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2007.02.20
意見・主張
  
国連人権理事会IMADR・BLHRRIインターン報告

2006年9月18日-10月6日

スティンソン純


 2006年12月27日に国連人権理事会は今年3度目の会合を開いた。国連人権理事会は長期間続いた政治化に関する論議の末に今年の6月に国連人権委員会から発展的に生まれた。

 わたしはIMADR・BLHRRIインターンとして2006年9月18日-10月6日に参加した。わたしは、米国スクリプス大学で社会学を学びながら、同時にカリフォルニアと日本でマイノリティの人権擁護組織の活動に参加してきたので、草の根政治学に興味があり、個人および地域に根付いた組織が社会を人権尊重へと変革するプロセスに参加し続けたかった。今回、国連人権理事会にインターンとして参加したことで、人権擁護を国際レベルで推進するためには、国連への積極的なNGOの参加が不可欠であることを体験的に知ることができた。

 IMADR・BLHRRIのインターンとして国連人権理事会に参加したことは光栄だった。この経験は、人権擁護活動を推進するためには、国連人権理事会に代表を送り、他のNGOや国代表とネットワークを作ることがいかに大切かを認識させてくれた。

 三週間の期間中ずっと、NGOが評議会でロビー活動をすることの困難さを体験した。そもそもNGOは2-3分というあまりにわずかの時間しか発言が許されていなかった。そのため、しばしば他のNGO(時には17ものNGO)と協同して、ひとつのメッセージを出すしか意見を発表することができなかった。同時にわたしは国連人権理事会におけるIMADRの役割の大きさを実感した。三週間の期間中ずっと参加し続けた唯一の日本の代表であり、多くのマイノリティ人権のための声を国連に届ける役割を果たしていた。

 マイノリティ、人種憎悪、宗教への不寛容、そしてジェンダー

 ドゥドゥ・ディエンさんの人種差別と不寛容の実態報告(E/C/2006/17; E/CN4/2006-S4)は最重要課題として提出されたテーマだった。彼は日本、ブラジル、スイス、ロシアでの調査に基づいて、今後どのように人種差別と不寛容とに戦い続けるかを提起した。彼は国際レベルでの、そして特に日本における人種差別の綿密で正直な報告を発表した。ディエンさんは2005年7月の日本での調査にあたって、IMADRと協働する機会を持った。彼の結論によると、日本は部落、アイヌ、沖縄、在日コリアンと中国人またその他の外国人への差別と不寛容の問題に直面している。彼は日本はその学校教育教科書にマイノリティの正確な歴史の記述をする必要があることを強調した。

 ディエンさんは、日本を始めとする調査対象国における人種差別は、その歴史に深く根ざしていることを指摘した。ゆえに変革のためには、偏狭なナショナリズムを排し、多様性を受容するために、正しい歴史が学校で教えられなければならないと強調した。

 マイノリティ問題のエクスパートであるゲイ・マクドゥーガルさんもまた、マイノリティーが今日直面する現状を報告した。彼女はマイノリティの権利と平等を促進する政策および、排他性への闘いは社会全体の安定のために不可欠であるからこそ、マイノリティのコミュニティの課題に対して焦点が向けられる必要を語った。(E/CN.4/2006/74,2)

 アズマ・ジャヒンジャーさんとドゥドゥ・ディエンさんは共同で「人種的かつ宗教的差別扇動と寛容の推進」という報告をし、特定の宗教的信仰を攻撃対象にした暴力は許されないことを主張した。ディエンさんは彼らのこの共同報告をフォローする長期計画を提案した。たとえば2005年のデンマークの新聞紙上の政治的漫画のような問題の構造を明らかにするには、法的戦略が必要であること。人種差別と外国人恐怖を扇動する政治組織に対応する政治的戦略の必要性。最後に、宗教差別と人種差別を知的に歴史的に検討する知性的戦略の推進を呼びかけた。

 人身売買に関する報告はいくつかあった。このテーマはわたしが大学時代から日本と米国とで関わり、研究もした分野なので、その報告には特別の関心を持った。移民女性にとって人身売買は重要な課題である。なぜ移民女性が性産業のような極めて危険な労働に就くことを余儀なくさせられているのか、グローバリズムの社会経済状況の中での分析が重要だと思った。

 わたしは、人種差別について語るのであるならば、ジェンダー差別についても同時に視野にいれておくことが必要だと強く信じている。この二つの要素がわたしたちの社会の日常の中で同時に検証されなければならない。人種的マイノリティ女性はきわめて弱い立場におかれている。

 ムノズ・ヴィヤロボスさんは少女たちの教育を受ける権利(E/CN.4/2006/45)を報告した中で人種マイノリティの女子の学校就学率の低さ(E/CN.4/2006/45, 13)を強調した。また彼は、「家父長制度は女性を男性に従属させる抑圧構造であるだけでなく、性、人種、社会文化的背景などへの抑圧と分かちがたく結びついた構造である」と語った。(E/CN.4/2006/45, 6)

 これはマイノリティーに関する問題の重要な視点だと思う。家父長制支配がぬきがたく存在する社会構造が、さまざまな人権侵害の抑圧のサイクルを維持し続けているのである。

人権委員会から人権理事会への移行

 今年は、1946年に設置された人権委員会が人権理事会に組織替えされた移行の年である。そのため、評議会期間中の討議時間の多くが、人権理事会の新たな機能や構造について費やされた。

 この評議会の機能の一つとして論議されたのは、全ての国の人権侵害を検討するUPR(世界定期レビュー)である。UPRのレビューは対話をベースに共同作業で作成し、政治的にならないようにすること、調査と報告書作成のプロセスが透明であること、レビューは人権理事会の他の調査報告と同じにならないことなどが提案された。多くの国代表が対話による共同作業と透明性を支持する意見を出した。会合の頻度は3-6年と提案され、各国の報告には2-3時間を振り当てることも提案された。

 また別の機能として論議されたのは、ECOSOCの決議1503に基づく1503プロセスと呼ばれるものである。これは理事会が、あからさまな人権侵害についての度重なる報告を受けた場合、それを問題として討議するというものである。報告は匿名では受け付けられないが、調査はその国の同意を必要としないというものだ。理事会は1503を引き続き維持することに同意した。

 特別手続きの一つとして、Fact Finding Mission (事実調査使節)が論議された。これは、理事会がエクスパートを派遣して、その国の人権侵害問題を調査させるものだ。この機能に関しては、自国が調査のターゲットにされ、政治的批判対象にされることを恐れる国代表からは、憂慮の意見が出された。

インターン経験を終えて

 理事会の最後に、大半の決議が採択されることなく、次回の会合に廻された。ルイス・アルフォンソ・デ・アルバ議長は、全ての適切な決定がなされるまで、理事会は最終報告を出すことはないと言った。

 決議は11月27日の次回の会議で採択することになった。3週間の会期の中であまりにわずかの結果しか出なかったことに驚いたが、それがこの理事会の機能の限界を示しているようにも思えた

 国連人権理事会での3週間は実に多くの学びの時間だった。国際的に合意された人権のスタンダードを形成するためには、国連という象徴的機関の存在が不可欠であることを理解した。しかし同時に、NGOの活動や代表の意見に対する尊重と支援に欠くこと、さらに具体的結論の合意形成に多大な時間が浪費されていることなどのこの組織の問題点も目の当たりにした。人種差別とマイノリティー問題に関しても、寛容対不寛容といった個人の意識が問題点としてしきりに強調されていたが、国際的なグローバルな資本主義と家父長制システムが個々の人権侵害問題を引き起こす原因となっていることについての調査と論及がほしかった。

 私たちは人種、性、階級などに関わらず全ての人が尊重される平等な社会を視野に入れて、それぞれ自分の生活の場での変革に焦点をあてて活動を続けていくことが求められている。