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掲載日:2002.2.25
提言

「人権教育・啓発推進法」の「基本計画」中間とりまとめへの提言

友永健三(部落解放・人権研究所所長)


1,「人権教育・啓発推進法」に基づく国の「基本計画」中間取りまとめ

昨年12月20日、人権教育及び人権啓発の推進に関する法律(以下「人権教育・啓発推進法」と略)で定められた国の基本計画の中間とりまとめ(以下「中間取りまとめ」と略)が公表され、本年1月末まで、パブリックコメントが求められている。

「基本計画」の策定は、上記法律の「目玉」ともいうべきもので、極めて重要な意義を持っているが、本稿では、「基本計画」がより良いものとなることを願って、「中間とりまとめ」の問題点を指摘する。

周知のように、この法律が制定される際、「基本計画」の策定がこの法律の眼目であるにもかかわらず、法律の上では「国は、人権教育及び人権啓発に関する施策の総合的かつ計画的な推進を図るため、人権教育及び人権啓発に関する基本的な計画を策定しなければならない。」(第7条)との指摘にとどまっていて、その内容が極めて抽象的であるとの批判が各方面からなされた。最終的には、この法律が衆・参両院の法務委員会を通過する際、附帯決議が付けられ、その点が補われることとなった。例えば、参議院の法務委員会で付けられた附帯決議には、次のような内容が盛りもまれた。

* 人権教育及び人権啓発に関する基本計画の策定にあたっては、地方公共団体や人権に関わる民間団体等関係各方面の意見を十分踏まえること。(二項目目)

* 人権教育及び人権啓発に関する基本計画は、「人権教育のための国連十年」に関する国内行動計画等を踏まえ、充実したものにすること。(三項目目)


この内、「地方公共団体や人権に関する民間団体等関係各方面の意見を十分踏まえること」とした附帯決議に関しては、昨年12月上旬に人権に関する民間団体や地方公共団体に「基本計画」の素案が示されるとともに、冒頭紹介したように、およそ40日間、パブリックコメントが求められており、一応尊重されていると言えよう。

ただ、各方面から寄せられた意見が、当局によってどれほど真剣に受け止められ「基本計画」の最終的な確定に反映されるかが問題である。人権擁護推進審議会の答申に関して、これまで三度パブリックコメントが求められ、限られた期間にも関わらず多くの意見が寄せられたが、その意見が最終的な答申にまったくといってよいほど反映されていないという経験を踏まえたとき、パブリックコメントを単なるアリバイづくりに終わらせてはならない。この点に関する疑念を解くためには、少なくとも多数の人々によって提出された意見に対して、当局は回答する責務があるのではなかろうか。

2,「中間取りまとめ」の概要と第2章「人権教育・啓発の現状」の問題点

「中間取りまとめ」の構成は、第一章「はじめに」、第二章「人権教育・啓発の現状」、第三章「人権教育・啓発の基本的な在り方」、第四章「人権教育・啓発の推進方策」、第五章「計画の推進」の5章から成っている。

この内、第二章「人権教育・啓発の現状」の2,人権教育の現状、(1)人権教育の意義・目的 に学校教育や社会教育が「人権意識を高める教育を行っていくことになる」との指摘が行われているが、ここに単に「意識を高める」だけでなく、「体得すること」の重要性を挿入する必要がある。その理由は、これまでの同和教育や同和問題に関する啓発の反省のなかから人権教育・啓発についても意識を高めるだけでなく「体得する」ことが重要なためである。なお、「人権教育・啓発推進法」第3条「基本理念」のなかにも「体得」の重要性が明記されている。

つぎに、(3)人権教育の現状 を見たとき、「保育所における人権保育」として「○保育所においても、保育指針における『人権を大切にする心を育てる』指針に 基づき保育を実施している。」といった記述を追加する必要がある。なぜなら、幼少時における人権教育は重要で、保育所における人権教育を明確に評価しておく必要があるためである。

x また、「企業その他一般社会における人権教育の推進」として「○企業においても公正採用選考人権啓発推進員が設置され、人権教育が推進されている。○企業における人権教育に関する取組にはアンバランスがあることなどの課題が指摘されている。」とした記述も追加する必要がある。その理由は、企業における人権教育の推進は、人権文化を創造していくうえで不可欠であるためである。なお、「人権教育のための国連10年国内行動計画」には、「あらゆる分野における人権教育の推進」の項目のなかに、「企業」が位置付けられてる。また、「人権教育・啓発推進法」の第3条「基本理念」のなかにも「職域」が明記されている。

なお、保育や企業などの取組に関する記述が欠落している原因は、「基本計画」のとりまとめが法務省と文部科学省(法務省主導)によって行われていて、真に政府全体をあげたものとなっていないためである。この点の克服の方向については、後に指摘する。

3,第二章 「人権教育・啓発の基本的な在り方」の問題点

第二章「人権教育・啓発の基本的な在り方」は、基本計画のなかでも重要な部分であるが、少なくとも三点、重要な事項を追加するする必要がある。

まず、人権教育・啓発の内容として、「人権についての教育・啓発の推進」という柱をおこし、具体的な内容として「 ○日本国憲法の人権に関する条項、世界人権宣言や国際人権規約をはじめとする日本が締結した国際人権諸条約等に関する教育・啓発を系統的に実施する必要がある。○このため、学校教育や社会教育、生涯学習等のカリキュラムのなかに、これらに 関する学習を明確に位置付ける必要がある。○また、政府広報等啓発活動のなかにも、これらに関する啓発を位置付ける必要がある。」といった指摘を盛り込むべきである。なぜなら、人権教育・啓発の具体的な内容を明確にしておく必要があるためである。なお、「人権教育のための国連10年」に関して国連事務総長が示した行動計画のなかに、世界人権宣言をはじめとした人権の国際基準の普及が盛り込まれている。

 つぎに、人権教育・啓発の目的を明確にするため、「人権が尊重された社会の構築をめざす」として、」つぎのような具体的な記述を追加すべきである。「○人権教育・啓発の目的は、人権が尊重された社会の構築をめざすものであることを明確にすること。○このため、家庭、学校、地域、職域等で人権が日常的に尊重されるための手法に関する教育・啓発を強化する必要がある。」こうした記述を追加しなければならない理由は、人権教育・啓発は、単なる知識の提供のとどまってはならず、知識として理解されたものが、現実の生活のなかで活かされ、人権が尊重された実生活を構築していくものとならねばならなず、このためには、知識を生活のなかに活かすための技能が必要だからである。

第三点目としては、「特定の職業に従事する者に対する人権教育の推進」の重要性を明記し、「○人権教育・啓発の推進にあたっては、人権との関わりの深い特定の職業に従事する者に対する人権教育・啓発を強化する必要がある。」といった、記述を追加する必要がある。なぜなら、人権教育は、とくに権力機関に携わる人びとに対して実施される必要があるためで、この点は、「人権教育のための国連10年国内行動計画」でも明確に指摘されている。

なお、第二章の(5)「国民の自主性の尊重と教育・啓発における中立性の確保」には、「人権教育・啓発を担当する行政は、特定の団体等から不当な影響を受けることなく、主体性や中立性を確保することが厳に求められる。」との記述がある。けれども、なによりもまず指摘されなければならない点は、「行政=権力機関自らが不当な圧力をかけることのないよう厳に戒めなければならない」ということである。また、主体性や中立性の基準として、「憲法や日本が締結した国際人権諸条約、教育基本法等に基づく」ことを、明記しておく必要がある。

4,第三章「人権教育・啓発の推進方策」の問題点

1 人権一般の普遍的視点からの取組 の(1)人権教育 の ア 学校教育 については、少なくとも以下の三点を追加する必要がある。

第一点は、「カリキュラムのなかに人権教育を明確に位置付ける。」といった記述を追加する必要がある。その理由は、人権教育が学校教育のなかで確実に実施される必要があるためである。第二点としては、「人権教育指定校・教育総合推進地域等の人権教育の推進に関する事業を一層充実させる。」といった記述を追加すべきである。なぜなら、人権教育を具体的に推進していくため、既存の事業を充実させる必要があるためである。第三点としては、「大学等高等教育機関での人権教育の充実を図る。」といった記述を追加するべきである。その理由としては、初等、中等教育等で人教育を推進していくためには教員の養成が不可欠であるためである。

(2)人権啓発 の ア 内容 については、指摘されている「世間体」とともに「家柄」を挿入すべきである。なぜなら、結婚や就職、さらには地域社会における部落差別の現状を分析したとき「家柄」を気にする風潮が今日なおも根強いためである。

2 各人権課題に対する取組 の(1)女性に関しては、「被差別部落出身者、アイヌ民族、在日外国人等のマイノリティの女性が置かれている実態を明らかにしエンパワーメントを積極的に支援していく。(全府省庁)」といった文章を追加する必要がある。その理由は、マイノリティの女性は二重の差別をうけているためで、国連・人種差別撤廃委員会等でもマイノリティ女性の人権を重視することを求めている。

5,第三章 2 各人権課題に対する取組 の同和問題 の問題点

第三章 2 各人権課題に対する取組 のなかの「同和問題」については、多くの問題点がある。

まず、同和問題の解決が「国民的課題である」とのみ指摘されていて、「国の責務である」という点が欠落している点である。この点に関していえば、1965年の内閣同和対策審議会答申、1996年の地域改善対策協議会意見具申の指摘にもあるとおり、同和問題の解決は国の責務であるとともに国民的課題であり、「基本計画」のなかにもこの点は明確に盛り込まれなければならない。

ついで、「同和問題の解決が国際的な責務」となってきている点の指摘がまったく欠落しているという点である。ここ5年以内の動向を列挙しても、以下のような動きがある。

・1998年11月 自由権規約委員会の最終見解のなかでの勧告

・2000年 8月 x国連人権小委員会での「職業と世系(門地)に基づく差別に関する決議」

・2001年 3月 x人種差別撤廃委員会の最終所見のなかでの勧告

8月 国連人権小委員会でのグネセケレ委員の報告

〃 社会権規約委員会の最終所見のなかでの勧告

さらに、部落差別の実態について、「中間取りまとめ」の記述では、残されているのは、差別意識と差別事象だけであるとの認識に立っているが、 1993年に総務庁地域改善対策室、2000年に大阪府によって実施された部落差別の実態に関する調査結果等を見ても「高等学校や大学への進学率にみられるような教育の問題、これと密接に関連している不安定就労の問題、産業面の問題など、格差がなお存在している分野が見られる」のであり、この点に関する追加するべきである。

第4点めの問題としては、「特別措置法」の終了が同和行政の終了であるかのような記述になっている点である。しかしながら、96年の地対協意見具申には、「同対審答申は、『部落差別が現存する限りこの行政は 積極的に推進されなければならない』と指摘しており、特別措置法の終了、すなわち一般対策への移行が、同和問題の早期解決を目指す取組の放棄を意味するものではない。

xx 一般対策への移行後は、従来にも増して、行政が基本的人権の尊重という目標をしっかり見据え、一部に立ち遅れのあることも視野に入れながら、地域の状況の必要性の的確な把握に努め、真摯に施策を実施していかねばならない。」と指摘している。「中間取りまとめ」の文章は、この指摘を踏まえたものに修正される必要がある。

第5点目としては、学校教育における同和教育の推進に関わって、「学校教育において、同和問題の早期解決を目指し、1994(平成6)年の「学校における同和教育指導資料」を踏まえ、各教科、道徳、特別活動、総合的な学習の時間といった学校教育活動全体を通じて、同和問題を重要な柱とした人権教育を積極的に推進していく。このため教員研修を推進する。(文部科学省)」といった記述を追加する必要がある。ちなみに、高齢者、障害者、外国人の人権に関わった学校教育に関する「中間とりまとめ」では、この種の記述がなされているが、この指摘は同和問題の解決のためにも必要である。

6,総合的かつ効果的な推進体制等の問題点

3,人権に関わる特定職業従事者に対する研修等 では、特定職業従事者に対する人権教育・啓発を確実に推進していくために「カリキュラムの編成やテキストの作成が必要であること」を挿入すべきである。これがなければ、特定職業従事者に対する人権教育・啓発の推進はかけ声倒れになってしまうからである。また、新たに議会関係者や裁判官等についても記述されているが、「同様の取組があれば・・・協力に努める」との消極的なものにとどまっている。三権分立の下でも、「同様の取組が期待される」程度の記述が必要である。

4,総合的かつ効果的な推進体制等 (1)実施主体の強化及び周知度の向上 では、人権擁護委員の役割に関する記述がなされているが、現状の人権擁護委員には根本的な問題があるため「その在り方を抜本的に見直し」といった挿入が必要である。

(2)実施主体間の連携 ア 既存組織の強化 については、「○『人権教育・啓発推進法』の所管を内閣府に移し、事務局体制の充実を図る。」といった記述を追加すべきである。なぜなら、人権教育・啓発は、法務省や文部科学省のみでなく、全府省庁をあげて取り組む必要がある。そのためには、人権教育・啓発推進法の所管を現行の法務省と文部科学省の共管から内閣府の所管への変更した方が良いためである。なおこの点に関して参両院の法務委員会で採択された附帯決議の4項目目に、「人権政策は、政治の根底・基本に置くべき重要課題であることにかんがみ、内閣全体でその取組に努めること。」と指摘している。

イ 新たな連携の構築 のなかで「○さらに公益法人や民間団体等との関係にもいても、連携の可能性やその範囲について模索していくべきである。」との記述があるが、人権教育・啓発を効果的に推進していくためには、公益法人や民間団体の育成・支援ならびにこれらとの連携は不可欠であるため、「○さらに公益法人や民間団体等を支援し、積極的な連携を構築すべきである。」と修正すべきである。

(3)担当者の育成 の項目では、地域と職域で人権教育・啓発を推進していくためには、一定の資格を有した指導者の養成が不可欠である。このため、「公益法人や民間団体の協力を得て一定の資格を有した指導者を養成していく必要がある」ことを明確に追加すべきである。

(6)(財)人権教育啓発推進センターの充実 の項目では、現在、国レベルの人権教育・啓発に直接関わった機関のネットワークは存在していないこと、また、特定職業従事者に対する人権教育・啓発の推進のためのカリキュラム編成やテキスト作成などにも取り組む必要があるため、「○国レベルの人権教育・啓発に関わった機関のネットワークの構築、特定職業従事者に対する人権教育・啓発の推進に関わった事業にも取り組む必要がある。」といった指摘を追加する必要がある。

なお、現状では、人権教育啓発推進センターの役員に政府関係者の関与が多すぎるし、職員に専門家や経験者が少ないため、「役員や職員に人権教育・啓発の専門的な研究者や民間団体の経験者を積極的に採用する」等改革の必要性を指摘すべきである。

(7)マスメディアの活用等 との関連では、「 政府広報の積極的な活用をはかり『人権教育・啓発推進法』の普及とあらゆる場での人権教育・啓発の推進を呼びかける。」といった文章を追加する必要がある。なぜなら、現状では「人権教育・啓発推進法」は、あまり人々に知られていないし、政府広報等で人権教育・啓発の推進を呼びかける取組がほとんどなされていないためである。

この他、質の高い効果的な人権教育・啓発を推進していくためには高等教育研究機関の設置が不可欠であるため。「高等教育・研究機関の設置 ○人権教育・啓発の効果的な推進のため、研究及び専門的な指導者を育成するための高等教育・研究機関を設置する。」といった指摘を追加する必要がある。

7,第5章 計画の推進 の問題点

最後の第五章 「計画の推進」では、1,推進体制の「○法務省及び文部科学省を中心とする関係各府省庁の緊密な連携のもとに基本計画を推進する。」とあるところを「内閣府を中心とする」に変更すべきである。その理由は、先にもふれたように、政府全体で人権教育・啓発を推進していくためには、人権教育・啓発法の所管を内閣府へ移した方が良いためである。

つぎに、2,地方公共団体等との連携 では、地方公共団体や民間団体の「取組や意見にも配慮する必要がある。」との指摘がなされているが、人権教育・啓発があらゆる分野で身近に推進されるためには、地方自治体や民間団体の取組を積極的に支援することが不可欠なため、配慮のみでなく「積極的に支援する」必要があることを挿入すべきである。

さらに、日本の国際的な位置を考慮したとき、人権教育・啓発の国際的な推進の面でも日本は積極的な役割を果たしていく必要があるため、「国際的な連携」として以下のような記述を追加する必要がある。

○人権教育・啓発の推進にあたっては国連やユネスコ等との連携を図っていく。

○アジア・太平洋地域における人権教育・啓発の推進を積極的に支援していく。

○日本における人権教育・啓発の取組を海外へ発信していく。

なお、この項目は、人権教育のための国連10年国内行動計画には含まれている。

この他、4,計画のフォローアップ及び見直し に関して、人権教育・啓発の効果的な推進のためには定期的な実態調査が不可欠なため。「定期な実態調査を実施すること等によって」といった一文を挿入すべきである。

8,年次報告の重要性

 以上、政府当局から示された「中間取りまとめ」の問題点を提起した。冒頭にも述べたように、パブリックコメントで提起された内容が、真摯に受け止められ「中間取りまとめ」が改善されることを期待したい。

 最後に、基本計画がどのように実施されているかについて、定期的に具体的な報告が行われる必要があることについてふれておきたい。この点に関して、「人権教育・啓発推進法」は、第8条で「政府は、毎年、国会に、政府が講じた人権教育及び人権啓発に関する施策についての報告を提出しなければならない。」と定められている。

 この規定によって、今後、毎年「人権教育・啓発白書」ともいうべき報告が、政府から国会に対してなされてくることとなっている。あらゆる場所での人権教育・啓発の実施によって人権文化の構築を願う者にとって、この報告書を批判的に分析し、改善を定期的に働きかけていくことも今後の重要な課題となっているのである。