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研究所通信、研究紀要などに掲載した提言、主張などを中心に掲載しています。

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意見・主張
 
研究所通信238号より
掲載日:
提 言  

もっと「前照灯」の役割を

田村 正男(ジャーナリスト)

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 最近、「部落解放」と名乗った研究所が各地に設立されている。そのたびに、いったい「部落解放研究所」とは何を研究するところなのかと疑問を抱き続けてきた。その目的や役割が、どうも、すっきりしていないように思われるからである。

 かつて、この大阪の部落解放研究所が創設された時、初代の理事長であった原田伴彦先生が「この研究所は、部落解放のための理論的研究をすすめ、部落解放運動の前を照らす前照灯の役割を果たしたい。部落問題のみの研究機関ではない。その点で京都の部落問題研究所とは違う」と抱負を語ったことがある。部落解放のための基本問題を研究して、その道筋や今後の方向を明らかにする研究機関でなければならないと強調されていたのである。


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 今、その前照灯としての役割は消えてはいないであろうか。たしかに、人権啓発活動に力を入れ、数多くの行事をこなし、出版活動もやられてはいる。数多くの講座もひらいている。しかしそれらは、本来の研究所の中心的目的ではなく、付属的な活動にすぎないのではないか。これらの活動を否定したり排除しようという意図は毛頭ないが、なんといっても中心は、部落解放運動と密接に連動し、運動の質を高めるための基本問題の研究におかれなければならないと思う。研究所の中心的役割を鮮明にして原点にかえって組織そのものも考え直すべきである。

 「研究所」とはいいながら「研究部長」の名前は聞いたことがあるが、研究員が委嘱されているという事実は知らない。中心にあるべき研究部がどのように存在するのかも分からない。研究紀要は発行されてはいるが、大学の研究紀要と似たり寄ったりであり、学者・研究者の論文集の域を出ていない傾向も否定できないのではないか。

 研究所としての研究結果を解放運動へ積極的に反映させ、運動の“陰の頭脳集団”としての役割を果たそうとする努力も乏しいように思えてならないのである。端的に言えば、早急に各分野別の複数の研究員を委嘱し、総合的な研究体制を整備することが求められているのではないか。それは非常勤でいい。できれば無報酬が望ましい。


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 具体的な例を「差別事件」と「糾弾闘争」「基本法制定要求闘争」について考えてみよう。

 差別事件は依然として各地で頻発して跡を絶ってはいない。しかし、その手口は巧妙化し、電波を利用するものもあって複雑化している。一方で、差別糾弾闘争は全国水平社創立以来、部落解放運動の生命であると位置づけられ、最重要視されてきた歴史的経過がある。だからこそ、部落解放同盟の中央本部には中央執行委員長を長とする糾弾闘争本部がおかれてきた。

 しかし、その実態をみれば、中央糾弾闘争本部の事務局をあずかる担当者は、きわめて少数であり、しかも他の分野の仕事も兼務しているために、差別事件の分析や理論的整理までは物理的に手がまわらない。糾弾闘争を担当する中央執行委員もまた、基本法制定要求闘争などに追われて差別糾弾闘争のみに集中はできない。

 これらの差別事件の整理や分析・特徴・対策などは部落解放研究所に「差別・糾弾部会」(仮称)を設けそこが引き受け、その結果を中央の糾弾闘争本部に反映させることは可能であり、それが研究所としての役割でもあろう。その一方で、研究結果を一般の啓発活動に活用することもできるはずである。


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 基本法の制定要求運動についても、解放運動は法の制定実現に全力を注がねばならないのは当然であるが、法の制定に関連して起こってくる問題点は部落解放研究所の研究部が引き受けるのが筋であろう。

 これまでの差別糾弾闘争をめぐる裁判で、判例では「法の支えがない段階では糾弾権は認められる」とされているが、法が制定された場合の糾弾権はどうなるのか。基本法では被差別者の救済と差別の規制をめざしている。その場合、「差別とは何か」が明らかにされなければならない。部落解放同盟が肯定的に受け入れてきたいわゆる「朝田理論」による差別の規定で十分なのか不十分なのか。法としてなじむ差別の規定は、どうあるべきか―ここにも多くの研究課題がある。


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 数年前であろうか。部落解放同盟は組織的に理論委員会を設けて関係者の聞き取りに着手したことがあった。その結論が出されたとは聞いていない。もともと、この作業も部落解放研究所の研究課題ではなかったろうか。その意味でも研究所は前照灯の役割を果たしてきたとは言いにくいのでないか。

 ポジションは解放運動の後ろにありながら運動の前方を照らす研究所になってほしい、と切に願う。