全体講演「格差社会で働くこと」
熊沢 誠(甲南大学名誉教授、研究会「職場の人権」代表)
格差社会で働くこと、それは労働者にとって心身の疲弊およびストレスや疲労を増幅させるなどの多くの課題を内包している。
十分に働けない、イコール稼げないしんどさ-非正規雇用者の問題、そして働きすぎのしんどさ-正規雇用者の問題、この二つの層の問題は互いに連動した問題として考える必要がある。企業規模による賃金格差の拡大は、高齢者の所帯格差につながる。まぎれもなく働いていたときの給与、退職金、厚生年金額が違うということになり、企業規模による格差が大きく影響している。また、企業在籍中においても成果主義による個人別賃金管理をしていくことにより、壮年層の格差につながっている。非正規雇用者そしてワーキングプアの問題は若者を直撃し若者の格差を拡大している。大学卒の約3割が正規雇用につけない実態がそれを示している。生活苦を抱える非正規雇用者の現実にはさまざまな形態がある。非正規雇用者の全体の80%は有期雇用であり、多くの人は1年未満や半年未満の短期契約期間である。そして非正規雇用者の今日のしんどさというのは、そのステータスの継続性にある。例えば臨時工を考えた場合、キャリアは分断され非正規雇用者は単純労働に縛られている。賃金が低い状況が継続し制度的昇給がほとんどなく貧困を余儀なくされる。非正規雇用者に対するセフティーネットが不十分である。
一方正規雇用者はどうか。企業がこれまで行っていた年功的労務管理は人材育成を考慮したものであり、一部には脱落者もあったが多くは段階的に育てられてきた。
そのような状況は1998年頃から急速に変化し、企業・経営者は即戦力としての成果主義的人材を求めるようになってきた。労働者のパフォーマンスをみるのを短期化したということであり、長期的人材育成から即戦力、そして正規雇用として入社初期から過重労働にさらされることになっている。目標、予算、売り上げ、利益率、苦情減少など厳しいノルマが重くのしかかってくる。目標管理方式では上司と業務目標について面談し、双方納得して決定するということであるが、上司の督励と自分の成果評価との関係性から結果的に半強制・半自発でノルマが決まることになる。そしてノルマ達成のためにサービス残業につながっていくのである。
日本では長時間労働者数が減少しておらず、国際水準に比べても群を抜いている。
これは全体平均をとってもあまり意味がない。二極分化していることに留意しなければならない。自殺、キレる大人、仕事上のストレス、人間関係の緊張など多くの要因が考えられる。それぞれが査定され、同僚もライバルという社会である。新入社員や若者は上司が怖いという。これまで、親や教師にもしかられた経験がない状況から一変して、圧倒的な力関係をもって上司に指導される。これが怖い、そして就業の過酷な体験がニートを生むといっても過言ではない。非正規雇用者を安く使うことは日本社会では合法であるが、EUでは同一労働同一賃金の原則から違法となる。日本は労働に対する規制が少ない国だといえる。労働と人権を考える場合はこの点を注目しておかなければならない。政治と法律にも限界があり、是正は労使関係論に帰結する。
政治や法律そして労使も含めて、労働について少し長期的にものを考え、労働者の納得性を考慮しなければ、日本の福祉社会全体に影響するものである。
「『改正男女雇用機会均等法』を職場に活かす」
脇本 ちよみ(日本労働組合総連合会大阪府連合会事務局長)
今、私がこのように職務を遂行している状況があるのは、母親の影響が大きかったと思っている。私が中学生の頃、母親は私に「学問や技術を身につけて自立しなさい」と何度もアドバイスをしてくれ、私自身の気概にもなった。
年表を追って「改正男女雇用機会均等法」の制定経緯を見ていくことにする。
日本では1975年「勤労婦人福祉法」が制定された。これが改正されて、後の「改正男女雇用機会均等法」になっていったのである。
世界では1975年を国際婦人年とし、第一回世界女性会議がメキシコで開催された。そして翌年から「国連婦人の10年」の取り組みがスタートしたのである。
また、1979年には国連で、世界的に女性の地位向上と女性差別撤廃をめざして「女性差別撤廃条約」が採択された。
この条文の中に「労働は権利である」と記されているが、私はこのことばを見て大変感激したことを思い出す。女性が働き続けることも「権利」なんだと強い思いを持った。
その後、日本では1985年に男女雇用機会均等法が制定された。それまで労働組合としてもさらなる取り組みを求めて運動を展開してきた。このとき制定された法律は十分なものとはいえなかったが、成果として定年の取り扱いに関する男女差などが是正された。
1997年「改正男女雇用機会均等法」の制定で、セクハラ防止については事業主の配慮義務に止まったものの全ステージでの男女差別の是正が盛り込まれた。
今や日本経済の40%を女性が支えている。共働きの家庭も増えているが、依然として賃金格差の実態がある。女性の賃金は男性の7割にも満たない実態がある。
他国でも男女差はあるものの日本の実態は世界的に見ても格差が大きい。
日本はパート労働者に占める女性労働者の比率が高い。世界的に見ても非正規労働者の増加があるが、日本ではパート労働といいながらフルタイム働く人が山ほどいる。EUでは短時間正社員として取り扱われており、日本のような低賃金、有期短期雇用契約とは基本的に違うものである。今なぜパート労働者の問題が注目されるのか、それはこれまで主たる生計者であった男性の非正規雇用の率が高くなってきたことにより、家庭生活をもてない状況に至っており、社会問題として取り上げられているのである。
改めて今回の主な改正ポイントについて紹介しておきたい。
- 男女双方に対する差別の禁止
- 雇用ステージのあらゆる機会での差別取り扱いの禁止とともに業務の配分と権限の付与が含まれた。
- ポジティブアクションの義務付け など
まとめとして、女性にもワークの権利があり、男性にもライフの権利がある、男女ともにライフもワークも大切なものである。また、労使ともに間接差別の概念をよく考えて、国際的な問題とされているパート労働者や管理区分についてもさらに調査・検討していかなければならない。
「社会的責任規格化 ISO26000について 人権・労働・環境の視点から考える」
深田 静夫(オムロン(株)取締役室顧問)
規格化国際会議において、ISO26000が今どのような状況になっているかをお話しする。
ISO26000は認証という形式をとらない。ISO規格は一つのブランドであるが、今回の検討は、企業の競争力につなげて検討しているかというと必ずしもそうではない。
ISO26000が貿易の条件や入札の条件になるのか心配をされている方も多いと思うが、世界全体をみても90%以上の企業が中小企業であるという実態から、社会的責任を企業や団体の負担にならないように、より多くの組織が使えるようにしていくということが大切だと思っている。
昨今の企業不祥事などをみても事業のグローバル化の影響も考慮しておかなければならない。
社会的責任の遂行に対する評価について、「よくやっている」というのは当事者から言うのではなく、マーケット、ステークホルダーから評価され言ってもらうこと、それが成熟した姿ということになる。
CSRについての基本的なポイントをいくつか申し上げる。
- CSRの具体的な中身はさらに深化・拡大している
- 人権、労働、消費者、公正貿易、投資問題など
- マルチステークホルダー、議論、相互対話、問題解決、エンゲージメント
- 世界の貧困問題、感染症問題への対応
- 民間(企業)イニシアチブ
その他、外国人研修生受け入れに伴う、低賃金、長時間労働などの問題、そして日本における外国人労働者は想像以上に多く就労している実態があることを理解しておかなければならない。
ISO26000については2007年11月にウイーンで会議が開催され、仕様書がさらに詰められていく予定である。
ISO/SR規格でめざすものとして、SRガイダンス規格は新時代の価値を生み出す規格をめざす。従来のマネジメントシステム等のように適合性評価を目的とするものではない。
さらに、それぞれの国や地域による価値観、文化の違いを尊重するものであり、ILO、国連グローバルコンパクト、OECD多国籍企業ガイドラインを尊重する。
あわせて、既存のSRイニシアチブやSRガイドラインとの整合性、一貫性、包括性を尊重する。
これは、企業のみに対応を求めるものではない。
オールオブ・オルガニゼーション、だからSRであり、CSRではない。
先にも述べたが、やっているかどうかは自分が言っても信用しない、他の者が言ってはじめて信頼に結びつくものである。適合性評価はしないとなっている以上、企業によってどのような方法をとるかは、業種によっても、地域や国によっても違ってくるのでむずかしいし、着実に一歩一歩やってしくしかないだろう。
企業トップのコミットメントが最も重要だと思う。
最後に、ISO26000はあくまでもガイダンスである。いわゆるメニューであり選択肢のひとつである。ウイーンから帰国したら、あらためて報告したい。
(文責:柄川忠一)
|