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2007.09.20
意見・主張
  

第2回 部落解放・人権研究者会議を開催しました

 去る2007年7月8日、部落解放・人権研究者会議を開催しました。この会議は、当研究所が実施した研究プロジェクトの成果を共有し、今後の研究課題について議論することを目的として実施しています。本年は、2006年度の研究成果のうち、下記の3プロジェクトについて報告を受け、また、2007年度事業の1プロジェクトについて、問題意識を共有しました。ここでは、その報告の概要を紹介します。

第1報告「今後の人権啓発のあり方について」

上杉孝實さん(畿央大学)

 人権教育・啓発プログラム開発を目的として、これまでの研究成果をベースとしながら、市民向け人権啓発、職域(企業内・行政職員向け)人権啓発のあり方を検討した。

 市民向け人権啓発については、参加型学習のメリットと課題、内面の重視と社会的側面の希薄化などの課題が指摘できる。中でも当事者性を踏まえた権利教育の視点、即ち受講者がどのように権利を保障されているか、その側面から様々な人権問題を振り返るということが重要であり、この点を看過すると、結局他人事で終わってしまう。また、人と人との関わりの中で人権を考えること、即ち関係性を重視することが重要であることを指摘した。

 職域における学習については、自らの職務と関連付けて人権研修が行われているかどうかが問われている。とりわけ行政職員は住民の人権を守るという地方行政の使命を果たす立場にあり、その観点から自らの仕事を点検しながら人権学習を行うことが重要である。なお、時として企業文化は人権文化と整合性を持つものばかりではなく、その際に企業文化をいかに見直すかという点もあわせて検討すべきであろう。

 なお、参加者からは、任意参加・自由参加で集まってこない市民に対する人権啓発のあり方、部落問題学習の確保をどうするか、、意識調査結果を人権啓発にいかに反映させるか、企業内人権研修の効果や評価のあり方、さらには学校教育・家庭内での人権学習について、質問があった。

第2報告「キャリア教育と人権・同和教育」

桂 正孝さん(宝塚造形芸術大学)

 90年代以降、特にグローバル化の影響によって、産業構造が激変し、格差が拡大した。これまでの終身雇用、年功序列賃金、企業内人材育成、企業内組合といった雇用慣行が崩れ、職業能力の向上を従業員自ら図らなければならなくなっている。職業への移行も、学校・企業・職安の三者連携による従来の慣行が機能不全をきたしている。その中で、社会的に最も不利なマイノリティがはじき出される。成育過程に不平等があり、不平等の中に置かれた子どもたちがさらに排除されているのである。同和教育は、このような事態に以前から格闘してきたが、今日の若年自立支援政策においては顧みられていない。これをいま一度検証する作業を行った。また、学力保障、進路保証という同和教育実践を、キャリア教育として捉えた。その枠組みの中で、同和教育・人権教育の立場からキャリア教育に取り組んでいる事例を収集した。

 2006年度の調査では、小中高の先進的な取り組みを紹介している。地域と連携した職場体験学習、普通科高校での日本版デュアルシステム、総合学習での人権教育・進路指導などである。その他、ライフスキルを身につける取り組みや、障害のある生徒・外国人生徒の進路の問題、さらには行政・企業・学校等が連携したキャリア教育支援ステーションの取り組みについて検討している。

 今後の課題としては、人権・同和教育からのキャリア教育プログラムの構想や、教育コミュニティづくりとキャリア教育の関連性、さらには社会的排除構造・差別問題と青年政策のかかわりについて検討する必要があろう。
フロアからは、キャリア教育の内容、企業側への働きかけの問題、現に不安定就労・不就労状態にある若者への支援のあり方、キャリア教育と人権・同和教育の関係からみえてきたもの、社会的に排除されている人たちの人権問題とキャリア教育の関係、キャリア教育の語感とその目指すものとのギャップの問題などについて、質疑があった。

第3報告「CSR報告書と人権記載状況」

李 嘉永(部落解放・人権研究所)

 今日企業は社会的責任を果たしながら経営活動を行うことが求められているが、その柱の一つとして、「人権の尊重」が挙げられる。このCSRを実践する際には、多様なステイクホルダーに対して説明責任を果たすことが重要である。そのためのツールとして、各企業はCSR報告書を作成し、自社の取り組みを紹介している。本研究においては、かかる報告書を収集し、人権尊重の取り組みに関する記載状況を検討した。

 CSR報告書を作成する際には、CSRに関わる取り組み全般を示すことが重要であるが、人権に関しては、労働問題との区別やサプライチェーンを含めた人権状況、さらには本来業務の重視といった特徴がある。また、今日では、CSR報告書の記載のあり方も、双方向的なコミュニケーションを図ったり、ステイクホルダーの求める情報を示すことなどが重視されつつある。

 これらの状況に照らして、CSR報告書を検討するためのチェック項目を策定したが、ここでは取組みの具体性やネガティブ情報を含む課題・改善の方向性を重視して設計した。 実際には721誌(513社)を収集したが、やはり環境を軸に置いた報告書が目立った。ただし、タイトルを「環境報告書」としながらも、人権問題などに触れる報告書も一定存在するので、人権を含む社会性を踏まえた報告書が増加することが見込まれるであろう。

 なお、質疑では、人権・環境に関する取り組みは表面上のものに過ぎないという現実をどう捉えるべきか、法律や国際的監視メカニズムを作る必要があるのではないか、人権問題に関する体制のトップにだれがなっているかが重要ではないかという質問があった。

第4報告「2007年度新規調査研究事業 大阪市青少年会館条例廃止後の施設のあり方」

住友 剛さん(京都精華大学)

 2006年の飛鳥会事件以降、大阪市においては、一連の同和施策見直しが進められ、2006年度末をもって青少年会館条例が廃止され、行政職員の引き上げなどが行われた。このような動きは、各地区住民の生活にどのような影響を与えているのか、どのような課題が浮上しているのか、さらには住民による自主的な取り組みの状況はどうであろうか。これらの点について把握し、実践的・施策的な諸提案を行うことが重要である。

 従前青少年会館で行われてきた小中学生育成活動、識字教室、課題のある青少年支援活動については、自主サークルやNPOが担っているが、その具体的な中身や、そこから見えてきた実践的な課題を把握したい。そのために、大阪市内12地区の青少年会館の利用状況、自主サークル活動が抱える諸課題、家庭の子育て・学校の状況の変化、子ども・若者の生活状況の変化などを把握したい。また、これを踏まえて、具体的な施策・実践プランを検討したい。

 質疑では、こどもたちの課題についての条件整備が必要な状態にあるが、われわれの立場から活用できるものはないか。児童館という施策で再定義することはできないか、大阪市が青少年会館事業をどう評価しているのか、他の自治体の青少年施策との比較が必要ではないか、トモノスを廃止して青少年会館と同様の事業をしていることについてどう考えるべきかといった質問が行われた。

【追記】上記第1から第3報告の基となった研究成果については、それぞれ部落解放・人権研究報告書「人権教育・啓発プログラムの開発に向けて」「人権教育の観点からのキャリア教育 II」「2005年度版 CSR報告書における人権情報」をご参照ください。また、研究者会議の報告内容は、当研究所紀要「部落解放研究」第178号に掲載する予定です。

(文責:李嘉永)