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2006.03.23
意見・主張
  
「テロの未然防止」を目的とした「出入国管理及び難民認定法の一部を改正する法律案」の問題点

2006年3月20日
移住労働者と連帯する全国ネットワー
共同代表 岩本光弘 大津恵子 丹羽雅雄
もりきかずみ 村山敏 由井滋 渡辺英俊
東京都文京区小石川2-17-41TCC2-203
Tel03-5802-6033Fax03-5802-6034


 2006年3月7日、テロの未然防止を目的とした「出入国管理及び難民認定法の一部を改正する法律案」(以下、改定案)が閣議決定され、現在、国会において審議が行われています。

 安心して安全に暮らしたいということは、誰もがそう願っていることには違いがありません。しかし、「テロの恐怖」や「治安の悪化」という言葉が飛び交い、漠然とした不安が煽られ、「テロ対策」や「治安対策」ならば仕方がないと安易に受け入れる風潮が作られています。

 このような風潮を利用して、「テロ対策」がとられていますが、実際に行われていることは、外国人をテロリストとみなした情報収集や、別件・誤認逮捕などです。「テロの未然防止に関する行動計画」に基づき、外国人の入国時および入国後の記録、例えば宿泊先、通学・通勤先など毎日の行動の「履歴」がデータとして残されようとしています。そして、「何か」あったときには、真っ先に、そのデータが検索され、捜査の対象となるのです。間違ってデータが一致したためテロリストや犯罪者にされてしまうということも起こりえます。また、街角で頻繁に行われている職務質問では、日本国籍を有しながらも外見は「外国人」に見える人も「テロ対策」の影響を免れません。

 「テロ対策」は外国人の問題だけではなく、日本社会全体の問題です。「テロ対策」の行き着く先は、他者を疑心暗鬼の目で見る相互不信社会であり、また社会全体の管理強化です。他者を信頼することを忘れ、ただ「犯罪者」や「不審者」として疑うことのみを強いられた社会は、誰にとっても暮らしやすいものではなく、「安心な社会」とは到底言えません。本当の「安心」は、マイノリティである外国人もマジョリティである日本人も、同じ社会に暮らす人であるという認識から始まるものであり、目指すべきは、多民族・多文化が共生する社会です。

 改定案では、一般の犯罪とは別にテロに対する取締りや対策が必要だ、という具体的な危険性がどの程度あるのか、という立法事実が明確に示されていません。また、外国人をテロリスト予備軍とみなし、管理の対象としてのみ捉え、人権保障とプライバシーの保障という視点を全く欠いたものです。とりわけ、指紋採取の義務化は、憲法13条(私生活上の自由)および自由権規約7条(品位を傷つける取扱い)に抵触します。さらに、「治安対策」の観点から見ても、来日外国人による刑法犯の検挙人数は、日本全体の刑法犯検挙人数のわずか2%強に過ぎず、また超過滞在者などは0.4%に過ぎません。にもかかわらず、「外国人犯罪」が治安悪化の要因かのように言われ、外国人への管理・取締りが強化されています。

 外国人への差別と重大な人権侵害を引き起こし、監視社会の強化につながる改定案に対して、移住労働者と連帯する全国ネットワーク(移住連)は、以下の理由により反対します。

1.「テロリストは外国人である」という先入観にもとづいている

 改定案には、「テロの未然防止」という目的のために、日本への入国あるいは再入国に際して、特別永住者などは除外されているものの、外国人だけが指紋及び顔写真等の個人識別情報の提供を義務づけるとあります。しかしながら、日本を含む各国の諸経験を踏まえても「テロ」が外国人によってなされるという言明に根拠はなく、その意味で改定案は、「テロリストは外国人である」とう先入観にもとづいていると言えます。

 他方で、外国人登録における外国人への「指紋押捺」は多くの反対を受け、2000年に廃止されたことは周知の事実です。6年前に廃止された「指紋押捺」が、今回「テロ対策」として再び行われようとしています。外国人登録と入国審査は根拠法は異なるとはいえ、外国人の立場から見れば、いずれも指紋を強制的に採取されるものです。さらに、今回の改定案においては、指紋に加え顔写真も強制的に採取されます。このような取扱いを行うことは、外国人に対する差別であり、人権侵害です。

2.日本で暮らす外国籍住民や来日する外国人との友好・信頼関係を傷つける

 改定案で規定されている指紋や顔写真などの個人識別情報の提供の義務づけは、米国で実施されているUS-Visitに倣ったものであると言われています。しかしながら、外国人の入国あるいは再入国時にこのような規定をもうけているのは、2006年3月現在、世界中で米国だけです。また、テロ対策としての有効性について、確認されている訳ではありません。

 むしろテロ対策という目的に比して、広汎かつ過度な手段を用いていると言えます。

 他方、米国でUS-Visitが導入された当初、ブラジルが同国入国に際して米国人だけに同様の提供を義務づけることで抗議を行うなど、各国の反発を呼び起こしました。したがって、改定案の規定は、現在日本で暮らしている外国籍住民や、この国際化の時代に日本を訪れる人々に大きな不快感を与えることとなります。このことは、国境を越えてきた人々との友好関係や信頼関係に破壊的な結果をもたらし、多民族・多文化共生社会の道を逆行させ、日本社会にとって大きな損失となりえます。これは、テロ対策という名目で、覆い隠されてはならないものです。

 さらに言えば、観光立国を目指し、飛躍的に外国人観光客の誘致を図ろうとする政府の政策にも反するものと言えます。

3.バイオメトリクスデータ(生体情報)の目的外使用が公言されている

 法務省は、法案提出の趣旨説明として、「テロの未然防止」という目的のために、個人識別情報の提供を義務づけるとしています。にもかかわらず、ここで採取したバイオメトリクスデータを上陸拒否事由に該当する者の入国防止どころか、犯罪捜査にも使用すると公言しています。これは、法の目的外使用を法務省自らが認めたものであり、許されるものではありません。

4.究極の個人情報であるバイオメトリクスデータの保護が保障されていない

 改定案には、採取した指紋や顔写真などの個人識別情報の保管方法が規定されていません。これらは、「行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律」により管理するとされ、一般の行政情報と同様の扱いがされることになります。しかし、指紋や顔写真というバイオメトリクスデータと一般の行政情報とでは、その性質が大きく異なります。また、年間700万人以上という膨大な入国者数のデータベースが構築され、80年近くにわたり累積されることになります。このような膨大な情報は一般の行政文書と同様の規定での保護では、全く不十分です。バイオメトリクスデータという究極の個人情報の管理は極めて厳格に行う必要があり、そのためには別途法律に基づく規制が不可欠です。

5.IC化には大きなリスクが伴う

 個人情報流出のニュースが絶えないように、情報のIC化や一元化は、膨大な個人情報が一瞬で流出するという大きなリスクを常にはらんでいます。にもかかわらず、「利便性」のみが強調され、このようなマイナス要因に対する検証とプライバシー保護の具体的な対策は、全くなされていません。特に、バイオメトリクスデータはその性質上、例えば暗証番号のように変更することができないため、一度情報が漏れてしまった場合に、取り返しがつかず、さらなる悪用を食い止めることができません。

6.「テロリスト」の定義が曖昧であり、誤認事案や恣意的な運用がなされる危険性がある

 改定案では、テロリストと認定された者の退去強制事由が新設されます。改定案における「テロ」の定義は、「公衆等脅迫目的の犯罪行為」とされ、退去強制の対象となるのは、実際にその行為を実行したものだけでなく、「予備行為」また「実行を容易にする行為」を「行うおそれがあると認めるに足りる相当の理由がある者」とされています。実行を容易にする者には、例えば、精神的に支援することも含むことが考えられ、非常に広範なものとなっており、恣意的な運用がなされる危険性があります。

 さらに、「テロの未然防止」というまだ起こっていないことを取り締まるためには、その「危険性」をもっているとされる人を広く管理・取締りの対象にしなければならず、誤認事案を引き起こす大きな危険があります。これは、「テロ対策」を目的として、いとも簡単に外国人が拘束されたり、適正手続が保障されないという事態を引き起こしかねません。

7.自動化ゲートの導入は監視社会化へ向かわせるものである

改定案では、バイオメトリクスデータを利用した自動化ゲートを導入することにより、一定の要件に該当する特別永住者等の外国人に対する上陸審査手続を簡素化し「利便性」を向上させるとされています。また、これは、別途法務省令を定め、日本人に対しても利用できるようにするとされています。本人確認のためにバイオメトリクスデータをIC化して利用することは、その人の行動を極めて容易に把握することが可能となり、監視社会化へ一歩前進させる危険性を含んでいます。また、前述の通り、情報流出の危険性も常にあります。利便性の向上とその危険性を比較すると非常にバランスを欠くものであり、利便性の向上という理由のみで、安易に進められるべきではありません。

以上