリット人口はだいたい全人口の20から25%程度です。最近国連の「セイヴ ザ チルドレン」がネパールの5郡をサンプルにおこなった調査によれば、調査対象の世帯のうち、3ヶ月以内だけの食用穀物を生産しているのがそのうちの21%おり、4ないし6ヶ月が19.5%、年間分を生産するのが15.4%で、5.1%だけが剰余食物を生産しています。(注4)このことは明らかに、40.6%が絶対的貧困線以下にあることを示すものであります。

議長、

  「国の第9次計画」の目標に関して、第14回目の「国の報告」の第12番に報告された状況は、政府が計画の条項を遂行できていないという事実をからみて、非常に不正確です。カースト間の混合(カースト間の結婚によって示されるように)や和合が増しているという「国の報告」の主張もまた正確ではありません。実際、分裂は以前と同様に存在しているのです。「報告」の第20番は、若干の職業的サブカーストのメンバーは「アンタッチャブル」とみなされる、と述べています。このように、すべての「アンタッチャブル」はシュードラに属するが、すべてのシュードラが「アンタッチャブル」ではないのです。

  同様に「報告」は、さまざまなエスニックや先住民やダリットのひとびとの人口統計学的な構成にも、かれらが直面している特別の問題にも言及していません。2年の期間のうちに、国内全体でアンタッチャビリティに関する事件が約275件起りました。ダリットは、国のヒンドゥ寺院に入ることを厳しく禁じられています。最近、2001年2月3日に、首都カトマンドゥに根拠を置くダリット組織のメンバーが、ある極西部の郡の本部に行きました。かれらはダリットのひとびとの間に、教育や【差別への】敏感さや【権利の】主張やそして所得の産出についてのプログラムをはじめるために、そこに行ったのでした。前下院議長や著名な弁護士、それに現行憲法の作成者のひとりもカトマンドゥからの一行のなかにいました。ダリットのひとびとは、もともとかれらに目標をしぼった今度のプログラムについて議論するために、そこに集まっていました。そのとき、そこにいたダリットのひとびとは、近くにある最も重要な寺院のひとつに入りたいという願いをも表明しました。前議長と郡開発委員会(DDC)議長が一行を寺院に連れて行きました。これを聞いて、郡本部にいた非常に多くのノン・ダリットが寺院の前に集まり、ダリットが寺院にはいることを物理的に阻止しました。こういう訳で、憲法上の規定にもかかわらず、ダリットは、憲法の作成者や郡のトップの選出された指導者の面前で、この公開の場所を使用することを実際に妨げられたのでした。郡当局や警察は黙って見ているばかりでした。ダリットは自分たちをヒンドゥ教徒とみなしていますが、かれらがヒンドゥ寺院に入ることができないのは遺憾なことです。このような寺院に入ってそこで礼拝したいというかれらの願いは暴力的な力によって押さえつけられるのです。このような露骨な人権侵害のケースのすべてにおいて、政府は鈍感なままなのです。

  ダリットが生産し準備したたいていの食料品はノン・ダリットが消費することはありません。したがって、ダリットはこのような品物を持って市場に入ることはできないのです。ダリットはなお伝統的に定められた職業と活動に従事することを余儀なくされています。多くの場合かれらは死んだ動物を処理するような活動をおこない、もっともひとの忌み嫌う活動をおこなうことを余儀なくされているのです。

  寺院のほかに、ダリットはホテルやロッジや井戸や家屋のような他のさまざまな公開の場所に入ることを許されていません。かれらはまた公開の祝宴や祭りや他の儀礼儀式に参加することも認められていないのです。要するに、上層カーストのダリットに対する多数の差別事件が国のあらゆるところで生じているのは明らかです。国家は国連条約の基本的原則を公然と犯しています。ネパールでは完全な和合と社会的平和が存在すると主張する報告は、まったく真実ではありません。

議長、

  働く権利もふくめて、経済的、社会的、文化的権利に関して、報告は条約の意味や範囲や解釈について全く誤っています。ネパールの現行憲法には、必要な法律を制定することによって弱小部分の経済的向上を保障する条項(第26条第10項)があります。しかし国家はそうするためのイニシアティヴをとっていません。このために政府は条約と憲法とに一致した必要な法律を制定することを怠っているのです。それが、今日現在、カースト差別の犠牲者に法的救済がない理由なのです。政府はまた、差別されたひとびとの基本的な経済的、社会的、文化的なニーズと権利を満たすための適切な予算措置を採ることを怠っています。

  上述の事実を証拠立てるものは、最近政府と「ネパール 被抑圧・ダリットカースト解放協会」との間で達成された合意ですが、それは、2000年6月23日に座り込みプログラムと一緒におこなわれたシンダルバールのgherao(注5)および2000年の6月24日以降カトマンドゥのバドラカリで開始されたリレー式ハンガーストライキの後に、達成されたものです。政府は、ダリットの社会‐経済的‐文化的権利を満たすこと、およびラハンでの事件(注6)の加害者たちに対して従犯的な法的措置をとることにも同意しました。

  政府は条約に従うという政治的意思および約束をなんら示しておりません。ネパール憲法第9条第1項は、市民権の証明は世襲的アイデンティティ(注7)にもとづいて与えられることは認められない、と規定しています。したがってかれらは屈辱的な肩書き(注8)に言及せざるをえないのです。それに加えて、憲法第9条第5項はネパール人男性の配偶者だけがネパール市民権を取得することができると述べています。女性の配偶者ではないのです。

  第6条第1項は「ネパール語」を「国語」と宣言し、他の土着の言語を「国民的言語」と名づけています。ネパール語を別のものとして分類することで、それに特別の重要性を与えているのです。2年前、タパ対カトマンドゥの諸自治体、ラジビラージおよびダヌーサの郡開発委員会のケースでは、最高裁判所は地域言語の公的使用を認めることを拒否しました。

  ネパール語の排他的使用に賛同する最近の最高裁判所の判決は、さまざまな文化を保護するという第15条(注9)に違反しています。この判決はさまざまな人間集団の文化を保護するようにみえる憲法上の規定にもかかわらず下されたのです。

  第18条第2項は、エスニック集団が学校を運営することを認めていますが、初等レベルについてだけで、それ以上についてではありません。それは、他の土着の言語の発展に対する重大な制限です。しかし、さまざまなエスニック・コミュニティのために設立された学校はひとつもないというのが事実なのです。

  国家は現行憲法(1990年)の起草時に条約の下の一般的義務を無視しました。憲法(第11条第4項)は、政府に対し、アンタッチャビリティを実行するひとびとを罰するために法律を制定するよう命じています。しかしながら、国の市民法典(注10)の前文ではなお「チョッタ・バダ」(下層および上層のひとびと)という記載をつづけているのです。その上、第19章(マハール)アダルコ1(第1条)は、ひとびとの宗教的自由を侵害しています。同様にアダルコNo.1は、社会的儀式や伝統を守るという名目で、カースト差別を直接保護しています。カーストやアンタッチャビリティにもとづく差別を禁止するアダルコNo.「カ」がまったく実行不可能となっている理由はそこにあるのです。

  実際的立場から言えば、アンタッチャビリティを廃止するためには上述の法律だけでは十分ではありません。カースト主義とアンタッチャビリティの概念はネパールのプシュケー(注11)に深く根ざしています。実際それは依然として国家イデオロギーの重要な要素なのです。したがって、国家はダリットの人権を守るために即時の措置をとり、条約の規定にたいして誠実であろうとすべきであります。それゆえに、ネパールのダリットがカーストにもとづく差別に対して闘うために国際的な連帯を構築し、それに国内的にも国際的にも鋭敏に反応することは緊急の課題であります。

 最後に私は、すべての仲間や代表がヒマラヤのネパール王国のダリットのひとびとのために、この「オールタナテイヴ・レポート」を考慮してくださるよう要請したいと思うものです。

ありがとうございました。ナマステ!

D.B.シャガール

 ジャナ・ウッタン・プラティタン(JUP)執行委員

 ネパール・ダリットNGO準備委員会コーディネーター

     WCAR:ネパール 反人種主義世界会議2001に際して


訳者註

  1. Jana Utthan Pratisthanの略。「人民向上アカデミー(英名 Academy for public Upliftment)」。人権、社会経済的発展および環境のための国内組織。その主目的は、ネパール政府が人種差別撤廃条約を履行するように監視し、そのための人民の圧力を作り出すことである。
  2. ネパール・ダリットNGO準備委員会(National Dalit NGO Preparatory Committee)。オールタナティヴ・レポートを準備するために、JUPをコーディネーターとして、ダリット組織、人権活動家、他のNGOの代表で結成された。1998年のネパール政府報告を検討し、オールタナティヴ・レポートを作成して反人種主義2001国際会議(WCAR‐2001)第1回準備会、アジア・太平洋地域準備会および国連人種差別撤廃委員会(CERD)に提示した。
  3. bonded labourersは、たんに債務(debt)を負った労働者ではなく、債務奴隷的労働者である。低賃金、過度の労働時間、そしてある事態による雇用主からの借金などが債務奴隷の地位・状態(Debt Bondage)をもたらすのである(なお、1956年の「奴隷制度、奴隷取引ならびに奴隷制度に類似する制度および慣行の廃止に関する補足条約」第1条a 項参照)。
  4. パーセンテージ総計は、60.1で100とはならない。本書オリジナル版の“General Comments on 14th Country Report of United Nations International Convention for Elimination of All Forms of Racial Discrimination(ICRD)”46ページも調査対象1022世帯のうち、順にそれぞれ21.15%、19.5%、15.4%、5.1%としている。
  5. 「包囲」を意味するネパール語。なお、これは、ネワルパラシ郡のガイダコット・ミルク協同組合が、ダリット農民からミルクを購入することを拒否した事件に対し、2000年6月「ネパール 被抑圧・ダリットカースト解放協会」の指導のもとで数千人のダリットが大規模な包囲、座り込みを展開し、結局上位カーストの協同組合当局がダリット農民に謝罪し、7月かれらからミルクの購入を再開した出来事に関する記述である。
  6. シラハ郡の小都市ラハンで、動物の死体を処理するためにあるチャマールが賃金を要求したことを契機に起った事件。上層カーストはこれを犯罪とみなし、チャマールに対する社会的、経済的なボイコット運動をはじめ、かれらに対して暴行・脅迫がおこなわれた。JUPがまとめ役になって社会諸組織、ジャーナリスト、人権活動家の代表団が結成され、ラハンにおもむいて、チャマールへの連帯を示し、地方行政当局への適切な解決策を要請して、帰途についたとき、ハリアルプール村落開発委員会の副議長以下300人が一行を襲撃し、負傷を負わせた。
  7. 具体的には姓を指す。本書オリジナル版30ページ参照。
  8. 具体的には靴屋や鉄鍛冶工などを指す。同前。
  9. 1990年ネパール憲法第15条は、予防拘禁に対する権利を規定するもので、文化の保護に関する条文ではない。憲法第18条第1項はネパール国内の各社会集団が、自らの言語、文字および文化を保存し奨励する権利を有することを規定し、また、第26条第2項は、各社会集団、言語集団の言語、文学、文字、芸術および文化の育成を国家が援助することを規定している。
  10. 国の法典(Muluki Ain・ムルキ・アイン)を指す。Mulukiは「国の」、Ainは「法律」、「法典」を意味する語。英文では、country code、civil code、ある場合にはnational codeなどと表記される民法典。
  11. 精紳、魂。

  • 本文中の【 】内の語は訳者が補ったものである。
  • 訳出に際し、ネパール語の意味について、神戸大学大学院博士課程在学中のTara N. Niraula氏の助けを得た。訳出の責任については全面的に訳者にある。

翻訳:桐村 彰郎(奈良産業大学法学部教授)