2003年11月22日・23日、文京学院大学において国際人権法学会が開催された。法科大学院の発足を直前に控え、国際人権法という法分野がいかにして日本の裁判実践に有意な影響を及ぼしうるかを問う、極めてタイムリーなプログラムが企画された。
具体的には、一日目に、退去強制と戦後補償という極めて悩ましい国際人権法実施上の課題について、国際法学と国内法学、とりわけ憲法学・行政法学・民法学の立場からそれぞれ研究報告がなされ、二日目には人権に関わる国際機関の活動が概要紹介され、さらに法科大学院での法学教育内容として、国際人権法を組み込むことがいかにして可能か、そしてその意義は何かを問うシンポジウムが開催された。
本稿では、紙幅の関係上、1日目の研究報告についてのみ紹介する。
退去強制制度に関して、行政法(多賀谷一照・千葉大学教授)、憲法(近藤敦・九州産業大学教授)、国際法(久保敦彦・神奈川大学教授)からそれぞれ報告された。
一般国際法上、出入国管理は主権事項とされ、退去強制に関して極めて広範な自由裁量が認められてきたが、国際人権法の発達と共にその裁量が制約される、という形態をとる。いくつかの人権条約には、かかる制約を目的とした規定がいくつかあるにせよ、その実施は第一次的には国内制度に依存している。それゆえ、各国家機関が人権条約をどの程度誠実に実施するかが問題となる。その点で、行政法学的な国際比較は極めて示唆的であった。
報告に拠れば、退去強制を決定する主体には所管行政庁が行う場合(これは更に内務省系と司法省系とがある)と、裁判所による場合とに分けられる。日本は行政庁・司法省系に該当するが、比較法的観点からすると、当該行政庁の権限は、その位置付けからすると、広範な権限を有しているとのことだ。
とりわけ、退去強制手続き中の外国人の地位に関しては、全ての事案において収容することとされ、保釈手続に関しても、仮放免の決定が収容所長や主任調査官に委ねられている点で、極めて特殊である。さらには、退去強制事由該当性判断に関しても、少なくとも入管法違反に関しては裁量的に運用され、さらには不法な滞在が長期にわたる場合の治癒も法的には認めていない。
以上の点から、令書発付を受けた外国人は、他国に比して極めて弱い立場に置かれていることがわかる。かかる問題については、憲法上の諸権利の射程を立憲主義の観点から捉えなおし、在留資格に基づく法的地位と各権利の性質との観点から、退去強制に関する行政庁・法務大臣の裁量について審査基準を精査すべきとするのが近藤教授の議論であった。
戦後補償に関しては午後に討議された。
戦後補償を裁判上いかにして根拠付けるかは、周知のとおり法技術上悩ましい問題が多数ある。
国際法上の論点からは、戦時における重大な人権侵害に対してそもそも個人は補償を受けることができるのか。
憲法上の論点としては、よしんば現在の法体系上可能であるにしても、憲法体制を異にしていた戦前・戦中の事案に対して適用があるかいなか。戦後補償という性質上国家からの給付を伴う制度を設計するに当たり、外国人を排除することが国家不作為として国家賠償の対象となしうるか否か。そもそも戦前に訴訟法理として厳然としていた国家無答責の原理をいかにして乗り越えるか。
民法上の問題としては、元来民法の対象としては想定されていなかった大規模な暴力、戦争や内戦に関して、補償をどのように原理的に捉えるべきか。
いずれ劣らぬ難問であり、いわゆる「悪法問題」に通ずるものであるが、数ある争点の中で、日本の裁判所が陥った誤謬を最も痛烈に指弾したのは、国際法上私人に対して損害を賠償する責任があることを示した、申惠?助教授(青山学院大学)の報告だ。
簡明に紹介すれば、1907年ハーグ陸戦法規に規定される賠償責任は、そもそも個人に対する補償を含むものとして起草され、そのように解して国家による賠償責任を認めた国家実行もある。従って「国際法は国家間の法的関係を規律するものであるから、個人にはそもそも適用されない」といった裁判所の態度は誤謬である、というものだ。
ただ、未曾有の犠牲者を生んだ第二次世界大戦に関して、かような被害者への補償が個別になされたかというと、殆どない。
フロアからの批判に拠れば、個々に対応することにより国家財政の破綻がありうるとすれば、「法は不可能を要求せず」という基本原理に反するのではないか、とのことだ。確かに悩ましい問題であろう。
しかし思うに、補償すらなし得ないほど甚大な被害を与えたかつての日本の非人道性をこそ、胸に刻むべきではあるまいか。
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