部落解放運動が今回の不祥事を乗り越え、再生への一歩を踏む出すにあたっては、まず何よりも特措法時代の「光」と「陰」の厳しい総括がなされなければならない。それを踏まえたうえで、運動論の再構築と組織の抜本的強化が求められる。
1969年に「同和対策事業特別措置法」が制定されて以降、2002年3月末に「地域改善対策特定事業に係わる国の財政上の特別措置に関する法律」が期限切れとなるまで、33年間にわたって特別措置が実施されてきた。
この結果、部落の住環境面の改善は大きく前進し、火事が起こっても道路が狭くて消防自動車が入れない、6畳一間に家族が6人暮らしている、雨が降れば道路が水浸しになるなどといった劣悪な実態は、基本的には解消されてきた。教育面でも、いまだに大学の進学率には大きな開きがあるものの、「同対審」答申が出されたころには全国平均の半分以下であった高校進学率は、特別の奨学資金制度が整備されたことなどもあって急速に高まり、今日、4ないし5ポイント差まで接近してきている。民間企業が部落出身者をなかなか採用しない状況の下にあって、現業部門を中心に自治体職員として採用される部落出身者が増えていったことなどによって、生活の安定が一定程度はかられた。また自治体も次第に行政機構を整え、同和対策事業を実施するようになった。
また、日本の歴史や社会科を扱う教科書に部落問題が記述されたことによって、小学校や中学校、高等学校においても同和教育に取り組む学校が拡大していった。教員養成をおこなっている大学を中心に部落問題論を開設する大学も次第に増えた。
しかしながら、特別措置法のもとでの33年間に産み出されてきた「陰」の部分も存在している。前項の「一連の不祥事の背景の分析と問題点」でも指摘した通り、部落解放同盟が運動方針の中で掲げていた「部落の完全解放が目的で個々の要求はそのための手段である」という方針が守られず、個々の要求実現が目的となってしまったという問題がある。この結果、部落の中に、特別措置にもとづく特別施策に依存する傾向を生み出してしまった。また、本来、特別措置は、劣悪な実態があるのに、一般施策でそれを改善することができない場合、一時的にとられる措置で、目的が達成された時点で廃止しなければならないという基本原則が忘れ去られ、いつまでも特別措置が実施されるものという認識が定着してしまったという問題もある。
さらに、差別の結果に対する闘いはおこなわれたが、差別の原因に迫る闘いが不十分であったという問題がある。それのみならず、本来、部落解放運動自らが実施しなければならない課題まで、行政に依存するという傾向をも生み出してしまった。この他、幹部が請け負う形で、要求の実現が図られていったという問題もある。これらの諸要因によって、一握りの幹部の特権と腐敗をもたらした。
2002年3月末で特別措置法にもとづく特別措置は基本的には終了した。しかしながら、部落問題が、完全に解決されたわけではない。部落解放同盟は、引き続き部落の完全解放・人間解放をめざして、決意を新たにし、同盟員の意識改革のうえに立って、再出発しなければならない。
1.魅力ある運動の創出
従来、部落解放同盟の大会や諸集会では、「兄弟姉妹の皆さん」という呼びかけが行われていた。これは、全国の部落と部落民がおかれてきた差別の歴史と、共通した被差別の実態を基礎に形成されていたアイデンティティであったと言えよう。
しかしながら、従来のアイデンティティ形成を支えていた「共通した被差別の実態」が、これまでの部落解放運動の取り組みや同和行政の実施によって、大きく変貌してきている。この結果、部落解放同盟の組織の現状を直視するとき、同盟員の減少、とりわけ若年層の結集が少ないという重大な問題がある。
言うまでもなく、これからの部落解放運動を担っていくのは、若手の部落解放同盟員である。早急に部落に居住する若手の部落民、部落から出て部落外に居住する若手の部落民に対する働きかけを強め、部落解放同盟への結集を呼びかけることが必要である。その際、部落民としての自覚、部落解放同盟員としての自覚はいかにすれば形成されるかを、しっかりと踏まえた取り組みが求められる。
個人なり集団のアイデンティティは、他者によってどのように見なされているかということを契機に自覚されることが少なくないが、積極的には、個人なり集団がおかれている生活環境やたどってきた歴史についての理解、個人なり集団が将来何をめざしているかということの自己認識などによって形成される。
このため、部落と部落解放運動の歴史、部落と部落民が置かれている現状を明らかにし、それを系統的に学ぶとともに、新たなアイデンティティの確立のためには、魅力ある部落解放運動の創造が不可欠である。
1980年代の後半から、部落解放同盟は第3期の部落解放運動の展開を呼びかけている。その中で、全国水平社の時代の運動を第1期とし、この時期の運動の基本が糾弾闘争にあったと規定している。戦後、水平社運動を継承して直ちに再建された部落解放全国委員会から1955年に部落解放同盟と改称し、「同対審答申」や特別措置法を武器とした運動を第2期としている。この時期の運動の形態が行政闘争であったと位置づけている。その上で、第3期の部落解放運動の特徴は、国内外における共同闘争を運動の基本形態にすることを提唱している。
この第3期の運動の提起は、基本的には有意義なものとして評価することはできるが、現実の部落解放同盟の運動を見たとき、第2期にとどまっているところが少なくない。このため、部落解放運動が人間の尊厳を基軸においた人間解放をめざすものであることを踏まえて、第3期の運動の内容をさらに明確にし、魅力ある運動の創出をはかる必要がある。その際、少なくとも以下の諸点が考慮されなければならない。
- 今後、部落差別撤廃に向けた取り組みを実施する際、部落の近隣地域の要求実現と結びつける視点を重視し、さらにはより広範な市民社会の中でさまざまな人権課題に取り組む人々との連携を強め、人権のまちづくり運動として展開していくこと。部落解放同盟は、地域の共通の課題を結びつけ、ひとつの運動に発展させるコーディネーター的役割を果たすこと。
- 人権教育及び人権啓発の推進に関する法律(人権教育・啓発推進法)の具体化や活用、悪質な差別や人権侵害の禁止と被害者の効果的な救済などを可能とする法制度の整備をはじめ日本における人権法制度の確立に向けて積極的な役割を果たしていくこと。とりわけ、マイノリティ諸団体との意識的な連携を深め、マイノリティの視点からの反差別・人権政策の提言活動を強化すること。
- アジア・太平洋地域における差別撤廃と人権確立、さらには国連の差別撤廃や人権確立に向けた取り組みとの連携を強化すること。このため、反差別国際運動(IMADR)などとの連帯を強化すること。
- 部落の歴史、部落解放運動の歴史を掘り起こし、部落と部落解放運動が日本社会の中で果たしてきた積極的な役割を明らかにすること。また、部落が担ってきた産業や被差別民が創造してきた文化を明らかにし、さらに発展的に創生していくこと。
- 部落の中での相談活動を重視すること。高校や大学、さらには大学院への進学を高めるとともに、社会のさまざまな分野で活躍する人材を育てることに力を入れること。
2.人権のまちづくり運動の推進
部落の完全解放を求めた今後の基本課題の一つは、人権のまちづくり運動の展開にある。しかも、この運動は、先に指摘した魅力ある部落解放運動の主要な柱となるものである。
ここで、あらためて人権のまちづくり運動の重要性を指摘しておきたい。まず、部落差別の特徴が、地域に対する差別であるという点がある。地域に対する差別を撤廃するためには何よりもまず、劣悪な部落の実態を改善することが必要である。この点は、これまでの部落解放運動の展開と同和対策事業の実施によってある程度実現されてきている。
また、部落と部落の近隣地域との何のわだかまりもない人間関係が構築されることが必要である。このためには、33年間におよぶ特別措置法時代に達成された成果を近隣地域にも役立て、発展させていくこと、例えば隣保館を部落の自立支援のセンターとしてだけでなく、近隣地域との交流のセンターとして活用していくことなどが求められている。
それは各地ですでに取り組まれているが、さらに交流の輪を広げ、地域社会に存在している同様の課題の解決と結びつけて取り組んでいく人権のまちづくり運動が決定的に重要である。交流と協働こそが、人権のまちづくりのキーワードである。なぜならば、偏見は、関係者が直接に接すること、ともに共通の課題に取り組む過程で取り除かれ、真の人間関係が構築されていくからである。
部落解放同盟は、永年にわたって部落を変えるための運動に取り組んできた結果、まちづくりに関してはさまざまなノウハウを持っている。その点では人権のまちづくりは、部落解放同盟が先進的に取り組んできた分野であるという点も指摘しておきたい。今後人権のまちづくり運動を展開していくうえで、留意すべき事項を以下に列挙する。
- 特別措置法のもとでの33年間におよぶ部落解放運動の取り組みと同和行政の実施によって獲得された諸成果を、部落問題の解決のみでなく、近隣地域の住民が抱える課題の解決のためにも役立て、発展させていくこと。
- 部落問題解決に向けた今後の取り組みに際しては、近隣地域の住民が抱えるさまざまな人権課題の解決と結びつけると同時に、さまざまなマイノリティを中心とした社会的困難をかかえる人たちと連帯して人権のまちづくりを推進していく視点を持つこと。
- 各地の先進的な取り組みは、人権、福祉、教育、環境、地域文化、国際交流など多様なテーマに及び、一般市民と連携して、地域的な広がりも見せている。そのモデルとなる事例を集め、これからの取り組みに役立てること。
- 人権のまちづくり実践交流会などを活発に開催し、情報の提供、人材の育成に取り組むこと。
- 多くの人びとを結集して運動の幅を広げ、息長く続けるためには、柔軟な発想による、明るく、そして、したたかな新しい運動スタイルを創り出すこと。
3.市民運動との能動的連携の必要性
部落解放運動は、労働運動や平和運動へ積極的に参加してきた輝かしい伝統を持っている。たとえば全国水平社の時代には、各地で小作争議や労働争議に参加した。戦後においても、三井・三池闘争、安保闘争などに部落解放同盟の参加があった。最近でも、原水禁運動や護憲運動へ積極的に参加している。
また、宗教、教育、文化、労働、企業など各界各方面において、部落差別撤廃をめざす取り組みが進展し、連帯の輪が広がった。部落解放同盟は、今後ともその連携を重視し、部落差別撤廃のみならず、新たに生起する人権上の諸問題の解決に向けた取り組みを強化していかなければならない。
今日、グローバル化のもとでの自由主義市場経済が世界を席巻していることによって、さまざまな面で諸矛盾が噴出してきている。この結果、世界的には、従来から人類的課題として取り組まれてきた核兵器の廃絶といった課題に加えて、地球環境保護に関わった諸課題、世界各地で後を絶たない内戦、飢餓、HIVの蔓延などに代表される諸課題がある。日本国内においても、格差拡大社会が到来した結果、野宿生活者、フリーターやニートと呼ばれる若年層やワーキングプアなどの不安定労働者が増大して生存権が脅かされてきている。労働現場を見ても、正規労働者が減少し、非正規労働者が3分の1を占めるまでに至っている。児童虐待や学校でのいじめ、DVなどの人権課題も深刻な社会問題となってきている。
部落解放同盟としても、こうした時代状況を踏まえ、従来の平和運動や護憲運動への参加に加えて、人類の生存にかかわる環境保護の運動、各種の反差別・人権運動、さらには市民運動へも積極的に参加していくことが求められている。
さまざまな運動に、部落解放同盟が積極的に参加することによって、それらの運動が掲げている課題の達成に貢献するとともに、部落問題に対する関心の拡大と部落解放運動に対する信頼が深まっていくのである。何よりも部落解放運動が常に市民的共感とともに歩んでほしいと願う。また、こうした協働の中から、これからの部落解放運動の展開に役立つ貴重なヒントを得ることもできる。
これらのさまざまな運動に参加する際、部落解放同盟の組織体として参加するだけでなく、一人ひとりの同盟員が、個人として、自覚的に参加することがとりわけ重要である。
さまざまな運動へ積極的に参加していく際の留意点としては、以下の諸点が挙げられる。
- 従来の平和運動や護憲運動とともに、地球環境保護や地域の文化振興、これらの課題を担う青少年の育成、そして、さまざまな反差別・人権課題に取り組む運動にも積極的な関心を持つこと。
- 組織としてだけでなく、同盟員個人としてもNPOなどに参加し、その運動の中で積極的な役割を果たすこと。
- さまざまな運動に参加する人々に部落問題と部落解放運動を訴え、理解を求めていくこと。
4.新しい文化創造の時代
今後の市民社会の中での部落解放運動において、とりわけ重要になるのは新しい文化活動の展開である。部落民としてのアイデンティティを確立するためにも、被差別民の担ってきた文化・芸能・産業技術に関する歴史認識を高めていかねばならない。このような課題は、今後の市民啓発においても重要である。
部落問題が大きい岐路に立っているとき、被差別民の果たした歴史的な役割とその意義を、あらためて市民全体に訴えていくことはきわめて重要である。日本の歴史と文化の深層には、被差別民によって担われてきた地下伏流が走っている。
被差別民の歴史については、差別、貧困、悲惨の視点だけではなく、その果たしてきた生産的、創造的役割についても明確に提示していかなければ、部落解放運動の大目標とそのアイデンティティを確立することはできない。
いつの時代においても、その社会の産業技術、文化芸能、交通と流通、民間信仰などの領域で、実際にその担い手、制作者、伝播者として働いてきたのは、多くの名も無き民衆だった。このような民衆史の視座をしっかりと踏まえながら、あらためて日本の歴史と文化を見直していかねばならない。
日本の歴史と文化の中で、被差別民の果たしてきた生産的、創造的な役割について正しく理解されること、未来を担う部落の子どもたちが自分たちの先祖が部落民であったことを胸を張って言える時代がくること、そしてさまざまな困難な状況を乗り越える新しい文化を創造すること―その時こそ、真の部落解放の力強い歩みが始まったと言えるであろう。部落解放運動における新しい文化創造の活動に関わる留意点として、以下の諸点を提示する。
- 被差別民衆の視座から日本ならびにアジアの歴史と文化を見直し、人間的誇りと連帯の根拠を究明していくこと。
- 被差別民の歴史について、差別・貧困・悲惨の視点からだけでなく、その果たしてきた生産的・創造的役割について明確に提示し、「胸を張って」部落を語れる状況をつくり出していくこと。
- 識字運動や部落解放文学賞などの充実を図るとともに、各地の門付芸や人形芝居などの伝統芸および竹細工芸などの被差別部落の伝統文化の保存・伝承に力を入れること。
- 大阪人権博物館や奈良水平社博物館などを中心に反差別文化・人権資料展示の全国ネットワーク活動と文化広報活動を強化すること。
5.国際的視点の共有
あらゆる面で国際化が進行している今日、部落差別の撤廃も、国際的な視点を欠いては達成することはできない。
部落解放運動は、全国水平社の創立以来、国際連帯の視点を持った運動を展開してきている。水平社宣言には、さまざまな国際的な深い思想から学び取った考え方が盛り込まれているし、朝鮮の被差別民衆であった白丁の解放運動団体である衡平社との連帯が模索された。また、ナチス・ドイツによるユダヤ人迫害に対しても抗議文を採択している。
敗戦後においても、故松本治一郎委員長を先頭に、日中友好運動が展開されたし、インドの被差別民衆との連帯、ヨーロッパにおける反人種主義の闘いとの連帯活動が積み上げられた。
部落解放同盟は、1970年代後半から、国連の人権活動との連携を深め、日本の国際人権規約や人種差別撤廃条約の締結に大きな役割を果たした。また、これらの運動を展開する中から国連との協議資格を持った国連人権NGOとして日本に本部を持つ反差別国際運動(IMADR)が設立されたが、部落解放同盟はそのための積極的な役割を担った。
さらに、日本もその一員であるアジア・太平洋地域における差別撤廃と人権確立には、この地域における地域的人権保障の整備が求められてきているが、そのためのステップとして1994年に(財)アジア・太平洋人権情報センターが創立され、その推進力として部落解放同盟も大きな役割を果たした。
1990年代初頭に、南アフリカにおけるアパルトヘイトが撤廃されて以降、国連は、インドをはじめ南アジア諸国に存在するカースト制度に起因するダリットに対する差別や日本における部落差別、さらには、アフリカのいくつかの国に存在している同様の差別を人種差別撤廃条約にある「世系(descent)にもとづく差別」と規定し、人権保護促進小委員会では「職業と世系にもとづく差別」と把握している。そして、こうした差別を撤廃するための方策を提起してきているが、この過程にも部落解放同盟は積極的な役割を果たしてきている。
こうして1990年代後半以降、部落差別をはじめとする「世系」や「職業と世系」にもとづく差別の撤廃は、国連をはじめとした国際社会が関心を持つ課題となってきているが、今後、85年に及ぶ部落解放運動の経験にもとづく積極的な発信とともに、国連やILO、アメリカやヨーロッパ諸国、さらにはインドなどアジアにおける差別撤廃に向けたさまざまな経験から学んでいくことが求められている。
さらに、21世紀はアジアの世紀であるといわれている。部落解放同盟としても、近隣のアジアにおける人権運動との連携を強化し、この地域における人権確立に貢献していくことが求められている。
国際的な視点を持った、今後の部落解放同盟の活動として以下の諸点に留意することが必要である。
- 部落問題と部落解放運動に関する国際的な発信を強化すること。
- 日本もその一員であるアジア・太平洋地域における差別撤廃と人権確立に力を入れていくこと。
- 国連やILOなどの差別撤廃に向けた取り組みに学んでいくこと。(条約、原則、方策など)
- 差別撤廃に取り組む運動団体間の交流連帯に力を入れていくこと。
- 国際的な視点を持った部落解放運動の人材を養成していくこと。
- 反差別国際運動(IMADR)やアジア・太平洋人権情報センターなどとの連携を強化すること。
6.メディア・インターネット戦略の確立
今回の一連の不祥事に関するマスコミ報道は、社会的不正を指弾することそれ自体は当然のことである。しかし、その報道姿勢には疑問を抱かされた点もある。
これまで部落差別の実態を直視し、その撤廃に真摯に取り組んできた報道人も多くいる。だが、いまだに部落問題をタブー視し、敢えて触れないでおこうという傾向があることも否めない。それらは、言いかえ集、要注意語集、考査事例集、といった禁句的取り組みに矮小化している一面も見られる。
それがひとたび、今度のように司直の手が入ると、堰を切って報道合戦に走る。しかも、表面的な事件報道に流され、どれだけ深部にあるものを掘り下げた報道がなされたか。
過去の被差別部落の劣悪な環境、市民社会から疎外されて就職もままならなかった生活実態、教育も十分に受けられず市民的教養を身に付ける機会すら奪われていた差別の実態がある。名だたる大企業や大学のなかには「部落地名総鑑」を購入して、応募者に本籍地を書かせて部落民であるかどうかの身元調査をしていた事実もあった。また、今日では「電子版部落地名総鑑」まで現れている。そしていまだに、結婚差別をはじめとして根強く残る差別意識、さらには主体性を忘れた同和行政など、こうした歴史と現実をメディアはしっかり踏まえて報道されるべきである。中には、偏ったり、間違った報道も散見された。
最も憂慮すべきは、「やっぱり部落の者は…」と、「部落は悪の温床論」の差別的偏見を増幅させる結果を招くことであった。部落解放運動、同和行政の全否定につながったり、何よりも、差別に耐え懸命に生きているまじめな部落大衆を二重の被害者にしてはならない。
厳密な意味から言えば、「事実」と「真実」は違う。事実は多面性がある。一つの事実からだけでは、真実は見えてこない。記者の視点と力量が問われるところだが、どれだけ多くの事実を積み上げ、真実に迫る努力をするかにかかっている。
人権問題の本質を見据えた確かな視点を持ち、あくまで被差別の現場に軸足を置いた報道をすべきではないか。報道する者の責任として、単なる一過性の事件報道に終わらず、部落問題の解決に向けて、展望がひらけるまで息長い報道を続けることが求められている。
一方、部落解放同盟は敷居が高くて近寄りがたいという声も報道陣からよく聞く。しかし、メディアの側にも、みずから敷居を高くしている意識がある。部落解放同盟はメディアに対してただガードを固めるのではなく、むしろ積極的に情報を提示していくべきである。
また、部落解放同盟はインターネット戦略も遅れている。最近の差別書き込みはますます過激化している。確信犯的、愉快犯的とさまざまであり、集団の意図的、政治的なものもある。インターネットの即時性、影響力、情報が瞬時に凶器に変わる時代への変容を思慮するならば、ネット上の露骨な差別・人権侵害までも表現の自由として放置することは到底看過しがたいものがある。もはや、接続業者任せにすることはできない。画像業者やプロバイダーが主張する通信の秘密と表現の自由の名のもとに、差別・人権侵害を行う自由が横行する危険性を重大視すべきである。
これまでの部落解放同盟側の対応は、インターネット上に差別書き込みがないかという監視活動や削除を求める活動が主だったが、それだけでなく、積極的な情報発信をどう創り上げていくかが大きな課題である。
韓国では、個人を誹謗中傷する差別書き込みに対して、大学教授らが呼びかけて国民運動本部をつくり、「悪質な書き込みを見つけたら、すぐさま善意の書き込みをして、標的になった人を助けよう」という運動を始めた。これも一つのヒントになる。
さらには、差別書き込みへの対抗策というだけでなく、人権文化の発信に向けて国内外の人権団体と連携し、国際的なネットワークを構築することもこれからの大きな課題である。メディア・インターネット戦略として、特に以下の諸点を考慮すべきである。
- 部落解放同盟は、メディアに対して、いたずらに警戒心を抱いて拒否反応を示すのではなく、メディアをよき理解者にする努力をすること。そのために、運動論の中にメディア戦略をきちんと位置づけること。メディア問題に取り組む専門家や市民と連携して、日本のメディアの人権・倫理基準のあり方などを含めて研究し、提言していくこと。
- 日常的に報道記者のみならず、紙面づくりに携わるすべてのスタッフ、番組制作に関与する映像メディアのスタッフ等との話し合いの場を持ち、積極的に情報を開示していくこと。また、メディア関係者が参加したいと思えるような魅力的な学びの場を提供すること。
- インターネット戦略としては、差別書き込みに対する削除要求などの法的対抗手段にとどまらず、むしろ差別情報を凌駕する積極的な人権文化の情報発信に取り組むこと。
7.相互理解と相互変革をめざす糾弾
差別に対する糾弾は、部落解放運動にとって生命線であると言われ、戦前の高松差別裁判糾弾闘争や戦後におけるオールロマンス差別事件、部落地名総鑑差別事件などの糾弾闘争に見られるように、歴史的にも社会的にも差別撤廃・人権政策確立のうえで大きな成果をあげてきている。さらに、糾弾を通じて個人的にも多くの人間変革を遂げた事例がある。今後とも、部落差別を撤廃していく上で、糾弾闘争が引き続き重要な役割を果たしていくであろう。
しかし他方で、糾弾闘争に対して、社会的に「怖い」とか「つるし上げ」とかのマイナスイメージを一部に持たれていることも事実である。これらの事実を謙虚に直視し、糾弾闘争の意味・意義についての再確認が必要である。
糾弾は、本来、制裁が目的ではない。相互理解にもとづく相互変革ということなくして、差別する側にとっても差別される側にとっても、双方の人間性を傷つける差別を克服することは不可能であるという認識に立って、社会性・説得性・公開性の原則をより徹底しながら糾弾を展開すべきである。
糾弾の今日時点での新たな課題として、近年多発してきている連続脅迫ハガキ事件やインターネットを悪用した差別宣伝・差別扇動事件については、運動体の関係者が当局に告発し、実行者が逮捕され、名誉毀損罪などで裁かれるところとなってきているが、こうした現行法や裁判を活用した取り組みと糾弾のあり方についての究明が急がれる。
また、「人権侵害救済法」が制定された場合、人権委員会が設置されることになるが、こうした法制度の整備による状況変化のもとでの糾弾のあり方についても早急に明らかにしていく必要がある。
上記のような問題点を踏まえ、今後の糾弾の展開に際して留意すべき事項を列挙する。
- 糾弾にあたっては、十分な事実の認定の上に立って、「糾弾要綱」の作成を徹底させ、恣意的にならないように努め、何が差別であり、どの点に問題があったかを明確にすること。それに基づき、あくまで公益をはかる目的のための社会性、説得性、公開性の原則に沿って糾弾を進めること。
- 糾弾などの過程で、相手側の反省や変革を迫るだけでなく、部落大衆の完全解放に向けた自覚を高める点にも留意すること。また、糾弾する場合、差別に対する怒りの強さから、一部には差別した側にすべての責任を被せて糾弾することに終始して、差別を糾す者としての自らのあり方、生き方を規定していく内実化がこれまで希薄だったのではないかとの自省をすること。
- 差別をした当事者の立場の違いを明確にした糾弾闘争をおこなうこと。特に教育現場における差別事件に対しては、成長過程にある児童や生徒の将来を重視して、慎重な配慮をすること。
- これまでの典型的な糾弾闘争の事例や成果をプライバシーに配慮しながら可能な限り広く公表するとともに、これからの糾弾についても「糾弾要綱」や糾弾後の状況を基本的に公表し、糾弾に対する正確な社会認識を形成していく努力をすること。
- 現行法や裁判制度、新たに制定されるであろう「人権侵害救済法」や人権委員会の活用と糾弾闘争のあり方に関する究明を、部落解放同盟として早急におこなうこと。
8.情報公開と説明責任に耐えうる行政闘争の深化
糾弾闘争と並んで行政闘争は、部落解放運動にとって果たしてきた役割は大きい。
1996年5月に出された地域改善対策協議会意見具申は、特別対策から一般対策への移行を基本として、今後の部落差別撤廃に向けた基本的な視点として、ア)これまでの取り組みによって部落差別の実態は改善されてきたものの依然として重要な課題であること、イ)部落問題を含む日本における人権問題の解決は国際的責務となってきていること、ウ)同対審答申の基本精神を踏まえ、今後とも国・自治体・国民が主体的に部落問題解決に取り組む必要があること、エ)部落問題解決に向けた今後の取り組みを他の人権課題の解決と結びつけていくことを提起しているが、今後の行政闘争の展開にあたっては、この基本的な視点を活用していく必要がある。
この基本的な視点を活用していくうえで、何よりも求められている点は、今日時点の部落差別の実態を明らかにしていくことである。このためには、運動団体自らが差別の実態を明らかにするとともに、行政が保有する既存のデータを活用した実態の解明、独自の実態調査の実施を求めていくことが必要である。
また、これらの実態調査によって明らかになった部落差別の実態を改善していくために、科学的な要求書が、専門家の協力も得て作成される必要がある。その際、行政に要求するもの、各種法人やNPO、さらには社会的企業などを立ち上げ、そこが担っていくもの、自力・自闘の姿勢を貫きながら個人が努力をしていくものを組み合わせる視点が必要である。また、部落と部落民の要求のみでなく、近隣地域で存在している同様の要求実現と結びつける視点も必要である。
さらに、今後の行政闘争の展開にあたって、日本が締結した国際人権規約や人種差別撤廃条約など、これらの条約の実施を監視する委員会が出した勧告、「人権教育・啓発推進法」や各地で制定されている部落差別撤廃・人権条例などを活用していくことも必要である。
このほか、行政交渉を実施する際には、要求書を作成すること、一部幹部による密室の交渉を排し、交渉では理路整然とした要求の提示をおこなうこと、交渉した結果を文書にまとめて報告することが必要である。あくまで情報公開と説明責任に耐えうる行政闘争でなければならない。
今後の行政闘争などの展開にあたって求められている諸点を以下に提示する。
敗戦後60有余年を経て、日本社会は成熟の段階に入ってきている。この結果、国や自治体はもとより企業や民間団体においても、法にもとづく統治、法令遵守、社会的倫理の尊重などが厳しく求められるところとなってきた。
一方、部落解放運動は、全国水平社創立以来、日本における人権運動の中軸を担う運動として、社会的に評価されてきている。それだけに、社会が部落解放運動を見る目には厳しいものがあることを重視すべきである。さらに、国権主義的な傾向を強める勢力は、部落解放同盟を弱体化させるため、弱点を衝こうとしている点にも警戒心を持つことが必要である。
ところが、部落解放同盟には、綱領・規約は存在しているが、国や自治体、企業や労働組合などが整備しているいわゆる「行動指針」は存在していない。部落解放同盟として、全国水平社以来の伝統的な基本精神である自力・自闘を基本にして今日的な「行動指針」を早急に策定することが必要である。その際、少なくとも以下の諸点が盛り込まれる必要がある。
部落解放同盟の綱領・規約や組織実態を見たとき、部落解放同盟は、各部落を基礎に組織されている支部が基本組織で、その連合体が各都府県連合会となり、各都府県連合会の連合体が部落解放同盟(中央本部)となっていて、単一組織ではあるが、いわゆる中央集権的な組織ではない。
このような組織は、地域に根を張っていること、権力の弾圧によって一挙に壊滅的な打撃を受けることは少ないこと、独裁的・官僚的な組織運営がおこなわれにくいといった良い面を持っている。
しかしながら、他面、支部段階で不正や非民主的な動きがあったとしてもその早期摘発や是正が容易でないことや、中央本部や都府県連で一定の方針を提起しても、なかなかそれが支部段階まで浸透せず、実行されにくいという問題点がある。だが、その言い訳は、社会的には通用しない。
部落解放同盟の組織実態を踏まえ、不祥事の再発防止と社会的信頼回復に向けて求められている中央本部の指導性と支部のあり方については、支部活動が基礎であることを尊重しつつも、中央本部・都府県連の指導性を確保できるように、少なくとも以下の諸点が取り組まれる必要がある。
今回の一連の不祥事を分析したとき、支部幹部や支部員によって引き起こされた不祥事が、当局によって摘発され、マスコミに報道されるまで関係府県連や中央本部段階で把握されていなかったという問題がある。
運動の将来を見通す構想力と鋭い感性を持った若いリーダーの育成なくして、未来への展望を切りひらくことはできない。新しい運動の担い手を次々に産み出していくことなくして新しい運動の発展はない。
その場合、新しい運動の担い手として女性の活動家を育てていくことを大きな柱とする必要がある。部落解放同盟の女性たちが、部落差別と女性差別との複合性・交差性を見抜き、行動する視点を持つことによって、自ずからさまざまな市民運動との共感や協働の可能性も広がっていくと考えられる。
実践的な人材育成機関を常設して、この困難な過渡期を乗りきるための次代を担う活動家の集中的な育成が求められている。たんなる啓発講座ではなく、専門性を持った密度の濃いセミナーで、しかも元気が出てくる熱気のある研修でなければならない。
「歴史」「思想」「文化」、「経済」「政治」「技術」「情報」関連の諸科学をはじめ、部落差別などのさまざまの「人権」科目を学ぶ。世界各国の人権問題の歴史と現況についても学ぶ。運動実践との関わりも具体的に組み込んだカリキュラムを組み、フィールドワークも実施せねばならない。
なお1970年代から提唱され、いまだに実現にいたっていない「人権大学」についても、この際あらためて再検討する必要がある。国が定める設置基準、資金、人材面などで多くのネックがあったが、設置基準が大幅に緩和された今日では、資金面をクリアすれば実現も可能である。それに協力する人材も各分野に多い。各企業や行政でも、人権問題に精通した専門家を擁する部門が必要とされている。そのような状況を踏まえながら、数年をかけて構想を具体化していく絶好の機会である。
不祥事の再発防止と根絶に向けて、部落解放同盟としての組織のあり方、活動のあり方を定めている規約の改正が不可欠である。なお、規約の改正の検討に際しては、部落解放運動の新たな方向性にも対応していく視点をも合わせ持つ必要があるが、少なくとも、以下の諸点について規約改正が検討される必要がある。