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2006.12.26
意見・主張
  
第27回 人権・同和問題企業啓発講座を開催しました(上)
研究所通信340号より

パネルディスカッション
「問われ始めた企業の社会的責任―人権の視点から」

コーディネーター:森原秀樹(反差別国際運動事務局長)
パネリスト:谷本寛治さん(一橋大学教授)
北口末広さん(近畿大学教授)
関 正雄さん((株)損害保険ジャパンCSR・環境推進室長、
日本経済団体連合会社会的責任経営部会ワーキンググループ)

 2006年10月23日、11月7日の両日、大阪厚生年金会館において、第27回人権・同和問題企業啓発講座を開催いたしました。企業の社会的責任や従業員の個人情報保護、パワーハラスメントといった様々な人権問題、部落の起源や土地差別という観点から見た部落問題、さらには日本の格差問題についての講演、そして企業における人権研修の実践報告などが行われ、企業を取り巻く諸問題について、多彩な学びの機会を提供しました。両日とも、2000人近くの多くの方々が参加されました。今回は、特に、企業の社会的責任に関するシンポジウムついてご紹介したいと思います。

谷本寛治さん


 日本においては、人権とCSRが出会ったばかりです。これまで企業の人権啓発室で取り組まれてきたことが、今のCSRと結びつかないでいます。CSRに係わる様々な部署をつくっても、社内的に統一しきれない部分があるのではないか。これまで、人権啓発室は、部落地名総鑑を契機として、人権研修を中心に活動を進められてきたと思います。ただ、現在、グローバルな潮流を見ますと、企業の評価に直結するような流れが出始めています。金融機関の投融資の中に、企業評価の項目に人権や労働の問題が入っています。また、取引調達関係にそういう基準が入ってきています。そうなると、しっかりとした対応を取っていないと、取引すら出来ないという状況が目の前に差し迫っていることを理解する必要があります。

 人権問題といえば、思いやりといった「個人の意識の問題」とされてきました。但し企業における人権問題ということになると、それと同時に、企業価値を考える上で、経営問題としてどう取り組むかということが重要になっていると思います。CSRの基礎は、企業活動のプロセスそのものに、社会的公正さや倫理性を組み込んでいくことです。経済性と社会性のバランスだと言われたりします。バランス論は確かにイメージとしてそのとおりなのですが、「経営が苦しいので社会性については手が回らない」ということになると、基本的な認識が誤ってしまいます。小さな会社だから差別をしていいかといえばそんなことはありえません。採用や昇進に当ってフェアな判断が出来ているかが問題になるのです。

 ただ、会社の中で定着させることの難しさが痛感されています。実際に、全体をどう調整して、社会的責任ある企業経営をしていくという形でまとめていくか、また実際のラインにコンプライアンスなどをどう定着させるかは難しい。時間が掛かるものです。どこまでの権限を与えて進めるかはトップの強いリーダーシップが必要です。

 また、社会的責任投資がひろがってきています。財務的な評価もあわせて、社会性について評価をして投融資先を選んでいる例があります。また、CSR調達にしても、品質・価格・納期に環境やコンプライアンス、労働、人権が含まれていて、広がりつつあります。企業の評価としてCSRが入るようになってきた。投融資先や取引先が、大きな環境リスク・人権リスクをかかえていると、投資・融資する会社としては、「今期この会社は成績がよくても、リスクをかかえている」点を、ちゃんと評価しているのかという問題になりかねないからです。これが広がっていけば、CSRをリスクの問題として捉えないと、市場の中で評価されないという状況になるということです。さらには、サプライチェーンで問題があったら、下請け会社の問題も、自ら関係がないとはいえなくなっていくと思います。


関正雄さん


 日本の産業界がCSRに関心を持ち始めたのは、よく2003年がCSR元年といわれています。2002年末くらいから、官民共にCSRの規格化に関するワーキンググループの立ち上げられていきました。規格にどう対応するかという部分と、規格がどうあれ、企業として主体的に取り組むという部分という二つの流れが交互にでてきたと思います。2003年には経済同友会が自己診断をするツールを提唱し、2004年には日本経団連も企業行動憲章を改訂し、主体的な取り組みの拠り所にしていこうということになりました。

 丁度同じ時期に、ISOが国際規格として社会的責任に取り上げるという方針を決定しました。経団連・産業界としては、法制化や規格化は社会的責任の性質から馴染まないというスタンスでしたが、国際規格化方針が決まったからには積極的に参加していこうと決めています。2003年の暮れに、経団連は、欧米CSR対話ミッションを派遣しました。規格化に世界の企業や関連団体がどういう対応を示すかという点を主眼としましたが、実際対話をしてみると、規格は規格として、主体的に企業は取り組んでいくんだという雰囲気でした。

 経団連としても、10数年前に策定した行動憲章をCSRの観点から改訂しようという事で作業を進めました。この憲章は、主に10項目くらいのポイントがあります。とりわけ、私自身が重要だと考えているのは、<1>持続可能性にむけた自主的な行動、<2>人権、<3>ステイクホルダーとの対話です。以前は、どちらかといえば不祥事対応の憲章だったのですが、これに持続可能性という視点を盛り込みました。そこで重要な項目が人権でした。ただ、企業として取り組みべき人権は従業員だけではなく、あらゆるステイクホルダーの人権について配慮する必要があるため、前文に盛り込みました。<3>も重要なポイントです。フィードバックを頂いたり、対話を推進して、双方向のコミュニケーションを図るとしました。また、昨年の秋に事例集・推進ツールを発表しました。項目ごと、ステイクホルダーごとに事例を収録し、これを参照しながら企業として取り組んでいこうということです。

 ISOの規格化については、途上国の企業や、中小の組織、政府、自治体、NGO、労働組合など、あらゆる組織に適用可能なものにしようという議論になっています。また、会議の特徴として、いろんなセクターの人々が集まって議論しています。産業界だけではなく、政府、消費者、労働、NGO、その他からも出席し、多数決ではなく、議論を尽くして合意を導くというルールで進めています。

 現在、起草の段階です。人権の問題は、市民権、社会権、労働権だけではなく、将来世代の権利や、貧困、消費者の問題などが上がっています。日本経済界では、今年3月に、草案の提案書を出していますが、何を実現するかを考えた場合、本質的な原則として、人間の尊厳と多様性の尊重、そして持続可能性を挙げました。

 また、「赤道原則」というものがあります。金融機関のプロジェクトファイナンスとして配慮すべき項目を大手銀行とNGOとの対話の末まとめたものですが、今年、これが改訂されました。今回のものは、環境に加えて人権・労働、脆弱なグループに与える影響を考慮するとしています。現にこれを適用して中止したプロジェクトもあります。このような動きが、世の中に人権を浸透させる一つの基準になってきていると思います。


北口末広さん


 よく最近、21世紀は人権の世紀といわれます。しかしこの言葉は、「21世紀は、人権を尊重しないと持たない世紀」と理解すべきです。近年の科学技術の進歩として、DNAの解析があります。私たちの科学は、まさに人間や生物を変えるというところにまで至っています。まさにES細胞、遺伝子操作に代表される時代に突入し、人間が人間でなくなる科学技術がでてきているのです。

 情報化の進歩は、意識を増幅しています。たくさんの人々と瞬時に話ができる反面、差別意識や人権を侵害する意識も増幅するという時代に入っているのです。情報化の進展の中で、本年9月、電子版地名総鑑が、既に10数年前に作られていたことが判明しました。まさに、31年前に発覚した地名総鑑が、未だに流通し、しかも電子化されていました。電子版地名総鑑は小さな媒体に記録できるというだけではなく、検索機能も持っています。つまり、地名を入力すれば、そこが同和地区であるかどうかが瞬時にわかる。現在、不動産業者が地方自治体に「この物件が同和地区かどうか」を訪ねる事件が増えていますが、「買うお客さんのため」という理由です。多くの人たちは同和地区に住みたくない、同和地区の物件だと価格が下がるからという理由です。その業者が、同和地区の正確な住所が入っているCDが販売されると、当然買うでしょう。もしネット上に流出すれば、当然ダウンロードして保存するでしょう。まさに、情報化の進展とともに、過去から起こっている事件が、新たなバージョンになって生じているという状況です。

 そこで、1975年の部落地名総鑑事件の発覚以降、企業の社会的責任が問われてきました。企業は人を雇入れて、製品・サービスを人に提供しています。しかしこれまで、企業は、雇入れの際に採用差別が頻繁に行なわれてきました。また、訪問販売の際に、差別的な条件をつけていた企業もありました。これら事例への反省から、社会的責任を先駆的に果たしてきた企業もあります。

 もう一つ、公が民間の発想を持たなければならないといわれます。この時代は、民間が公の発想を持たないと、社会は成り立たちません。そういう視点からCSRの重要性が語られているように思います。この発想がない中で、「民にできることは民に」という掛け声の下に、本来公的機関が行なったほうがいいことまで民間に任されている事例もあると思います。例えば対震強度偽装問題があります。あの中で、経済設計が重視されたけれども、それが偽装設計になり、犯罪設計になって、結果として不経済設計になったわけですね。そういう意味では、CSRの視点というのは、そういう点からも大切だと思っています。

 歴史的に見れば、当初は採用差別、これが今、採用で差別をしないだけなく、快適に働ける状況を作ることが課題になっています。同時に、製品サービスの提供についても、悪い製品サービスを提供しないということから、安全・人権・環境を達成するものを提供し、それが企業の利益につながっていくという時代になっています。私は、人権・環境・安全面の無責任さが、クライシスを生むと申し上げていますが、今後はは、これらの責任を認識しつつ、チャンスを掴み取ると捉えて頂きたい。これは、社会にとってもプラスになっていくでしょう。

 また、今日「格差拡大社会」といわれています。格差は何時の時代もありますが、それが納得できるか否かが問われています。そういう意味では、格差の問題については、CSRを通じて、積極的に是正することにつながっていくと考えています。格差是正も、社会全体にとって重要であるとともに、企業にとっても重要だと思います。

(文責:李嘉永)