調査研究

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2005.02.02
部会・研究会活動 <企業部会>
 
人権におけるCSR調査の試みと課題

『部落解放研究』第162号 2005年 2月、61-73頁

中村清二 (部落解放・人権研究所 研究部長)
李 嘉永  (部落解放・人権研究所 職員)  
四 調査結果の主な特徴

 調査結果に対する分析は、紙面の関係上、ここでは全体的な特徴のみを紹介したい(21)

1 前進面

 第一に、人権に対する社のメッセージとしては、企業倫理における人権規定が位置づいている点で大きく前進している。具体的には、倫理方針(規定)の策定が三二社中二六社(CSR方針策定の七社を含む)、そこでの人権規定の明記が二五社あることである(新たにCSR方針の策定検討も一一社ある)。このように企業の基本となる方針に「人権」が明確に位置づいてきている。

 第二に、人権課題、とりわけ部落問題への取り組みが、取組体制、研修、部落出身者等の積極雇用の実施などの点で積極的に実施されている。詳細は次のとおりである。

〈実施体制〉

・社内横断的組織:男女平等(五社)、障害者自立支援(四社)、部落問題(三〇社)、非正社員(短時間雇用管理者設置─七社)、倫理方針(二二社)、CSR(五社)

・事務局的組織:男女平等(専任─二社/兼任─一〇社)、障害者問題(一社/九社)、部落問題(二一社/一一社)、倫理方針(一一社/一四社)、社会貢献(六社/四社)、CSR(五社)

・右記体制の責任者の職階:男女平等(役員─八社)障害者問題(七社)、部落問題(一八社)、倫理方針(一八社)、社会貢献(六社)、CSR(五社)

〈研修〉

・各種研修の実施(表1)

・職場研修のリーダー養成を実施(二五社)

〈就職困難者の積極雇用〉

・部落出身者(二八社)、母子家庭の母(九社)、中高年者(六社)、若年無業者(四社)、在日韓国・朝鮮人(一四社)

表1

  倫理方針 部落問題 障害者問題 男女平等
職場 一五社 二六社 一九社 二〇社
新入社員 二六社 三二社 二二社 二六社
階層別 二〇社 二九社 二二社 二五社
役員 一七社 三〇社 一四社 二〇社
社内報/誌 二〇社 二〇社 一四社 一九社

 第三に、左記のようなべスト・プラクティスの取り組みも明らかになった。

 具体的な人権方針として、A社の同和・人権研修計画書(基本方針)の策定、トップのメッセージとしては、B社の『環境経営報告書』の「経営者のコミットメント」で男女平等を掲載したものや、C社の毎年出す人権啓発方針の文書通達に併せたメッセージ、等がある。

 採用時の人権に関わっては、A社の「国籍条項の廃止」のホームページでの公表、D社の『環境社会報告書』での「多様性と機会均等」や、E社の『環境社会レポート2003』での「障害者の雇用」「雇用機会均等への取り組み」の掲載がある。

 従業員に関わっては、男女平等に関して、女性の積極的な登用計画の策定(八社)や、法定以上の育児休暇制度(一三社)・社内託児所(二社)の設置のほか、B社における本社採用担当課長への女性の登用といった実践がある。障害者自立支援に関しては、職場見学・実習の受入れ(七社)、トライアル雇用(四社)、特例子会社の設立(三社)がある。部落出身者の雇用に関しては、C─STEPを通じた雇用が二八社あった。外国人雇用では、多民族共生人権教育センターによる就職ガイダンスへの参加がある。

 取引先に対するCSRを配慮した基準では、指針はないが、F社が「障害者雇用に積極的な事業所に特に配慮した取引」を実施している。

 当事者のエンパワメントに関しては、「障害者が業務内容や商品改善で積極的に提案・検討する機会設定」(七社)、「女性社員の集い」(三社)、「女性管理職養成セミナーの開催」(二社)などがある。

 人権状況の把握に関わっては、部落問題の従業員意識調査(二社)、G社の昇進試験での人権問題の出題、などがある。本業を活かした人権の取り組みでは、H社の駅ポスター枠の人権啓発への活用・人権啓発放送のほか、福祉車両の開発・製造・販売(三社)、エレベーターや住宅、飲料水・アルコールの缶等のユニバーサルデザイン商品の開発、I社の高齢者・障害者用の肌着開発などがある。

 第四に、人権状況の改善のために左記のような課題が意識・検討されている。

・国際基準の支持 国連グローバル・コンパクト(五社)、一九九八年ILO宣言(六社)

・採用時の人権メッセージ 男女平等(一社)、障害者採用(二社)

・当事者への配慮 女性の管理職登用のポジティブ・アクション(六社)、法定以上の育休制度(二社)、企業施設のユニバーサルデザイン化(六社)

・就職困難者の積極雇用 母子家庭の母(四社)、中高年者(四社)、若年無業者(五社)、在日韓国・朝鮮人(四社)

・非正社員の待遇改善 雇入れ通知書の交付(一社)、研修機会の提供(一社)、処遇向上の仕組み(三社)、正社員への優先的応募機会(一社)、正社員への雇用形態転換機会(一社)、正社員との均等化(慶弔休暇─一社)、均衡化(賃金─二社、夏季年末一時金─二社、退職金─一社)

・企業倫理 倫理方針・規定の策定(一社)、意識調査の実施(七社)、ヘルプラインの設置(二社)

・社会貢献 方針の策定(四社)

・実施体制の整備 男女平等(全社体制─二社、事務局体制─二社)、障害者自立支援(全社体制─四社、事務局体制─四社)、非正社員の待遇改善(短時間雇用管理者の設置─二社、苦情処理制度の設置─一社)、倫理(全社体制─四社、事務局体制─一社、監査体制─四社)、社会貢献(事務局体制─二社)、CSR(全社体制─一三社、事務局体制─六社)

・CSR 方針の策定(一一社)、本来業務を活用した人権の取り組み(三社)、取引基準にCSR・人権を配慮(三社)

・各種人権研修の実施 男女平等(新入社員─一社、役員─二社、社内報・誌への掲載─二社)、障害者自立支援(職場─三社、新入社員─二社、階層別─三社、役員─三社、社内報・誌への掲載─二社)、部落問題(社内報・誌への掲載─一社)

・職場研修のリーダー養成(五社)

・情報公開 方針の策定(三社)、男女平等の掲載(四社)、障害者自立支援の掲載(三社)、部落問題の掲載(四社)、企業倫理の掲載(四社)、社会貢献の掲載(三社)

2 課題面

 第一に、企業倫理と比較して、人権の取り組みに関するPDCAサイクルによるマネジメント・システムが全般に弱いこと、特にCHECKとACTIONの部分が弱いことが指摘できる。

 例えば、取り組み体制や研修の取り組みが進んでいる部落問題の場合でも、取り組み「方針」策定は一七社(方針と呼びにくい内容のものも含む)、人権啓発「方針」策定は一四社と少ないし、身元調査・就職差別の規制に大きく関わっている労働者の個人情報保護「方針」を策定している企業も六社にとどまっている。また、人権に関するトップの社内外へのメッセージ発信も七社である。さらに状況把握のための定期的な部落問題意識調査の実施はわずか三社と少ない。

 第二に、男女平等や障害者自立支援など個別分野の課題が個々には把握されているが、人権問題として社としてトータルには把握されず、部落問題も含めた人権課題全体に対する総合的なPDCAサイクルが十分でないという課題がある。例えば、女性の管理職登用に関して、女性社員中の課長級の割合が一・九%(二〇〇二年厚労省調査の平均値)以上の企業は七社、あるいは障害者の法定雇用率一・八%未満が一三社あり、課題は大きいと言える。社としてすぐに全てには取り組めないからこそ、課題別の優先順位と全体的な取り組み計画を明らかにした取り組みが必要である。しかし、四の「1?前進面」の実施体制で明らかなように、課題別の実施体制にはバラツキが大きく、そうした機能は極めて弱いと思われる。

 第三に、国際化時代といわれながら、人権分野における対応の弱さがある。海外事業展開をしている企業は二八社あるが、それに関わって独自に人権尊重を何らかの形で明文化しているのは五社と少ない。人権の国際基準への支持は、国連グローバル・コンパクト(二社)、一九九八年ILO宣言(七社)、GRIガイドライン(四社)、SA8000(一社)という状況である。

第四に、情報公開、特に人権に関する情報公開の弱さが指摘できる(22)。まず情報公開方針を策定している企業が一〇社と少ない。そして人権問題などの公開状況は表2の通りであり、なかでも部落問題については、取り組み状況と比較してかなり弱いと言える。

表2

  企業倫理 部落問題 障害者 女性
企業報告書 一〇社 一社 五社 五社
ホームページ 一〇社 一社 三社 二社
社外広報紙等 三社 三社 一社 二社

五 今後の課題

 本調査実施に向けての今後の課題としては、第一に、調査項目の検討がある。調査の過程で、調査項目の多さや質問事項の理解に幅があることなど、いろいろとご意見をいただいた。特に項目分量の点については、大幅な整理が必要と考えている(23)

 第二に、今回の調査では盛り込むことのできなかった「外国人の人権」に関する項目を検討する必要がある(24)。とりわけ、在日韓国・朝鮮人や日系人、中国人、東南アジアの人々の権利保障に向けた企業の取り組みをいかに把握できるかを検討していきたい。

 第三に、本調査実施のための体制や調査方法、予算などの検討が必要である。

 第四に、人権の視点から、すでに公表されている企業の報告書(二〇〇三年度全国で約八〇〇社)やホームページの内容検討が必要である。少ないとはいえ、さまざまな内容が公表されており、企業評価を行う上での基礎的資料だからである。

 第五に、今回の調査対象は比較的大企業が多かったが、中小企業の場合の調査基準項目や調査の仕方そのものについても、検討していく必要がある

 最後に、既存の企業評価団体との交流や、企業の有力な利害関係者である労働組合との連携、企業との継続的な対話などの課題がある。

 こうしたさまざまなレベルの課題に取り組みながら、「人権におけるCSR調査」の精度を高めていくことを通じて、より良き企業、より良き社会づくりに少しでも寄与していければと考える。

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