3月18日、大阪市内で研究所第59回総会が開かれ、中央大学教授で、国連人権促進保護小委員会委員ならびに国連大学学長特別顧問をされている横田洋三さんから記念講演をいただいた。以下、その概要を紹介する。なお、本文で紹介している「アイデ・横田報告」については部落解放・人権研究所紀要『部落解放研究』第155号に資料として紹介されている。また、本講演については『ヒューマンライツ』の近刊に掲載される。
職業と世系(門地)に基づく差別が取り上げられた背景
職業と世系(門地)に基づく差別については、それまで断片的に関心をもたれていたものが、イギリスのハンプソンさんの提案によって2000年ごろから重要な調査・研究テーマとして取り上げられるようになった。具体的には小委員会は、職業と世系に基づく差別が国際人権法により禁止されている差別の一形態であることを決議し、グーネスケーレ委員に作業文書の作成する任務を委ね、その報告書は2001年に提出、2002年に発表された。
グーネスケーレ報告の概要と制約
グーネスケーレ報告は、ダリット差別を中心にネパール、インド、パキスタン、スリランカ、日本での調査結果について報告された。報告では、それぞれの国において各政府の努力は認めつつも、ダリット差別の深刻性が強調されていたが、アジアという限定された地域の報告であった。これについてグーネスケーレ委員は、アフリカのいくつかの地域や南アメリカにも存在すると指摘をしている。そして、この報告は各委員の強い関心を呼び、 調査・研究の継続を求める意見が多く出され、小委員会は世界の他の地域における職業と世系に基づく差別に関する拡大作業文書の作成を委ねることを決定した。しかしながら、グーネスケーレ委員が小委員会委員に再選されなかったため、アイデ委員と横田が担当し2003年8月、人権小委員会に報告した。
アイデ・横田報告の概要と制約
作業を委ねられたアイデ委員と横田は、経済的、時間的制約上、文献やNGOからの情報等を手がかりとして以下の3点に留意しつつ文書作成に取り組んだ。
- アジアの限られた地域の報告であるグーネスケーレ報告に対して、おもにアフリカを取り扱うこと、さらにヨーロッパのスインティ・ロマも対象とすること。
- 共通の特徴点を見つけだす作業をおこなうこと。
- 差別の結果どういう状況におかれているのかを明らかにすること。
<1>について、アフリカの報告では、もともと狩猟していた集団ということで差別されていた、刃物や鉄など金属類を扱う集団や、陶工関係者が差別されていた、土着宗教の儀式などとの関係で差別されていた、などが明らかになった。さらに集団間抗争で敗れた集団の出身者が差別を受けていることも判明してきた。
<2>については、イ)血縁(出生)による差別、ロ)差別の理由が特定の職業と結びついている、 ハ)他から差別されているため、集団内として外部との結婚がタブー視されている、ニ)差別が「穢れ」と関係している、ホ)宗教因習、儀式に関連した要素が強くその集団自身も階層化されている、ホ)人種・種族が違うという認識をされている(よそもの)、などの共通点がいえる。
<3>については、住居は粗末で、追いだされ隔離されたような、安全といえない場所に多い。結婚差別も根強く、親が「あの集団とは結婚するな」と指示したりする。これに反すると結婚して入ってきた人に対して親・集団がいやがらせをおこない、子どもをつくらせないようにすることもある。さらに集会所や水のみ場など公共の場ではいっしょに使用させなかったり、食事もいっしょにすることがない。職業についてはその地域の中でいやがられている仕事に従事させられる。結果、貧困な生活状態になり、十分な教育がうけられず非識字率が高いという状況にある。また、暴力行為をうけることもある。
アイデ・横田第二報告の方向性
このアイデ・横田報告はほとんどの委員から歓迎されたが、このような状況の人は数億人ほど存在していると推測される。そして、なによりの成果は、国連のこのような調査・報告書によって被差別の当事者自身が自己のおかれている状況を自覚しはじめたということである。
今後はアジア、アフリカに加えてヨーロッパのスインティ・ロマや他国へ移住したインド人社会でのカースト意識によるダリットに対する差別など、残された地域などへの調査という課題があり、さらに各国政府の施策・原則と指針を作成するという作業もある。
具体には、<1>政府自身(公務員)が差別をしてはいけない、<2>差別させない、<3>差別の被害に対する補償、<4>差別をなくすための教育・啓発、という4つの責任をよびかけたいと考えている。
職業と世系に基づく差別と部落差別
職業と世系に基づく差別が国連で現在のように重要な課題として扱われてきたのは、日本の部落解放運動の問題提起によるところが大きい。
今日、国連では部落差別というものが日本という地域の特殊な差別ではなく、国際的な関心ごととしてとらえられている。国連が部落差別があるということを認識できたのは部落解放運動が提起したからであり、それまであまり自覚(認識)されていなかった差別に苦しむ人がいる、ということから他の地域でも同じように国連がまだ認識していない差別の状況があるのだということに気づいていった。さらに部落解放運動の国連への働きかけが、世界のそういった被差別の人びとの自覚へとつながっていった。これは部落解放運動の成果であり、さらに部落解放運動がその設立に中心的役割を果たした「反差別国際運動(IMADR)」は国際人権の場において重要な役割を果たしている。
まとめ
個人的認識ではあるが、横田自身は人種差別撤廃条約第1条の「世系」に部落差別も該当するという認識である。
人権尊重の取り組みについて、その中心課題は差別の解消である。日本の場合、部落差別や女性、在日外国人、アイヌ民族等の差別の問題がある。今日の時代、こういった差別解消の課題は、自分の国の問題、あるいは自分のところの問題という考え方ではだめであり、国際的な連帯と交流の促進が必要である。そういった視点から、さらなる人権尊重への関心の高まりと支援をお願いしたい。
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