2008年7月15日
全国学力・学習状況調査の結果開示にかかわる反対表明(見解)
部落解放同盟 鳥取県連合会
はじめに
文部科学省が昨年度実施した全国学力・学習状況調査結果に対する鳥取県教育委員会の非開示決定について、鳥取県情報公開審議会は7月8日、決定の取り消しを求める異議申し立てを認める答申を出しました。
鳥取県教育委員会・中永教育長は、答申を尊重し委員会で開示を決める方針を示していましたが、7月16日の定例教育委員会では、委員からの反対意見もあり結論を保留し、8月11日の臨時教育委員会まで先送りにしました。
部落解放同盟鳥取県連合会はかねてより、結果を開示することは、多くの弊害を生む危険性を持っていることを指摘し、反対の立場を表明してきました。
答申の問題点
そもそも、このたびの動向の契機となった答申にはさまざまな問題点があると言わざるをえません。最大の問題点は、「開示により生徒、保護者及び地域の教育に対する意欲を高め、教育の質を向上させることに有益である」として開示のメリットを何の検証もなく極めて安易に楽天的に肯定し、マイナス面を過小評価している点であります。公文書であれば何でも公開すればいいということではなく、公開することに「公益性」がなければならないことは言うまでもありません。申し立て人の「開示により生徒、保護者及び地域の教育に対する意欲を高め、教育の質を向上させることに有益である」という主張は、一見もっともな内容に聞こえますが、根本的な誤りが存在しています。以下、問題点を具体的に指摘します。
誤りの1つめは、教育において全ての保護者・子どもが一緒のスタートラインに立っていて、平等な条件の下、競走しているという考え方を前提にしていることであります。現実は、保護者・子どもやその地域の経済・社会・文化的条件は千差万別です。
2つめは、こうした不平等な条件のもとで、競争する結果、個々の子どもや学校の学力は、子どもや保護者・教員の努力だけでなく、保護者や地域の経済・社会・文化的条件にも大きく左右されているという視点を全く欠落させていることです。2007年度の全国学力・学習状況調査結果でも、学校の就学援助率と平均正答率の相関性が明確に示されていることを全く見ていないし、長年にわたる同和教育の営みが明らかにしてきたこと(しんどい子ども達の低学力の背景にかかわること)を全く理解していません。
3つめは、保護者や地域の経済・社会・文化的条件が不利であるにもかかわらず、平均以上の学力保障に成功している学校(社会的に不利な立場に置かれている子どもも含めて)が明らかになってきています。そうした学校(欧米では「効果のある学校」と呼ばれている)の営みの特徴点こそが、豊かな学力保障を求める保護者・地域や教育関係者にとって重要な鍵であることを、この答申は見失わせようとするものです。
こうした学力の阻害要因や学力保障の確かな道筋を示した時に「教育の意欲」が高まるものであって、市町村別・学校別の結果(平均点)を開示しただけで高まるものではありません。もし審議会答申が正しいと言うなら、根拠なしに「漠然」と言うのではなく、過去4回の県基礎学力調査でどう検証されたのかを責任を持って明示すべきです。
さらに、市町村別・学校別の結果を開示したことの現実的な影響は、答申の考え方とは逆方向で、教育の質の向上を妨げているのは、頑張らない学校や教員さらには一部の保護者であるという「不信感」を保護者や地域に広め、結果として文句や批判は言うが建設的な取組みには自らは関わらないという保護者や地域の意識を強めてきたと思われます。近年、「モンスターペアレント」と言われる保護者の存在が大きな社会問題になっていますが、実はそれを作り出してきた責任の一端は、教育の世界にいたずらに「消費者主権」(内実は教育の公的責任とそれへの個人の参画を否定し、利己的に教育サービスだけを求める)と「市場原理」を持ちこんできたこうした教育施策にあるのです。
そして学力調査結果の平均点だけに基づく保護者による学校や教職員への批判や文句は、保護者への場当たり的な対応と消耗感、学校間・教職員間の悪戯な競争心理の拡大を、各学校や教職員個々に生み出してきたと思われます。そして審議会答申も認めているように、学校別の結果をホームページ上で公表したり、学校選択制の実施等の条件が加われば、容易に学校の序列化や過度の競争を引き起こします。にもかかわらず、油が撒かれていても、火をつけなければ大丈夫という審議会答申の考え方は、あまりにも無責任と言わざるを得ません。
結果を開示することの問題点
鳥取県教育委員会は、「43年ぶりに全国規模で実施されたこの調査は、社会的に注目されており、市町村や学校ごとの調査結果が開示されれば、序列化や過度な競争が生じ、今後、市町村や学校が参加しなくなるおそれがあり、正確な情報が得られない可能性が高くなり、今後の調査の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるため、県教育委員会としては、市町村名や学校名を明らかにした公表は行いません」との考え方をこれまで表明していました。県教委が表明していた懸念は、教育関係者をはじめさまざまな識者からも指摘されていることであり、今回の問題は、いわゆる法律論ではなく教育的観点から考慮されなければならない問題であります。
今日の学力低下の最大の原因は、深刻な格差社会とも関連して、学力低位層の学力が著しく低下していることにあります。したがって、教育的に不利な立場におかれている子どもたちの実態を把握し、その改善をしっかりと視野に入れた県・市町村の施策と、学校での具体的な学習指導の改善が重要であり、それに役立つ学力調査にすべきだと考えます。
しかし、40年前もそうであったように、多くの弊害を生む危険性を持っています。最大の問題は、学校ごとや市町村ごとの結果を開示し、学校の序列化や学校間競争を激化させる危険性です。実際、文部科学省が都道府県別の調査結果を公表した直後、マスコミ報道の関心はその順位に集中しました。また、東京都や広島県での組織的不正など、さまざまな問題が明らかになってきています。子どもたちの学力保障を本当に実現していく上で、こうした競争促進は全く意味がないどころか、悪戯な競争と学校の序列化により、学力格差を一層拡大させるだけです。
非開示を求める多くの声
文部科学省も再三、学校の序列化や過度の競争を引き起こすべきでなく、結果の公表の基本は都道府県段階としていています。ただし、市町村や学校が説明責任の関係で独自に公表の必要性を判断した場合、公表することを認めています。
しかし、鳥取県市町村教育委員会研究協議会(資料1.)、鳥取県教職員組合(資料2.)、さらには全国連合小学校長会(資料3.)からも非開示を求める要請が鳥取県教育委員会に行われています。また、保護者においても、公表することのデメリットの大きさを懸念する声が上がっています。鳥取県教育委員会がこれらの意向をふまえることなく開示を決定することになれば、極めて乱暴な決定であり、教育現場は非常に混乱するであろうことは十分に予想されます。
このたびの動向は、マスコミにより全国に報道されているように、全国的に注視されています。ただ単にひとつの県の問題ではなく、全国的な教育のありように影響を与えるものであります。結果の開示により懸念することが現実化した場合、取り返しのつかない事態になることも考えられます。それだけに、県教委は非開示を求める多くの声を真摯に受け止める必要があると言えます。
おわりに
以上のことから、多くの教育関係者、識者、県民が懸念を抱く、全国学力・学習状況調査結果の開示にあらためて反対することを表明するものです。
また、学校の序列化や学校間競争を激化させる危険性を踏まえ、市町村・学校ごとの調査結果を開示しないことを強く求めるものです。
部落解放同盟鳥取県連合会は、本見解を内外に明らかにし、豊かな学力保障を求める保護者・地域や教育関係者とともに、教育運動を推し進めていきたいと考えます。
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