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意見・主張
 
研究所通信274号より
掲載日:2001.6.10
二者択一ではないんだ!
-「開かれた学校づくり」と「安全管理」-

岸 裕司(秋津コミュニティ顧問,融合研副会長)


 ここに1冊の報告書があります。京都で1998年12月21日に起きた放課後の男子児童が校庭で何者かによって殺害された、いわゆる「てるくはのる」事件です。

 被疑者が自殺したことから事件は収束しましたが、「学校開放」と「管理の問題」で激しく世間が揺れた事件でした。今回の事件を考えるにあたり、多くの示唆を与えてくれます。

 

 事件後直ぐに京都市長の要請で組織され第1回会議を2000年1月6日に開催して以来、約1年にわたり検討してきた会議の報告書です。『伏見区小学校事件に関する専門家会議 報告書』(2000年12月19日)編著「伏見区小学校事件に関する専門家会議 座長:河合隼雄以下委員12名 発行:京都市教育委員会」

 冒頭の「はじめに」で、座長の河合隼雄は言う。「……今回の事件は、京都市教育委員会が努力してすすめてきた『開かれた学校』に対するある種の挑戦であり、それをいかに受けとめるかということであった。もちろん、学校における安全確保は極めて大切である。しかし、だからと言ってこの事件におびえて、学校を『閉じる』ことを考えたとしても、それは異常な攻撃に対する万全の守りになるはずはない。」と。

 さらに続けて、「物理的な閉鎖により守ることによって、かえって失うものの大きいことを考え、むしろ『開かれた学校』の考えは促進しつつ、これを守るのは、心の結びつきによる守りではないか、とわれわれは考えた。学校を取り巻く人々の心のつながりが、目に見えぬ防壁をつくりだすのだ。」「……危機管理と言っても、このような突発的で異常な事態に、いつも備えていることなどはできない。

 それよりも既に述べたように、地域全体の大人も子どもも通じての心のつながりこそ、このようなことに対する強い防壁と言うべきであろう。」と述べ、事件後であっても「開かれた学校の推進」とそこから創出される「心のつながりと目には見えない防壁をつくりだす大切さ」への決意を述べている。

 その後の「学校開放」に向けた具体的な施策は、「(2)『開かれた学校』づくりの推進」の「(1)学校施設の積極的な開放」に以下のように示されている。

 「……さらに、今日においては、学校の塀を開放感溢れる花と緑の生け垣にする『グリーンベルト事業』を推進するとともに、地域の方々の生涯学習の場であり同時に子どもたちからお年寄りまで世代を超えた交流の場である『学校ふれあいサロン』の設置が余裕教室を活用して進められている。」こと。

 報告書はさらに続く。「……今回の事件に際し、一部に『安全確保のために直ちに学校の門を閉ざすべきだ』といった意見もあったが、本専門家会議として、『学校の安全確保』と『開かれた学校』は決して二者択一の問題ではなく、『開かれた学校づくりの中で安全確保を図っていくこと』の重要性を関係者に訴えてきたところである。」「開かれた学校づくりを進め、昼夜を問わない来校者を得ることは、施設の死角を実質的に減少させていくことにもつながり、自分たちの生活に密接に関わる場として、保護者や地域の方の学校に対する親近感が醸成され、施設の安全の点検と維持に向けた意識と活動の高まりにも繋がる。」と述べ、「従って、今後とも、学校施設の積極的な開放を期待するが、その際には、子どもたちの豊富な生活体験・社会体験・自然体験の機会の充実を目指す完全学校週5日制の実施をふまえ、図書室をはじめとした特別教室などを含めた施設の開放と、地域が主体となった施設活用のあり方について検討を進めることが必要である。」と結論づけている。

 京都は、あの痛ましい事件にも挫けるどころか一層の「人々の心の防壁」を築く事業をたくましく進めています。事実、この報告書の出された後の今年の春、私は先の「ふれあいサロン」がまさに開設されようとしている京都市立崇仁小学校を訪れました。校庭のはずれに流れる高瀬川の支流を利用したビオトープづくりを、学校と地域が構想し進めようとしています。

 校舎の一角の1教室分が綺麗にリニューアルされ、冷暖房と簡易レンジまでが新品で付いていました。あとは、開設を待つばかりでした。案内した教頭さんに聞きました。「鍵は地域に預けるのですか?」と。教頭さんは「町会長でもある運営委員長さんに校門と校舎の鍵2つを預けます」と言いました。京都市では、今年からすべての小学校に「ふれあいサロン」を設置しました。

 私は想います。学校はだれのために、なんのためにあるのかと。

 私は応えます。学校は、すべての人のためにあるのだと。そして、すべての人が学び集うためにあるのだと。

 そして、そこに集うことによりある人は癒され、ある人は学ぶことにより自らの向上を自分でほめたたえ、ある人は自分の楽しみを披露することで喜んでくれる他人との関わりから自分の有用感を発見し、ある人は弱い人の存在からよりやさしさの大切さを感得し、ある人は……、ある人は……。無限の発見と発展が得られるところ、それが今後の学校の役割と想うのです。

 そういった融合の場にしていくためには、この報告書で述べているように「二者択一の問題ではなく、『開かれた学校づくりの中で安全確保を図っていくこと』」への、避けては通ることのできない人類の新しい地平を切り拓く「明日への学び舎としてどう築いていくのかを問われている産みの苦しみ」と感じます。

 京都から学び、戻るのではなく創造的な新しい学校像を築いていきたいと切に想います。