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2008.01.10
意見・主張
  

部落解放運動への提言

一連の不祥事の分析と部落解放運動の再生にむけて

2007年12月12日

部落解放運動に対する提言委員会

【目次】

  1. はじめに―危機的状況を直視する
  2. 一連の不祥事の背景の分析と問題点
    1. 生かされなかった過去の教訓
    2. 行政と運動団体幹部の癒着
    3. 行政要求一辺倒が招いた行政依存体質
    4. 手段(事業)と目的(解放)の本末転倒
    5. 内なる敵に対する甘さ
    6. 同盟員の意識の落差
    7. 独善を生んだ運動論のゆがみ
    8. 不正をチェックできなかった組織上の欠陥
  3. 部落解放運動再生への道
    1. 「特措法」時代の光と陰の厳しい総括と意識改革
    2. 運動論の再構築
      1. 魅力ある運動の創出
      2. 人権のまちづくり運動の推進
      3. 市民運動との能動的連携の必要性
      4. 新しい文化創造の時代
      5. 国際的視点の共有
      6. メディア・インターネット戦略の確立
      7. 相互理解と相互変革をめざす糾弾闘争
      8. 情報公開と説明責任に耐えうる行政闘争の深化
    3. 組織の強化
      1. 自力・自闘を基本にした「行動指針」の策定
      2. 中央本部の指導性と支部のあり方
      3. 内部チェック機能の整備
      4. 人材育成の重要性
      5. 規約改正の検討
  4. 真の人権政策の確立を求めて
    1. 同和行政の切り捨ては許されない
    2. 人権行政における同和問題の位置づけと内実化
    3. 「人権教育・啓発推進法」等の有効な活用
    4. 個別の人権課題を踏まえた実施計画の策定
    5. 縦割り弊害を排した行政総体の取り組みの促進
    6. 官民協働の取り組みへの積極的参加
    7. 「人権侵害救済法」の早期成立を含む人権法制度の確立
  5. むすび―改革を停滞させないために
    1. 実行できるモデルと目標の提示
    2. 緊急に着手すべき課題
    3. 水平社宣言の今日的意義を踏まえた運動の再生

以上

  1. 「部落解放運動に対する提言員会」構成
  2. 「提言委員会」開催経過

(1)はじめに―危機的状況を直視する

大阪・奈良・京都で発生した今回の一連の不祥事は、人権の確立と社会正義の実現を掲げる運動団体としては、あってはならない事件であった。これらの事件は、市民社会の倫理から大きく逸脱した事犯であった。

まじめに部落解放運動に取り組んできた多くの部落大衆は、胸を締めつけられる思いでテレビや新聞報道を見たであろう。全国水平社以来の部落解放運動の先駆性を胸を張って語ってきたにもかかわらず、水面下でこのような事態が起きていたのである。それとともに部落解放運動と連帯してきた多くの人たちにも深い衝撃を与えた。

これら一連の不祥事の経過を見ても、決して「偶発的で個人的な問題」ではない。1965年の「同和対策審議会答申」を受けて、1969年に制定された「同和対策事業特別措置法」以来、運動の内部においてしだいに体質化され構造化された諸要因にもとづくものとも言えるであろう。

したがって今回の事件は、指導部の謝罪や関係者の除名でもって、信頼が回復できるような問題ではない。確固たる解放の運動主体が形成されないままに、部落解放同盟が社会的に孤立し、権力の介入や行政の部落問題解決への責任放棄を招く危機的事態に立ち至っている。

このような状況の中で、前近代からの「部落賤視観」と、同和対策事業の過程で醸成された「ねたみ意識」を共存させている人たちには、「やっぱりそうか」と、ますます差別意識を増幅させることになった。

部落解放運動は、戦後最大の危機に直面している。運動理念も衰退し、組織実態においても空洞化がみられる。被差別民の集団としては、世界最初の人権宣言と言ってもよい「水平社宣言」のもとに出発した全国水平社であるが、その85年におよぶ輝かしい闘いの歴史も、このままでは地に堕ちることになりかねない。

このような状態がさらに続けば、さまざまの差別から人間を解放する先駆けとして、部落解放運動に心を寄せてきた人々の心も離れていくことになる。部落解放運動が全国水平社以来の苦闘のなかで積み上げてきた多大な成果や社会改革への取り組みも、このままでは生気を失い、それらの成果を受け継ぎ切りひらくべき次の時代を担うことは困難となる。今回の不祥事は、部落解放同盟の存在意義そのものが根本から問われる緊急事態である。

提言委員会は、こうした危機的状況を直視しながら、部落解放同盟が真に時代の要請に応える新しい運動の展望を切りひらき、人間解放の崇高な理念にもとづく活力ある組織として再生するためには何をなすべきか、その方向性と課題について提言する。部落解放同盟に対しては、この提言を受けて、あくまで主体的に、徹底した内部討議と総学習を行い、誠実な運動再生への実践を期待する。

(2)一連の不祥事の背景の分析と問題点

1.生かされなかった過去の教訓

部落解放同盟中央本部が「大阪・飛鳥会問題等一連の不祥事に関わる見解と決意」の中で、「決して『個人的犯罪』とか『権力からの弾圧』とかということだけで済まされるような問題ではない」とし、「このような個人を生んだ運動的・組織的体質はなかったのかということを徹底的に自己切開・自己点検する」と表明したのは、当然のことであった。

過去にもさまざまな不祥事があったが、組織防衛的発想が先に立ち、一過性の統制事案で処理され、問題の本質的な掘り下げが足りなかったがゆえに、教訓が生かされなかったのではないか。今度こそ、事件の背景にある運動論、組織論にも、固定観念にとらわれずにメスを入れ、原因と問題点を真剣に分析、考察する必要がある。

2.行政と運動団体幹部の癒着

今回の不祥事はもとより、過去の不祥事にさかのぼって検証しても、その背景には行政と運動団体幹部の一部との癒着がある。

ここには、真に人間解放をめざす同和行政というよりは、運動団体対策であり、団体幹部対策にすぎなかった一面がある。信頼関係という美名の馴れ合いであった。主体性を忘れた行政の事なかれ主義が団体幹部の顔色をうかがい、トラブルさえなければよしとする風潮を招いた。あるいは、行政側は円滑な行政執行のために、積極的に有力幹部の力を利用することもあった。運動団体の中にはそれにあぐらをかいた一種の「強面(こわもて)」の権力構造を生んだ側面があり、「同和はこわい」という偏見に被差別の側も乗じて、不当な私的利益・便宜供与の要求を行政に突きつける者たちも出現した。

いわゆる部落解放運動の先進地と言われたところで、不祥事が噴出したことに、一層根の深い問題がある。そして、上記の傾向が単に不祥事を起こしたところのみならず、その他のところにおいてもまったくないとは言えないところに大きな問題がある。

3.行政要求一辺倒が招いた行政依存体質

特別措置法時代、同対審答申の完全実施を求める行政闘争が展開され、行政側もそれを真摯に受けとめ、多くの成果を挙げたことは確かである。社会正義を求め、社会的支持が得られる行政交渉であれば、何ら臆することはない。だが、いつのまにか行政にすべての責任を転化させる行政責任万能主義に流され、行政依存体質に陥る傾向もあった。

本来、行政と運動団体は、お互い主体性を持ち、それぞれの責任と役割分担を明確に自覚して、共通の目標に手を携えて取り組むべきなのに、その筋道を間違え、自立自闘の精神が忘れられがちであった。運動の力点が対外志向、つまり対行政が中心になってしまって、自分たちの運動体の中に向けて展開しきれなかったことが、不祥事を惹き起こした主要な原因と言える。

行政から事業を引っ張ってくる、金を集めてくることができる人物が能力ある指導者であるかのように勘違いされた場合があった。それが幹部請負主義を助長し、ここからも権力構造が生まれると同時に、組織が空洞化し、運動が衰退した要因となっている。

4.手段(事業)と目的(解放)の本末転倒

何のための部落解放運動か。何のための同和行政か。その原点を忘れたところに、すべてが起因する。「同和問題の解決は国の責務であり、同時に国民的課題である」とした1965年の同対審答申、1969年の「同和対策事業特別措置法」の制定によって始まった同和対策事業は、あくまで部落問題を解決するための一つの手段であった。目的は部落の完全解放にあったはずである。

目的と手段を混同した本末転倒の事業消化主義が、行政も、運動をも、同時進行で堕落させた。本来ならば、部落解放同盟、とりわけ幹部活動家によって部落大衆に一つひとつの事業の意義の徹底と部落の完全解放に向けての自覚を促す指導と学習が行われるべきだったのだが、それがおろそかにされたため、一部に甘えの構造を助長し、ひいては事業の私物化につながった。さらに、行政も、一般市民の理解と共感を得るための説明責任を十分果たさず、事業執行の不透明さが、いわゆる「ねたみ意識・逆差別意識」を生む要因となった。

5.内なる敵に対する甘さ

部落解放同盟は外の敵に対しては強いが、内なる敵に対して弱いのではないかという批判もある。部落解放運動は大衆運動であり、部落解放同盟組織は多様な人たちからなる大衆組織である。中には差別の結果から道を踏み外した人もおれば、逆にいわゆるアウトローから運動に参加して立ち直った人もいる。とりわけ、被差別部落において困難をかかえた底辺層の人びとを数多く救済してきたことは、部落解放同盟の誇りとすべきところである。

しかし、被差別民であるとの共通意識から、自然に、身内に甘いところはなかったか。いろいろな社会・経済層や内在的矛盾を抱えた大衆組織であるとしても、社会的責任を持つ部落解放同盟が、組織と運動の倫理性を欠いてもよいという理由にはならない。多様性を持つ大衆組織というようなことでの弁解は通用しない。

なぜなら、今回のような不祥事は、崇高な人間解放の運動とはおよそ無縁の、断じて許しがたい裏切りの犯罪行為であり、最大の被害者は他ならぬまじめな活動と日常生活を営む被差別部落の大衆だからである。同時に、公金を「私」したということは、納税者である市民に被害を与えたという視点も忘れてはならない。

6.同盟員の意識の落差

部落解放同盟中央本部は、今日の事態を「戦後最大の危機」ととらえている。このまま放置すれば、組織も運動も崩壊の瀬戸際に立たされ、そればかりか、これまで血と汗で営々と積み上げてきた運動の成果が水泡に帰す恐れすらある。

その危機意識と緊張感を全同盟員が果たしてどれだけ共有しているのであろうか。中央本部と地方組織の間には、温度差がありすぎるようにも見受けられる。もちろん、地を這うような運動をしている各地の同盟員の中には、中央本部以上に切実な危機意識と大きな憤りを抱いている人々も多い。「まじめに頑張ってきたのに水の泡だ」、「今はひたすらお詫びをするだけで、人権研修なんてとても呼びかけられない」といった血を吐くような声が活動家の間から噴き出している。

一方で、特別措置法失効後5年を経過したのに、いまだに特別措置法時代の幻想と既得権意識から脱却できないでいる部分もある。特別措置法時代と現在とは、運動を取り巻く情勢も大きく変化している。規制緩和や財政改革の名のもとで弱者切り捨ての施策が行われ、行政の対応のみならず社会の目も格段と厳しくなっていることへの認識も薄い。

もともと部落解放運動は地域に密着した運動であったが、しだいに活力を失い、運動の魅力が薄れ、世代間の断絶も生じている。かつては厳しい差別にさらされているという意識により、強固な連帯感が存在した。しかし、露骨な差別体験が次第に減ってくると、部落民としての連帯意識の希薄化が進んだ。さらに特措法時代における物的改善事業や個人給付事業のような目に見えるメリットがなくなると、部落の若者たちのアイデンティティさえも急速に希薄化してきている。心を沸き立たせ、志を一つにする新しい運動の方向性がしっかりと見出されていない。

全国水平社の宣言に謳われた「吾々は、かならず卑屈なる言葉と怯懦なる行為によって、祖先を辱しめ、人間を冒涜してはならぬ」という基本精神はどこに消えたのか。「お付き合いで同盟費と新聞代だけ出しとけばいい」という同盟員もいれば、貸付金や家賃の不払い、住宅の不正使用などもある。あるいは「自分は特権を持っている」と言わんばかりの立ち居振る舞いをする人物も見られる。

同和対策事業に関連する各種の制度利用は、部落の人々の自立向上をめざした施策であったが、水平社宣言の言葉を借りれば、「かえって多くの兄弟を堕落させた」一面もあったのではないか。また、組織内で企業者など一部の者への優遇やおもねりと映るようなやり方は、それ以外の同盟員に幻滅、倦怠感をもたらした部分もある。

不祥事をきっかけに脱退者も出ている。組織と運動離れに一層拍車をかけかねない。今、「部落解放運動は人間解放を担いうるか」が根源から問われている。

7.独善を生んだ運動論のゆがみ

部落解放運動は、水平社の時代から、単に部落民のみならず、すべての人間の解放をめざす普遍的な原理に根ざしていた。決して部落差別だけが孤立して存在する問題ではなく、あらゆる差別は根底ではつながっているからである。

さまざまな人権課題が存在するが、どの課題が大きいとか小さいとか、どの痛みが重いとか軽いとか、秤にかけることはできない。日本社会では部落差別こそが最も深刻な問題であるという「部落差別最深刻論」の展開が、時には方向を間違えて排除の論理に陥り、他の人権課題に関わる人々との間に溝を生じさせたきらいがある。誤解もあるようだが、手を携えて活動すべき他のマイノリティ団体から「部落解放同盟と一緒になると、脇に追いやられてしまう」という不満の声が聞かれることもある。

労働運動の分野でも、昔は炭鉱労働運動を同盟員が担ってきたし、清掃労働者やと場の労働者の地位確立運動とか経済闘争などにも部落解放同盟は大きな役割を果たしてきた。しかし、今回不祥事を起こした市の清掃などの現業職場では、不祥事に関わった者たちは労働組合にも入っていなかったという現実がある。

部落解放同盟の側は「この指とまれ」ではなく、自ら進んで、かつ謙虚な姿勢で、さまざまな市民運動と連携する水平な関係を作り出さないと、運動の孤立化を招く。そればかりか、NPOや市民運動に遅れをとる恐れもある。

また、差別の痛みは足を踏まれた者にしか分からないという「差別の痛み論」を突きつけることによって、相手を屈服させる手段に使われてきたという問題もある。踏まれた者の痛みはなかなか分からないからこそ、教育・啓発が必要であり、運動が必要なのではないだろうか。一部には独善的な論理をことさらに振りかざし、強圧的になって、それが利権あさりに悪用される場合も見られた。

8.不正をチェックできなかった組織上の欠陥

今回の一連の不祥事は、司直の手が入り、マスコミで報道されるまで、事前にチエック機能が働かなかったことに大きな問題がある。何よりも、同盟員の中から問題指摘の声が起こらなかったことも問題である。もし、内部批判を許容しないような雰囲気があるとすれば、組織が堕落するのは必然である。

過去、同和対策事業の決定と執行に関する組織のあり方の問題、つまり事業執行に関するコンプライアンス(法令順守)、会計監査、事業監査などの問題はどうだったのか。不正・腐敗の防止システムの欠如、支部の役員選出や組織運営についての民主的システムの不徹底、さらには、事業に対する市民の視線への説明責任等々が厳しく問い直されなければならない。それは、危機管理能力の欠如をも意味するからである。

部落解放同盟組織は、中央本部―都府県連―支部という構成になっており、対外的には部落解放同盟という単一組織でありながら、歴史的経緯もあって、支部の自主的要素が強い。

それが長所である一方、支部長による支部のボス支配、私物化を生み、不祥事につながった側面がある。中央本部や都府県連の指導性や監視機能も働かなかった。不祥事の温床になった大阪・飛鳥支部では10年間も支部大会が開かれていなかった。

地域特性と地域ごとの支部の主体的活動は、部落解放同盟の活力の源となるものだが、それは部落解放運動の原理・原則を踏み外して勝手気ままに何をやってもよいということではないはずである。ましてや不祥事の生起に対して、支部のことは支部に任せているという言い訳は、社会的には通用しない。

規約の問題点もある。現状では、中央本部や都府県連が支部に対して十分指導性とチェック機能を発揮できるようになっていないし、支部段階においても会計監査とか支部大会の開催義務などについて規約上の不備がある。

(3)部落解放運動再生への道

1.「特措法」時代の光と陰の厳しい総括と意識改革

部落解放運動が今回の不祥事を乗り越え、再生への一歩を踏む出すにあたっては、まず何よりも特措法時代の「光」と「陰」の厳しい総括がなされなければならない。それを踏まえたうえで、運動論の再構築と組織の抜本的強化が求められる。

1969年に「同和対策事業特別措置法」が制定されて以降、2002年3月末に「地域改善対策特定事業に係わる国の財政上の特別措置に関する法律」が期限切れとなるまで、33年間にわたって特別措置が実施されてきた。

この結果、部落の住環境面の改善は大きく前進し、火事が起こっても道路が狭くて消防自動車が入れない、6畳一間に家族が6人暮らしている、雨が降れば道路が水浸しになるなどといった劣悪な実態は、基本的には解消されてきた。教育面でも、いまだに大学の進学率には大きな開きがあるものの、「同対審」答申が出されたころには全国平均の半分以下であった高校進学率は、特別の奨学資金制度が整備されたことなどもあって急速に高まり、今日、4ないし5ポイント差まで接近してきている。民間企業が部落出身者をなかなか採用しない状況の下にあって、現業部門を中心に自治体職員として採用される部落出身者が増えていったことなどによって、生活の安定が一定程度はかられた。また自治体も次第に行政機構を整え、同和対策事業を実施するようになった。

また、日本の歴史や社会科を扱う教科書に部落問題が記述されたことによって、小学校や中学校、高等学校においても同和教育に取り組む学校が拡大していった。教員養成をおこなっている大学を中心に部落問題論を開設する大学も次第に増えた。

これらは、特別措置法を活用した部落解放運動が獲得した大きな成果で、いわば「光」の部分である。

しかしながら、特別措置法のもとでの33年間に産み出されてきた「陰」の部分も存在している。前項の「一連の不祥事の背景の分析と問題点」でも指摘した通り、部落解放同盟が運動方針の中で掲げていた「部落の完全解放が目的で個々の要求はそのための手段である」という方針が守られず、個々の要求実現が目的となってしまったという問題がある。この結果、部落の中に、特別措置にもとづく特別施策に依存する傾向を生み出してしまった。また、本来、特別措置は、劣悪な実態があるのに、一般施策でそれを改善することができない場合、一時的にとられる措置で、目的が達成された時点で廃止しなければならないという基本原則が忘れ去られ、いつまでも特別措置が実施されるものという認識が定着してしまったという問題もある。

さらに、差別の結果に対する闘いはおこなわれたが、差別の原因に迫る闘いが不十分であったという問題がある。それのみならず、本来、部落解放運動自らが実施しなければならない課題まで、行政に依存するという傾向をも生み出してしまった。この他、幹部が請け負う形で、要求の実現が図られていったという問題もある。これらの諸要因によって、一握りの幹部の特権と腐敗をもたらした。

部落解放運動の社会的信用の回復に向けて、これらの「陰」の部分に関する厳しい反省を踏まえた取り組みが問われている。

2002年3月末で特別措置法にもとづく特別措置は基本的には終了した。しかしながら、部落問題が、完全に解決されたわけではない。部落解放同盟は、引き続き部落の完全解放・人間解放をめざして、決意を新たにし、同盟員の意識改革のうえに立って、再出発しなければならない。

2.運動論の再構築

1.魅力ある運動の創出

従来、部落解放同盟の大会や諸集会では、「兄弟姉妹の皆さん」という呼びかけが行われていた。これは、全国の部落と部落民がおかれてきた差別の歴史と、共通した被差別の実態を基礎に形成されていたアイデンティティであったと言えよう。

しかしながら、従来のアイデンティティ形成を支えていた「共通した被差別の実態」が、これまでの部落解放運動の取り組みや同和行政の実施によって、大きく変貌してきている。この結果、部落解放同盟の組織の現状を直視するとき、同盟員の減少、とりわけ若年層の結集が少ないという重大な問題がある。

言うまでもなく、これからの部落解放運動を担っていくのは、若手の部落解放同盟員である。早急に部落に居住する若手の部落民、部落から出て部落外に居住する若手の部落民に対する働きかけを強め、部落解放同盟への結集を呼びかけることが必要である。その際、部落民としての自覚、部落解放同盟員としての自覚はいかにすれば形成されるかを、しっかりと踏まえた取り組みが求められる。

個人なり集団のアイデンティティは、他者によってどのように見なされているかということを契機に自覚されることが少なくないが、積極的には、個人なり集団がおかれている生活環境やたどってきた歴史についての理解、個人なり集団が将来何をめざしているかということの自己認識などによって形成される。

このため、部落と部落解放運動の歴史、部落と部落民が置かれている現状を明らかにし、それを系統的に学ぶとともに、新たなアイデンティティの確立のためには、魅力ある部落解放運動の創造が不可欠である。

1980年代の後半から、部落解放同盟は第3期の部落解放運動の展開を呼びかけている。その中で、全国水平社の時代の運動を第1期とし、この時期の運動の基本が糾弾闘争にあったと規定している。戦後、水平社運動を継承して直ちに再建された部落解放全国委員会から1955年に部落解放同盟と改称し、「同対審答申」や特別措置法を武器とした運動を第2期としている。この時期の運動の形態が行政闘争であったと位置づけている。その上で、第3期の部落解放運動の特徴は、国内外における共同闘争を運動の基本形態にすることを提唱している。

この第3期の運動の提起は、基本的には有意義なものとして評価することはできるが、現実の部落解放同盟の運動を見たとき、第2期にとどまっているところが少なくない。このため、部落解放運動が人間の尊厳を基軸においた人間解放をめざすものであることを踏まえて、第3期の運動の内容をさらに明確にし、魅力ある運動の創出をはかる必要がある。その際、少なくとも以下の諸点が考慮されなければならない。

  1. 今後、部落差別撤廃に向けた取り組みを実施する際、部落の近隣地域の要求実現と結びつける視点を重視し、さらにはより広範な市民社会の中でさまざまな人権課題に取り組む人々との連携を強め、人権のまちづくり運動として展開していくこと。部落解放同盟は、地域の共通の課題を結びつけ、ひとつの運動に発展させるコーディネーター的役割を果たすこと。
  2. 人権教育及び人権啓発の推進に関する法律(人権教育・啓発推進法)の具体化や活用、悪質な差別や人権侵害の禁止と被害者の効果的な救済などを可能とする法制度の整備をはじめ日本における人権法制度の確立に向けて積極的な役割を果たしていくこと。とりわけ、マイノリティ諸団体との意識的な連携を深め、マイノリティの視点からの反差別・人権政策の提言活動を強化すること。
  3. アジア・太平洋地域における差別撤廃と人権確立、さらには国連の差別撤廃や人権確立に向けた取り組みとの連携を強化すること。このため、反差別国際運動(IMADR)などとの連帯を強化すること。
  4. 部落の歴史、部落解放運動の歴史を掘り起こし、部落と部落解放運動が日本社会の中で果たしてきた積極的な役割を明らかにすること。また、部落が担ってきた産業や被差別民が創造してきた文化を明らかにし、さらに発展的に創生していくこと。
  5. 部落の中での相談活動を重視すること。高校や大学、さらには大学院への進学を高めるとともに、社会のさまざまな分野で活躍する人材を育てることに力を入れること。

2.人権のまちづくり運動の推進

部落の完全解放を求めた今後の基本課題の一つは、人権のまちづくり運動の展開にある。しかも、この運動は、先に指摘した魅力ある部落解放運動の主要な柱となるものである。

ここで、あらためて人権のまちづくり運動の重要性を指摘しておきたい。まず、部落差別の特徴が、地域に対する差別であるという点がある。地域に対する差別を撤廃するためには何よりもまず、劣悪な部落の実態を改善することが必要である。この点は、これまでの部落解放運動の展開と同和対策事業の実施によってある程度実現されてきている。

また、部落と部落の近隣地域との何のわだかまりもない人間関係が構築されることが必要である。このためには、33年間におよぶ特別措置法時代に達成された成果を近隣地域にも役立て、発展させていくこと、例えば隣保館を部落の自立支援のセンターとしてだけでなく、近隣地域との交流のセンターとして活用していくことなどが求められている。

それは各地ですでに取り組まれているが、さらに交流の輪を広げ、地域社会に存在している同様の課題の解決と結びつけて取り組んでいく人権のまちづくり運動が決定的に重要である。交流と協働こそが、人権のまちづくりのキーワードである。なぜならば、偏見は、関係者が直接に接すること、ともに共通の課題に取り組む過程で取り除かれ、真の人間関係が構築されていくからである。

部落解放同盟は、永年にわたって部落を変えるための運動に取り組んできた結果、まちづくりに関してはさまざまなノウハウを持っている。その点では人権のまちづくりは、部落解放同盟が先進的に取り組んできた分野であるという点も指摘しておきたい。今後人権のまちづくり運動を展開していくうえで、留意すべき事項を以下に列挙する。

  1. 特別措置法のもとでの33年間におよぶ部落解放運動の取り組みと同和行政の実施によって獲得された諸成果を、部落問題の解決のみでなく、近隣地域の住民が抱える課題の解決のためにも役立て、発展させていくこと。
  2. 部落問題解決に向けた今後の取り組みに際しては、近隣地域の住民が抱えるさまざまな人権課題の解決と結びつけると同時に、さまざまなマイノリティを中心とした社会的困難をかかえる人たちと連帯して人権のまちづくりを推進していく視点を持つこと。
  3. 各地の先進的な取り組みは、人権、福祉、教育、環境、地域文化、国際交流など多様なテーマに及び、一般市民と連携して、地域的な広がりも見せている。そのモデルとなる事例を集め、これからの取り組みに役立てること。
  4. 人権のまちづくり実践交流会などを活発に開催し、情報の提供、人材の育成に取り組むこと。
  5. 多くの人びとを結集して運動の幅を広げ、息長く続けるためには、柔軟な発想による、明るく、そして、したたかな新しい運動スタイルを創り出すこと。

3.市民運動との能動的連携の必要性

部落解放運動は、労働運動や平和運動へ積極的に参加してきた輝かしい伝統を持っている。たとえば全国水平社の時代には、各地で小作争議や労働争議に参加した。戦後においても、三井・三池闘争、安保闘争などに部落解放同盟の参加があった。最近でも、原水禁運動や護憲運動へ積極的に参加している。

また、宗教、教育、文化、労働、企業など各界各方面において、部落差別撤廃をめざす取り組みが進展し、連帯の輪が広がった。部落解放同盟は、今後ともその連携を重視し、部落差別撤廃のみならず、新たに生起する人権上の諸問題の解決に向けた取り組みを強化していかなければならない。

今日、グローバル化のもとでの自由主義市場経済が世界を席巻していることによって、さまざまな面で諸矛盾が噴出してきている。この結果、世界的には、従来から人類的課題として取り組まれてきた核兵器の廃絶といった課題に加えて、地球環境保護に関わった諸課題、世界各地で後を絶たない内戦、飢餓、HIVの蔓延などに代表される諸課題がある。日本国内においても、格差拡大社会が到来した結果、野宿生活者、フリーターやニートと呼ばれる若年層やワーキングプアなどの不安定労働者が増大して生存権が脅かされてきている。労働現場を見ても、正規労働者が減少し、非正規労働者が3分の1を占めるまでに至っている。児童虐待や学校でのいじめ、DVなどの人権課題も深刻な社会問題となってきている。

部落解放同盟としても、こうした時代状況を踏まえ、従来の平和運動や護憲運動への参加に加えて、人類の生存にかかわる環境保護の運動、各種の反差別・人権運動、さらには市民運動へも積極的に参加していくことが求められている。

さまざまな運動に、部落解放同盟が積極的に参加することによって、それらの運動が掲げている課題の達成に貢献するとともに、部落問題に対する関心の拡大と部落解放運動に対する信頼が深まっていくのである。何よりも部落解放運動が常に市民的共感とともに歩んでほしいと願う。また、こうした協働の中から、これからの部落解放運動の展開に役立つ貴重なヒントを得ることもできる。

これらのさまざまな運動に参加する際、部落解放同盟の組織体として参加するだけでなく、一人ひとりの同盟員が、個人として、自覚的に参加することがとりわけ重要である。

さまざまな運動へ積極的に参加していく際の留意点としては、以下の諸点が挙げられる。

  1. 従来の平和運動や護憲運動とともに、地球環境保護や地域の文化振興、これらの課題を担う青少年の育成、そして、さまざまな反差別・人権課題に取り組む運動にも積極的な関心を持つこと。
  2. 組織としてだけでなく、同盟員個人としてもNPOなどに参加し、その運動の中で積極的な役割を果たすこと。
  3. さまざまな運動に参加する人々に部落問題と部落解放運動を訴え、理解を求めていくこと。

4.新しい文化創造の時代

今後の市民社会の中での部落解放運動において、とりわけ重要になるのは新しい文化活動の展開である。部落民としてのアイデンティティを確立するためにも、被差別民の担ってきた文化・芸能・産業技術に関する歴史認識を高めていかねばならない。このような課題は、今後の市民啓発においても重要である。

部落問題が大きい岐路に立っているとき、被差別民の果たした歴史的な役割とその意義を、あらためて市民全体に訴えていくことはきわめて重要である。日本の歴史と文化の深層には、被差別民によって担われてきた地下伏流が走っている。

被差別民の歴史については、差別、貧困、悲惨の視点だけではなく、その果たしてきた生産的、創造的役割についても明確に提示していかなければ、部落解放運動の大目標とそのアイデンティティを確立することはできない。

いつの時代においても、その社会の産業技術、文化芸能、交通と流通、民間信仰などの領域で、実際にその担い手、制作者、伝播者として働いてきたのは、多くの名も無き民衆だった。このような民衆史の視座をしっかりと踏まえながら、あらためて日本の歴史と文化を見直していかねばならない。

日本の歴史と文化の中で、被差別民の果たしてきた生産的、創造的な役割について正しく理解されること、未来を担う部落の子どもたちが自分たちの先祖が部落民であったことを胸を張って言える時代がくること、そしてさまざまな困難な状況を乗り越える新しい文化を創造すること―その時こそ、真の部落解放の力強い歩みが始まったと言えるであろう。部落解放運動における新しい文化創造の活動に関わる留意点として、以下の諸点を提示する。

  1. 被差別民衆の視座から日本ならびにアジアの歴史と文化を見直し、人間的誇りと連帯の根拠を究明していくこと。
  2. 被差別民の歴史について、差別・貧困・悲惨の視点からだけでなく、その果たしてきた生産的・創造的役割について明確に提示し、「胸を張って」部落を語れる状況をつくり出していくこと。
  3. 識字運動や部落解放文学賞などの充実を図るとともに、各地の門付芸や人形芝居などの伝統芸および竹細工芸などの被差別部落の伝統文化の保存・伝承に力を入れること。
  4. 大阪人権博物館や奈良水平社博物館などを中心に反差別文化・人権資料展示の全国ネットワーク活動と文化広報活動を強化すること。

5.国際的視点の共有

あらゆる面で国際化が進行している今日、部落差別の撤廃も、国際的な視点を欠いては達成することはできない。

部落解放運動は、全国水平社の創立以来、国際連帯の視点を持った運動を展開してきている。水平社宣言には、さまざまな国際的な深い思想から学び取った考え方が盛り込まれているし、朝鮮の被差別民衆であった白丁の解放運動団体である衡平社との連帯が模索された。また、ナチス・ドイツによるユダヤ人迫害に対しても抗議文を採択している。

敗戦後においても、故松本治一郎委員長を先頭に、日中友好運動が展開されたし、インドの被差別民衆との連帯、ヨーロッパにおける反人種主義の闘いとの連帯活動が積み上げられた。

部落解放同盟は、1970年代後半から、国連の人権活動との連携を深め、日本の国際人権規約や人種差別撤廃条約の締結に大きな役割を果たした。また、これらの運動を展開する中から国連との協議資格を持った国連人権NGOとして日本に本部を持つ反差別国際運動(IMADR)が設立されたが、部落解放同盟はそのための積極的な役割を担った。

さらに、日本もその一員であるアジア・太平洋地域における差別撤廃と人権確立には、この地域における地域的人権保障の整備が求められてきているが、そのためのステップとして1994年に(財)アジア・太平洋人権情報センターが創立され、その推進力として部落解放同盟も大きな役割を果たした。

1990年代初頭に、南アフリカにおけるアパルトヘイトが撤廃されて以降、国連は、インドをはじめ南アジア諸国に存在するカースト制度に起因するダリットに対する差別や日本における部落差別、さらには、アフリカのいくつかの国に存在している同様の差別を人種差別撤廃条約にある「世系(descent)にもとづく差別」と規定し、人権保護促進小委員会では「職業と世系にもとづく差別」と把握している。そして、こうした差別を撤廃するための方策を提起してきているが、この過程にも部落解放同盟は積極的な役割を果たしてきている。

こうして1990年代後半以降、部落差別をはじめとする「世系」や「職業と世系」にもとづく差別の撤廃は、国連をはじめとした国際社会が関心を持つ課題となってきているが、今後、85年に及ぶ部落解放運動の経験にもとづく積極的な発信とともに、国連やILO、アメリカやヨーロッパ諸国、さらにはインドなどアジアにおける差別撤廃に向けたさまざまな経験から学んでいくことが求められている。

さらに、21世紀はアジアの世紀であるといわれている。部落解放同盟としても、近隣のアジアにおける人権運動との連携を強化し、この地域における人権確立に貢献していくことが求められている。

国際的な視点を持った、今後の部落解放同盟の活動として以下の諸点に留意することが必要である。

  1. 部落問題と部落解放運動に関する国際的な発信を強化すること。
  2. 日本もその一員であるアジア・太平洋地域における差別撤廃と人権確立に力を入れていくこと。
  3. 国連やILOなどの差別撤廃に向けた取り組みに学んでいくこと。(条約、原則、方策など)
  4. 差別撤廃に取り組む運動団体間の交流連帯に力を入れていくこと。
  5. 国際的な視点を持った部落解放運動の人材を養成していくこと。
  6. 反差別国際運動(IMADR)やアジア・太平洋人権情報センターなどとの連携を強化すること。

6.メディア・インターネット戦略の確立

今回の一連の不祥事に関するマスコミ報道は、社会的不正を指弾することそれ自体は当然のことである。しかし、その報道姿勢には疑問を抱かされた点もある。

これまで部落差別の実態を直視し、その撤廃に真摯に取り組んできた報道人も多くいる。だが、いまだに部落問題をタブー視し、敢えて触れないでおこうという傾向があることも否めない。それらは、言いかえ集、要注意語集、考査事例集、といった禁句的取り組みに矮小化している一面も見られる。

それがひとたび、今度のように司直の手が入ると、堰を切って報道合戦に走る。しかも、表面的な事件報道に流され、どれだけ深部にあるものを掘り下げた報道がなされたか。

過去の被差別部落の劣悪な環境、市民社会から疎外されて就職もままならなかった生活実態、教育も十分に受けられず市民的教養を身に付ける機会すら奪われていた差別の実態がある。名だたる大企業や大学のなかには「部落地名総鑑」を購入して、応募者に本籍地を書かせて部落民であるかどうかの身元調査をしていた事実もあった。また、今日では「電子版部落地名総鑑」まで現れている。そしていまだに、結婚差別をはじめとして根強く残る差別意識、さらには主体性を忘れた同和行政など、こうした歴史と現実をメディアはしっかり踏まえて報道されるべきである。中には、偏ったり、間違った報道も散見された。

最も憂慮すべきは、「やっぱり部落の者は…」と、「部落は悪の温床論」の差別的偏見を増幅させる結果を招くことであった。部落解放運動、同和行政の全否定につながったり、何よりも、差別に耐え懸命に生きているまじめな部落大衆を二重の被害者にしてはならない。

厳密な意味から言えば、「事実」と「真実」は違う。事実は多面性がある。一つの事実からだけでは、真実は見えてこない。記者の視点と力量が問われるところだが、どれだけ多くの事実を積み上げ、真実に迫る努力をするかにかかっている。

人権問題の本質を見据えた確かな視点を持ち、あくまで被差別の現場に軸足を置いた報道をすべきではないか。報道する者の責任として、単なる一過性の事件報道に終わらず、部落問題の解決に向けて、展望がひらけるまで息長い報道を続けることが求められている。

一方、部落解放同盟は敷居が高くて近寄りがたいという声も報道陣からよく聞く。しかし、メディアの側にも、みずから敷居を高くしている意識がある。部落解放同盟はメディアに対してただガードを固めるのではなく、むしろ積極的に情報を提示していくべきである。

また、部落解放同盟はインターネット戦略も遅れている。最近の差別書き込みはますます過激化している。確信犯的、愉快犯的とさまざまであり、集団の意図的、政治的なものもある。インターネットの即時性、影響力、情報が瞬時に凶器に変わる時代への変容を思慮するならば、ネット上の露骨な差別・人権侵害までも表現の自由として放置することは到底看過しがたいものがある。もはや、接続業者任せにすることはできない。画像業者やプロバイダーが主張する通信の秘密と表現の自由の名のもとに、差別・人権侵害を行う自由が横行する危険性を重大視すべきである。

これまでの部落解放同盟側の対応は、インターネット上に差別書き込みがないかという監視活動や削除を求める活動が主だったが、それだけでなく、積極的な情報発信をどう創り上げていくかが大きな課題である。

韓国では、個人を誹謗中傷する差別書き込みに対して、大学教授らが呼びかけて国民運動本部をつくり、「悪質な書き込みを見つけたら、すぐさま善意の書き込みをして、標的になった人を助けよう」という運動を始めた。これも一つのヒントになる。

さらには、差別書き込みへの対抗策というだけでなく、人権文化の発信に向けて国内外の人権団体と連携し、国際的なネットワークを構築することもこれからの大きな課題である。メディア・インターネット戦略として、特に以下の諸点を考慮すべきである。

  1. 部落解放同盟は、メディアに対して、いたずらに警戒心を抱いて拒否反応を示すのではなく、メディアをよき理解者にする努力をすること。そのために、運動論の中にメディア戦略をきちんと位置づけること。メディア問題に取り組む専門家や市民と連携して、日本のメディアの人権・倫理基準のあり方などを含めて研究し、提言していくこと。
  2. 日常的に報道記者のみならず、紙面づくりに携わるすべてのスタッフ、番組制作に関与する映像メディアのスタッフ等との話し合いの場を持ち、積極的に情報を開示していくこと。また、メディア関係者が参加したいと思えるような魅力的な学びの場を提供すること。
  3. インターネット戦略としては、差別書き込みに対する削除要求などの法的対抗手段にとどまらず、むしろ差別情報を凌駕する積極的な人権文化の情報発信に取り組むこと。

7.相互理解と相互変革をめざす糾弾

差別に対する糾弾は、部落解放運動にとって生命線であると言われ、戦前の高松差別裁判糾弾闘争や戦後におけるオールロマンス差別事件、部落地名総鑑差別事件などの糾弾闘争に見られるように、歴史的にも社会的にも差別撤廃・人権政策確立のうえで大きな成果をあげてきている。さらに、糾弾を通じて個人的にも多くの人間変革を遂げた事例がある。今後とも、部落差別を撤廃していく上で、糾弾闘争が引き続き重要な役割を果たしていくであろう。

しかし他方で、糾弾闘争に対して、社会的に「怖い」とか「つるし上げ」とかのマイナスイメージを一部に持たれていることも事実である。これらの事実を謙虚に直視し、糾弾闘争の意味・意義についての再確認が必要である。

糾弾は、本来、制裁が目的ではない。相互理解にもとづく相互変革ということなくして、差別する側にとっても差別される側にとっても、双方の人間性を傷つける差別を克服することは不可能であるという認識に立って、社会性・説得性・公開性の原則をより徹底しながら糾弾を展開すべきである。

糾弾の今日時点での新たな課題として、近年多発してきている連続脅迫ハガキ事件やインターネットを悪用した差別宣伝・差別扇動事件については、運動体の関係者が当局に告発し、実行者が逮捕され、名誉毀損罪などで裁かれるところとなってきているが、こうした現行法や裁判を活用した取り組みと糾弾のあり方についての究明が急がれる。

また、「人権侵害救済法」が制定された場合、人権委員会が設置されることになるが、こうした法制度の整備による状況変化のもとでの糾弾のあり方についても早急に明らかにしていく必要がある。

上記のような問題点を踏まえ、今後の糾弾の展開に際して留意すべき事項を列挙する。

  1. 糾弾にあたっては、十分な事実の認定の上に立って、「糾弾要綱」の作成を徹底させ、恣意的にならないように努め、何が差別であり、どの点に問題があったかを明確にすること。それに基づき、あくまで公益をはかる目的のための社会性、説得性、公開性の原則に沿って糾弾を進めること。
  2. 糾弾などの過程で、相手側の反省や変革を迫るだけでなく、部落大衆の完全解放に向けた自覚を高める点にも留意すること。また、糾弾する場合、差別に対する怒りの強さから、一部には差別した側にすべての責任を被せて糾弾することに終始して、差別を糾す者としての自らのあり方、生き方を規定していく内実化がこれまで希薄だったのではないかとの自省をすること。
  3. 差別をした当事者の立場の違いを明確にした糾弾闘争をおこなうこと。特に教育現場における差別事件に対しては、成長過程にある児童や生徒の将来を重視して、慎重な配慮をすること。
  4. これまでの典型的な糾弾闘争の事例や成果をプライバシーに配慮しながら可能な限り広く公表するとともに、これからの糾弾についても「糾弾要綱」や糾弾後の状況を基本的に公表し、糾弾に対する正確な社会認識を形成していく努力をすること。
  5. 現行法や裁判制度、新たに制定されるであろう「人権侵害救済法」や人権委員会の活用と糾弾闘争のあり方に関する究明を、部落解放同盟として早急におこなうこと。

8.情報公開と説明責任に耐えうる行政闘争の深化

糾弾闘争と並んで行政闘争は、部落解放運動にとって果たしてきた役割は大きい。

1996年5月に出された地域改善対策協議会意見具申は、特別対策から一般対策への移行を基本として、今後の部落差別撤廃に向けた基本的な視点として、ア)これまでの取り組みによって部落差別の実態は改善されてきたものの依然として重要な課題であること、イ)部落問題を含む日本における人権問題の解決は国際的責務となってきていること、ウ)同対審答申の基本精神を踏まえ、今後とも国・自治体・国民が主体的に部落問題解決に取り組む必要があること、エ)部落問題解決に向けた今後の取り組みを他の人権課題の解決と結びつけていくことを提起しているが、今後の行政闘争の展開にあたっては、この基本的な視点を活用していく必要がある。

この基本的な視点を活用していくうえで、何よりも求められている点は、今日時点の部落差別の実態を明らかにしていくことである。このためには、運動団体自らが差別の実態を明らかにするとともに、行政が保有する既存のデータを活用した実態の解明、独自の実態調査の実施を求めていくことが必要である。

また、これらの実態調査によって明らかになった部落差別の実態を改善していくために、科学的な要求書が、専門家の協力も得て作成される必要がある。その際、行政に要求するもの、各種法人やNPO、さらには社会的企業などを立ち上げ、そこが担っていくもの、自力・自闘の姿勢を貫きながら個人が努力をしていくものを組み合わせる視点が必要である。また、部落と部落民の要求のみでなく、近隣地域で存在している同様の要求実現と結びつける視点も必要である。

さらに、今後の行政闘争の展開にあたって、日本が締結した国際人権規約や人種差別撤廃条約など、これらの条約の実施を監視する委員会が出した勧告、「人権教育・啓発推進法」や各地で制定されている部落差別撤廃・人権条例などを活用していくことも必要である。

このほか、行政交渉を実施する際には、要求書を作成すること、一部幹部による密室の交渉を排し、交渉では理路整然とした要求の提示をおこなうこと、交渉した結果を文書にまとめて報告することが必要である。あくまで情報公開と説明責任に耐えうる行政闘争でなければならない。

今後の行政闘争などの展開にあたって求められている諸点を以下に提示する。

  1. 行政闘争を展開するにあたっては、必ず今日時点の部落差別の実態を明らかにし、社会性を持った部落解放要求書を作成すること。
  2. その際、部落の完全解放が目的であって、個々の要求はこのための手段であるという原則を堅持すること。
  3. 一部幹部で行政交渉を展開するのではなく、大衆的に取り組むこと。
  4. 交渉の実施にあたっては事前に要求書を提出し、理路整然とした交渉をおこなうこと。
  5. 部落問題解決に向けた今後の要求実現に際しては、近隣地域にも存在している同様の要求実現と結びつけたものとしていくこと。
  6. 行政が実施していくもの、各種法人やNPO、さらには社会的企業などを立ち上げ、そこが担っていくもの、個人が努力をしていくものを区別しながら、それらを結びつける視点を持つこと。
  7. 日本が締結した国際人権諸条約、「人権教育・啓発推進法」、部落差別撤廃・人権条例、1996年5月の地対協意見具申などを活用していくこと。

3.組織の強化

1.自力・自闘を基本にした「行動指針」の策定

敗戦後60有余年を経て、日本社会は成熟の段階に入ってきている。この結果、国や自治体はもとより企業や民間団体においても、法にもとづく統治、法令遵守、社会的倫理の尊重などが厳しく求められるところとなってきた。

一方、部落解放運動は、全国水平社創立以来、日本における人権運動の中軸を担う運動として、社会的に評価されてきている。それだけに、社会が部落解放運動を見る目には厳しいものがあることを重視すべきである。さらに、国権主義的な傾向を強める勢力は、部落解放同盟を弱体化させるため、弱点を衝こうとしている点にも警戒心を持つことが必要である。

ところが、部落解放同盟には、綱領・規約は存在しているが、国や自治体、企業や労働組合などが整備しているいわゆる「行動指針」は存在していない。部落解放同盟として、全国水平社以来の伝統的な基本精神である自力・自闘を基本にして今日的な「行動指針」を早急に策定することが必要である。その際、少なくとも以下の諸点が盛り込まれる必要がある。

  1. 部落解放同盟は、日本における人権運動の中心的な役割を担っていること、それ故に、社会的に厳しい評価を受ける立場にあることに対する意識を喚起すること。
  2. 同盟員は、社会的責任を自覚し、法令を遵守するとともに、社会的に指弾されるような反社会的な行為をしてはならないことを明記すること。
  3. 幹部活動家は、一同盟員以上に上記規定の遵守が求められることを強調すること。

2.中央本部の指導性と支部のあり方

部落解放同盟の綱領・規約や組織実態を見たとき、部落解放同盟は、各部落を基礎に組織されている支部が基本組織で、その連合体が各都府県連合会となり、各都府県連合会の連合体が部落解放同盟(中央本部)となっていて、単一組織ではあるが、いわゆる中央集権的な組織ではない。

このような組織は、地域に根を張っていること、権力の弾圧によって一挙に壊滅的な打撃を受けることは少ないこと、独裁的・官僚的な組織運営がおこなわれにくいといった良い面を持っている。

しかしながら、他面、支部段階で不正や非民主的な動きがあったとしてもその早期摘発や是正が容易でないことや、中央本部や都府県連で一定の方針を提起しても、なかなかそれが支部段階まで浸透せず、実行されにくいという問題点がある。だが、その言い訳は、社会的には通用しない。

今回発覚した一連の不祥事は、こうした問題点が生み出した側面があり、この機会に部落解放同盟そのものの組織のあり方が見直される必要がある。

部落解放同盟の組織実態を踏まえ、不祥事の再発防止と社会的信頼回復に向けて求められている中央本部の指導性と支部のあり方については、支部活動が基礎であることを尊重しつつも、中央本部・都府県連の指導性を確保できるように、少なくとも以下の諸点が取り組まれる必要がある。

  1. 中央本部方針や都府県連方針を徹底させると同時に、支部や同盟員の意見を汲み上げるために、支部幹部を対象とした研修会などを定期的に開催し、風通しをよくすること。
  2. 中央本部や都府県連レベルでの熟練した人材を活用したオルグ団の確立とオルグ行動の計画的な実施を行うこと。
  3. 支部段階での活動家の育成に力を入れること。
  4. 規約の改正を検討すること。

3.内部チェック機能の整備

今回の一連の不祥事を分析したとき、支部幹部や支部員によって引き起こされた不祥事が、当局によって摘発され、マスコミに報道されるまで関係府県連や中央本部段階で把握されていなかったという問題がある。

これは、組織の内部チェック機能が整備されていなかったということであり、今後以下の諸点の検討が必要である。

  1. 組織点検項目を整理し、定期的な組織実態の点検をおこなうこと。
  2. その際、中央本部は都府県連を、都府県連は各支部を対象に定期的な組織点検を現地に赴いて実施すること。
  3. 組織内外からの不正の指摘について、事実関係を厳正に調査し、迅速かつ適切に対応するシステムを整備すること。

4.人材育成の重要性

「組織は思想と人なり」とよく言われるが、若い有為の活動家の成長が急務である。

運動の将来を見通す構想力と鋭い感性を持った若いリーダーの育成なくして、未来への展望を切りひらくことはできない。新しい運動の担い手を次々に産み出していくことなくして新しい運動の発展はない。

その場合、新しい運動の担い手として女性の活動家を育てていくことを大きな柱とする必要がある。部落解放同盟の女性たちが、部落差別と女性差別との複合性・交差性を見抜き、行動する視点を持つことによって、自ずからさまざまな市民運動との共感や協働の可能性も広がっていくと考えられる。

実践的な人材育成機関を常設して、この困難な過渡期を乗りきるための次代を担う活動家の集中的な育成が求められている。たんなる啓発講座ではなく、専門性を持った密度の濃いセミナーで、しかも元気が出てくる熱気のある研修でなければならない。

「歴史」「思想」「文化」、「経済」「政治」「技術」「情報」関連の諸科学をはじめ、部落差別などのさまざまの「人権」科目を学ぶ。世界各国の人権問題の歴史と現況についても学ぶ。運動実践との関わりも具体的に組み込んだカリキュラムを組み、フィールドワークも実施せねばならない。

そういう計画を実施に移すために、多くの教育者・研究者にも協力を要請する。いつもかけ声だけで終わるので、今回はそのためのプロジェクトを早期に立ち上げる必要がある。

なお1970年代から提唱され、いまだに実現にいたっていない「人権大学」についても、この際あらためて再検討する必要がある。国が定める設置基準、資金、人材面などで多くのネックがあったが、設置基準が大幅に緩和された今日では、資金面をクリアすれば実現も可能である。それに協力する人材も各分野に多い。各企業や行政でも、人権問題に精通した専門家を擁する部門が必要とされている。そのような状況を踏まえながら、数年をかけて構想を具体化していく絶好の機会である。

人材育成に向けて検討すべき事項を以下に列挙する。

  1. 実践的な教育機関を常設し、これからの部落解放運動・人権のまちづくりを担う人材を育成すること。
  2. その際、部落差別撤廃・人権確立に必要な科目とともに、運動実践との関わりを具体的に組み込んだカリキュラムを編成すること。
  3. 部落解放運動を担う若手の人材育成はもとより、学校や自治体、企業などで人権を推進していくリーダー育成に役立つ「人権大学」の実現にむけた検討を促進すること。

5.規約改正の検討

不祥事の再発防止と根絶に向けて、部落解放同盟としての組織のあり方、活動のあり方を定めている規約の改正が不可欠である。なお、規約の改正の検討に際しては、部落解放運動の新たな方向性にも対応していく視点をも合わせ持つ必要があるが、少なくとも、以下の諸点について規約改正が検討される必要がある。

  1. 支部役員に関しては、活動歴等を精査し、一定の期間の同盟員としての経歴や一定の研修を受けていることなどの条件を定めること。
  2. 支部役員の選出にあたっては都府県連への報告を義務化すること、都府県連役員についても中央本部への報告を義務化することなどの規定を検討すること。
  3. 支部大会の開催、支部の会計報告を求める支部員の権利の明確化、存在している場合はより実効性のある条件を再検討すること。
  4. 上記規定にもとづく支部大会が開催されない場合、あるいは支部会計の報告がなされない場合、都府県連や中央本部が独自に支部大会を招集できる規定、都府県連や中央本部が会計監査できる規定などを検討すること。

(4)真の人権政策の確立を求めて

1.同和行政の切り捨ては許されない

今回の一連の不祥事に便乗して、行政側に、財政的意図から、同和行政切り捨てがねらいとも疑われる不純な動きも現れている。行政は、自らの主体性の欠如が招来した事態に目をつぶり、何の反省もなしに、にわかに強がりに転じた逆立ち現象も見られる。運動団体との力関係だけで態度が変わる行政の姿勢では、教訓はまったく生かされ難い。同和行政の正常化と切り捨てとは、次元が違うはずである。行政の主体性の第一は、差別撤廃への責務の自覚である。

一方、部落解放同盟の側も、この際、自主的に事業を総点検し、すでに目的を達成した施策や社会的認知を得られないような優遇措置的な施策は返上し、これからも要求しない姿勢を明確にすべきである。

これまで部落解放運動は、義務教育の教科書無償化、就職差別をさせないための統一応募用紙の採用、そして特措法失効後の高校奨学金の創設など、部落外にも施策の拡充を求める運動を展開し、成果を挙げてきた。これからも部落のみならず、社会全体の底上げのための取り組みが一段と求められる。

過去の行政要求一辺倒、行政依存体質は厳に戒めなければならないが、いたずらに萎縮し、真の人権政策の確立を求める闘いに躊躇してはならない。これまでの同和行政の成果を水泡に帰するような事態に陥らせない強力な取り組みが重要である。

2.人権行政における同和問題の位置づけと内実化

特別措置法失効後の行政の流れを見たときに、大きな混迷状況があった。「同和」と「人権」という言葉が論理的に整理されないまま、まるで異質の概念であるかのごとく錯覚され、単に「同和」を「人権」に置き換える用語のすり替えがおこなわれた。そればかりか、「法の失効」という言葉だけが一人歩きして、「同和行政、同和教育はもう終わりだ」という短絡した風潮さえも招いた。

1996年の地対協意見具申は、特別対策から一般対策への移行にあたって、「国民一人ひとりが自分自身の課題として、同和問題を人権問題という本質から捉え、解決に向けて努力する必要がある」と強調した。

特別対策から一般対策への移行も手法の変更に過ぎない。「特別対策から一般対策への移行は、決して同和問題解決への取り組みの放棄を意味するものではない」と同意見具申は釘をさしていることをあらためて想起すべきである。これからの人権行政の課題は、要は人権問題の中に同和問題をどのようにきちんと位置づけるかという内実化が問われているのである。

3.「人権教育・啓発推進法」等の有効な活用

特別措置法失効後5年が経過し、いま、人権行政再構築の時を迎えている。かつての同和行政指針、あるいは人権教育のための国連10年行動計画に代わり、新しい人権行政指針の策定が全国の自治体で進められている。それは、「人権教育・啓発推進法」にもとづく人権教育・啓発基本指針といったものと、教育・啓発だけでない、より総合的な、人権のまちづくりをめざした人権行政指針もある。

特別措置法が失効したことで同和行政の法的根拠もなくなりすべてが終焉したという誤解と混乱が一部の行政に散見されるが、同和行政・人権行政の法的根拠は厳然と存在している。

自治体の同和行政・人権行政の拠りどころとして、憲法はもちろんのことであるが、「人権教育・啓発推進法」と人権関係諸条約、さらに部落差別撤廃・人権条例等をもっと有効に活用するべきである。

ちなみに、「人権教育・啓発推進法」は、第1条に「この法律は、(中略)社会的身分、門地、人種、信条又は性別による不当な差別の発生等の人権侵害の現状その他人権の擁護に関する内外の情勢にかんがみ、人権教育及び人権啓発に関する施策の推進について、国、地方公共団体及び国民の責務を明らかにするとともに、必要な措置を定め、もって人権の擁護に資することを目的とする」と明記している。

都道府県や政令市レベルだけでなく、全市町村に手づくりの人権行政指針づくりを促す運動も必要である。それは、策定のプロセスが大事であって、行政内部と地域住民の意識起こしにつながるからである。

4.個別の人権課題を踏まえた実施計画の策定

人権行政指針は、あらゆる人権課題を対象としながら、個別の人権課題を前提としたうえで、同時に、さまざまな人権課題の根底に横たわる共通の構造を見据えた取り組みでなければならない。抽象的な人権一般論にすり変わってはならない。

これまでの同和問題解決への取り組みの成果と教訓を踏まえながら、あらゆる人権課題の解決につなげていくという創造的、発展的な未来志向で考えることが重要である。

部落解放同盟としては、こうした人権行政指針を絵に描いた餅に終わらせることなく、また個別課題を埋没させないために、行政に対し、基本指針の策定だけでなく、年度ごとの具体的な実施計画の策定と、進捗状況の評価(外部評価と内部評価)の実施を求めていく必要がある。

5.縦割り弊害を排した行政総体の取り組みの促進

人権の尊重は、すべての地域住民が心豊かに、人間らしく暮らせるまちづくりの基礎である。その意味で、人権行政はまさに地方自治、地方分権そのものの課題である。したがって、マスタープランにきちんと位置づけられた総合行政でなくてはならず、縦割りを排した、行政総体の取り組みを促していく必要がある。

特別対策から一般対策への移行それ自体がむしろ行政総体の取り組みを意味するものである。部署を問わず、行政のすべての施策が人権尊重の視点を踏まえて推進されなければならない。

それが効果的に実施されるには、市民の理解と共感が得られなければならない。そのため、開かれた行政として、市民への説明責任を果たしながら遂行する透明性の確保がとりわけ重要である。部落解放同盟もその実現のために特段の配慮をしなければならない。

6.官民協働の取り組みへの積極的参画

前述の「一連の不祥事の背景の分析と問題点」の項でもふれたが、これからの行政と部落解放同盟の関係は、お互い主体的立場を堅持しつつ、それぞれの責任と役割分担を明確にして、対等のパートナーシップを確立する必要がある。そして、課題解決のための共通の目標に向かって、協働していくことが望ましい。

人権行政は住民参画が大切であり、部落解放同盟も行政施策の推進に積極的に参画し、行政とも、他の市民運動団体とも、一緒に汗を流す姿勢を持つべきである。

7.「人権侵害救済法」の早期成立を含む人権法制度の確立

国の人権行政は省庁縦割りの弊害の中で、総合行政としての確固とした体制が確立されていない。国内人権機関の未創設など国際的にも立ち遅れている。

2006年12月に『日本における人権の法制度に関する提言』(人権の法制度を提言する市民会議/代表世話人=江橋崇・江原由美子・武者小路公秀)が公表された。この提言の実現と具体化の取り組みによって、自治体はもとより国においても人権の法制度が早急に整備されるように、より広範な市民運動と連携した部落解放同盟の運動の展開を期待する。

2000年に「人権教育・啓発推進法」が制定されたが、人権法制のもう一つの柱である「人権侵害救済のための法律」は、人権擁護推進審議会の答申にもとづいて、小泉政権時の2002年3月に国会に提案され4国会で継続審議しながら郵政解散のあおりを受けて廃案になった。それ以来、いまだに陽の目を見ていない。何としても、国際的な評価にも耐えうる法律の早期実現を図らなければならない。

(5)むすび―改革を停滞させないために

1.実行できるモデルと目標の提示

部落解放同盟は、各都府県連合会の連合体である。部落差別は、近世の時代からの各藩の賤民政策が一つの淵源になっており、全国水平社以来の各都府県連の運動の伝統と独自の地域性は重要である。したがって運動の抜本的な改革は、まず各都府県連の自力自闘によらねばならない。もちろん地域に根づいた各支部の日常活動が一番大事であり、部落解放運動の根幹である。同時に、中央本部は各地域の支部活動を支えながらも、不祥事の抑止という側面では強い指導力と統制力をもたなければならない。

運動と組織の再生のためには、各都府県連における支部の総点検が改革の第一歩となるが、支部長の直接選挙をはじめ、支部大会の定期的開催など、実行できるモデルと目標を提示しておこなわなければ、名目だけになってしまう。

組織再生への改革を停滞させないために重要なのは、中央と各都府県連の指導力の強化である。部落解放運動が全国的な運動であり、高い目標と理念を掲げる運動体である限り、先見の明がある豊かな構想力、そして情報収集力を備えたリーダーシップがどうしても必要である。それがないと全国組織として機能しなくなる。

2.緊急に着手すべき課題

現在、部落解放同盟が進めている「組織総点検・改革」運動を継続して誠実に実践していくことを期待する。「部落解放運動再生への道」の項で具体的指針を提示したが、あらためて緊急に着手すべき改革課題と手だてを提示する。

  1. 部落解放同盟規約の抜本的改革、「行動指針」の策定などを含めて、組織体制の全体的見直しについて検討すること。そのための法律専門家を入れた委員会を設置すること。
  2. 休業状態にある「中央理論委員会」を定期的に最低でも年2回開催すること。討議内容は全同盟員に報告し、内外に公開すること。外部の専門家を入れた中央理論委員会の定期開催によって、いわゆる外部評価システムも確立できる。
  3. 中央オルグ団を抜本的に強化すること。専門的知力と説得力を兼ね備えた、パワーのある人材を選抜して常設機関とし、都府県連・支部の指導助言にあたること。当面の重要課題である人権のまちづくりなど具体的施策においても、全国的視点と構想を持って活動すること。
  4. 組織内における学習機関の見直しと常設化。特にリーダー養成のための集中的なゼミの設置。体験豊かな部落の古老、運動の大先輩、ジャーナリスト、文化人、研究者などを招いて、多彩で興味深いカリキュラムを編成すること。
  5. 歴史・文化・民俗の分野での啓発と研究活動を強化すること。さらには、民俗芸能や手作業の工芸などの伝統文化の掘り起こしと再活性化ならびに反差別の新たな文化創造などが、今後ますます重要な課題となるので、そのための部局の充実も検討すること。中央本部や各支部で活発におこなわれていた部落解放文化祭もこの十数年で衰退しており、再活性化を全国的にはかる必要があること。
  6. ICTを中心とした情報化社会は、予想を超えて急速に進んでいる。インターネットでは差別発言が野放しにされ、それに対する有効な批判反撃もなされていない。ICTを活用した情報発信のネットワーク運動を推進するプロジェクトチームを早急に立ち上げること。

3.水平社宣言の今日的意義を踏まえた運動の再生

日本の部落解放運動は、1922年の全国水平社創立に見られるように世界の人権運動史において、先進的な歴史と豊富な経験を持っている。世界の政治・経済構造の大転換期のさなかにあって、今日の部落解放運動は大きな歴史的課題と社会的責任を負っている。

すべての人間の自由と平等に関する人権については、アメリカの独立宣言やフランス革命に際しての人権宣言で明らかにされているが、長年にわたって差別・抑圧されてきた少数派の集団が、自らの手による解放を宣言した文書としては、「水平社宣言」が世界で最初の宣言であると言われている。

「吾々の祖先は自由・平等の渇仰者・実行者」であり、「階級政策の犠牲者」「産業的殉教者」であったと、まず自らの存在理由を明らかにする。そして「吾々がエタであることを誇り得る時が来た」との時代認識のもと、「人間を尊敬することによって自ら解放せんとする」という自主的な部落解放運動の歴史的かつ思想的根拠を明らかにしている。部落解放運動の目的は、まず市民社会の水準に部落民の生活を向上させることにあるが、それにとどまるものではない。「吾々は人間性の原理に覚醒し、人類最高の完成に向かって突進す」と、人類全体の解放を運動の究極的目的として高く掲げていたのである。

しかしこの水平社創立宣言にも時代的制約があったことは否定できない。女性差別や先住民問題、障害者差別など、社会全体の課題としてとらえなければならない差別事象への歴史的考察が不十分であり、ジェンダー問題など新時代に即して補完・補強しなければならない課題も存在する。

教育や就職の面ではまだまだ不十分であるが、ともかく環境面では全国の多くの部落が一般市民社会の水準に概ね仲間入りをした。次の目標は、「水平社宣言」の基本精神を原点に据えながら、現代市民社会が抱えるさまざまな問題状況を克服し、人間一人ひとりのいのちが輝く新しい社会づくりをめざすことである。諸々の差別と格差の中で生き甲斐を失っている多くの人たちとの連帯のもとで、部落解放同盟はその先駆的役割を果たさなければならない。

提言委員会は、この間の部落解放同盟にかかわる不祥事の諸問題を検討し、部落解放運動の再生への改革提言を行った。提言内容は、これからの部落解放同盟の果たすべき役割、とくに国内外での人権政策確立にむけた部落解放運動の意義を考え、厳しい検討結果となった。もちろん、指摘した問題点が、部落解放同盟のすべてにおいて存在しているわけではない。既述したように、真摯な活動をねばり強く続けているところは多い。

不祥事の根絶、差別・偏見の解消、同和行政の推進、人権政策の確立など、現在的課題は山積している。部落解放同盟が、本提言の趣旨を踏まえ、最高の目標である人間解放という理念の実現のために、最大限の努力とひたむきな草の根活動の展開によって、部落解放運動の早期の再生を成し遂げるよう期待するものである。

以 上

『部落解放運動に対する提言委員会』構成

 名前
 役 職
備 考
座長
上田正昭
京都大学名誉教授
委員
稲積謙次郎
ジャーナリスト
小委員
沖浦和光
桃山学院大学名誉教授
小委員長
鎌田 慧
ジャーナリスト
桜井健雄
弁護士
小委員
炭谷 茂
元環境省事務次官
竹村 毅
元労働省参事官
寺澤亮一
元全同教委員長
中川喜代子
奈良教育大学名誉教授
中山武敏
弁護士
丹羽俊夫
元テレビ朝日番組審査専任局長
丹羽雅雄
弁護士
菱山謙二
筑波大学教授
福田雅子
NHK解説委員
松本健男
弁護士

『提言委員会』開催経過

開 催 日
会 議 内 容
備考
3月 5日
 第1回提言委員会
5月11日
 第2回提言委員会
6月21日
 第3回提言委員会
8月 2日
 第4回提言委員会
8月 5日
 第1回起草小委員会
9月 4日
 第2回起草小委員会
9月10日
 第5回提言委員会
9月22日
 第3回起草小委員会
10月15日
 第6回提言委員会
11月 2日
 第4回起草小委員会
11月28日
 第7回提言委員会
12月12日
『提言』の同盟への手交・公表