【解説】
国内人権機関は、これまでの行政や司法による人権救済の不備を補う目的で設置しようとするものです。ですから、国内人権機関は、なによりも、市民が安心して相談できる環境を整え、市民から信頼される存在でなければなりません。そのため、国内人権機関は、人権侵害や差別を受けた人びとの相談や苦情申立てをじっくりと親身になって聞き、人権侵害や差別の有無をマイノリティ当事者の視点に立って、冷静かつ客観的に判断しなければなりません。
国内人権機関には、次のような役割が期待されています。まず、人権侵害や差別に関する種々の相談を受け付け、適切な解決方法をアドバイスしたり、適当な救済手続や救済機関をあっせんしたりします。また、人権侵害や差別を受けた人びとからの申立てを受けて、必要な調査を行った上で、人権侵害や差別の有無を判断します。そして、人権侵害や差別があったのではないかと判断されるときは、申立ての相手方(人権侵害や差別をしたとされる者)に、話し合いに応じるよう促します。もちろん、この話し合いは非公開の場で行われなければなりません。話し合いにおいて、国内人権機関の委員や職員は、公正な立場から、申立てた者が納得し、かつ申立てられた者が理解できるような解決に向けて、あっせんや調停などに努めます。
なお、諸外国の国内人権機関の中には、調査に応じない者に対して、行政罰としての過料を科すことができるようにしているところもあります。このような制裁措置に関しては、対象となる者の権利を侵害しないよう十分な配慮が必要ですが、ただし公権力による人権侵害や差別については、国内人権機関に強い調査権限を持たせることが求められます。
申立てた者と申立てられた者が共に満足できる解決に至った場合には、申立てられた者が申立てた者に謝罪し、必要に応じてその旨を公表し、また賠償金や補償金を支払うなどの対応が考えられます。しかし、当事者間で合意が得られない場合は、国内人権機関が、申立てられた者に謝罪や賠償金の支払いなどを勧告することもあります。勧告を受けた者が、それに従わないときは、その者の氏名を公表するといった一定の強制力が必要になる場合もあります。実際に諸外国の国内人権機関には、こうした強制措置を採用しているところがあります。また、当事者が国内人権機関による解決に満足せず、訴訟を提起した場合には、国内人権機関は人権侵害や差別を受けた人びとの側に立って、様々な支援を行うことができます。
国内人権機関によるこうした救済手続は、通常6〜12か月で終えるようにすべきです。また、相談や申立てに際しては、一切の経済的負担を伴わないようにしなければなりません。さらに、申立てを行った人が、報復や不利益な取り扱いを受けないように保護することも不可欠です。
以上が国内人権機関に期待される相談・救済機能ですが、国内人権機関の役割はこれだけにとどまりません。国内人権機関は、あっせんや調停を通じて、さまざまな人権侵害や差別事案を解決することになるため、そこで得られた経験や知見を踏まえて、解決事例集を作成し(もちろん事案の当事者名は匿名で表記されます)、国会に提出するとともに、広く市民に公表すべきです。その結果、どのような事例が人権侵害や差別と認定されたかが、広く社会に知られることになります。こうした事例集の公表は、市民に対する社会教育としての効果も持つでしょう。また、高校・大学や生涯教育のための有力な教材となることも期待されます。
さらに、解決事例の蓄積によって、現在の法制度の不備や行政のあり方を見直す必要性が明らかになることもあります。こうした場合、国内人権機関は、その活動実績をもとに、内閣、国会、あるいは自治体の首長や議会に対して、政策提言や立法提言を行えるようにすべきです。諸外国の国内人権機関の中には、大胆な政策提言を行い、その国の人権状況の改善のために大きな役割を果たしている例が見られます。人権侵害や差別の根本的な原因除去のためにも、国内人権機関にこうした機能と役割を持たせることは不可欠であるといえます。
4-1-3. 自治体の人権救済制度に関する提言
地域の人権問題を地域の実情と特性に合わせて解決していくために、各都道府県及び各市区町村は、人権問題に関する総合相談窓口を設けるべきである。この相談窓口は、国内人権機関や自治体独自の人権救済機関、及び自治体の各部局と緊密な連携を図り、人権侵害や差別の実効的な救済に役立つものとすべきである。
【解説】
人権侵害や差別の多くは、地域における日常生活の中で生じます。したがって、人権侵害や差別の解決に関しては、「市民に一番近い政府」としての自治体が第一次的な責任を負わなければなりません。その主たる理由は、次の2つの点に求めることができます。
第一に、人権問題が有する地域性です。人権問題は地域社会の日常的な生活に密着して生じることが多く、それゆえ、その地域の人間関係や社会事情、またはその地域の有する独特の文化や歴史、因習などを色濃く反映することがままあります。同じ部落差別であっても、地域によってその形態が異なるように、人権問題は地域ごとに様々な様相を見せるのです。そのため、人権問題の解決に際しては、地域の事情に詳しい者がその任にあたることが必要です。当事者それぞれの事情と、問題が生じた地域の特性に合わせて、きめ細やかな対処を行っていかなければ、十分な解決を得ることはできません。ゆえに、人権侵害や差別の解決には、まず自治体単位での対応が必要なのです。
自治体が人権侵害や差別の解決に責任を負うべき第二の理由は、人権問題と自治体事務との結びつきの深さにあります。人権問題は多岐にわたりますが、その多くは、教育、労働、福祉、環境、地域生活といった分野で生じており、これらの領域で市民の安全と安心に責任を負っているのは自治体です。自治体の業務は、市民の日常生活に直結しており、それゆえ人権問題にも密接に関連しているのです。したがって、人権侵害や差別を受けた人びとに対しては、まずもって自治体が救いの手を差し伸べることが効果的であるといえます。
こうした理由に基づいて、私たちの提言では、人権救済における自治体の役割と責任を重視しています。自治体は人権侵害や差別の救済について、第一次的な責任を負うべきですが、その第一歩は、人権侵害や差別を受けた当事者が気兼ねなく相談できる窓口を設けることです。いまでも多くの自治体において、住民が利用できる様々な相談窓口が設けられていますが、そうした窓口は、それぞれの担当部局が決まっており、横の連携がほとんどありません。その結果、人権侵害や差別に苦しむ人びとが相談に訪れても、たらい回しにされたり、店ざらしにされたりといったことが起こりうるのです。
そこで、各自治体には、人権侵害や差別を受けた人びとが、まず初めに扉をたたけるような総合相談窓口を設け、その窓口が水先案内人となって、相談者に最もふさわしい解決をもたらしてくれる方法へと導くことが必要となります。また、自治体の各部局は、自らが担当した事案について、他の部局との協力が事案解決に必要である場合には、積極的に連携をとりあって、人権侵害や差別を受けた当事者に必要な解決策を模索しなければなりません。総合相談窓口には、そうしたときの調整役としての機能も期待されます。
さらに、自治体に国内人権機関や独自の人権救済機関が設けられている場合には、総合相談窓口が核となって、そうした機関と自治体の部局との連携関係を深め、人権侵害や差別を受けた人びとに、多様な救済策をもたらせるようにすべきでしょう。
こうした人権救済のためのネットワークを自治体単位で張り巡らすことが、日常的な人権保障には欠かせないのです。
4-1-4. 国際人権法上の個人通報制度に関する提言
人権救済の手段として、人権侵害や差別を受けた人びとが、国際人権諸条約に基づく個人通報制度を利用できるよう、関係条約の早期批准等を行うべきである。
【解説】
現在日本は、主要な国際人権諸条約として、「経済的、社会的、文化的権利に関する国際規約」(社会権規約)、「市民的及び政治的権利に関する国際規約」(自由権規約)、「あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約」(人種差別撤廃条約)「女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約」(女性差別撤廃条約)、「児童の権利に関する条約」(子どもの権利条約)、「拷問及び他の残虐な、非人道的な又は品位を傷つける取扱又は刑罰に関する条約」(拷問等禁止条約)の締約国となっています。これらの人権諸条約は、その履行を監視するために、それぞれ委員会を設置しています。この委員会には、履行監視の手段として、国家報告制度、国家通報制度、個人通報制度などが設けられています。
中でも個人通報制度は、人権侵害や差別を受けた被害者に対して、国際的な平面で、その救済をはかるものです。すなわち、国内の救済手続を尽くしてもなお、条約上の権利侵害が救済されない事案に対して、個別に審査を行い、条約違反となる権利侵害を認定した際には、その救済を促すために、締約国に対して勧告を行なっています。ただし、そのような勧告は、裁判と同様の法的拘束力を持つものではありません。しかし、こうした勧告が適切に履行されているかどうかについて、締約国に報告するよう求めて、実効性を確保する仕組みを構築しています。この個人通報制度に基づく履行監視によって、多くの国で、人権侵害や差別の被害者が実際に救済され、また、国家報告制度と相まって、各国の人権状況の改善につながっています。人権諸条約のうち、自由権規約、女性差別撤廃条約、人種差別撤廃条約、拷問等禁止条約が、この個人通報制度を採用しています。
ただし、人権侵害や差別を受けた人びとが、この個人通報制度を利用するためには、その被害者を管轄している締約国が、個人通報制度を規定している選択議定書を批准したり、個人からの通報を委員会が審査する権限を認める宣言を行なわなければなりません。日本政府は、「司法権の独立」と矛盾するおそれがあるとして、このような批准・宣言などを一切行なっていませんが、既に多くの締約国が、これらの個人通報制度に関する権限を認めている現状を考えれば、このような理由は説得力をもちません。
また、現在日本の訴訟でも、国際人権諸条約が援用される例が増えていますが、中には、他国の事案に関する個人通報の結果、打ち出された解釈と食い違っている判決も多く見受けられます。このような状況は、国際人権諸条約の規定が、個別の人権侵害や差別の被害者にとって、適切に運用されていないことを意味していますし、履行監視機関から見れば、誤った解釈を行なった結果、条約違反の評価を免れないこととなるでしょう。
そのため、私たち人権市民会議は、日本において人権諸条約が適切に適用され、人権侵害や差別を受けた人びとが、その被害の救済を受けることができるよう、日本が各選択議定書を締結し、また関連規定に基づく宣言を行なうよう提言します。
なお、日本が締結していない人権条約として、移住労働者権利条約があります。この条約にも個人通報制度が設けられていますが、外国人の人権を確立するためにも、移住労働者権利条約をすみやかに締結し、移住労働者権利委員会の個人通報審査権限を認める宣言を行なうことをあわせて提言します。
さらには、2006年8月、障害者権利条約草案が採択されましたが、この条約が早期に発効するよう努力することを、日本政府に求めます。また、この条約が採択された後には、すみやかに締結し、かつ、障害者権利条約上の個人通報制度を受諾するために、当該条約選択議定書をあわせて批准することを提言します。
4-2. 人権の法制度に関する基本的課題
4-2-1. 人権を侵害する法や制度の改廃に関する提言
婚外子の相続分を差別している民法、あるいは外国人に対する差別の一因となっている出入国管理及び難民認定法や外国人登録法など、それ自体が人権を侵害し、または差別を引き起こしている法律について精査し、必要な改廃措置を講じるべきである。また、女性差別・部落差別・婚外子差別などを助長している戸籍制度について、抜本的な見直しを行うべきである。加えて、人権救済を困難にしている行政及び司法上の法制度や慣行を洗い出し、適切な修正・変更を加えるべきである。
【解説】
人権侵害や差別の救済については、個別的な事案を解決することも重要ですが、それらを生み出している根源的な要因を取り除くことも不可欠です。その一つの方策が、人権侵害の原因となっている法律や制度を根本的に改廃することです。これを行わなくては、個別的な事案をいくらその場で救済していっても、根本的な解決にはつながりません。
では、具体的にどのような法制度が問題となるのでしょうか。これについては、それぞれの人権分野において、当事者団体などから数多くの問題のある法制度が指摘されています。提言の中では、いくつかの代表例に絞って例示しましたが、これらはあくまで例示であって、わたしたちが問題視している法制度が、ここに挙げられたものに限られるわけではありません。
提言でまず取り上げたのは、婚外子の相続分差別規定です。民法900条4号但書では、「嫡出でない子の相続分は、嫡出である子の相続分の2分の1」と定められ、法律婚関係にある男女の間に生まれた子どもと、法律婚関係にはない男女の間に生まれた子ども(婚外子)の間で、相続分に格差を設けています。この規定が設けられた理由は、民法の法律婚主義を守るためであると説明されていますが、しかしながら、子どもにとっては、自分の親が法律婚の関係にあるかないかは、直接的に関与できない問題であり、不当な差別であるといえます。そのため、国際的に見ても、多くの国で婚外子の相続分差別規定は廃止されており、現在でもこうした規定を有するのは、日本とフィリピンの2ヵ国のみです。
さらに問題なのは、こうした規定の存在が、婚外子に対する社会的な差別の原因になっているということです。相続分が法的に差別されているということは、換言すれば、国家が公的に婚外子の存在を否定的に見ているということであり、それが社会に根づく婚外子差別を固定化し、正当化することにつながっているのです。その結果として、婚外子に対する蔑視や侮辱、あるいは就学、就職、結婚などにおける差別を助長することにもなります。このような状況を改善するためには、婚外子への差別を個別的に救済するのみではなく、その淵源となっている相続分の差別規定を廃止することが欠かせないのです。
同様のことは、外国人法制についてもいうことができます。現在の入管難民法や外国人登録法は、その第1条の目的規定にも示されているとおり、外国人の「管理」を目的としており、外国人との共生という視点に欠けています。外国人登録法によって、外国人には外国人登録証の携帯が義務づけられており、警察官等がその提示を求めた場合には、これに応じなければなりません。(同法13条2項)また、入管難民法上の在留資格制度は、外国人の入国と活動を著しく制限しており、これに反した外国人を退去強制にすることによって、居住・移転の自由や家族との結びつきを脅かしています。加えて、2006年の入管難民法の改正によって、外国人は入国審査時に指紋採取や顔写真撮影が義務づけられるようになり、ますます管理体制が強化されました。
こうした法制度が、外国人に対する蔑視や恐怖感を助長し、外国人差別を生み出しているという面は否めません。数年前に、各地の防犯協会が、「○○人を見たら110番」というチラシをつくって問題になったことがありましたが、このようなことが起こる背景にも、「外国人は管理しなければ何をしでかすか分からない」という意識が影響を与えていると思われます。したがって、外国人差別を無くしていくためには、個別の事案解決だけではなく、外国人の管理を目的とした法制度を改め、一人一人の外国人の尊厳と人格を尊重した法制度へと組み替えていかなくてはならないのです。
また、複数の人権問題の原因となっている法制度もあります。その代表例が明治以来の戸籍制度です。明治政府は、国民を家単位で管理しようとし、そのために家ごとに戸籍をつくらせ、戸籍によって出生、婚姻、死亡などの個人情報を管理しようとしました。こうした制度は、世界的にも希有なものですが、個人主義を採用した現行憲法のもとでも、この戸籍制度は維持され、現在に至っています。そのため、女性は戸主である夫や父親に従属するものという意識がいまでも残存し、女性の地位向上を妨げるひとつの原因となっています。また、先に挙げた婚外子差別も、家を単位として個人を管理しようとする発想から生まれるものです。戸籍制度においては、法律婚関係にある男女のみが正当な家を形成することができ、戸籍を持つことができます。それゆえ、婚外子は、戸籍制度から外れた者と考えられ、それが法的・社会的な差別を生み出す一因となったのです。
同様に、部落差別においても、戸籍は重要な要因となっています。戸籍には親と出生地が掲載されるため、戸籍を遡れば、その人のルーツを容易に知ることができます。部落差別は、被差別部落の出身者や居住者に対する差別ですから、戸籍を悪用すれば、部落差別に利用することも可能となります。実際に、近年でも悪質な身元調査が続いており、そこでは戸籍の不正取得が問題となっています。
1872年(明治5年)に日本で最初につくられた「壬申戸籍」は、皇族から平民まで身分ごとに分けて戸籍を編成し、その中で被差別部落の出身者には、「新平民」などといった特殊な記載が行われました。現在では、この壬申戸籍は閲覧できませんが、もともと戸籍は家だけでなく、身分で国民を分別し、管理しようとするためのものでもあったのです。こうした歴史を考えれば、戸籍制度を抜本的に改め、諸外国のように、出生、婚姻、死亡などをそれぞれ個人単位で登録する制度に切り替えていくべきでしょう。
これらに加えて、わたしたちの提言では、人権救済を困難にしている行政及び司法上の制度や慣行の修正・変更も求めています。行政上の制度・慣行としては、縦割り行政がその最たるものといえます。どこの国にも行政の縦割り化やセクショナリズムは存在しますが、日本ではその弊害が顕著です。
例えば、法務省には人権救済を担当する部局として、人権擁護局が存在しますが、縦割り行政の中にあっては、人権擁護局といえどもすべて人権問題に関与することはできません。労働者の人権は厚生労働省、労働者の中でも船員の人権は国土交通省、教育現場における人権問題は文部科学省といった具合に、管轄の区分けが厳然として存在し、その境界線を越えることはできない慣行になっています。しかし、こうしたことをしていては、人権侵害や差別を受けた人びとに実効的な救済を行うことはできません。効果的な人権行政を行っていくためには、省庁の垣根を排し、互いに連携をとっていくことが不可欠です。
同じように、司法についても、人権救済を阻害するような法制度や慣行が存在します。原則として裁判は、当事者の訴えに基づいて行われますが、人権侵害や差別を受けた人びとは社会的弱者である場合が多く、裁判を起こすのには多くの負担が伴います。こうした司法制度の在り方を変えなければ、裁判所は人権侵害や差別を受けた人びとの前に壁をつくってしまうことになります。
また、判検交流や訟務検事の制度も人権救済という面から見た場合、問題が多いといえます。判検交流とは、裁判官と検事の人事交流のことですが、こうした人事交流が頻繁に行われれば、裁判官と検事の間に一種の仲間意識が生まれ、裁判官の独立性を損なうことになります。そして、そのことが、裁判官を社会的マイノリティである人びとから遠ざけてしまうことになるのです。この弊害は、訟務検事の制度に端的に表れます。訟務検事とは、国と国民が裁判で争う際に、国側の代理人となる検事のことですが、この役割を判検交流で検事となった裁判官が担うことが多いのです。訟務検事となった裁判官は、国民と対峙して、国民の訴えを斥けることに努力します。そうした経験を経た裁判官が、再び裁判官としての職務に戻ったとき、国の人権侵害を訴える国民の声に虚心坦懐に耳を傾けることができるでしょうか。どうしても疑問が残ります。
近年、司法制度改革や行政改革が叫ばれ、裁判員制度など様々な新しい制度が導入されましたが、人権救済という観点から見た場合、状況を好転させるような改革はなされていないように思われます。私たちは、人権の視点に立った行政改革や司法制度改革が必要であると考えています。そのためには、人権救済を困難にしている行政及び司法上の法制度や慣行を洗い出し、必要な修正・変更を行うことが不可欠です。
4-2-2. 人権基本法の制定に関する提言
人権基本法を制定して、(1)人権があらゆる場面で尊重されるべき規範であることを確認し、(2)「人権」、「人権侵害」や「差別」の定義を明確にし、あわせて(3)人権保障に向けた政府および自治体の責務を明らかにすべきである。同法は、先住民族であるアイヌ民族、沖縄コミュニティの人びと、外国人、民族的少数者等の言語、文化および伝統を尊重し、多民族・多文化共生社会の構築を目指すものとすべきである。
【解説】
現在、日本には、人権について体系的に定めた法律は存在しません。もちろん、憲法は人権保障の基礎法であり、そこには種々の人権が規定されていますが、憲法は主として、国家と市民の間における人権保障について定めた法であり、市民と市民の間で生じる人権侵害や差別については、直接適用することはできないとされています。しかしながら、人権は単に国家から個人を守るためだけのものではないはずです。人権は、いつでも、どこでも、誰にでも保障されるべき普遍的な価値であり、それが国家によるものであれ、市民によるものであれ、すべての人権侵害は人間の尊厳を傷つける反社会的な行為とみなされなければなりません。そこで、私たちは、あらゆる領域において人権を保障するために、人権基本法の制定を提言します。このような法律を制定することによって、人権がすべての生活領域において守られなければならない普遍的な価値であることを確認し、宣言するのです。
また、この人権基本法では、人権の定義や差別の定義を明確にすることが必要です。なぜならば、これまでの法解釈では、人権や差別の定義があいまいであったため、人権侵害や差別として禁止される行為の範囲が意図的に狭められ、多くの人権侵害的な行為や差別的な行為が黙認されてきたからです。例えば、セクシュアル・ハラスメントは近年になるまで「職場の潤滑油」として黙認され、それが女性の人権侵害であると認識されるに至ったのは、ごく最近のことです。児童虐待についても、かつては「しつけ」の一部とされ、見逃されてきました。これらは現在では人権侵害であるとみなされるようになりましたが、いまでも人権侵害とは認められないまま捨て置かれている行為が多々あります。同性愛者を平然とからかいの対象にするような行為がそうですし、外国人を侮蔑するような行為も横行しています。したがって、何が人権侵害なのか、あるいは何が差別なのかを明らかにし、そうした行為を反社会的なものとして明確に位置づける必要があります。
では、具体的にどのような定義が考えられるでしょうか。例えば、「人権」の中には、日本国憲法上の人権だけではなく、日本が批准又は加入している人権諸条約上の人権も含まれることを明記すべきです。そして、差別とは、人種、民族的・国民的出身、皮膚の色、国籍、性別、年齢、言語、信条、社会的身分、職業、門地、出生、婚姻上の地位、家族構成、障害、疾病、性的指向、性的自己認識、病原体の保持、犯罪歴の有無などを理由とする不当な区別・排除・制限であることを明らかにし、これまで法的には差別とはみなされてこなかった差別事象にも、救済の網の目を広げるべきです。また、虐待には、身体的虐待だけではなく、性的虐待、ネグレクト、心理的虐待経済的虐待などあらゆる虐待を含めることが必要です。こうした定義を法律で定めておけば、人権救済の及ぶ範囲も自ずと拡大することになります。
そして、人権基本法には、人権侵害や差別を救済したり予防したりする責務が、政府や自治体にあることをはっきりと謳わなければなりません。憲法には、人権の内容に関する規定は種々あるものの、それをどのように保障し、人権侵害や差別を誰が予防・救済する責務を負うのかは明確に規定されていません。いうまでもなく、市民の人権を保障する責務は政府や自治体が負っているのであり、その責務をまっとうすることこそが、政府や自治体の存在意義であるといえます。このような当たり前のことを、当たり前のこととして実現するためにも、政府や自治体の人権保障責務を定めておく必要があります。
加えて、人権基本法には、先住民族であるアイヌ民族、沖縄コミュニティの人びと、外国人、民族的少数者の言語・文化等の尊重を謳い、多民族・多文化共生社会の構築を目指すものとしなければなりません。憲法の人権規定は、至る所で「国民」という用語を使い、まるで人権が「国民」だけのものであるかのような文言になっていますが、いうまでもなく、人権は外国人を含むすべての人びとの権利です。また、日本の近代化は、アイヌ民族や沖縄コミュニティの人びとの尊厳や独自性を奪うことによって押し進められましたが、こうした行為が個人の尊重を基調とする人権思想に反するものであることは論を待ちません。これまでの「単一民族幻想」から抜け出て、日本が多民族・多文化社会であるという前提に立たなければ、真の人権保障は実現されません。このことを明らかにするのも、人権基本法の重要な役割といえるでしょう。
4-2-3. 当事者別差別禁止法の制定に関する提言
女性、子ども、障害者、部落出身者、外国人等に対する人権侵害や差別については、それぞれの当事者の特性に配慮し、各当事者別に差別禁止法を制定すべきである。その際、差別禁止規定は、一般的・抽象的な文言にとどまらず、差別禁止事由と差別行為を明記するとともに、意図的ではない差別、伝統的な文化や慣習に基づく差別、複合差別及びパターナリズム(温情的父権主義)に根差す差別の禁止も盛り込むべきである。
【解説】
差別禁止法は主に、(1)既存の法制度の不備を是正する、(2)人権侵害や差別の反社会性を国家として表明する、(3)裁判所や国内人権機関の判断基準を明確に示す、という目的から制定されなければなりません。
日本には一般的な差別禁止法や、包括的な差別禁止規定を持つ法律が存在しません。日本国憲法は、「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」(14条1項)と規定していますが、日本国憲法上の平等原則は、市民と市民の間で生じる差別事象には直接的に適用されません。また、人種差別を非難した人種差別撤廃条約など、差別を禁止した国際人権諸条約は、条約締約国間の約束であり、その法的義務は締約国が負うことになっており、差別を受けた個人を直接的に救済するものではありません。このように、憲法を含む既存の国内法や、国際人権条約だけでは、様々な差別事象、特に市民と市民の間で生じる差別行為に十分に対応することができません。
したがって、差別禁止法を制定し、人権侵害や差別を明示的に非難する規定を設ける必要があります。これによって、国内において人権侵害や差別が正当化されない行為であることを示すと同時に、国際社会に対し、日本が人権侵害や差別を許容しない国であることを強く示すことにもなります。
差別には、さまざまな種類が存在します。特定の個人又は社会的集団を直接的に不当に扱う直接差別、一見すると差別的ではないものの結果的に他と比べて格差を生み出す間接差別、伝統的な文化・習俗・因習等を基とした慣習的差別、ある被差別集団に属する人が、別の被差別集団にも属していることを要因として何重もの差別を受ける複合差別などです。また、力関係上強い立場にあるものが、弱い立場のものに対して、弱い立場のものの利益を謳ってその行動に介入・干渉するパターナリズムに基づく差別もあります。さらに、そもそも差別とは認識されておらず、救済の必要性さえ自覚されないまま、見過ごされている差別事象も多々存在します。
いかなる根拠による、いかなる差別も正当化されないという原則に立てば、どのような種類の差別も根絶されなければならず、あらゆる種類の差別を禁じた差別禁止法が必要です。一方で、すべての差別行為に対する規制を一つの法律で行うことは無理があります。なぜならば、差別の理由や形態は、差別を受けやすい当事者の属性や状況によって、それぞれ異なるからです。そこで、私たちは、当事者別の差別禁止法を提言します。それは、各被差別集団には、共通性や近似性があると共に、それぞれの集団に特有の特性があるからであり、その特性に配慮した法律としなければ、実効的な差別の予防や救済ができないと考えるからです。
例えば、女性への差別では、性別、婚姻関係の有無、妊娠、家族状況などが差別事由となり、また障害者への差別では、障害の種類と程度、病原体の存在、補助具の使用等が差別事由となります。あるいは、差別の根本にある要因として、外国人への差別では人種主義や民族主義、性的マイノリティへの差別では、支配的な異性愛中心主義という規範が挙げられます。歴史的背景についていえば、部落差別では、近代以前に確立された身分制度に基づく根強い差別が、慣習的に後世に引き継がれてきたこと、婚外子差別では、明治民法に採用された家制度の下での家督相続の順位や子の順位重視の考え方が伝統的に踏襲され、現行民法にもその残滓として、婚外子への相続分差別が規定され続けていることが挙げられます。
種々の差別事象は、全体として共通性・近似性を持つものの、それぞれに固有の特性も有しています。こうした様々な差別事象に効果的に対処し、被差別者に対する実効的な救済を実現するためには、個々の差別事由と差別形態に即した当事者別差別禁止法が必要なのです。
4-2-4. 国や自治体の総合的な人権行政推進体制の確立に関する提言
人権があらゆる場面で尊重される社会を創るため、国はすべての省庁における人権関連施策の総合調整を図るとともに、人権施策に関する企画立案機能を持った内閣府人権庁を設置すべきである。同様に、各自治体においても、人権施策に関する総合調整機能を持った行政部局を設けるべきである。国および自治体は、人権施策の実施にあたって、縦割り行政の弊害を排し、総合的・計画的な施策実施を推進するために、人権施策推進指針等を策定すべきである。
【解説】
本提言の4-1-1でも述べているように、実効的な人権救済のためには、国内人権機関の設置が喫緊の課題ですが、日常的な人権保障のためには、人びとの日々の生活に責任を負っている国や自治体の人権行政体制を整備することが不可欠です。現在でも、国や自治体は、福祉、教育、労働、環境など様々な分野で、人権にかかわる施策を実施していますが、日本では行政の縦割りが堅固なため、全体的な統一性や横の連携が図られないまま、場当たり的な施策実施がなされているのが現状です。
こうした状況を改めるには、人権施策にかかわる総合調整と企画立案機能をもった行政セクションが必要となります。現在の人権施策は、全体を鳥瞰するコーディネーターがいないまま、各所で対症療法的な施策が個別に実施されているため、体系性に欠けています。そこで、人権施策全体を統括するようなセクションを設け、計画性をもった施策展開を行う必要があります。かつて、同和行政の一体的な推進のために、総理府同和対策室(後に総務省地域改善対策室に改編)が設けられていたように、人権施策についても、中央司令塔の役割を果たすセクションを設置すべきです。
こうした組織の設置方法としては、独立した省庁として設置するという方法と、どこかの省庁の内部部局として設置するという方法の二通りが考えられますが、人権施策はあらゆる行政分野にかかわる広範なものであるため、特定の省庁の内部部局とするよりは、独立した省庁とする方が、より強力に調整機能を果たすことが期待できます。この場合、「人権省」といった新たな省を設立することも想定できますが、私たちの提言では、内閣府の外局として、「人権庁」(仮称)を設置することを求めています。内閣府は、「広範な分野に関係する施策に関する政府全体の見地からの関係行政機関の連携の確保を図るとともに、内閣総理大臣が政府全体の見地から管理することがふさわしい行政事務の円滑な遂行を図ること」を任務としており(内閣府設置法3条2号)、「行政各部の施策の統一を図るために必要となる…企画及び立案並びに総合調整に関する事務」(同4条)をつかさどる官庁です。ここに、人権施策の中央司令塔として人権庁を設けることが、人権施策の一体的・計画的な推進のために効果的な方法であると、私たちは考えます。
同様のことは、自治体についても当てはまります。各自治体においても、種々の人権施策が日々展開されていますが、それらを束ねる機能をもったセクションが存在していません。そのため、自治体内部の縦割り化によって、それぞれの施策が横のつながりを持たないままに実施されているという現状があります。国の場合と同じく、こうした実態は人権問題の解決のためには好ましくありません。そこで、私たちの提言では、自治体においても人権施策全体を見渡し、調整と企画立案を行うような部局を設けることを提言しています。現在でも、数多くの自治体で、「人権」の名を冠する部局が設置されていますが、それらはかつての同和行政の担当部局が衣替えしたものである場合が多く、必ずしも人権施策全般を統括するような役割を担っているわけではありません。私たちは、名実ともに人権施策の中核を担うような機能と権限をもった組織を、各自治体の中にも設置すべきであると考えています。
また、総合的な人権施策を展開していくためには、組織整備だけでは十分とはいえません。人権施策の実施に際しては、その体系性・計画性を確保するために、中長期的なプランを策定する必要があります。そのために私たちは、人権施策の実施にあたって、人権施策推進指針などを作成することを提言しています。もちろん、こうした指針の立案に際しては、マイノリティ当事者や市民の参画を確保するとともに、その意見を積極的に採り入れ、かつ指針の実施状況についても、常にモニタリングを行って、適宜、修正・変更を加えていかなければなりません。このような体制を整えて、はじめて実効的な人権施策が展開できるのです。
4-2-5. 人権教育・啓発の推進に関する提言
国や自治体は、あらゆる領域で人権教育・啓発が計画的に推進されるよう、積極的に条件整備をすべきである。その際、人権教育・啓発推進法および人権教育のための世界プログラム等を活用すべきである。人権教育・啓発の実施にあたっては、人権侵害や差別を受けている人びとをエンパワーメントするとともに、人権侵害や差別を傍観する者をなくすよう配慮すべきである。とりわけ、公権力を行使する人びと、法を執行する人びと、及び人権との関わりの深い職業に従事している人びとに対しては、それらの人びとが人権侵害や差別を行うことのないよう、重点的な人権教育・啓発を実施すべきである。
【解説】
社会において人権が尊重され、人権侵害や差別の発生を予防するためには、人権教育や人権啓発を行なうことが重要です。すでにこれまで、人権NGOの働きかけの結果、学校や企業、行政内部、そして広く社会一般において、人権教育・啓発の取り組みが進められてきました。しかし残念ながら、日本社会では、人権侵害や差別があとを絶たず、むしろ近年は、インターネット上でのマイノリティ当事者に対するバッシングが横行するなど、人権の保護促進にとって逆行する動きも見受けられます。
したがって、今後はさらに一層の人権教育・啓発の取り組みを進める必要があります。そのために、国や自治体は、さまざまな領域で人権教育・啓発が推進されるよう、条件整備を行なうべきです。その際には、単に散発的に行なうのではなく、計画的に進めるべきです。そのような計画を策定するにあたっては、「人権教育及び人権啓発の推進に関する法律」や、国際連合を中心として進められている人権教育の取り組み、特に「人権教育のための世界プログラム」に示されているガイドラインを積極的に活用すべきです。とりわけ、「現状の分析」、「優先課題の設定と実施戦略の策定」、「実施・監視」、「評価」といった一連のプロセスを組織的・体系的に進めるよう提言します。
人権教育・啓発は、単に人権侵害や差別を行なうおそれがある人を対象にするものではありません。人権侵害や差別を受けて、自信や自尊感情、将来展望を失ってしまった被害者が、前向きに生きていけるように、自信などを回復する「エンパワーメント」の側面を重視する必要があります。また、直接の加害者や被害者ではない人びとが、人権侵害や差別を目の当たりにしたときに、決して傍観することなく、被害を受けた人びととともに人権侵害や差別をなくしていくという意識や行動を育むよう、配慮するべきです。そのためにも、各人が、人権意識を高め、人権を守るスキルを身に付け、そして実際の行動に結びつくような、プログラムやカリキュラムを策定するべきです。
職務上、人権との関わりの深い職業に従事している人びとに対しては、特に重点的に人権教育を行なう必要があります。とりわけ、警察官や刑務官、出入国管理にかかわる収容施設の職員、医療や福祉関係職員、さらにはメディア関係者などのいわゆる「特定職業従事者」が、その職務を遂行するにあたって、人権を尊重しなければ、人権侵害による被害は極めて過酷なものとなるでしょう。また、特定職業従事者が、差別意識や偏見を払拭していなければ、マイノリティに対する人権侵害に拍車をかけることとなります。このようなことが生じることのないよう、職務内容に沿った人権教育・研修を行なうよう提言します。また、司法に携わる人びとが、人権侵害や差別に対する適切な司法救済を行なうことは、人権の保護・促進にとって極めて重要です。したがって、憲法や国際人権諸条約上の人権規定を適切に解釈・適用できるよう、法曹教育に人権教育を系統的に盛り込むことを提言します。
4-2-6. 国際人権システムの活用に関する提言
個別の人権侵害事案を解決し、また再発を防止するために、国際人権機関が日本政府や自治体等に対して行った勧告を適切に受け入れるべきである。また、国連人権理事会の理事国として、日本は世界の人権状況の改善のため、積極的な役割を果たすべきである。同時に、グローバルな視点から日本の人権状況を見直す姿勢を絶えず堅持すべきである。
【解説】
前述したように、国際人権諸条約は、条約の履行状況を監視し、条約上の人権保障義務の履行を促すために、国家報告制度を設置しています。この制度に基づき、各締約国は、人権条約の履行状況に関する報告を定期的に各委員会に提出し、これを受けて各条約委員会は、人権NGOが提出したレポートも踏まえて、履行状況を審査し、人権保障が充分ではないと判断した場合には、その改善について勧告を行なっています。この勧告には、中央政府に対するものだけではなく、地方自治体に向けたものも含まれています。
また、条約監視機関のほかにも、国際連合の下部機関である人権委員会(2006年、人権理事会に改組)や、人権の促進及び保護に関する小委員会(人権小委員会)が、個別人権課題の改善や、個別締約国内の一般的な人権状況の改善のために、多くの勧告を行なってきました。このように、国際社会でも、人権システムが構築されてきています。
しかし、日本はこれらの勧告を誠実に履行しているとはいえません。その結果、人権侵害や差別を受けている人びとが、国際人権条約上認められている権利を適切に享有することができない状況が生じています。このような事態を改善するために、国際機関の勧告を誠実にうけとめ、人権侵害や差別の救済を進め、再発予防に努めるべきです。
また、国際連合は、1945年に創設されて以来、人権の促進保護を図ってきました。さまざまな人権課題について研究を進め、国際人権諸条約をはじめとする人権基準を策定し、また、深刻かつ組織的な人権侵害に対しては、その被害者からの通報を受けて、その解決を図ってきました。そして今日では、国際的な課題のあらゆる側面に人権保障の観点を織り込むべく、「人権の主流化」を図っています。
さらに、2006年には、経済社会理事会の下部機関であった人権委員会を、総会の下に設置される人権理事会へと改組し、機構的にも人権の重要性を高めてきています。しかしながら、人権理事会の活動内容が未だ明確ではなく、また、人権委員会と同様の政治化を危ぶむ意見も見受けられます。
日本は、この人権理事会の理事国に選出されました。そこで、国連人権理事会をはじめとする人権システムが機能不全に陥らないよう、理事国として、人権の促進と保護のために、積極的な役割を果たすよう求めます。特に、人権委員会の下で培われた様々なメカニズム(個別人権課題や各国の人権問題を調査・研究する作業部会や特別報告者制度など)の存続が危ぶまれています。これらの仕組みが人権の促進保護にとって極めて重要であることを認め、可能な限り維持存続できるよう、積極的に働きかけることを日本政府に求めます。また、この理事会では、全ての加盟国を審査する「普遍的定期審査メカニズム」(universal periodic review mechanism)の設置が予定されていますが、このメカニズムが適切に機能するよう、理事国として努力すべきです。
人権理事会の理事国は、人権の促進と保護に関する最高水準を守ることを約束しています。実際に日本は、理事国に立候補するに当って、人権の促進保護に関して誓約書を公にしました。したがって、理事国として恥じることのないよう、日本国内の人権水準をたえず高めていく努力を続けなければなりません。そのためにも、各条約機関の勧告や、今後整備される普遍的定期審査メカニズムを通じて、国際社会からの指摘に誠実に対応するよう求めます。
4-2-7. 東アジアにおける地域人権システムに関する提言
東アジア地域の政治的・経済的な相互依存関係の深化、ならびに文化的土壌の近似性を考えれば、日本国内で人権の法制度を整備・充実させることは、近隣の東アジア諸国の人びとの人権状況の改善にとって積極的な意味を持つ。したがって、日本国内の人権法制度の構築に際しては、東アジアの人びとの人権状況にも思いをはせ、将来的には東アジア地域における人権保障システムの構築を目指すべきである。そのための第一歩として、速やかに国内人権機関を設置するとともに、アジア・太平洋国内人権機関フォーラムに加盟し、東アジアにおける地域人権システム構想に向けた国際的努力に積極的に参画すべきである。
【解説】
東アジア地域では、中国などの市場経済化が進み、中国・韓国・台湾・モンゴル・ロシアの極東地域などと日本は、地域的な経済圏を形成しつつあります。その結果、同地域内の資本・物資・労働力・情報などの移動も非常に活発になり、WTO体制を基軸として市場経済ルールという共通基盤が整い、この地域は経済的に発展しつつあります。 東アジアの経済的発展による大規模なひとの移動によって、同地域諸国の社会構造も変化しており、日本においても、地域内諸国や地域外諸国からの移住労働者が増えつつあります。また、日本には、かつての植民地支配の影響から、現在でも45万人に上る韓国・朝鮮籍の人びとが在住しているため、経済のグローバル化や東アジアの市場経済化の影響ともあいまって、ますます多文化共生社会に向かっています。しかし、日本では、多文化共生社会に見合った人権施策がとられているとはいえません。 日本は、東アジアや他の地域から多くの移住労働者を受け入れていますが、多くの場合、移住労働者の「労働力」としての側面のみが重視され、移住労働者の人間としての尊厳が軽視される傾向にあります。在日外国人は、日本で経済活動に参加し、就業・医療・福祉・教育など、地域社会の中で日本人と同様のニーズのもとに生活しているにもかかわらず、外国人憎悪の対象とされ、不当解雇、賃金未払い、過酷な労働条件などによって、労働者の権利を侵害されています。また、医療・福祉の面でも、さまざまな制約を課され、普通教育を受けられない子どもも少なくないなど、さまざまな人権を侵害あるいは制約されています。さらに、外国人女性が人身取引の対象とされる場合もあります。このように、残念ながら日本社会の現状は、「多文化共生」とは程遠いものとなっています。 東アジア地域では、貿易や投資などを通じて相互依存関係が深化し、共通の市場が形成されつつあり、地域に共通する経済ルールも浸透しつつあります。しかし、この地域の人びとの暮らしを豊かにするための共通の人権政策や労働政策などはほとんど模索されていません。 これまで日本の市民運動は、外国人の人権をまもるために、活発に活動してきました。外国人をめぐる日本の法制度のあり方についても、積極的に提言してきました。こうした運動は、移住労働者の出身国の市民運動とも深く連帯し、情報、経験や知恵を交流しあって進められています。国境を超えた市民同士の連帯や交流によって、人権問題の解決のための国際的ネットワークもできつつあります。今後は、相互依存関係が深まりつつある東アジア地域でも、人権問題をめぐる市民間の国境を超えたネットワークが芽生えてくるものと思われます。 私たちの提言は、日本国内での人権状況をより良くするための政策提言です。それと同時に、東アジアの人びとの人権状況にも思いをはせ、東アジアに共通する人権政策などの議論に向けて問題の所在を示し、東アジア地域の人びととの連帯や協働のきっかけになることも願っています。 東アジアはいま安全保障の面でとても不安定な状況にあり、国家間の緊張関係が続いています。しかし、他方で、先にも述べたように、ひと、資本、情報などの行き来と交流がとても頻繁で、この地域に暮らす人びとの間に東アジア地域市民という連帯感が出来つつあります。また、芸術・文化・スポーツ・学術交流等の面でも、東アジア地域内の交流が深まっています。こうした環境をさらに発展させて、将来的には、東アジア地域における人権システムの構築を目指すことが期待されます。そのための第一歩として、日本は速やかに国内人権機関を設置するとともに、アジア・太平洋国内人権機関フォーラムに加盟し、東アジアにおける地域人権システム構想に向けた国際的努力に積極的に参画すべきです。