はじめに
1.人権の促進および保護に関する小委員会は、第58会期において、横田洋三・鄭鎮星両特別報告者が小委員会決議2005/22にしたがって提出した、職業と世系に基づく差別問題に関する中間報告書(A/HRC/Sub.1/58/CRP.2)を検討した。中間報告書においては、最良の実践例を特定する目的で、職業と世系に基づく差別に対応するためにとられた憲法上、立法上、司法上、行政上および教育上の措置に関するより包括的な情報を入手するための、各国政府、国内人権機関、国連組織の関連機関および非政府組織を対象とする質問状への回答の分析に焦点が当てられていた。
2.小委員会は、決議2006/14で、特別報告者らによる次の提言を支持した。(i) この問題に関する特別報告者らとの討議への、被差別コミュニティ代表の相互対話的な参加を奨励するため、2007年第1四半期末までに2回の地域ワークショップを開催すること(アジアとアフリカで各1回)。(ii) 職業と世系に基づく差別に関する原則および指針の最終草案をとりまとめるにあたり、特別報告者らが各国政府、国連機関、非政府組織および被差別コミュニティ代表の見解を受けとめられるようにするため、2007年第2四半期中にジュネーブで協議会合を開催すること。特別報告者らは、人権理事会の決定がなされなかったため、これらのワークショップおよび協議会合が正式には開催されなかったことを遺憾とするものである。ただし人権高等弁務官事務所は、2007年4月23~25日、カトマンズ(ネパール)で「社会的包摂:政治参加と経済的エンパワーメントを支える」というテーマのワークショップを開催している。そこでは職業と世系に基づく差別問題も重要な論点として取り上げられた。また、この機会を活用し、国際ダリット連帯ネットワークは、反差別国際運動(IMADR)、世界ルーテル連盟および高等弁務官事務所と連携して、「職業と世系に基づく差別の効果的撤廃のための原則および指針」草案に関する非公式専門家協議を開催した(カトマンズ、2007年4月26日)。
3.小委員会はさらに、特別報告者らに対し、職業と世系に基づく差別に関する研究を継続しおよび完成させ、職業と世系に基づく差別の効果的撤廃のための原則および指針の最終草案をとりまとめ、ならびに、2007年に、小委員会もしくはその後継機関またはそのいずれも存在しない場合には人権理事会に、最終報告書を提出するよう要請した。この最終報告書はその要請を受けて作成され、小委員会もしくはその後継機関が存在しないために人権理事会に提出されるものである。
第1章:特別報告者らの活動
4.2006年7月28日、2006年12月10日および2007年2月25日、この問題に関する特別報告者のひとりである横田洋三は、大阪人権センターで開催された、部落解放・人権研究所「『職業と世系』に基づく差別プロジェクト」の会合に出席した。同プロジェクトは友永健三(部落解放・人権研究所所長)が主導して組織されたもので、村上正直(大阪大学教授・国際法)が長を務めている。これらの会合では、さまざまな国における職業と世系に基づく差別の具体例(インドのダリットを含む)に焦点が当てられ、とくに中間報告書第4章に掲げられた「原則および指針」草案の批判的分析が詳細に行なわれた。
5.2006年10月15~22日、この問題に関するもうひとりの特別報告者である鄭鎮星は、ダッカ(バングラデシュ)を訪問した。特別報告者は、ダッカ中心部・郊外にあるいくつかのダリット居住地域を見学するとともに、「バングラデシュ・ダリットの人権」が国際ダリット連帯ネットワークと協力して開催した「バングラデシュのダリットの状況に関する協議会合」に出席した。同協議には、ダリットの指導者、ダリット組織、国際NGOの代表、研究者・ジャーナリストなど、バングラデシュの市民社会組織の関係者が一堂に会した。これはこの種の会合としては初めてのもので、ダリット問題に関心を持つ幅広い関係者がバングラデシュの4地域から集まった。調査結果や事例研究が紹介されるとともに、全体会と分科会における討論で、ヒンズー・ムスリムの両コミュニティでダリットに対して行なわれている種々の形態の差別についての確固たる資料が提示された[1]。
6.2006年11月20~21日、特別報告者の鄭鎮星は、ハーグ市役所で開催された「ダリット女性の権利に関するハーグ会議」に参加した。これは、1億人以上のダリット女性に対する差別と暴力の問題について討議した初めての国際会議で、オランダ正義と平和委員会、コルダード(Cordaid)およびCMCが、ダリット・ネットワーク・オランダ、インドのダリットの人権に関する全国キャンペーン、全国ダリット女性連盟、国際ダリット連帯ネットワークその他のダリット・女性の権利関係団体と協力して開催したものである。ダリットの女性たちからは、自分たちに対して向けられた暴力と、その後に加害者の処罰が行なわれない現状について、衝撃的で心の痛む証言が行なわれた。ダリット女性に対する差別、暴力およびその暴力についての不処罰の問題について検討した後、「ダリットの女性の権利に関するハーグ会議」参加者は「ダリット女性の人権と尊厳に関するハーグ宣言」を採択した。同宣言には、ネパール、インド、パキスタン、バングラデシュ、スリランカ各国の政府ならびに国際社会、国際連合および欧州連合に対する勧告が含まれている。
7.2007年4月23~24日、特別報告者らは高等弁務官がカトマンズ(ネパール)で開催したワークショップ「社会的包摂:政治参加と経済的エンパワーメントを支える」に出席した。このワークショップは当初2006年6月か5月に行なわれる予定だったが、当時ネパールで増大しつつあった政治的不安定を理由として延期されていたものである。しかし、最近になって主要な政党と武装集団の間で包括和平協定が調印されたことにより、ネパールで政治的・経済的・社会的に周縁化されている諸コミュニティと諸人民の代表が一堂に会し、自分達が直面している種々の問題について話し合う絶好の機会がもたらされた。これらの問題には、極度の貧困、公的生活・政治への効果的参加の欠如および基本的人権の剥奪(教育へのアクセス、人間にふさわしく好ましい労働条件、保健ケア、土地所有権など)などが含まれる。ワークショップでは、ネパール人口のおよそ2割を占めるダリット・コミュニティと、歴史的に周縁化されてきた先住民族にとくに注意が向けられた。横田洋三と鄭鎮星に加え、ドゥドゥ・ディエン(現代的形態の人種主義および人種差別に関する特別報告者)とロドルフォ・スターベンハーゲン(先住民族の人権と基本的自由の状況に関する特別報告者)という、人権理事会の任命にかかる4人の国連特別報告者が一堂に会し、ダリット・コミュニティや先住民族の代表との活発な対話に携われたことは、めったにない機会であった。
8.2007年4月26日、国際ダリット連帯ネットワークは、反差別国際運動(IMADR)、世界ルーテル連盟および高等弁務官事務所と連携して、「職業と世系に基づく差別の効果的撤廃のための原則および指針」草案に関する非公式専門家協議をカトマンズで開催した。同協議には、職業と世系に基づく差別問題に関する2人の特別報告者に加えてドゥドゥ・ディエンとロドルフォ・スターベンハーゲン、ILOを含む国連の書計画・機関の代表ならびに国際NGOおよび被差別コミュニティのリソースパーソンが積極的に参加し、貴重な貢献を行なった。この報告書の第3章に掲げられている「職業と世系に基づく差別の効果的撤廃のための原則および指針」草案は、協議のさいに行なわれた提言および提案を反映させたものである。
第2章:特別報告者らの中間報告書に対する各国政府の回答
9.特別報告者らは、小委員会第57会期において採択された決議2002/22にしたがい、全国連加盟国、国内人権機関、国連機関・専門機関ならびに非政府組織に対し、質問状を送付した。これに対して相当数の回答が寄せられ、特別報告者らはすべての回答者に感謝するものである。しかし、特別報告者らはより多くの回答があるほうが望ましいと考え、この件について人権高等弁務官事務所と話し合った。討議の結果、人権高等弁務官事務所は中間報告書(A/HRC/Sub.1/58/CRP.2)を全国連加盟国、国内人権機関、国連機関・専門機関ならびに非政府組織に送付し、同報告書(職業と世系に基づく差別の効果的撤廃のための原則および指針草案も含む)についての意見を求めた。これに対し、2007年6月初頭までに5つの加盟国(日本、コロンビア、クロアチア、ドイツ連邦共和国およびモーリシャス)から回答が寄せられた。特別報告者らはこれらの国々の政府に感謝するものである。
10.5つの加盟国はいずれも人権高等弁務官に敬意を表し、情報と意見を提供してくれた。各国の政府から提供された情報は、職業と世系に基づく差別に関わる国連条約の批准の状況、ならびに、この種の差別を撤廃するためにとられている憲法上その他の立法上の措置および行政上の措置に関するものである。また、被差別コミュニティの状況に関する統計も提供され、特別報告者らの中間報告書に関する若干の建設的助言も寄せられた。特別報告者らはこれらの貴重な意見に感謝するとともに、職業と世系に基づく差別の効果的撤廃のための原則および指針草案の最終版を作成するにあたってこれらの意見を反映させるよう努めたところである。
第3章:職業と世系に基づく差別の効果的撤廃のための原則および指針草案
前文
人権および基本的自由の普遍的尊重および遵守を促進するという国際連合憲章上の原則および義務(前文ならびに第1条、2条、13条、55条および56条を含む)に対する決意を念頭に置き、
世界人権宣言において、すべての人民とすべての国とが達成すべき共通の基準、すべての人間の平等な自由および尊厳の尊重、ならびに、人種、皮膚の色、性、言語、宗教、社会的出身、出生その他の地位を含むいかなる種類の区別も受けることなくそこに定められた権利および自由を享有するすべての人間の資格が宣明されていることを想起し、
また、人種、皮膚の色、世系または国民的もしくは民族的出身に基づく差別の撤廃を目指す、あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約も想起し、
条約第1条第1項にいう「世系」は人種のみならずその他の形態の世襲的地位にも適用されるという人種差別撤廃委員会の一貫した見解を確認し、かつ、職業と世系に基づく差別をあらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約の違反として強く非難する同委員会の一般的勧告29号、および、条約の諸締約国にあてた同委員会の最終見解を考慮に入れ、
人種主義、人種差別、外国人排斥および関連の不寛容に反対する世界会議の「ダーバン宣言および行動計画」における差別の非難を確認し、
2005年世界サミット成果文書において、人種、皮膚の色、性、言語もしくは宗教、政治上その他の意見、国民的もしくは社会的出身、財産、出生その他の地位に関わるいかなる種類の区別もなく、すべての者の人権および基本的自由を尊重するという、国際連合憲章に合致するあらゆる国の責任が強調されたことに留意し、
また、雇用および職業についての差別に関する国際労働機関第111号条約と、これに付随する一般的勧告第111号も考慮に入れ、
ユネスコの文化的多様性に関する条約および教育における差別に関する条約を確認し、
また、国連グローバル・コンパクトに掲げられた、雇用および職業についての差別の撤廃に向けた諸原則も確認し、
職業と世系に基づく差別が貧困を悪化させ、かつミレニアム開発目標の達成に向けた進展を妨げることを強調し、
ミレニアム開発目標で表明された、教育の完全普及の重要性を再確認し、
職業と世系に基づく差別に関する特別報告者(人権の促進および保護に関する小委員会)や現代的形態の人種主義、人種差別、排外主義および関連の不寛容に関する特別報告者(人権理事会)が報告しているように、多くの地域で職業と世系に基づく差別が根強く残っていることに重大な懸念をもって留意し、
経済協力開発機構の企業に関するガイドラインを意識し、
カトマンズ・ダリット宣言、アンベードカル原則およびサリバン原則[2]に留意し、
国の憲法その他の立法ならびにその他の措置を通じて職業と世系に基づく差別を撤廃しようとする各国政府の努力を賞賛し、
職業と世系に基づく差別を撤廃するために被差別コミュニティならびに国際機関および地域機関が行なっている継続的努力を尊重しかつもっとも重要なものとして位置づけ、
職業と世系に基づく差別(カーストおよび類似の世襲的地位制度に基づく差別を含む)を、人権侵害および国際法違反として強く非難し、
国のみならず地域機関および国際機関、ドナー、地域当局、政党、企業等の民間セクターの主体、学校、社会的、文化的および宗教的諸機関、その他の非政府組織(NGO)ならびにメディアが、それぞれが影響力を行使できる分野において職業と世系に基づく差別を効果的に撤廃するために協調しながら努力していくことの必要性を確認し、
次のとおり、職業と世系に基づく差別の効果的撤廃のための原則および指針を勧告する。
範囲および適用
1.職業と世系に基づく差別に関するこの原則および指針は、あらゆる国に対しても、地方的、準地域的(sub-regional)、地域的(regional)および国際的なあらゆる政府間機関および非政府組織に対しても、同様に適用される。
定義
2.職業と世系に基づく差別とは、現在のまたは先祖伝来の職業を含むカースト、家族的、共同体的または社会的出身、姓名、出生地、居住地、方言および訛りのような世襲的地位に基づくあらゆる区別、排除、制限または優先であって、政治的、経済的、社会的、文化的その他のあらゆる公的生活の分野において平等な立場で人権および基本的自由が認められ、これを享有しまたは行使することを、妨げまたは害する目的または効果を有するものをいう。この種の差別は清浄および穢れの観念ならびに不可触制の慣行と結びついているのが一般的であり、このような差別が行なわれている社会と文化に深く根ざしたものである。
3.被差別当事者の集団または個人に対して人権および基本的自由の平等な享有または行使を確保するために必要な保護を要するそのような集団および個人について、その地位の十分な増進を確保することを唯一の目的としてとられる特別措置は、職業と世系に基づく差別とは見なされない。ただし、当該措置が、結果として、異なる集団を対象とする別個の諸権利の維持につながらないこと、および、当該措置をとった目的が達成された後には継続されないことを条件とする[3]。
原則
4.職業と世系に基づく差別は、世界人権宣言、ならびに、とくに市民的及び政治的権利に関する国際規約、経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約、あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約、女性に対するあらゆる権利の撤廃に関する条約、子どもの権利に関する条約および国際労働機関第111号条約という形で宣明された国際人権法が禁ずる、差別のひとつの形態である[4]。
5.職業と世系に基づく差別その他の形態の差別は、人権侵害であるのみならず、開発の達成を妨げる重大な障壁でもある。不平等は、開発の成果を不可避的に減殺するとともに、武力紛争の根本的原因のひとつでもある。職業と世系に基づく差別のために人的資源が効果的に配分されなければ、労働市場が歪められ、経済効率に影響が及ぶ。
6.職業と世系に基づく差別の問題に対応するにあたっては、女性、子ども、病者または障害者、高齢者および貧困線以下で暮らしている人々の状況に対応するために特別の配慮がなされるべきである[5]。
7.すべての国は、職業と世系に基づく差別の存在を認め、自国の領域内で職業と世系に基づく差別を撤廃および防止するためにあらゆる必要な憲法上、立法上、行政上、予算上、司法上および教育上の措置をとり、かつ、職業と世系に基づく差別に直面している者の人権を尊重、保護、促進、実施および監視する義務を有する。被差別コミュニティのすべての者は、他の者と平等な立場で、あらゆる市民的、政治的、経済的、社会的および文化的権利を享有する権利を有する。これらの権利には次のものが含まれるが、これに限られるものではない[6]。
- 身体の安全および生命に対する権利ならびに暴力から自由である権利
- 平等な政治的参加に対する権利
- 司法への公正なアクセスに対する権利
- 土地を所有する権利
- 公的サービスおよび社会的サービスに平等にアクセスする権利
- 宗教の自由に対する権利
- 自由意思に基づく婚姻の権利
- 教育に対する権利
- 文化的アイデンティティに対する権利
- 雇用の機会均等および自由な選択に対する権利
- 平等、公正かつ良好な労働条件に対する権利
- 強制労働または債務労働から自由である権利
- 残虐な、非人道的なまたは品位を傷つける取扱いから自由である権利
- 健康に対する権利
- 十分な食糧、水、衛生、衣服および住居に対する権利
8.すべての国は、職業と世系に基づく差別を構成し、支えおよび強化する、偏見に基づく信条(不可触制、穢れおよびカーストの優越性または劣等性の観念を含む)を払拭し、かつこれらの信条に基づいてとられる行為を防止するために誠実に努力する義務を負う。
9.地域機関および国際機関(国際連合諸機関および地域的政府間機関を含む)ならびに国内的および国際的市民社会(企業、学校、病院、労働組合、農業組合およびメディア従事者のような民間部門の主体を含む)は、職業と世系に基づく差別の効果的撤廃に向けた努力を援助するべきである。
指針[7]
一般
10.国の政府および地方政府は、公的分野においても私的分野においても職業と世系に基づく差別を防止し、禁止し、かつこれに対する救済を提供するためにあらゆる必要な憲法上、立法上、行政上、予算上および司法上の措置(適当な形態のアファーマティブ・アクションおよび公衆教育プログラムを含む)をとるとともに、それらの措置があらゆるレベルの国の機関によって尊重および実施されることを確保するべきである。
11.国の政府および地方政府は、職業と世系に基づく差別に関する法律を実施するために具体的かつ効果的措置(アファーマティブ・アクションを含む)をとるべきである。
12.国の政府および地方政府は、差別および暴力の行為から被差別コミュニティを保護するための適切な措置、および、被差別コミュニティの構成員に対する暴力が処罰されない状態に終止符を打つための措置をとるべきである。
13.国の政府および地方政府は、不可触制および隔離の廃止を執行するための、期限を定めたプログラムを確立するべきである。「不可触制」の行為の効果的処罰によるものも含め、法的および司法的手段(mechanisms)が確立および執行されるべきである。政府は、清浄および穢れの社会規範が根強く残る状態に対応するための特別措置を導入および適用するべきである。
14.国の政府および地方政府は、職業と世系に基づく差別を法律で明示的に禁止し、かつ違反の場合の刑事的および民事的救済措置を明示的に定めるべきである。刑事上および民事上の制裁は、直接の違反に対してのみならず、その他の主体(企業および公務員を含むが、これに限られない)による共犯または現場幇助に対しても適用されるべきである。
15.国の政府および地方政府は、職業と世系に基づく差別を直接または間接に行なっているあらゆる現行法令を廃止するべきである。これには、カースト制または類似の制度に基づいて投票権または土地所有権を制限する法律が含まれるが、これに限られない。
16.国の政府および地方政府は、職業と世系に基づく差別の効果的撤廃のために、具体的予算措置を含む包括的行動計画を採択し、かつ当該行動計画を実施および調整するための部局を創設するべきである。
17.国内人権機関および特別機関に対し、被差別コミュニティが直面している諸問題に具体的に対応するための権限が与えられるべきである。関係国の政府は、国内人権機関および特別委員会が存在する場合には、これらの機関が、職業と世系に基づく差別に影響を受けている人々の利益を保護するうえで独立にかつ効果的に行動できることを、十分な財政的、法的および人的支援を提供することによって確保するべきである。このような機関および特別委員会が存在しない場合は、設置されるべきである。政府は、職業と世系に基づく差別を撤廃するための措置に関する特別委員会、国内人権機関その他の関連の委員会の勧告を、よりよい解決策が見出されないかぎりは実施するべきである。また、国連人権機関を含む政府間機関は、そのような勧告に留意するとともに、必要なときはその実施を支援するための技術的援助を提供するべきである。
18.職業と世系に基づく差別に直面している人々を対象として法律上のみならず事実上の平等および非差別を達成する目的で、国および地方の政府は、被差別当事者の集団または個人に対して教育および雇用の分野で人権および基本的自由の平等な享有または行使を確保するために必要な保護を要するそのような集団および個人について、その地位の十分な増進を確保するための特別措置のような、被差別コミュニティの状況を向上させるための積極的措置をとるべきである[8]。
19.政府は、関連するあらゆる国連条約機関に対し、期限に遅れることなく、かつ職業と世系に基づく差別についての細分化されたデータを示した形で、報告書が提出されることを確保するべきである。
調査研究
20.国および地方の政府は、職業と世系に基づく差別の撤廃のための効果的措置を発展させるため、社会、政治、経済、文化および刑事司法の分野(被差別コミュニティに対する公衆一般の態度を含む)で定期的な調査およびその他の適当な研究を実施し、かつそれによって得られたデータ(女性の状況に関する細分化されたデータを含む)を活用するべきである。このような調査および研究においては、職業と世系に基づく差別の影響を受けている人々の状況に関する情報、および、このような差別の撤廃のためにすでにとられている措置および提案の効果の検討結果が提示されるべきである。研究機関および大学も、このような調査および研究を独自に実施するよう奨励されるべきである。
隔離との闘い
21.国および地方の政府は、被差別コミュニティ出身の人々が公共の場所(コミュニティセンター、病院、学校、礼拝場所および水源を含む)にアクセスできることを確保するとともに、雇用、住居および教育における隔離を撤廃および防止し、かつ、隔離の境界を越えた者に対する暴力からの保護を確保するための措置をとるべきである。
22.国および地方の政府は、不浄および穢れの社会的および文化的烙印が根強く残っている状況を根絶するための特別措置を導入および適用するべきである。このような状況は、被差別コミュニティとそれ以外のコミュニティの構成員間の婚姻を事実上妨げ、かつ、一部社会において、出身コミュニティが異なるカップルへの暴力、集団的処罰および社会的排除を生じさせている。
身体の安全および暴力からの保護
23.国および地方の政府は、児童婚およびダウリーの有害な慣行、ならびに、寡婦の再婚を禁ずる慣行、女児を寺院の神々に捧げる慣行および儀式化された売春の強要を禁止するとともに、当該禁止を効果的に実施するための地方的な法執行部隊を創設するべきである[9]。
24.国の関係機関は、拷問、性暴力および非司法的殺人を含む身体的暴力から被差別コミュニティを保護するために、包括的行動計画の策定および実施ならびに監視機構の創設のような特別措置をとるべきである。
25.女性・女児の状況(ドメスティック・バイオレンス法上の状況を含む)、ならびに、被差別コミュニティの女性・女児を対象とする性暴力、性的搾取および人身売買に対し、特段の注意が向けられるべきである。
26.国および地方の政府は、あらゆる形態の暴力および残虐行為の加害者を捜査、訴追および処罰するとともに、被害者がそのような事件について通報することを妨げまたは抑制したことがわかったいかなる者(公務員を含む)に対しても制裁を科すべきである。
27.国および地方の政府は、被害者および目撃者がこのような行為を権限のある機関に通報することを奨励し、かつ被害者および目撃者を報復行為および差別行為から保護するとともに、関連の法律およびその他の刑法上の規定に基づいて行なわれた告発が適正に登録されることを確保するべきである。国および地方の政府は、登録された告発、加害者に対して言い渡された有罪判決および刑ならびにこのような行為の被害者に提供された救済および援助の件数および性質に関する情報を公にするべきである。
司法へのアクセスおよび平等な政治的参加
28.司法機関、立法機関および法執行機関は、被差別コミュニティに対して法律による平等の保護を確保するために特定的で具体的な措置をとるべきである。
29.国および地方の政府は、職業と世系に基づく差別を受けた者の利益を代表する公益団体に法律扶助その他の支援を提供することも含め、被差別コミュニティに対して司法的救済措置への平等なアクセスを確保するためにあらゆる必要な措置をとるべきである。
30.政府のあらゆる機関および公共団体を含む国の関係機関は、それぞれの内部実務において職業と世系に基づく差別を禁ずる具体的指針(誘導策および制裁の体系を含む)を採択するべきである。国および地方の政府は、被差別コミュニティの構成員を法執行機関に採用することを奨励するべきである。
31.警察官、裁判官および検察官を含む法執行官に対しては、職業と世系に基づく差別が関わる事件の防止、捜査および訴追に関する十分な訓練が提供されるべきである。
32.国および地方の政府は、被差別コミュニティに対して平等な政治的参加の権利(公職選挙に参加する権利、および、公職に立候補しかつ選出される平等な機会に対する権利を含む)を確保するために具体的措置をとるべきである。
33.国および地方の政府は、あらゆるレベルの政府および立法機関において象徴的な代表性ではなく十分な、効果的なかつ意味のある代表性を確保する目的で、あらゆるカテゴリーの公職(司法機関を含む)を対象とした留保政策の導入および実施について検討するとともに、当該代表状況に関する統計データを整備および公表するべきである。
平等な雇用機会および職業選択の自由
34.国および地方の政府は、官民の使用者がカースト制または類似の制度に基づく差別を行なうことを禁ずる均等法を制定し、カーストに基づく伝統的職業からの離脱に対する慣習的制約を取り除くための措置をとり、かつ、被差別コミュニティの構成員を対象として、有給の代替的雇用機会および市場への全面的アクセスを促進するべきである。
35.国および地方の政府は、被差別コミュニティに対して人間にふさわしい労働(decent work)、生活賃金および労働権を保障する法律を制定および執行するべきである[10]。国および地方の政府は、国際基準にしたがい、手作業による排泄物処理[11]およびその他の不健康な労働条件が完全に根絶されることを確保するべきである。
36.政府は、公的部門および民間部門に留保政策を導入しまたは拡張することにより、被差別コミュニティによる労働市場へのアクセスを増進させるための措置をとるべきである。これらの措置は、市場自由化およびグローバリゼーションの影響に効果的に対抗できるようなものであるべきである。
37.国その他の機関は、労働、および、カーストその他の種類の社会的出身を理由として伝統的に被差別コミュニティには認められてこなかったその他の職業を自由に選択する被差別コミュニティの権利が、全面的に行使されることを確保および支援するべきである。
強制労働、債務労働および児童労働
38.国および地方の政府、企業、労働団体ならびに国際的な労働・金融・開発機関は、被差別コミュニティに特別な注意を払いながら、搾取的な労働協約の防止、特定および根絶、ならびに、強制労働、債務労働および児童労働の対象とされた者のリハビリテーション計画の実施を目的とした具体的機構の確保のために連携するべきである。
健康
39.国および地方の政府は、被差別コミュニティの構成員に対し、到達可能な最高水準の身体的および精神的健康、保健ケアへの平等なアクセスおよび安全で健康的な環境を確保するために、あらゆる必要な措置をとるべきである。政府は、被差別コミュニティにおける子どもの栄養不良および高い妊産婦死亡率に特別な注意を払うべきである。
40.国、地方機関および国際機関の保健担当官および保健従事者は、被差別コミュニティの構成員に対する平等な取扱い(衛生設備へのアクセスならびに医療保険および病院での治療を含む)を確保するべきである。
41.十分な衛生)を確保するための開発援助および財政的援助が、国および地方の政府ならびに国際開発・人道機関によって提供されるべきである。
十分な食糧、水および住居
42.国および地方の政府は、被差別コミュニティが不十分な食糧、水、衛生設備、衣服および住居に苦しむ原因となっている差別的慣行を撤廃するためにあらゆる必要な措置をとるべきである[12]。
43.国の政府および地方機関は、被差別コミュニティに対して土地に関わる正当な権利を確保するとともに、強制立退きからの保護を行なうべきである。
44.政府は、省庁、地方行政機関およびその他の地方機関が、被差別コミュニティによる開発プログラムおよび開発予算へのアクセスの義務化および向上を増進させるための、包括的な機構およびプログラムを発展させることを確保するべきである。
45.ドナー機関は、被差別コミュニティに対して他の住民層と平等に食糧、水および住居を提供するにあたって効果的なアウトリーチが行なわれることを確保できるよう、政府を援助する義務を有する。
教育
46.国および地方の政府は、無償のかつ良質な初等中等教育への平等なアクセスを被差別コミュニティの子どもに対して確保し、かつ高等教育を受ける平等な機会を確保するために、あらゆる必要な措置をとるべきである。公立および私立の高等教育機関への入学については、被差別コミュニティを対象とする効果的な特別措置が設けられるべきである。
47.国および地方の政府は、あらゆる段階の公立学校および私立学校において、被差別コミュニティの子どもの中途脱落を減らしかつ就学率を高めるための効果的な措置をとるべきである。そのための手段としては、奨学金その他の補助金を提供すること、被差別コミュニティの生徒を対象とする教室の隔離、いやがらせおよび差別と闘うこと、ならびに、このような計画への差別のないアクセス(公立学校において十分な設備、職員配置および教育の質を整えることによるものも含む)、および、支配カースト居住地域および武力紛争地域に住む子どもが学校に物理的にアクセスするための十分な手段を確保することが挙げられる。政府は、子どもが通常の全日制教育を受けることを妨げる障壁(児童労働を含む)を取り除くためにあらゆる必要な措置をとるべきである。政府はまた、正規の教育を受けていないために読み書きができない子どもおよび成人に十分な教育を提供する必要性に対しても、特段の注意を払うべきである。
48.国および地方の政府は、学校教科書の文言を再検討し、被差別コミュニティの構成員に対する、ステレオタイプおよび偏見に基づく信条、態度および行動を伝達または奨励するような文言を解消するとともに、教育およびカリキュラムの内容において、被差別コミュニティの貢献が反映され、かつ、とくに人権教育の導入を通じて職業と世系に基づく差別を撤廃する必要性が強調されることを確保するべきである。
公衆の意識啓発および差別的慣習の撤廃
49.国および地方の政府は、公衆の間においても、政府職員、教職員およびメディア従事者の間においても同様に職業と世系に基づく差別に関する意識啓発を図るために、内部研修および公的キャンペーン等を通じて具体的措置をとるべきである。関心対象分野には、印刷メディアおよび放送メディアのみならず、これらに代わる、演劇、歌等を通じての地域的口承情報のような情報普及経路およびインターネット経由の情報も含まれるべきである。
50.国および地方の政府は、必要な場合には、職業と世系に基づく差別、憎悪または暴力を煽動する文書誹毀的または口頭誹毀的な発言または発言〔訳注/「表現または発言」の意か〕を明示的に禁止および処罰するために、文書誹毀、口頭誹毀および憎悪表現に関わる法律を再検討または制定するべきである。
51.政府は、マスメディアにおいて被差別コミュニティが適正に表現されることを促進するための特別措置をとり、かつ、メディア代表を対象とする感受性強化キャンペーンおよび意識啓発プログラムを実施するべきである。政府その他の関連機関が、メディア機関に対し、世系の影響を受けているコミュニティが直面している人権侵害、寛容の促進、および世系に基づく差別との闘いの積極的実例を取り上げかつ公にするよう奨励することが、促進されるところである。
52.メディア、宗教的、教育的および文化的機関、市民社会を構成するその他の主体ならびに国際機関は、被差別コミュニティの否定的イメージが流布することの是正に貢献するとともに、これらのコミュニティの能力構築を図り、かつ、社会の発展に対する被差別コミュニティの貢献を認識するよう努めるべきである。
女性に対する複合差別
53.国および地方の政府は、職業と世系に基づく差別の影響を受けている女性の状況に関する細分化されたデータの収集、分析および公的提供を行なうべきである。
54.国および地方の政府は、職業と世系に基づく差別に対応するためにとられるあらゆる措置において被差別コミュニティの女性および女児の状況を考慮に入れるとともに、可能な場合には常に、職業と世系に基づく差別の影響を受けている女性および女児の権利を確保することに向けた明示的対応を行なうべきである。
被差別コミュニティの参加
55.職業と世系に基づく差別の効果的撤廃のためにとられるいかなる措置も、被差別コミュニティとの真正な、かつ十分な情報を提供したうえでの協議に基づいて立案されるべきである。被差別コミュニティの利益が十分に代表されることを確保するための手続的機構が設けられるべきである。
人道援助および開発援助
56.すべての国は、内戦、戦争または自然災害のような人道危機の状況下で職業と世系に基づく差別が強化されるという特別な問題を認識し、これに対応するための措置をとるべきである。
57.政府および国際機関は、あらゆる開発プログラムおよび災害復興プログラムにおいて、社会的公正監査(social equity audits)やカースト分析枠組みのような、排除および差別に対応するための措置を発展させるべきである。適切な「被差別当事者包摂ツール」が開発され、かつプログラムの企画およびモニタリングにおいて効果的に適用されるべきである。諸機関は、そのスタッフを対象として職業と世系に基づく差別に関する研修を行なうとともに、不可触制の慣行を監視しかつこれに対抗する責任を負うべきである。プログラムに関する意思決定ならびにプログラムの企画および評価には、被差別コミュニティの構成員が全面的に関与するべきであり、また関係諸機関は、復興活動または開発活動において被差別コミュニティの構成員を雇用するよう積極的に努めるべきである。
58.国は、救援、復興または開発の過程で、他の者が受け取ったものと同一の援助もしくは給付が被差別コミュニティの構成員に対して否定された事案または被差別コミュニティの構成員が差別された事案について調査するとともに、被差別コミュニティの被害者に対して補償もしくは当該給付の遡及的支給を行なうべきである。
市場経済組織および資金配分
59.国際金融機関および民間企業は、それぞれの組織内ならびにそれぞれが影響力を行使できる分野(供給面および事業面の提携相手を含む)において職業と世系に基づく差別が容認されないことを、とくに市場およびサービスへの平等な〔アクセス〕ならびに反カースト法の積極的実施に焦点を当てて確認するべきである。また、これらの組織は、カーストおよびジェンダーに基づく分析ならびに反差別の政策措置を、自らの組織的な社会開発戦略に編入するべきである。
国際協力
60.国際的、地域的および準地域的機関は、財政的、技術的および法的援助を通じて、職業と世系に基づく差別の効果的撤廃に対する支援を提供するべきである。金融機関、二国間ドナーおよび外交機関(大使館を含む)を含む政府間機関は、その支援の対象となっている開発援助プロジェクトが、職業と世系に基づく差別を撤廃するための努力と整合することを確保するべきである。地域的および国際的な人権機関および人権手続ならびに国際的市民社会は、職業と世系に基づく差別を撤廃するための努力を監視および支援するべきである。人道援助機関は、被差別コミュニティがとくに権利侵害および剥奪のおそれにさらされていることを認め、しかるべき形で援助の配分の優先順位を決定するべきである。
61.国際連合諸機関を含むすべての国際機関は、職業と世系に基づく差別に対して特段の注意を払うとともに、このような形態の差別から生ずる複合的形態の人権侵害を防止しかつこれに対応するよう努めるべきである。すべての機関が、被差別コミュニティの状況についての分析をその国別・地域別戦略に含めるとともに、職業と世系に基づく差別に対応するための政策、戦略および文書ならびにスタッフに対する活動指針を策定することが勧告されるところである。
ディアスポラ・コミュニティが存在する国の責任
62.ディアスポラ・コミュニティが存在する国であって職業と世系に基づく差別が行なわれている国の政府は、そのような差別を防止するための効果的措置をとるべきである。
解釈
63.職業と世系に基づく差別の効果的撤廃のための以上の原則および指針は、国際人権法、国際人道法または出入国管理法および難民法で認められた個人の権利を制限し、変更し、またはその他の形で損なうものとして解釈されてはならない。
第4章 結論および勧告
1.職業と世系に基づく差別の問題は、今日も世界の多くの場所で継続している。この問題は、今世紀初頭までは、国際社会の重要な人権課題のひとつには位置づけられていなかった。カーストに基づく差別(部落差別を含む)は、各当事国によってその国に特有の具体的人権問題として取り上げられてきたにすぎない。これらの形態の差別は、共通の特徴ならびに類似の歴史的、政治的、経済的および社会的文脈を有するとは見なされてこなかった。しかし〔旧国連人権〕小委員会は、2000年8月、現代の重要な人権課題としてこの問題を取り上げることを決定し、今日に至るまで継続的に特別報告者を任命した。特別報告者らが実施したさまざまな研究により、この問題は南アジアにおけるカーストに基づく差別よりも幅広いものであり、アフリカ、ラテンアメリカおよび中東の一部ならびに西ヨーロッパの一部諸国(とくにディアスポラ・コミュニティの間で)に存在してきて、いまも存在し続けていることが明らかになっている。市民的及び政治的権利に関する国際規約の自由権規約委員会、人種差別撤廃委員会(CERD)、現代的形態の人種主義および人種差別に関する人権委員会(現人権理事会)の特別報告者および国際労働機関(ILO)によるその他の同様な努力と並行して小委員会が進めてきたこの問題の検討およびこの問題についての情報の普及の結果、職業と世系に基づく差別の問題は、国際社会が対応するのにふさわしい具体的かつ重要な人権問題として認められるようになっている。
2.強調しておかなければならないのは、南アジアおよび東アジアではこのような差別が切迫した緊急の人権問題としてとらえられてきており、各国ともこの問題に対応するために一定の立法上、行政上および予算上の措置ならびに積極的措置をとってきたということである。にも関わらず、一定の是正措置がとられてきたこれらの国においてさえ、この種の差別はいまなお根強く残っている。その理由は次のとおりである。(a) 立法上、行政上および予算上の措置ならびに積極的措置が真剣に、精力的にかつ効果的に遂行されていない。(b) これらの措置は不完全または非効率であることが多く、このような差別を効果的に撤廃できるには至らない。(c) この種の差別は、被差別当事者である個人およびコミュニティを、不浄および穢れに基づいてマジョリティのまたは支配的立場にある個人または集団から区別する社会慣習、信条、儀式および行動に深く根ざしており、普通の市民の態度、行動様式または価値体系が劇的に変わらないかぎり、このような差別の根絶は困難である。
3.このような差別を撤廃するためには、中央および地方双方の政府が、この目標を達成する目的で、可能なあらゆる効果的措置を精力的にとることが必要不可欠である。しかし、社会のあらゆる主体(企業、学校、大学、諸機関、宗教団体・組織、病院、新聞・放送ネットワーク、非政府組織その他の福祉団体および人道団体、労働組合および雇用者団体、インターネット・オペレーター、ならびに、国連機関およびその他の世界的および地域的国際機関を含む)も、あらゆる社会的、心理的または物理的差別行為を撤廃するための措置を即時的かつ効果的にとらなければならない。
4.以上の所見および結論に基づき、特別報告者らは次のとおり勧告する。
(a) 人権理事会は、理事会が任命する単独のまたは複数の専門家によって実施されるべき研究のなかに、職業と世系に基づく差別の問題を含めるべきである。
(b) 人権理事会は、この報告書の第3章に掲載されている「職業と世系に基づく差別の効果的撤廃のための原則および指針」案を必要な修正および改善を加えて採択し、改訂版「原則および指針」を総会に送付してその採択を求めるべきである。
(c) 人権理事会は、総会による採択までの間、国際連合のすべての機関および加盟国に対し、それぞれの政策および活動の編成および実施において「原則および指針」案を正当に考慮するよう、要請するべきである。
(d) 人権理事会は、総会による採択までの間、その他のすべての国際機関および地域機関、国際的および国内的非政府組織、国内人権機関、企業、宗教機関、学校、大学、福祉団体および人道団体、労働組合および雇用者団体、新聞・放送ネットワークならびにインターネット運営者に対し、それぞれの活動の過程で「原則および指針」を全面的に考慮に入れるよう、要請するべきである。
[1] 鄭特別報告書はこの訪問の後、他のいくつかの南アジア諸国を訪問し、被差別地域を見学するとともに協議会合に参加した。訪問先は、ネパール(2004年11月29日~12月6日、主催:ダリットNGO連合、協力:国際ダリット連帯ネットワーク(IDSN)、パキスタン(2006年1月12~19日、主催:タールディープ農村開発計画およびパキスタン指定カースト連合、協力:IDSN)、インド(2006年2月24日~3月1日、主催:全国ダリット人権キャンペーン、協力:IDSN)である。
[2] 「カトマンズ・ダリット宣言」(Kathmandu Dalit Declaration、2004年12月1日の「カースト差別に関する国際協議:現代世界におけるダリットの権利の確立――政府・国連・民間セクターの役割」において採択)、「アンベードカル原則(Ambedkar Principles):カースト差別への対応に関して南アジアのすべての海外投資家を援助するために策定された、雇用上の原則ならびに経済および社会的排除に関する追加的原則」および「社会的責任に関する国際的サリバン原則(Sullivan Principles)」(1999年)。
[3] 職業と世系に基づく差別の定義は、あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約(人種差別撤廃条約)1条1項をモデルとしている。したがってこの定義は差別の問題に関する現行国際法の一貫性を支持および奨励するものであり、そのように読まれるべきである。同様に、パラ2は人種差別撤廃条約1条4項をモデルとしており、職業と世系に基づく差別の影響を受けている集団および個人による人権および基本的自由の平等な享有を唯一の目的としてかつそのために必要な限度においてとられる特別措置(アファーマティブ・アクション等)の可能性を明示的に開くことを意図している。
職業と世系に基づく差別は、実際には、特定の集団の相対的価値に関する宗教的、道徳的または文化的信条ならびに清浄、穢れおよび不可触制の観念の、一見して明らかな文脈に深く根ざしているのが通例である。職業と世系に基づく差別の特定にあたってこのような文脈が必要とされるわけではないが、そのような文脈の存在は、職業と世系に基づく差別が生じているといういっそうの懸念を抱かしめる理由とされなければならない。加えて、関係者は、ほとんどの場合、職業と世系に基づく差別の効果的撤廃は偏見に基づく信条および態度の背景的文脈を根絶しても〔しなければ〕不可能であることを認識し、それに応じて取り組みを組織するべきである。
[4] このパラグラフは、職業と世系に基づく差別が国際法で禁じられていることを再確認したものである。もっとも一般的なレベルでは、人権および基本的自由の保護および促進におけるこのような形態の差別は、世界人権宣言前文で宣明され、かつあらゆる主要な国際人権法文書に通底している、すべての者の人権および基本的自由の普遍的尊重および遵守という目標と一致しない。しかし職業と世系に基づく差別は人種差別撤廃条約1条1項でも明確に禁じられており、この点は人種差別撤廃委員会の一般的勧告29号(A/57/18 at 111、2002年)でも確認されているところである。加えて、職業と世系に基づく差別は、とくに世界人権宣言(たとえば1条、7条、10条、21条、26条参照)、市民的及び政治的権利に関する国際規約(自由権規約)(たとえば4条、20条、24条、26条参照)、経済的、政治的及び文化的権利に関する国際規約(社会権規約)(たとえば2条、7条、10条、13条参照)、国際労働機関(ILO)111号条約(1条1項および3条)・111号勧告、ならびに人種差別撤廃条約に掲げられた具体的な差別禁止条項および平等保護条項に一致しない。
[5] この原則は、(1)職業と世系に基づく差別の文脈においては女性・女児、子ども、病者または障害者ならびに高齢者にとってのリスクが高まるという現実があり、かつ(2)国際法上もこの種のリスクが認められていることの双方を反映したものである。とくに女性・女児ならびに男女の子どもは、職業と世系に基づく差別が行なわれている社会ではいっそう高いリスクおよび複合差別に直面する。国際法は、女性に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約(女性差別撤廃条約)および子どもの権利に関する条約(子どもの権利条約)を通じ、女性・女児ならびに子どもの人権および基本的自由を保護するいっそうの必要性を認めてきた。たとえば女性差別撤廃条約の前文は、女性に対する差別の撤廃とその他の形態の差別の撤廃の相互依存性を強調している。子どもの権利条約の差別禁止条項(2条)は、子どもの権利の保護および促進は地位による区別なく追求されなければならないことを、はっきりと明らかにしている。
[6] 「次のものが含まれるが、これに限られるものではない」という表現は、国際法が被差別コミュニティに対し、このパラグラフに列挙したもの以上の諸権利、すなわち国際法で現在保護されているすべての人権および基本的自由を付与している事実を認めたものである。このリストの目的は、とくに職業と世系に基づく差別問題に関する特別報告者の中間報告書(A/HRC/Sub.1/58/CRP.2* (2006))の第3章に要約されている社会学的調査研究および記録に基づいて、被差別コミュニティが現在とくに危険に直面している分野を特定するところにある。したがって、このリストは厳密な分類ではなく、特別な注意が必要なその他の権利を付け加えることもできる変更可能な分類として扱われるべきである。
このリストに掲げられた諸権利は、世界人権宣言(3条、4条、5条、6条、7条、8条、9条、10条、11条、17条、20条、22条、23条、25条、26条、27条)、自由権規約(6条、7条、8条、10条、14条、25条、26条)、社会権規約(7条、10条、11条、12条、13条)、人種差別撤廃条約(5条(a)、(b)、(c)、(d)(v)および(ix)、(e)(i)、(iii)および(iv))、子どもの権利条約(32条)、ならびに、ILOの基本的諸条約(29号、105号、87号、98号、100号、111号、138号、182号)およびILO・労働における基本的原則および権利に関する宣言(1998年)で規定されている雇用条件および教育条件の基準等の国際法で認められたものである。これらの権利の多くは逸脱不能なものと見なされている(自由権規約6条、7条、8条1項・2項、11条からの逸脱は自由権規約4条で認められていない)。身体の安全に対する権利、暴力から自由な生活を送る権利および強制労働から自由である権利は、拷問および奴隷制を禁ずる強行規範を含むものと解釈されるべきである(奴隷制を禁ずる強行規範については、ミャンマーによる強制労働条約(1930年、29号)の遵守状況を検討するために国際労働機関憲章26条に基づいて設置された調査委員会の報告書を参照:ILO, Forced Labour in Myanmar (Burma), Official Bulletin (Geneva), 1998, Series B, special supplement, para. 538)。ILO・労働における基本的原則および権利に関する〔宣言〕は、8つの基本的条約を批准しているか否かに関わらず加盟国を拘束する。これらの権利と国その他の主体の法的義務との特定の関係は、条約の批准や、国内的および国際的な裁判所および条約機関による公的解釈(doctrine)および判例の発展(規範が慣習国際法であることの証人の発展を含む)のような、その他の要素に左右される。
原則5は、この原則および指針の一般的アプローチを反映したものでもある。職業と世系に基づく差別の文脈における中心的問題は、普遍的権利および自由のなかに、世系に基づくコミュニティに対して不当に否定されているものが存在するということである。したがって、「世系」、「職業と世系」または「差別」のような文言にとくに触れられていないからといって、職業と世系に基づく差別を撤廃するための努力において、国際基準で認められているいずれかの権利または義務に特別な注意を向ける必要がないというわけではない。
原則5は、原則1とも足並みを揃えて、女性差別撤廃条約にしたがった女性・女児の権利の平等な保護および促進ならびに子どもの権利条約にしたがって子どもに対して求められる保護を重視している。子どもの権利条約に加えて、ILO182号条約は、奴隷制またはこれに類似した慣行をともなうもの(3条(a))ならびに子どもの健康、安全および道徳を害するおそれのある状況下で行なわれるもの(3条(d))を含む、一定の形態の児童労働の禁止・撤廃義務を課している。ILO138号条約は、いかなる子どもも義務教育の修了前には労働市場に参加してはならず、かついかなる場合にも〔就業時に〕14歳または15歳未満であってはならないと定めている(2条)。
[7] 指針は、原則を実施するために国その他の主体がとるべき具体的措置を詳しく述べたものである。これは、とくに職業と世系に基づく差別問題に関する特別報告者の中間報告書(A/HRC/Sub.1/58/CRP.2* (2006))の第3章に要約されている、被差別コミュニティが直面している具体的障壁についての社会学的調査研究および記録に基づいている。
[8] この指針は、国(職業と世系に基づく差別を禁止する特別法がある国を含む)が、このような差別の撤廃が単に形式的なまたは文言上のものにならないようにすることの必要性を強調したものである。明示的立法はしばしば必要であって強く奨励されるところであるが(指針5および6参照)、それだけでは十分ではないことがわかっている。被差別コミュニティに対する人権侵害を明示的に禁止した国々の進展を評価したところ、これらの禁止は熱心な執行が行なわれていないためにしばしば効を奏していないことが示されてきた。これ以降の指針は、この一般的指針に合致し、かつこれを支えるものとして理解されるべきである。
[9] この指針は、カースト制の影響を受けている国々の政府に対する人種差別撤廃委員会の最終所見、とくにインドに関する最終所見(CERD/C/IND/CO/19 (2007))のパラ18を参考にしたものである。指針16、17、24、27、37および50でも、同じ文書(CERD/C/IND/CO/19 (2007))のそれぞれパラ15、26、17、23、25および22から一部をとっている。
[10] ILO・賃金保護条約(95号)は、法貨による、公正な、合理的な、直接の、十分なかつ適時の現金支払を保障している。
[11] 「手作業による排泄物処理の慣行、および、この慣行にはその社会的出身ゆえにダリットが通常従事しているという……事実に関して、委員会は、以前の所見において、第10次5カ年計画(2002~07年)が、手作業による排泄物処理を2007年までに完全に根絶するための全国的プログラム……に言及していることに留意した。……この文脈において、委員会は、政府が……断固たる行動をとるよう促すものである」(ILO専門家委員会が、111号条約のインドによる履行状況をめぐり、手作業による排泄物処理に関して明らかにした所見)。
[12] 被差別コミュニティは、差別的慣行のために、高くかつ不相応なほどの貧困に苦しみやすく、このような障壁および慣行に対する対応が、被差別コミュニティによる十分な収入源および雇用へのアクセスを拡大すること等の手段により進められるべきである。
食糧、衣服および住居へのアクセスが、村有井戸・池、共有牧草地、村有森ならびに公共道路といった共同体による資源取決めを通じて一般的に提供されている居住地域では、国および地方の政府は、これらの共有資源に対する被差別コミュニティのアクセスを監視および促進するとともに、他の住民による偏見に基づく措置または懲罰的措置によってアクセスが妨げられないことを確保するべきである。
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