4月23日から28日にかけて、衡平社創立80周年、研究所創立35周年を記念して、韓国人権ツアーが開催された。韓国における身分解放運動である衡平運動の足跡をたどり、差別撤廃・人間解放の理念を今一度再確認すると共に、かつての日本植民地時代の深刻な現実と抵抗運動に学び、さらに現在発展の著しい韓国の人権状況に学ぶことを目的に、晋州、天安、そしてソウルを訪問した。以下に、その概要を紹介する。
(1)国際学術会議
衡平社創立記念日である4月24日、慶尚大学南冥学館南冥ホールにおいて、研究所と衡平運動記念事業会、慶尚大学統一平和人権センター主催による国際学術会議が開催された。
まず、武者小路公秀・中部大学教授が「グローバル下の人権の課題と展望」と題して基調報告を行った。
新自由主義・新保守主義・覇権主義が吹き荒ぶ今日、真の人権・民主主義確立のためには、下からの闘い、平等のための闘いが重要であり、その意味で衡平社や水平社の運動に立ち返ることが重要だと強調した。
つづいて、第1部では、「韓日両国の人権発展」と題し、人権保障に関わる諸制度の現状とその実現に寄与した様々な社会運動の意義について議論された。
郭相鎮・慶尚大学教授は、韓国の憲法裁判所と国家人権委員会が設立された経緯とその現状、友永健三・研究所所長は日本における人権制度確立に向けた現状と課題、金仲燮・慶尚大学教授は韓国民主化運動と様々な社会運動・人権確立運動の発展について、それぞれ報告した。
第2部の「グローバル時代のアジアの人権発展」では、とりわけアジア的価値と人権の関連性について報告された。
ウィリアム・スティール・国際基督教大学教授は、近代以降日本における人権確立運動の萌芽について、李貞玉・大邱カトリック大学教授は人権概念の錯綜状況について、さらに金東勲・龍谷大学名誉教授は、植民地主義以降のアジアにおける人権享有状況と阻害要因について、それぞれ指摘した。
以上の報告を受けて、質疑応答が行われた。
コメンテーターである朴鎮煥・慶尚大学教授、金美淑・清州大学教授、阿久澤麻理子・姫路工業大学助教授から、それぞれの専門分野から現在の人権状況についての所感が述べられ、さらにフロアと報告者との間で活発な議論が展開された。
この学術会議を通して、日韓両国・アジア地域における人権保障の現状と課題、人権問題における普遍性と相対性の問題、草の根的な人権運動の重要性などが浮き彫りとなった。
(2)フィールドワークとパネル展開幕式、記念講演会
明くる25日には、市役所で晋州市の紹介ビデオを観賞した後、二班に分かれて、金仲燮教授や鄭棟柱さんの案内で、晋州に残る豊臣秀吉侵略の史跡や、衡平運動・白丁にまつわる地を訪問した。
Aグループは、晋州市郊外にあるかつての白丁居住地や、衡平運動記念塔、晋州博物館周辺の史跡を、Bグループは、白丁の居住地、衡平運動の中心人物、姜相鎬先生の墓地、秀吉侵略時の史跡「鼻塚」などを訪れ、当時の白丁達の暮らしぶりやその子孫達の現況などについて学習した。
その後、晋州博物館において、韓国の白丁、日本の被差別部落、インドのダリットに対する差別と、その解放のための運動に関するパネル展(パネルは当研究所作成・寄贈)の開幕式に出席した。晋州市長の他多数の来賓・マスコミ参加の下、テープカットが行われた。さらにその後、インドのダリット差別についてタミル・ナドゥ女性フォーラム代表のブルナド・ファティマ・ナティソンさんが、日本の部落差別について部落解放同盟中央本部書記次長の谷元昭信さんが、韓国の衡平運動について慶尚大学教授の金仲燮さんがそれぞれ講演を行った。ここでは、ダリット女性に対する極めて過酷な差別や、部落解放運動の現状、さらに衡平運動の意義などが、訴えられた。
夕食後には、文化公演を観賞した。天候の関係で、屋内での公演であったが、多くの市民が来場した。
晋州の伝統舞踊である剣舞や、詩吟などが発表されたが、中でも重要な演目は、晋州五広大をアレンジした創作タルチュム(仮面劇)、「白丁」であった。両班や一般大衆に虐げられ、搾取された当時の白丁の様子や、衡平運動に立ち上がって行く過程を、舞踊やユーモアを交えて表現したものであり、参加者は差別の悲惨さや人権の重要さに思いを馳せていた。
(3)独立記念館訪問
翌4月26日、天安の独立記念館を見学した。短時間の滞在であったため、駆け足の訪問であったものの、主に19世紀末から20世紀にかけての日本侵略下における人民の弾圧や、抵抗・独立運動の様子を学習した。その中で一行は、植民地主義や戦争の悲惨さ、平和の重要さを改めて痛感した。また、独立記念館の6号館には、衡平運動や水平者との交流に関するパネルが展示されていた。この施設において、かかる日韓の反差別運動が紹介されていることは、きわめて意義深いことである。
(4)ソウル市内観光
4月27日には、午前の自由時間の後、ソウル市内を観光した。仁寺洞、西大門刑務所歴史館、昌徳宮を見学したのであるが、仁寺洞出口東側には、三・一独立運動発祥の地であるパゴダ公園(現在、タプコル公園と改称)がある。西大門刑務所歴史館は、日本統治時代に設置された刑務所であるが、解放後も政治犯や民主化運動家収容のために用いられた施設である。現在歴史館として保存され、拷問の様子や獄舎、処刑場などが後悔されている。とりわけ、拷問についての展示には、一行深い衝撃を受けていた。
(5)韓国国家人権委員会訪問
ツアー最終日の4月28日、韓国国家人権委員会を訪問した。乙支路(ウルチロ)というソウル中心街に位置するこの委員会は、韓国における人権擁護機関の要として、昨年設置された。今回の訪問は、その活動について概観し、日本における国家人権機関設置にむけた運動の参考とすることを目的とするものである。まず、過去一年間の活動について紹介するビデオを観賞した。軍隊における不審死事件、検察による拷問死事件、外国人労働者に対する差別待遇・強制追放問題、クレヨン「肌色」呼称問題など、多様な事件への取り組みが紹介された。中でも、米軍装甲車による女子高生轢死事件については、未解決ながらも、可能な限りの対応・勧告が行われたとのことである。
次に、国際交流担当者から委員会の概要について説明を受けた。まず、国家人権委員会の重要な性質として、独立性が強調された。今般のイラク戦争にかかわって、後方支援であっても、派兵することは、人権侵害に該当するとして、慎重に行動するよう勧告したが、このことは独立性なしにはありえないとのことであった。
さらに、業務の詳細について説明を受けた。主要な機能としては、法制度の調査・改善勧告、人権状況についての実態調査、人権教育・啓発、人権条約の履行促進などがあるが、中でも重要なのが、人権侵害・差別事案についての調査・救済することである。この間16,000件にのぼる付託事案のうち、陳情事案は3,600件程度。その8割が公的機関による人権侵害事案であった。私人間の差別事案が相対的に少数であったのは、人権意識の低さに起因するものではないかとの分析であった。
質疑応答の後、各セクションを見学し、各担当者からより詳細な解説を受けた。とりわけ、差別調査局からは、差別事案について独自の基準を策定し、調査に取り組んでいるとのこと。ちなみに、白丁差別に付いては、これまで申し立てはないものの、権限の範囲内にあることは勿論であるとのことであった。
今回のツアーを終えて、最も印象深かったのは、やはり韓国における人権確立に向けた草の根運動の重要性である。人権保障についての制度構築では、既に韓国は先進事例の一つとなっているが、その流れを牽引し、支えているのは、民主化運動や、その流れを受け継ぐ各般の人権運動なのである。かかる運動に学び、日本において人権確立に向けた運動をさらに展開することが求められよう。
金仲燮著・姜東湖監修・高正子訳
A5判149頁・定価1800円+税
朝鮮の被差別民・白丁に対する差別撤廃を求め衡平社が創立されて80周年。衡平運動研究の第一人者である筆者は、人間の尊厳を訴えた衡平運動のビジョンから21世紀を設計するための尽きない知恵を汲み取ることが可能になると間かけえている。
そして本書は白丁の歴史と衡平社の歩みを平易に紹介している。
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