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2007.11.30
意見・主張
  

指定管理者制度を検証する
-選定と業績評価手法をめぐって-

中川幾郎(帝塚山大学法政策学部・同大学院法政策研究科教授)


1.はじめに

 2003年6月の地方自治法改正(同年9月施行)によって、「公の施設」に関する指定管理者制度が登場して以来、すでに4年近くが経過した。「公の施設」とは、地方自治法第244条に規定する、学校、幼稚園、保育所、公民館、図書館、博物館、市民会館、プール、体育館、公園、広場、病院等の、「住民の福祉を増進する目的をもってその利用に供するための施設」を意味する。(ただし、学校等の個別各法によって管理者が定められている「公の施設」は、指定管理者制度の対象外である。)

 この制度改正では、地方公共団体による直営施設を除き、施設管理財団や事業財団など従来の公設型社団や財団に管理委託してきた施設については、2006年9月までに指定管理者制度に移行することとされている。このような事情のもとに、2005年度から2006年度にかけて、地方自治体における「公の施設」の指定管理者制度への移行、適用が急速に進んできた。

 「公の施設」の管理運営を包括的に委任する指定管理者制度は、一般的に行政サービス民営化の一環である、と理解されている。これまで実現してきた公共サービス民営化の手法としては、これに先立ってすでに導入済みの、民間資金を用いて社会資本形成を行うPFI制度がある。また、直近では、市場化テスト(Markettesting)を具体化する公共サービス効率化法(市場化テスト法)が2006年7月に導入されている。

 これらの背景にあるのは、英国のサッチャー政権時代に発するNPM(New Public Management(以下NPMと略))理論である。NPMは、1.成果主義、2.市場機構の活用(競争原理の導入)、3.顧客主義、4.分権化、を基本原理としており、市場化テストもそこに源を発している。制度的には、1980年代に導入されたCCT(Compulsory Competitive Tendering.強制競争入札制度)がそれである。CCTがもたらした効果としては、民営化の促進と併せて現場への分権化を促進したこと、効率化と行政組織のスリム化をもたらしたこと、行政担当者がサービス提供者としての意識改革に目覚めて経営感覚を持ち、顧客ニーズに応える改善を行動原理とするようになったこと、などがあげられている。

 だが、一方でデメリットも指摘されている。それは、民間部門との競争に敗れた行政職員の雇用問題の発生と深刻化、サービス供給が民間部門に移転することにより、公共性や公益性は確保されるのか、という疑問が多数出されたことなどである(宮脇(2005))。さらに、NPM理論の問題点として、アウトカムを重視する成果主義をいいながら、現場ではインプット重視のコストダウン志向とアウトプット重視の生産量主義に偏る傾向があることが指摘できる(多くの自治体行政評価システムが、事務事業評価システムにとどまっていることがその証明であろう)。また、社会開発投資型事業においては、市場原理を導入できる作業要素が限定される(例、同和行政、障害者行政、女性政策等の多くの人権行政など)。

 顧客(満足)主義においても、これを単純に「市民満足主義」と言い換える傾向があるが、これに対応する、主体として統一された「市民」概念が明確に存在するのだろうか。サービス受給者市民と租税負担者市民は、自治体行政の個々の事業においては職域的、世代的、地域的に対立する存在ですらありうるのである(例、国民健康保険事業、保育サービス事業、市街地再開発事業など)。官僚機構現場への分権化をテーマとしても、不透明で市民統制が働かない官僚システムを温存したままでは、権限と予算の囲い込みばかりが発生する危険性がある。

 実は、「公の施設」を対象とした「指定管理者制度」の適用・運用においても、同じような疑問点や論点が存在している。そこにはやはり、NPM理論の中心的指標である、経済性(コストダウン)、効率性(パフォーマンスアップ)、余りにも単純な顧客満足(Customers Satisfaction)志向が支配している。さらに、指定管理者制度の導入の判断、選定などのあり方自体が、まだまだ行政主導の嫌いがある。この制度に関する随意指定の多さがそれを物語っている。

 本来の自治体行財政改革を志向する観点から考えるならば、たんにNPM理論を無批判に受容するのではなく、その視点に、ステークホルダー、経営者としての市民を視野に入れること、社会資本(Social Capital)としての個人市民結集型市民団体(アソシエーション、NPO等)形成、地縁型地域社会(コミュニティ)形成をも視野に入れることが重要であろう。

 地方公共団体の財政改革ばかりではなく、自治システムとしての行政改革をも志向するならば、コストダウン論にとどまるのではなく、そこからもう一度アプローチし直すべきではないか、と考える。指定管理者制度の適用は、まだ始まったばかりである。また、手探りで短期の指定期間にとどめている自治体が多いことや、第一回目の試行錯誤をふまえた第二回目以降の指定管理者選定の時期がやってくること考慮すると、指定管理者制度の運用・適用のあり方をめぐる議論は、今後ますます大きな意義を持つ、と考えるのである。

2.指定管理者制度導入における全国的傾向と問題点

 財団法人地方自治総合研究所の調査によると、2006年4月1日現在の指定管理者制度導入自治体数は1238自治体(非導入は330自治体)であり、回答自治体(1568回収率83.0%)のほぼ8割が導入を終えている。公の施設数で見ると、総数296,429施設中49,073施設(導入率16.4%)が指定管理者制度を導入している。決定内訳を見ると、公募での決定15,439施設、非公募決定(随意指定)は、33,618施設となっており、3対7の比率で非公募が多い。また指定管理者団体の内、株式会社等の民間企業に指定したものは5,117施設(10.4%)となっている。従来の財団、社団、公社は20,759施設(42.3%)であり、これらとNPOを除く団体(社会福祉法人、医療法人、学校法人、生活協同組合、一部事務組合、広域連合等)は14,557施設(29.7%)、NPOは863施設(0.2%)、自治会。町内会への指定と答えたものは7,769施設(15.8%)である。

(表1(財)地方自治総合研究所による指定管理者制度導入状況調査)

  区分  地方自治総合研究所調査  
 公の施設総数  296,429 (100.00)
 指定管理者導入済施設   49,073 (16.4) (100.00)
内訳 公募   15,439
(31.5)
非公募
(随意指定)
  33,618
  (68.5)
民間企業    5,117
(10.4)
NPO     863
(0.2)
説明 2006.10.1現在、都道府県、区市町村を対象。
1,568自治体から回答。回収率83.0%

(()内は比率)

つぎに、全国自治体の公立文化ホールの大多数が加盟している、社団法人「全国公立文化施設協会(略称「公文協)」による、公立文化ホールの指定管理者制度への移行状況を参照してみる(公文協(2006))。この調査は2006年10月1日現在であり、前者の調査時点と6か月の時間差がある。

(表2(社)全国公立文化施設協会による指定管理者制度導入状況調査)

区分 (社)全国公立文化施設協会
調査回答施設数 2,189 (100.00)
直営継続 1,249 (57.1)
指定管理者へ移行済 881 (40.2) (100.00)
内訳 公募 378 (42.9)
非公募(随意指定) 503 (57.1)
民間企業及びJV型 131 (14.9)
NPO、市民団体等 26 (0.3)
公共的団体 724 (82.2)

(公文協発表数値による。()内は比率)

(表3公立文化ホールにおける指定管理者の指定期間)

指定期間 割合
3年-4年未満 414 47.00%
5年-7年未満 260 29.50%
3年未満 117 13.30%
4年-5年未満 83 9.40%
7年以上 7 0.80%
881 100.00%

(公文協発表数値による)

 直近の公文協調査では、広義の民営化への移行は15%強となり、少しばかり増加している。これらの動向を見る限り、純粋な民営化への移行はやや進み出したようにこ見える。しかし今回は、いわば手探り、現状維持型軟着陸の第一ラウンドとも言うべき段階であり、原初の指定期間が満了する次の段階、つまり3年、4年後に向けての本格的な競争がすでに始まっている、と言っても過言ではない。公文協調査における指定期間の分布を見ても、3年未満や3年-4年間という短期間の指定が60%強であることからもそれは明らかであろう。

 現実には、「公の施設」の内容も多岐にわたり、それぞれが持つ使命、機能も多様である。それだけではなく、その規模や立地条件等もさまざまである。したがって、管理者として登場しうる主体もさまざまとなることが想定できる。とはいえ地方自治体側においては、指定管理者制度導入を公立施設運営におけるコストダウンの有効な契機ととらえる傾向が多い。他方で、コスト管理能力の優秀な民間事業者側が、これを推定市場規模2兆円のビジネスチャンス(三菱総研)と受け止め、新たな事業参入機会ととらえるのも、また自然なことであろう。ここで意識されているのは、両者ともにNPM理論と同じく経済性、効率性という市場性原理である。

 しかしながら「公の施設」は、そもそもなんらかの公共的使命を持って設置されるものである。それらの公共的使命は、根拠となる法律及び条例の他に、地方自治体の総合計画、各種分野別計画、自治体宣言等の形態で表現した政策目的(計画等においては目標数値も)が示されているはずである。また当然の事ながら、個別の「公の施設」設置条例には、施設設置の理念、目的が明記されているはずである。つまり、この制度の運用に当たっては、経済性、効率性だけではなく、政策的使命(何のために、誰のために)の明確化を前提とした政策的有効性という価値概念もまた視野に入っていなくてはならない。

 しかし驚くべきことに、国の通達に拘束力がなくなった2000年4月の地方自治法改正以後にもかかわらず、多くの自治体が管理者選定の基準となる価値軸を、国が示唆している例示的な指標(2003年7月17日総務省自治行政局長通知)からそのまま援用しているのである。そこには、この制度を前にした自治体担当者の当惑だけではなく、法改正以前の機関委任事務的思考の強固な残存、政策的主体性の弱さと政策型思考の希薄さ、自治体総合計画の計画としての薄弱さ、公共施設設置理念の曖昧さも示されているような気がしてならない。

 さて国の通知では、1.「住民の平等利用の確保」2.「施設効用の最大化」3.「管理経費の縮減」及び4.「管理を安定的に行う物的、人的能力の保有」をあげている。要約すると、1.公平性、2.効用最大化、3.経済性、4.安定性が示唆されているといえるだろう。公平性の確保は「公の施設」の基本的な使命、性格からして当然のことである。安定性の確保も、長期にわたる指定期間や、受託団体側の経営基盤に関する安定性を期待すれば当然のことである。さらに、管理経費の縮減、コストダウンの追求、経済性も、経営の健全性を考慮するならば当然のことであろう。問題は、2.「施設効用の最大化」をどのように理解するかである。

 ここでいう施設の「効用」を、「効率性(Efficiency)」と解釈する向きもある。効率性とは、投入費用(インプット)に対する生産量(アウトプット)の比率の上昇、または一定コストにおける生産量上昇のことである。しかし経済学的に言えば、効用とはUtilityを指すのであるから、消費者満足(市民満足)を意味するということになる。ただしそこには、供給者と消費者側とに情報の対称性が存在しなくてはならない。つまり、コストとパフォーマンス双方の情報が共有されていることが前提である(効率性概念の詳細については、本書の片山論文を参照されたい)。

 だが筆者は、ここに要求されている価値概念は、消費者としての市民を単純に「満足」させるアウトプットだけを指標とするべきではなく、さらに「有効性=効果性(Effectiveness)」概念に昇華させてととらえるべきではないかと考える。つまり、サービス受益対象としての市民としての面からだけではなく、ステークホルダー、経営者としての市民と価値概念の共有を図り、そこから導出される成果(アウトカム)指標を適用するべきと考えている。

3.社会資本(Social Capital)形成の視点

 およそ指定管理者制度を導入するにあたっては、制度を導入する地方自治体側が、まず初めにそれぞれの施設の設置理念、目的を明らかにしなくてはならない。つまり、各施設ごとにどのような基準(価値軸)で指定管理者を選定するか、また「業務の範囲」を定めるに当たってどのような事業内容(実現される価値)を期待するかなどの点で、その存立思想(価値観)を明確にすべきである。そうでなくては、応じる側は安定性(団体の信用度等)と経済性基準を重視して参画してくる他はない。曖昧な基準のままで「指定管理者」制度が導入された場合、見事にすべての施設で経済性、効率性の価値軸が重点的に適用されていく危険性がある。

 そもそも政策の「有効性」とは、ある政策が、一定の価値観・価値軸に沿ってどれだけ有益な社会的変化をもたらしたか、ということである。すなわち公共施設の「効用の最大化」つまり「有効性」を判定する前に、その基軸となる公共的な価値概念が確定されていなくてはならない(表4参照)。

 有効性指標の価値軸としては、外部経済効果や公共的価値としての人権、福祉、安全、環境、社会倫理向上などの他、雇用創出、人材育成・開発、地域自治力向上・共同性開発等の公共的価値が多様に想定できる。このように、当該施設の設置理念、政策目標、事業設計、事業実行という一連の階層構造をつなぐ、価値観、価値軸(理念)が多様かつ複数(ミッションは決して一つではない)に明示される必要がある。ことはコスト・ダウンやサービス・パフォーマンス追求だけですむほど単純ではない。

(表4 政策評価軸のヒェラルキー)

区分 評価軸 説明
経営政策 理念 使命(Mission)
どのような価値観に基づき、どのような方向へ
政策 目標(Objectives) 有効性(Effectiveness)
誰のために、何を目標として、どのような施策の組み合わせで
戦略(Strategies) Outcome
経営管理 計画 戦術(Tactics) 効率性(Efficiency)
最適資源を組み合わせて、どれくらい多く、良いものを
Output
実行 遂行(Execution) 経済性(Economy)
どれくらい少ないコストで
管理(Control) Input

(中川作成。MissionからControlに至る概念はフィリップ・コトラーによる)

 駐車場・駐輪場などの民間市場補完型・単純サービス供給施設ならば経済性重視でも良い。しかし、福祉施設や、自治、文化、人権などの市民社会開発を目的とする明確な公共的政策目標を持つ施設の場合はそれで良いのだろうか。そこには、さらに上位の経営政策上の目標が存在しなくてはならず、どのような価値観(使命=ミッション)に基づいて、どのような社会変化を達成したか、つまり政策(=戦略)の有効性が問われるのである。またそこでは、見かけ上の赤字が生じても、それを社会資本(社会的共通資本=ソフト・ウエア、社会関係資本=ヒューマン・ウエア)形成のための投資、と考える視点も必要であろう。

 この価値概念の確定、目標設定、事業設計に当たって「市民参画」の重要性が増してきたのは、協働統治(ガバナンス)の当事者である市民による経営参画の必然性が意識されてきたからである。さらに指定管理者制度導入に当たっては、もう一つの「分権化、市民参加というコンテクスト(鈴木滉二郎(2004))」をここで軽視するわけにはいかない。指定管理者制度を導入する以前に、市民との協働(Co-Production)による施設の理念確立(ミッション確認)、政策目標確認、事業選択、実行システム設定のプロセスが必要であろう。それは、経営者としての「市民」との協働による使命確認と戦略選択でもある。

 その上で、指定管理者制度導入に際する、指定管理者の選定基準や業務範囲と連動して示されるであろう「施設効用の最大化」に相当する価値指標の因数分解と明確化が課題となってくるのである。経済性、効率性以外にも、有効性指標の価値軸としては、外部経済効果や公共的価値としての安全性・環境性、審美性、倫理性・人権、さらには人材開発、地域自治力向上・共同性等の公共的価値が多様に想定できる。このように、当該施設の設置理念、政策目標、事業設計、事業実行という一連の階層構造をつなぐ、価値観、価値軸(理念)が多様かつ複数に明示される必要がある。

 公共文化施設の指定管理者公募第一号と言われている、横浜市磯子区民文化センターの例では、指定管理者公募の指標でもある「センター運営の基本方針」として、「芸術文化を通して地域の新たな人材育成を行う」「芸術文化活動の支援・すそ野の拡大を進める」「磯子という地域に立脚する施設として位置づけていく」を掲げている(注1)。静岡県立美術館においても、極めて明確な価値軸が、1.ミッション(理念・使命)として位置づけられ、それを受けた2.戦略目標が存在し、さらに目標を因数分解した3.指標(定量的指標と定性的指標の二つがある)が体系的に明示化されている(岩瀬智久(2005))。

 ちなみに静岡県立美術館の基本ミッションと戦略目標を引用してみる。

 「静岡県立美術館は、創造的で多様性に富んだ社会を実現していくために存在します。そのために、コレクションを基盤として以下の活動を行い、日本の新しい公立美術館となります。1.人びとが美術と出会うことによって新たな考え方や価値を見出すための体験を提供します。2.地域をパートナーと考える経営を行います。」これに続く5つの戦略目標は、(A)質の高い美術体験を提供することにより、人びとの感性を磨き、生活に変化をもたらします。(B)「ここでなければ得られない」楽しく充実した一日をすごしていただける場所となります。(C)コレクションを充実し、活用することで、その価値を広く明らかにします。(D)地域とともに進化する美術館となります。(E)美術館経営を改革していきます。(これら戦略目標を受けた戦略及び対応指標については紙数の関係で割愛する。)

4.指定管理者制度導入に当たっての判断軸

 これらの論点を吟味した上で、改めて指定管理者制度が導入されるべきかどうか、の判断をなすべきであろう。筆者なりに整理してみると、

  1. 施設(Faciity)管理のみか、政策的事業主体(Institute)でもあるのか。
  2. 施設の機能、事業における専門性の有無
  3. 施設規模(大中小)と立地条件(都市部と郡部)
  4. 指定管理者たりうる団体の存否、分布
  5. 雇用の不安定化をもたらさず、また社会資本形成につながるか

の5つの点を吟味するべきである。

 1.の視点からは、指定管理者が政策的事業主体となるならば、そもそも政策目的に適合した団体設立使命(=ミッション)を有する団体が指定管理者となることが望ましいといえよう。そのためには、団体適格性審査も必要と考えるべきである。例えば、男女共同参画センターの指定管理者団体に、正規の女性職員がおらず、女性登用計画もないということは許されるであろうか。障害福祉センターの指定管理者団体が障害者雇用率も達成せず、反則納付金も納めていない、ということが指定管理者として許されるであろうか。その他の施設においても、最低賃金保障、環境配慮基準、人権基準、内部コンプライアンス・システムの有無、ISO取得、その他の社会貢献等の事項を加点式に考慮すべきであろう。

 2.の視点からは、施設機能、事業の専門性を担保しうる職員、技術のストックと活用のスキルを有しており、それが行政による直接経営よりも効率的(生産性が高い)かどうか、が判断基準となる。その結果として、民間団体あるいは既設財団等が勝るのならば、当該団体が指定管理者たり得るのである。

 3.は、大規模中枢施設か地域コミュニティ立地型施設か、都市部に立地する施設か郡部に立地する施設かの違いである。大規模で都市部に立地するほど民間企業のインセンティブもまた働くが、小規模で郡部立地になるほどインセンティブは働きにくい。後者の場合、現実には直営方式が多いが、政策目的に合致するコミュニティ団体、NPO等の登場するチャンスも大きくなる。そしてそれは、住民自治、地域自治力の向上という公共的に有益な効果をもたらすことでもある。(例、図書館分室、隣保館、児童館、地域コミュニティセンターなど)

 4.は、指定管理者たりうる団体が現実に当該自治体エリア、または近隣エリアに存在するのかどうか、ということである。駐車場、駐輪場などの単純な施設管理やサービス供給業務の場合は、地理的条件を乗り越えて、なお規模の利益を追求することが可能であり、大手の事業者が参入することも考えられる。しかし政策型事業を有する「公の施設」では、地域実態を知悉し、かつ政策目的に合致した団体がそのエリアに現実に存在するのかどうか、が指定管理者制度導入の基礎条件ともなる。

 5.さらに、以上の条件と併せて考慮すべきなのが、地域雇用の確保・創出、地域経済の自立性という視点である。いたずらにコスト・ダウンを追求するあまりに、低賃金労働の固定化、雇用の不安定性をもたらすような愚は避けなくてはならない。また、地域経済への還流を全く意識しない外部事業者起用によるコスト・ダウン追求は、結果として地域経済の縮小をもたらす危険性もあることを考慮すべきであろう。

 以上のうち、特に1.2.5.の点を考慮しながら、指定管理者選定基準の一例(表5)を掲げてみた。3.4.は、審査区分における「応募団体の概要」を審査するときに、施設特性、地域特性に合わせて当該審査項目を補充していくべきではないか、と考える。

(表5)○○市○○施設指定管理者審査基準例(文化ホールを想定)

審査区分
項目 審査内容
応募団体の概要
財務分析上一定の水準にあるか 財務分析
公益事業に取り組む姿勢 公益事業への取り組み姿勢、障害者雇用率、女性登用率、社会貢献事業等
法令遵守 内部コンプライアンスの有無、人権基準の存在
類似業務実績 実績の有無
管理運営を希望する理由 団体設立理念との関連、当該施設使命の理解
団体の地元性 本社、支社・支店の存在
運営上の基本方針
総合的な基本方針と達成目標 当該施設の公共的使命認識と具体的な達成目標の有無
コスト削減、環境負荷軽減、地域団体との連携 コスト削減、環境対策への取り組み、地域団体との連携に関する考え方
施設の管理運営体制と組織、業務に関する計画
管理運営体制・組織、雇用形態・職員配置計画、職員研修計画、危機管理の考え方 安定した管理運営体制の構築
実働人員の確保と安定した雇用形態の確保
高齢者・障害者雇用への配慮、最低賃金の保障
職員指導・育成・研修計画
緊急事態への対応、個人情報保護の対応
設備保守点検業務計画等 施設設備の管理計画の水準
施設管理、清掃も含めた日常の管理体制と人員、業務責任者の経験の有無と程度
委託先の選定、地元企業の活用
利用者へのサービス提供計画
貸し館事業に関する計画 目標利用率、その向上への取り組み
講座事業等に関する計画 講座事業を実施する組織、体制
講座数、内容、定員、講師の妥当性、貸し館事業との関係
自主事業に関する計画 講座事業以外の自主事業の計画
市民福祉の増進、市民交流の拡大、地域自治力増進等に資する事業、市民参画の計画の有無
自主事業の収支計画 受講料水準と収支計画
収支計画の整合性
適正な市民負担
サービス向上の実現方策 新規、魅力的な提案の有無
事業等のニーズ把握の方法
外部評価への対応
収支予算
管理経費、収支バランス、実現可能性 指定管理料と使用料収入との差額または指定管理料の高低。偏った削減や指示事項違反は減点。指定期間における収支バランスも考慮する

5.残されている問題点

 以上のような視点が、指定管理者制度導入に当たって考慮すべき視点と考えるが、この制度には、まだ幾つかの重大な問題点が残されている。一つは、指定管理者選定に当たっては、建築請負や事務事業委託などとは異なり、競争入札やコンペをする義務は課せられていないということである。国の通知では、二以上の申請者の申請を求めることが望ましいとされているが、法律上、自治体側にその責務はない。だが、随意指定であってもいったんは選定委員会のスクリーニングをふまえるべきであろう。この制度が、法的には「委託」ではなく「委任」であることなどを考えると、指定管理者の地位は極めて責任が重いのであり、随意指定の場合であっても、少なくともなぜその団体なのか、という説明責任があると考えるべきだからである。

 また、選定委員会を編成するにあたっても、内部選定ではなく外部委員も入れて説明責任を果たせる体制をつくるべきである。(朝日新聞調査(注2)では、外部を含む選定委員会で選定3876施設、内部だけで選定2489施設であるが、都道府県に比して市の内部選定が圧倒的に多い)。さらに、入札等には適用される自治体首長や特別職、議員等の除外規定がない、ということも問題であり、いずれ自治体独自でルール化(条例等で規定)することが必要となってくる課題である、ということを指摘しておきたい。これは指定管理者となりうる公設財団等の場合に、理事会のトップクラスが現職の特別職であることが多いことにも深く関係してくる(前掲調査では、議員・首長等関連団体を除外する兼業禁止規定は、12都道県15市がすでに規定している)。

 最後に、指定管理者制度は、指揮命令関係における指定解除という事態ばかりではなく、ある面では対等な契約関係とも考えられ、受任団体からの指定辞退という場面もありうることを想定すべきであろう。そして、民間団体との中・長期契約である限りは、当該指定期間における行政側負担コスト総額も事前に明確にしなくてはならない。従前の公設財団等との関係に見受けられる、単年度査定による補助金・委託料予算の繰り返しは、民間団体との契約関係では無理がある。さらに、収益性が上昇すれば委託料予算が減少するような、行政直営方式に見受けられるインセンティブなき予算査定思考では民間団体と交渉できない。つまり、長期債務負担行為の議決が不可欠となる、と考えるのは果たして筆者だけであろうか。

(注1)横浜市磯子区ホームページ「横浜市磯子区民文化センター、指定監管理者業務の基準」より。

(注2)朝日新聞大阪本社は、2005年11月27日及び29日の両日にわたって指定管理者制度に関する全国動向を記事として掲載した。詳細データは朝日新聞社提供による。


参考文献

  1. 宮脇淳「PPPから見た市場化テストの意義と課題」(2005年12月1日、『月刊ガバナンス』12月号、ぎょうせい)
  2. 財団法人地方自治総合研究所『指定管理者制度の導入状況に関する調査(2006)最終報告』(2006年10月)
  3. 社団法人全国公立文化施設協会『公立文化施設における指定管理者制度導入状況に関する調査II報告書』(2006年11月20日)
  4. 鈴木滉二郎「指定管理者制度をめぐる論点と展望」(「地方行政」第9633号、2004年6月14日、時事通信社)
  5. 岩瀬智久「静岡県立美術館における評価-変化の過程と課題」(『文化経済学会〈日本〉2005年大会予稿集』2005年)

(注 本稿は、『月刊自治研』2006年1月号(自治労本部内自治研中央推進委員会、2006年1月5日)掲載の「市場化の有効性を検証する」に大幅な加筆修正を加えたものである。)

『指定管理者は今どうなっているのか』
(中川幾郎、松本茂章共編著、水曜社、2007年5月1日発行)より