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2005.02.14
意見・主張
  
市民生活は、自由を確保できるか
- 共謀罪新設規定の問題点 -

李 嘉永(部落解放・人権研究所研究部)

 昨年の第159回国会において、内閣は「犯罪の国際化並びに情報処理の高度化に対処するための刑法等の一部を改正する法律案」を提出した。この法律は、国際的な人身売買や麻薬取引、マネーロンダリングといった、国境を越えて行なわれる犯罪に対処することを目的としている。その中でも市民生活に対して、極めて重大な影響を及ぼすおそれのある規定が、今回紹介する「共謀罪」規定である。

 この犯罪類型は、広範な犯罪をすることについて共謀(つまり、犯罪をすることについて合意すること)をした場合には、5年以下、又は2年以下の懲役又は禁固に処せられる、というものである。これまで刑法の総則上、共犯の範囲は、共同正犯(2人以上が共同で犯罪を実行したこと)や教唆(犯罪をそそのかすこと)、幇助(犯罪の実行を手助けすること)で、あくまで犯罪が実行された場合にのみ処罰されることとされている。この共謀罪は、その範囲を大きく踏み越え、「犯罪をしよう」と合意した段階で、処罰されることになる。

 犯罪については、おおむね次のような段階をたどる。つまり、(1)「犯罪意思の決定」→(2)「準備行為」→(3)「実行の着手」→(4)「実行の終了」である。上記の共犯は、原則として犯罪の実行、つまり犯罪が(3)の段階に至って始めて、処罰されることになっている。しかし今回の共謀罪により、ある団体の活動として(1)をした場合、即座に処罰可能になるのである。

 この共謀罪は、「越境的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約」の規定にしたがって整備する旨、政府は説明している。しかし、この条約は、前述したように「国際的・越境的な組織犯罪」に対処するために締結されたものであり、団体の範囲も、組織的な犯罪集団によるものに限定している。さらに国内法が求める場合には、準備行為を構成要件としなければならない、としている。しかし今般提案されている上記法案は、構成要件的に、団体の範囲を「越境的な活動」を行なうものに限定していないし、犯罪を目的とする集団であるかどうかも問題とされていない。準備行為も必要とされていない。そうであるとすれば、条約を実施するため、とする政府の説明は、およそ内容とかけ離れているといわなければならない。

 いずれにせよ、この法案が成立すると、団体の構成員が複数で、犯罪実行を連想させる言動をした場合、直ちに逮捕されることになりうる。団体の範囲は、およそあらゆる団体である。政党、企業、市民団体、私的なグループ、どんな団体でも、そのターゲットになってしまう。あらゆるグループが、「犯罪の共謀をしていないか」という監視の対象となるであろう。極めて抑圧的な監視社会が透けて見えるのである。

 第162回国会が既に開会した。上記の法案は、衆議院において継続審議中である。自由な市民社会を堅持するためにも、この法案の推移に注目しなければならない。

 ※なお、この「共謀罪」の問題点については、中京大学の平川宗信先生が『ヒューマンライツ』203号(2005年2月)において、より詳細に指摘しておられる。こちらも是非ご覧いただきたい。