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2004.09.15
意見・主張
  
「地方における人権救済機関に関する研究会」まとめ
<概要版>

2004年3月31日

同和問題解決(部落解放)・人権政策確立要求大阪実行委員会

  1. はじめに
  2. 現状と課題
    1. 人権擁護法案をめぐる動き
    2. 人権擁護法案の課題

  3. 人権救済制度・システムの整備状況
    1. 大阪府における取り組み状況

  4. 人権救済機関設置に向けて
    1. 地方における人権委員会の考えられる機能
    2. 法律に基づいて人権委員会を設置する場合
    3. 都道府県条例に基づいて人権委員会を設置する場合

  5. 今後の取り組み
1 はじめに

 人権侵害が発生し、又は発生するおそれのある被害の適正かつ迅速な救済及び人権尊重の理念に関する理解を深めるための啓発に関する施策を推進するため、新たに独立の行政委員会としての人権委員会を設置し、その組織、権限等について定めるとともに、その救済手続きを定めた「人権擁護法案」が2002(平成14)年3月、国会に提出された。

 この「人権擁護法案」に対しては、人権委員会の独立性の問題や、中央にのみ人権委員会が設置されることなど人権救済機関の実効性・独立性の観点から様々な問題提起がなされていたところであるが、昨年10月の衆議院の解散に伴い同法案は自動的に廃案となった。

 こうしたことから、地方における人権侵害による被害を適正かつ迅速に救済・予防するため、地方における人権救済機関のあり方等について専門的な見地から研究を行うため、部落解放同盟大阪府連合会、財団法人大阪府人権協会、社団法人部落解放・人権研究所、大阪府各々の関係者から構成される「地方における人権救済機関に関する研究会」を設置し、実効性のある人権救済機関のあり方の研究を進めてきた。

 当研究会においては、これまで様々な角度から研究を重ねた結果、その一定の結論としてこの報告書を取りまとめたところである。

 本編はその概要版である。

2 現状と課題

(1)人権擁護法案をめぐる動き

 「世界人権宣言」の基本理念である「差別を撤廃し人権を確立することによって恒久平和を実現すること」を踏まえ、

  1. 国内人権機関の権限と責任
  2. 構成と独立・多元性の保障
  3. 活動の方法
  4. 準司法的権限を持つ委員会の地位に関する追加的原則

などを内容とする「国内人権機関の地位に関する原則(パリ原則)」が1993(平成5)年に採択されたことにより、独立性をもった国内人権機関の設置が求められている。

 国内においては、1996(平成8)年12月に人権擁護施策推進法が制定され、この法律によって設置された人権擁護推進審議会において、2001(平成13)年5月に「人権救済制度の在り方について」の答申、同年12月に「人権擁護委員制度の改革について」の追加答申が出された。

 この答申を踏まえ、現行の人権擁護制度を抜本的に改革し、独立行政委員会である人権委員会のもとで人権侵害による被害の実効的な救済と人権啓発の推進を図ることを内容とする「人権擁護法案」が、2002(平成14)年3月、第154回通常国会に提出されたが、第159臨時総会において、2003年(平成15年)10月の衆議院解散にともない、同法案は自動的に廃案となった。

「人権擁護法案」のポイントは、以下のとおり。

【「人権擁護法案」のポイント】
  1. 総則関係
    • 「人権擁護法案」は国の責務を明確にするとともに、何人も、不当な差別的取り扱い、不当な差別的言動、虐待、差別助長行為等の人権侵害をしてはならないことを明文化したものである。
  2. 組織関係
    • 国家行政組織法第3条第2項の規定に基づいて、「人権委員会(仮称)」を法務省の外局として中央に設置し、人権救済、人権啓発、政府に対する助言に関する事務を所掌する。
    • 「人権委員会」は、任期3年の委員長と委員4人(うち、3人は非常勤)の5人体制で構成し、内閣総理大臣が両議院の同意を得て、ジェンダーバランスに配慮しつつ、任命される。また、委員長及び委員は、独立してその職権を行使する。
    • 「人権委員会」の組織については、「人権委員会」に事務局を置き、事務局の地方機関として所要の地に地方事務所を置き、地方事務所にはその支所を置くことができるほか、「人権委員会」は地方事務所の事務を地方法務局等に委任することができる。
    • 法務省には法律的な専門性を有する職員を有するとともに、これまでの人権救済に対する専門的な知識・経験の蓄積を有していることから、委員会事務局は現在の法務省人権擁護局を、地方事務所は法務局人権擁護部を改組することを予定。
  3. 救済手続き関係
    • 人権侵害に対する救済手続きとして、「一般救済手続き」と「特別救済手続き」が整理されている。
    • あらゆる人権侵害を対象として人権相談に応じるとともに、任意の調査及び助言、指導、調整等を行う「一般救済手続き」を設けている。
    • 人権侵害のうち、
      1. 人種等を理由としてなされる不当な差別的取り扱い
      2. 公権力の行使に当たる公務員による虐待や社会福祉施設、医療施設、学校等における虐待や児童虐待や配偶者等に対する虐待
      3. 人種等を理由とする差別的言動や地位利用をともなうセクシュアルハラスメント
      4. 報道機関による人権侵害
      5. 1-4に準じる人権侵害で、被害者の置かれている状況等から被害者が自らその排除・被害回復を図ることが困難であると認められる人権侵害
      6. 差別助長行為 の分類を行い、このうち1-5については、過料の制裁をともなう調査及び調停、仲裁、勧告・公表、訴訟援助を、6については、勧告・公表、差別助長行為の差止め請求訴訟の提起を行うという各々の「特別救済手続き」を設けている。

(2)人権擁護法案の課題

 「人権擁護法案」に関しては、各方面から様々な観点の問題提起がなされている。それらを整理すると、以下のとおり。

○人権委員会について

  • 法務省の外局設置となっているが、刑務所等の職員による虐待や警察など公権力の行使による人権侵害に対して積極的な救済が図られるために、総合調整機能を持つ内閣府の外局とするべきではないか。

○人権委員会の委員について

  • 非常勤3人を含む5人の委員で全国に発生するすべての人権侵害に対応することができるのか。

○人権委員会の組織について

  • 人権委員会は中央に1箇所のみ設置され、地方には地方事務所しか設置されないので、このような組織で迅速な人権救済が図られるのか。
  • 政令で定めるところにより、地方事務所の事務を地方法務局長に委任することができるが、現在の地方法務局体制と何ら変わることがないのではないか。
  • 地域における人権侵害に迅速かつ効果的にきめ細かく対応するには、その職員の専門性は無論のこと、当事者性も併せ持つ必要があるのではないか。

○メディアに対する規制について

  • メディアによる人権侵害を特別救済の対象にすることは、取材や報道の自由を脅かすおそれが強いので、メディア側の自主的な救済に委ねるべきではないか。

○人権救済に関する事務について

  • 国の機関(人権委員会、委員会事務局、地方事務所など)による処理手続きは規定されているが、地方自治体の役割・機能についての規定は何らなく、地域における人権侵害に対応できないのではないか。

3 大阪府における人権救済制度・システムの取り組み状況

<1> 福祉・医療分野における人権擁護に関する事業

○大阪府社会福祉協議会運営適正化委員会(福祉サービス苦情解決委員会)

  • 福祉サービスに関する利用者等からの苦情を解決し、必要な助言や相談、調査、あっせん等を行い、双方の話し合いによる解決を促進する。

○大阪後見支援センター

  • 知的障害、痴呆性高齢、精神障害等の権利侵害などの相談に対応する。

○大阪府精神障害者権利擁護連絡協議会

  • 精神障害者の人権尊重を基本とした医療の提供と処遇の向上及び精神障害者の自立と社会復帰を支援する。

<2> 「あっせん・調停機能」を持つ附属機関

○環境行政の分野で「公害審査会」、消費者保護行政の分野で「消費生活苦情審査会」がある。

  • 大阪府附属機関条例で「大阪府公害審査会」の設置を定め、公害に関する紛争に、あっせん、調停、仲裁により迅速かつ適切に問題を解決している。
  • 「消費者保護基本法」に基づき地方公共団体等の責務や危害の防止、被害の救済、消費者の権利の確立などを定めた「大阪府消費者保護条例」を制定し、「大阪府消費生活苦情審査会」を設置し、府立消費生活センターで解決が困難な消費者苦情について、あっせん、調停により解決を図っている。

<3> 府域における人権相談の現状

大阪府においては、2001(平成13)年に策定した「人権施策推進基本方針」において、「人権擁護に資する施策」の大きな柱として「人権に関わる総合的な相談窓口の整備」を掲げたことを踏まえ、2002(平成14)年度より重点事業として人権相談窓口の整備など人権相談に関する施策の構築を積極的に推進している。

具体的には、人権に関わる多種多様な相談に的確に対応するため、身近で当事者の立場に立ったきめ細かな相談体制の整備や行政機関や民間相談機関など様々な人権相談機関が密接に連携・協力するシステムの構築などを進めている。

こうした人権相談システムを活用しながら、人権侵害を受け、または受けるおそれのある者に対し、その立場に立って、課題解決のための手だてを本人が主体的に選択できるように支援することとしている。

○府域における人権相談システム

  • 平成15年度実施状況:政令市・中核市除く41市町村で実施
  • 平成14年度相談述べ件数:543件

4 人権救済機関設置に向けて

(1)地方における人権委員会の考えられる機能

 大阪府内においては身近で当事者の立場に立ったきめ細かな相談ができる体制づくりを進めており、こうした人権相談窓口においては人権侵害に直面した人が自らの主体的な判断に基づいて課題の解決ができるよう支援している。しかし、自らの人権を自ら守ることが困難な状況にある場合は、人権救済機関で被害者の救済が図られなければならない。

<1> 地域性・迅速性・利便性

 市町村や財団法人大阪府人権協会に寄せられた人権相談を人権侵害の発生場所別に見ると多くが「近隣・地域社会」、「職場・会社」、「自宅」、「近隣・地域社会」で発生しており、人権侵害は自宅、人々が暮らす地域、働いている職場などで生じることが多く、こうした身近な場面で生じる人権侵害の救済をすべて中央の人権委員会で処理することになれば、迅速な人権救済が図られないものと考えられる。そこで、新たに設けられる人権救済機関には身近なところで発生する人権侵害に対応できる地域性・迅速性・利便性が求められる。

<2> 実効性

 市町村や財団法人大阪府人権協会に寄せられた人権相談をその後の経過別にみると、「カウンセリングによる心理的サポートで解決」、「個別の専門相談機関へ取次ぎ専門相談機関で事案対応」など相談の半数近くがこれらの手法により解決されている。

 しかしながら、相談で解決できないものや相談者の意思により相談を打ち切っているものについては、公平・中立的及び専門的な立場から当事者間を調整する第三者機関が必要であり、その第三者機関には課題解決のため、あっせん・調停・勧告などの実効的な救済機能が必要である。

[相談から救済への流れ]

(2)法律に基づいて人権委員会を設置する場合

廃案となった人権擁護法案を基礎に、新たに提出される(新)人権擁護法案(仮称)が真に実効性のある人権救済制度となるには、中央組織・地方組織がどのようなものでなければならないかを検討する。

――独立性・実効性・専門性の確保――

<1> 人権委員会(中央組織)について

 旧人権擁護法案においては、人権委員会は法務省の外局として置かれることになっていたが、効果的な調査や積極的な救済が図られるためにも、人権委員会の独立性を確保する必要がある。こうしたことから、人権委員会は法務省の外局ではなく、総合調整機能を有する内閣府の外局として設置されるべきである。

 また、人権委員会が実効性ある組織として機能するには、その体制の充実が必要であり、そのためには、人権委員会の委員については、常勤の委員を半数以上にするとともに、その選任においても見識や学識だけでなく、当事者性やこれまでの活動経験なども考慮するべきである。

<2>道府県人権委員会(地方組織)について

 人権問題は地域に根ざした人々の日常生活の中で生じる場合が多いことから、中央の人権委員会が一括で処理する体制ではなく、各都道府県に独立した人権委員会を設置し、それぞれに人権救済を図っていることが必要であり、中央の人権委員会と同様の救済機能を有する都道府県人権委員会をすべての都道府県に設置するべきである。

 また、人権委員会が救済や啓発に係る活動の過程で得た経験・成果を、行政機関の長である知事や関係行政機関の長等への助言を通じて政策に反映させるための意見提出権を国と同様に付与すべきである。

 このように新たに提出される(新)人権擁護法案(仮称)において、中央に人権委員会、都道府県に都道府県人権委員会が設置されることにより、今後の人権侵害による被害の救済がどのように体系化されるかを図示すると以下のようになる。

[人権侵害を受けた場合のフローチャート]

(3)都道府県条例に基づいて人権委員会を設置する場合

法律に基づく実効性ある人権委員会が中央と都道府県に設置されることが、人権問題を効果的に解決するには不可欠であることから、法案の修正・再提出・審議・成立が速やかに行われ、法律に基づく実効性のある人権救済制度が早期に確立されることが望まれる。

しかしながら、人権侵害による被害は日々生起しており、こうした被害の救済を図る公平・中立で独立した機関(都道府県人権委員会)やシステムを都道府県が独自に整備することも検討されるべきである。こうした法律に基づかない人権救済機関を真に実効性ある人権救済機関とするには、都道府県条例でその組織、職務内容、手続き等を定めることが必要であるが、法律と条例との関係から次のような課題がある。

  1. 全国一律のセーフティーネットとして法律で統一的な取り扱いが望ましい事柄を条例で制定する必要性の問題
  2. 条例は法律に違反しない範囲で制定することができることから、DV防止法や児童虐待防止法など個別法との整理の問題
  3. 国の事務、市町村の事務、政令市・中核市の事務との整理の中で都道府県の事務としての妥当性の問題
  4. 住民に義務を課し、または権利を制限するには、その範囲は具体的状況に応じ必要最小限にとどめるとともに、その行使に慎重さが求められるという問題
  5. 私法上の制限をどのように定め、私法秩序をどのように形成するかは、国民全体の社会共同の基本に関わる事柄であるため、国の法律で統一的に定めるべきであるという私人間の法秩序を条例で定める適否の問題

 こうした条例制定にともなう課題を解決したうえで、独立性、専門性、実効性を備えた都道府県独自の人権委員会を条例により設置した場合、加害者別に都道府県人権委員会の機能がどのようになるかを整理すると、以下のようになる。

5 今後の取り組み

 以上、当研究会においては、実効性のある人権救済機関のあり方として、法律に基づいて人権委員会を設置する場合と都道府県条例に基づいて人権委員会を設置する場合の人権救済機関のあり方及びその条文案について、7か月にわたって様々な角度から研究を進めてきたところである。

 「人権の世紀」といわれる21世紀において、すべての人の人権が尊重される差別のない社会を実現するため、人権侵害の予防・救済など人権擁護に資する施策の推進は重要な課題である。

 大阪府内においては、行政機関や民間団体の連携による人権相談ネットワークシステムの構築が進められており、人権相談を通じて人権侵害に直面した人が自らの主体的な判断に基づいて課題の解決が図られるよう支援しているが、今後とも、府民の人権を擁護・救済するため、府内の総合的な人権救済システムの確立に取り組む必要がある。

 「人権擁護法案」は、2003(平成15)年10月の衆議院解散にともない審議の途中で自動的に廃案となったが、国内における人権侵害の現状を直視したとき、人権擁護推進審議会答申、国内人権機関の設置に関するパリ原則、国連の各種人権関係条約に基づく委員会から出された一連の勧告、2002(平成14)年3月の「人権擁護法案」の提出以降、与野党協議の中で積み上げられてきた議論等を踏まえると、早急に人権侵害の救済に役立つ法律の制定が求められている。

 今後、各方面で本研究会の「まとめ」を一つの契機に地域レベルにおける人権侵害による被害者を迅速かつ効果的に救済するための真に実効性のある人権救済機関・制度のあり方の議論が深まることを期待する。