2003年11月、熊本県・黒川温泉のホテルがハンセン病元患者の宿泊を拒否した問題が発覚した。ハンセン病問題に対する無知と偏見が生み出した元患者に対する差別の根深さを浮き彫りにした事件である。
県と国はホテルの総支配人と本社アイスターを旅館業法違反(宿泊させる義務)の疑いで告発したが、本社は12月1日、「ホテル業として当然の判断」、宿泊者がハンセン病元患者であることを「ひた隠しにしていた県側に責任がある」という見解を示し、自らの責任を逃れようとする悪質な対応をしている。
この点で、アイスター社は早急に認識を改め、ハンセン病元患者に対する真摯な謝罪とこうした行為に至った背景の明確化、そして再発防止のための取組みを明らかにすべきである。他方、こうした差別を生み出してきた国や地方自治体の責任が改めて問われた事件でもある。
ハンセン病元患者の社会復帰や差別撤廃のうえで行政が果たすべき多くの課題が山積みされている。さらには人権教育啓発推進法の一層の具体化や、新たな差別禁止法や人権救済法の制定など、人権法制度の抜本的確立が改めて求められている。
同時に、「企業倫理と人権」の視点からも、今回の事件を検討する必要があると思われる。
第一に、アイスター社の企業倫理規定が存在しているのかどうか、あるとすればその中に人権がどのように位置付けられているのか、あるいは社内でどのように具体化が図られてきているのか、などである。
第二に、今回の事件を通じて、「観光と人権」ということが大きく問われている。ハンセン病元患者の宿泊だけでなく、盲導犬などの拒否も後を絶たない現実がある。また、国際的には、世界旅行代理店連盟が「児童と旅行代理店憲章」を1994年に制定し、セックス・ツーリズムによる児童買春を斡旋しないこと、児童買春を希望する顧客には止めるように説得すること、精神的肉体的に犠牲をこうむる児童を支援する組織を支援すること、等七点を宣言して、署名を旅行代理店に求めている。このように、「観光と人権」は大きなかかわりを持っており、観光に関係する諸団体の基本姿勢が厳しく問われているのである。
さらに第三には、「人権を侵害しない」というレベルだけでなく、観光業者という専門性を活かして、「人権や環境を積極的に守っていく」ことが求められている。既に、障害者や常時介護が必要な高齢者の旅行を企画する動きやエコツーリズムが高まってきているが、今回の事件は、こうした流れにも真っ向から逆行するものである。
今日、企業倫理も含めて「企業の社会的責任」をいかに取組んでいくかが、企業はいうまでもなく、社会全体にも問われている。今回のハンセン病元患者に対する宿泊拒否事件を、こうした視点からも掘り下げていく必要があると考える。
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