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2008.08.12
意見・主張
  

第33回部落解放・人権西日本夏期講座を開催しました。

 去る7月16日と17日、佐賀県総合体育館において、第33回部落解放・人権西日本夏期講座を開催しました。冒頭、寺木伸明さん(実行委員会代表)、井上隆司さん(現地実行委員会委員長、部落解放同盟佐賀県連合会執行委員長)から主催者挨拶があった後、組坂繁之さん(部落解放同盟中央本部執行委員長)や古川康さん(佐賀県知事、坂井浩毅副知事が代読)、石丸博さん(佐賀県議会議長)、川﨑俊広さん(佐賀県教育委員会教育長)、秀島敏行さん(佐賀市長)のご来賓の挨拶があり、その後講座に入りました。

 1日目は、まず国際問題評論家の北沢洋子さんから「グローバル化と人権-貧富の差の拡大がもたらすもの-」と題して、今日の世界的な貧富の格差が、社会保障制度の崩壊、教育格差、新たな貧困を生み出しており、武力紛争やテロリズムを生み出す根源となっていることを指摘されました。そのような状況を転換するオルタナティブとして、人間の連帯を生み出す経済活動としての「連帯経済」(協同組合、共済、NPO、地域通貨、マイクロクレジット、フェアトレードなど)の可能性について言及されました。

 続いて、「悪質な差別事件と人権侵害救済法」と題して、シンポジウムを開催しました。ここでは、主な論点として、1.近年発生した悪質な部落差別事象を掘り下げながら、差別の現実に学び、2.現行法制度の限界と真に求める法的救済のあり方、さらに3.人権侵害救済法がなぜ制定されないのか、その背景に迫る議論が行われました。

 特に、差別の現実に学ぶという論点では、福岡県の立花町連続差別はがき事件の被害当事者も登壇され、差別はがきによって、当事者ご本人だけではなく、家族の皆さんがいかに苦しみ、そしてそれを乗り越えようとしているか、そして、今も不明のままである犯人に対して、いかに差別が不当であるか、そして犯人自身をも傷つけているかを糾したいという思いを訴えられました。

 また、東京を中心とした連続差別はがき事件でターゲットの1人になった浦本誉至史さん(東京都連)からは、極めて悪質な誹謗中傷のはがきや近隣住人に向けて排除を呼びかけるはがきが送られてきたこと、ライフラインを止めようとされたりするなどの実態が語られました。その後、奇跡的に加害者は逮捕され、実刑判決を受け、その後出所し、被害者に謝罪をし、もう二度と差別をしないという決意が語られたとの事です。

 現行の法制度の限界に関しては、組坂幸喜さん(福岡県連筑紫地協)や浦本さんから、それぞれの差別事件に関して、行政・警察・法務局に訴えたものの、やはり十分な協力が得られない、適切な捜査がなかなか開始されないという問題が生じたことを指摘されました。やはり、差別そのものを取り締まる法律がないこと、名誉毀損や脅迫では、構成要件上うまく差別はがき事件を対象とできないといった問題があるとのことです。また、民事裁判も、原因究明や反省、再発防止を求める場であってはならないとする考え方が強く、差別事象の適切な対処がなされないという点も指摘されました。

 その上で、内田博文さん(九州大学教授)から、人権侵害救済法が制定されない背景として、処罰型の制度と誤解しており、適正手続を尽くすべきだという意見が強いことが挙げられました。しかしこれは誤解であって、人権侵害救済法は、処罰ではなく、真摯な反省や、背景の解明、再発防止に重点が置かれるものであり、その意味では理解促進型、再発防止型の制度である。この点の誤解を解く必要があると指摘されました。

 2日目は、松下一世さん(佐賀大学教員)から、「人権教育のひろがり-教室から、地域・職場へ」と題して、今子ども達がどういう特徴を持っているのか、さらにいじめの特徴について、大阪での教育実践の経験をもとに紹介をされました。その上で人権教育の重要性、とりわけ命の大切さに触れる教育、自己肯定感を育む実践、「働く」ことをテーマとした部落問題学習、識字学級で学んでいる高齢者の語りなどに触れて、子ども達が勇気付けられていく、自分の問題として考えるようになり、全ての人が、それぞれ被差別と加差別の立場に立っていること、そこから人々が繋がりあえる展望があるのではないか、という意見を述べられました。

 最後に、友永健三さん(部落解放・人権研究所所長)から、「なぜ、人権・同和行政が必要なのか」と題して、これまで33年間続いてきた特別措置による同和行政の成果と課題を整理しつつ、格差拡大社会や貧困問題の深刻化、同和行政をめぐる不祥事の生起とマスコミの報道、さらには国権主義の高まりなどといった新たな情勢が生じており、生活実態の後退や部落問題理解の後退、さらには悪質な差別事件が後を絶たないといった現状を指摘されました。その上で、今後の課題として、差別ある限り同和行政は推進されるべきこと、同和行政の成果を一般施策へと拡大する必要があること、相談や自立支援、規制救済、教育・啓発について施策を行い、部落問題解決を阻むような法制度の見直しを行う必要があること、人権行政に関して、定義や根拠、基本的な内容について整理をし、部落問題解決のみならず、全ての人が幸せに暮らせる地域と社会を構築するような行政を進める必要があるとしました。

(文責:李嘉永)