2007年4月に40数年ぶりに全国学力・学習状況調査が実施され、10月にはその結果が公表された。また12月にはOECD(経済協力開発機構)が2006年度に実施した3回目のPISA(学習到達度)調査結果が公表され、日本の学力低下が大きく報道された。
しかしその両方の調査結果の最も重要な点が、メディアをはじめ関係機関でほとんど紹介されていない。それは学力格差の背景にある階層問題である。PISA調査では、家庭の階層を把握するため、家族構成・親の職業や学歴・国籍や言語・所有物などを調査して学力との関連性を分析しているが、全く紹介されていない。
文科省の全国学力・学習状況調査でも初めて「学校の就学援助率」を把握した。その結果は1.就学援助率が高い学校の方が平均正答率が低い傾向がある、2.その傾向は知識(A)より活用(B)の方が顕著である、3.就学援助率が高い学校の中にも平均正答率が高い学校が存在する、という内容であった。学校の就学援助率だけで断定しにくいが、就学援助を受けている低所得層の子どもほど低学力傾向に置かれているという事実を示唆する重要な結果だと言える。都道府県別のバラツキも平均正答率の±5%の範囲内で小さいが、45番の大阪府の状況を見ると小学校で就学援助率が30%を超す学校が約30%(全国は約9%)と高く、やはり所得と学力の関連性を示唆している。46番の高知県、47番の沖縄県という順位にも所得との関連性が強く伺われる。
同じ問題意識から耳塚寛明さん(お茶の水女子大学)は、近代以降、社会は程度の差はあるが「メリトクラシー(業績主義)」を理念として人材選抜を行ってきたが、今や「ペアレントクラシー(親の富と願望)」によって選抜していると指摘している点は重要である(「学力格差は今や社会問題だ」『エコノミスト』2007年1月)としている。
このように近年の学力低下傾向の背景には、就学援助率が約13%(約140万人)とこの10年間で倍増していることに象徴される貧困の拡大があり、さらに言えば社会的困難を抱えた家庭の子どもの学力低下が著しいと推測される。そして子どもの学力に家庭の経済社会文化的状況が強く影響しているという捉え方は、部落差別の実態とその克服に取組んできた人権・同和教育の中でいち早く重視してきたことなのである。
こうした前提に立つと、低学力克服のための基本方向は、まず第1に、社会的困難を抱える家庭の安定のため、雇用・教育・生活・住宅・福祉・保健医療といった総合的支援が重要となる。第2に、学校は決して無力ではない。就学援助率が高い学校の中にも平均正答率が高い学校が存在したし、同和教育を推進してきた学校の中にも存在したように、社会的困難を抱えた子どもをはじめ全ての子どもの学力向上を実現した学校がある。そうした学校の特徴を整理した「効果のある学校」「力のある学校」づくりと加配教員の配置が必要である(参照:志水宏吉「しんどい子に学力をつける7つの法則」『学力を育てる』岩波新書2005年、大阪府教委「学校力向上のためのガイドライン」『学校改善のためのガイドライン』2008年2月)。
しかし文科省の分析にはこうした視点が欠落しており、学力低下への対応も全く違った方向に向かっている。他方で内閣府の規制改革会議2007年12月答申は、全国学力・学習状況調査結果の学校別公表とそれに基づく学校評価と競争・学校選択制の一律導入等により学力向上を図ろうと考えている。これらはいずれも学力低下を克服できないばかりか、学校や保護者そして子どもをますます疲弊させるだけである。
学力低下の不安に対し、今こそ人権・同和教育の実績を踏まえた学力調査の実施と分析、それに基づく政策が求められている。
|