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掲載日:2008.04.10
反人種主義・差別撤廃の世界的な取り組み

部落差別撤廃の視点から見た第5回報告の問題点(概要)

友永健三(部落解放・人権研究所所長)

第4回報告に対する自由権規約委員会の勧告と第5回報告の内容

1998年11月19日、日本政府の第4回報告書の審査を踏まえて自由権規約委員会から出された最終見解では、部落問題(注1)について、以下のように勧告されていた。

「15.同和問題に関し、委員会は、教育、所得、効果的救済制度に関し部落の人々(Buraku minority)に対する差別が続いている事実を締約国が認めていることを認識する。委員会は、締約国がこのような差別を終結させるための措置をとることを勧告する。」

今回日本政府が提出した第5回報告は、この勧告を踏まえたものとなっているであろうか。結論から言えば、これらの勧告を踏まえたものとなっていないといわざるを得ない。以下その概要を述べる。

 就労や教育面での差別の実態が全くふれられていない

日本政府の部落問題に関する見解は、国や地方公共団体のこれまでの取り組みによって、部落問題は基本的には解決されてきたので特別措置法に基づく特別対策を終了したというものである。そのことは、第5回報告で「これまでの国、地方公共団体の長年の取組によって、生活環境をはじめ様々な面で存在していた較差が大きく改善され、同和地区を取り巻く状況は大きく改善された。」、「このことを踏まえ、地域改善対策特定事業に係る国の財政上の特別措置に関する法律が失効する2002年3月31日をもって、特別対策は終了することとなった。」と指摘されていることに端的に示されている。

 1969年に制定された同和対策事業特別措置法以降2002年3月末まで33年間続いた「特別措置法」に基づく特別の施策によって、部落の住環境面の改善がなされてきていることは事実である。しかしながら、部落問題の解決にとって決定的に重要な就労や教育の面では、今日なおも明確な格差が存在している。そのことは、1993年に政府によって実施された「同和地区生活実態把握等調査」結果を踏まえて1996年5月に地域改善対策協議会が出した意見具申の中においても、1.高等学校等進学率はなお数ポイントの差がみられること、2.高等教育修了者の比率は全国平均と比べた場合差は大きいこと、3.就労状況を見ても全国平均と比べると不安定な就労形態が多く年収も低位に分布していること、などと指摘されていることをみれば明らかである。

 1993年以降、政府は実態調査を実施していない

政府は、1993年以降、全国的な部落の生活実態に関する調査を実施していないという問題があるが、自治体レベルでは部落の生活実態を把握するための調査が実施されている。これらの調査結果では、今日なお厳しい部落の就労や教育面の実態が明らかにされてきている。例えば、2000年に大阪府が同和問題を解決するために実施した実態調査結果を踏まえて、2001年に出された大阪府同和対策審議会答申では、大阪府における部落の教育や就労面等の実態として、1.高校中退率が高いこと、2.大学進学面で相当の開きがあること、3.パソコンの普及率やインターネットの利用率で全国平均の半分程度であること、4.若年層や40歳代の男性の失業率が2倍前後になっていること、などが指摘されている。

 

今日なおも深刻な結婚差別の実態

 第5回報告では、結婚に関しても部落出身者と部落外の人との結婚が大多数になってきていて、結婚差別についても解消されてきているとして、「また、同和関係者とそれ以外の人々の結婚が若年層においては大多数となっており、差別意識面についてみても確実に解消してきていることがうかがえる。」 と指摘されている。

 この点に関してコメントするならば、部落出身者と部落外の人との結婚が増えてきていることは事実である。これは、部落解放運動や部落差別を撤廃するための教育・啓発活動等が生み出した成果であるといえよう。しかしながら、結婚をめぐる差別がなくなったわけではない。恋愛から結婚に至る過程で、部落差別によって破局に至ってしまった事例は少なくない。また、結婚に至った場合でも、部落外の人の家族や親戚が反対して結婚式にも出席しないという事例も存在している。さらに、結婚後も親戚づきあいをしないという事例すら存在している。第5回報告は、この点について全く言及していないという問題がある。

調査業者等による身元調査事件が根絶されていない

「第5回報告」では、第17条のプライバシー等の尊重に関する報告書の中で、興信所等が行う身元調査に関して、以下のように報告されている。

「296.法務省の人権擁護機関では、興信所等が行う不当な身元調査については、結婚・交際、就職における差別を助長するおそれが大きいことから、人権侵害が認められた場合には、関係者に対する指導・啓発を行うなど、事案に応じた適切な対応を行っている。」

しかしながら、この指摘には、身元調査にあたって、戸籍謄本等の不正入手事件が多発している現実があることや、2005年末以降あらたな部落地名総鑑、とくに電子版の部落地名総鑑の存在が発覚してきているという深刻な実態について全くふれられていないという問題がある。また、こうした深刻な実態を踏まえたとき、「関係者に対する指導・啓発」では全く不十分で、法的規制なり関係法の抜本的な改正が必要であるが、この点にも言及されていないという問題点がある。

 多発するインターネット等での差別宣伝、差別扇動

 第5回報告では、条約第20条 戦争等の宣伝の禁止との関係で、インターネット上での差別宣伝、差別扇動について報告されている。

 近年、差別落書きや差別投書、さらにはインターネット上での差別宣伝、差別扇動が増加し看過できないところまできているという事情が背景にあると思慮される。

 この点に関する報告の問題点は、悪質な差別投書やインターネット上での差別情報の実行者が逮捕されたり、処罰されたりしたとしても、罪名は脅迫罪や名誉毀損罪であって、「差別、敵意又は暴力の扇動となる国民的、人種的または宗教的憎悪の唱導」そのものを禁止しているものではないという問題がある。ちなみに、日本は、人種差別撤廃条約の加入に際して、差別宣伝や差別扇動の処罰を求めた4条(a)、(b)項を留保している。日本における部落差別をはじめとする差別宣伝や差別扇動の危険な状況を直視したとき、早急にこれらの留保を撤回し、国内法を整備することが求められている。

その他の重要な問題点

 その他の重要な問題点としては、狭山事件(注2)に関する第3次再審との関係で重要な意義をもっている証拠開示の問題がある。自由権規約委員会の勧告では、公正な裁判が保証されるためには証拠開示が不可欠であるとの勧告がなされているが、いまだに証拠開示(証拠リストの開示を組む)がなされていないという問題がある。早急に証拠開示のための刑事訴訟法の改正がなされる必要がある。


注1 研究者や部落解放運動に取り組む人びとは、部落(居住地区の呼称)、部落民(部落に住む人びとまたはその地区の出身者に対する呼称)、部落問題(社会問題としての呼び方)と呼ぶが、国や自治体など行政関係者は、それぞれを同和地区、同和地区出身者、同和問題などと呼んでいる。

注2 1963年5月1日 埼玉県狭山市で生起した女子高校生誘拐殺人事件。この事件の犯人として、部落出身の石川一雄さんが不当に逮捕され、1977年最高裁で無期懲役が確定した事件。部落差別に基づく冤罪事件であるとして再審が求め続けられている。2006年5月に第3次再審が請求された。