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2005.02.02
部会・研究会活動 <企業部会>
 
人権におけるCSR調査の試みと課題

『部落解放研究』第162号 2005年 2月、61-73頁

中村清二 (部落解放・人権研究所 研究部長)
李 嘉永  (部落解放・人権研究所 職員)  
二 CSR調査における「人権の尊重」

 上記のような取り組みについては、すでに積極的に実施している企業も多く存在する。これを一層広げるためには、取り組みの実施を求めることに加えて、積極的に取り組んでいる企業を評価し、厳しい経営状況のなかで真摯に取り組む企業を支援することを通じて、取り組みを促す仕組みを整備することが重要であろう。その前提には、取り組みを評価する基準が求められる。これが、各種CSR指標である。

1 CSR指標の現状

(1)国際的な動向

 まず、国際連合におけるグローバル・コンパクトがある(11)。この取極めは、人権・労働・環境・腐敗防止の四領域で企業が積極的な取り組みを行うことを誓約するものであるが、ここに含まれる指標は極めて抽象的である。‡@人権保障を支持し、尊重すること、‡A人権侵害に加担しないこと、が定められるのみである。また、ILOは、企業行動規範として「多国籍企業及び社会政策に関する原則の三者宣言」を策定している(12)。ここでは、多国籍企業が中核的労働基準を尊重すべきことを求め、雇用、職業訓練、労働条件、労使関係のそれぞれにおいて、項目を定めている。その他、各種NGOが様々な分野で企業評価の指標作成を試みている。なかでも、グローバル・レポーティング・イニシアティブが策定した持続可能性報告ガイドライン(13)は、財務・社会・環境の三つの柱のうち、社会的パフォーマンス指標の一つに、人権を含めている。この指標は、必須指標と任意指標とに分け、方針とマネジメント、差別対策などを挙げている。調達やサプライチェーン・マネジメントにおける人権への配慮を含めている点は特徴的である。

(2)国内的な動向

 日本でも、CSR指標の策定は各方面で進められている。日本経団連は、企業行動憲章を二〇〇四年五月に再度改訂し、前文に人権の尊重を盛り込んだ(14)。また、経済同友会は、二〇〇三年三月にCSRに関する企業評価基準を公にした(15)。ここでは「人間」の分野において女性登用や障害者雇用などを挙げるほか、従業員の人権への配慮の項目が置かれている。

 他方、企業の取り組みを第三者的に評価し、非財務的価値を投資の基準として扱う社会的責任投資が日本でも広がっている。この枠組みで、様々な機関が企業調査を行っている。代表的なものでは、日本総合研究所が、「わが国企業のCSR経営の動向調査」を実施している(16)。その社会編で「4.人材の育成・支援」の項目を立てているが、女性の支援や障害者・外国人の雇用、その他人権の擁護については自由記述としている。また、パブリック・リソース・センターは、二〇〇二年から「企業の社会性調査」を実施している(17)。ここでも「雇用」において、人権に関する取り組みを盛り込んでいるが、特徴的であるのは、労働関係において不利な立場に置かれている人々へのまなざしが明確に質問項目に反映されている点である。さらに徹底しているのが、朝日新聞文化財団による「企業の社会貢献度調査」である(18)。ここでは、毎年個別項目が変更されていたが、「フェアな職場」「男女平等」「障害者雇用」「国際化」など、詳細多岐にわたる人権課題について、調査を実施している。

2 人権から見たCSR指標の課題

 このように、人権指標が広がりを見せているが、次のような課題も見受けられる。

(1)トリプル・ボトムライン調査の限界

 これらの調査は、基本的にはCSR全般に関する取り組みを対象とするので、環境や企業倫理などの課題と併置される形で、人権課題を扱う構造となっている。このことから、人権課題の比重は相対的に低くなる。

(2)人権課題についての共通理解の弱さ

 また、地域や指標策定機関によって課題意識が異なる。国際社会においては、児童労働や先住民族の権利の保障が大きな問題となっているが、日本国内では、障害者雇用や女性の登用、安全衛生管理が重点課題とされている。他方で、個別の人権課題を分節化することなく、包括的な項目を置くグローバル・コンパクトの例もある。

(3)部落問題の欠落

 さらにいずれの指標にも共通して言えることであるが、日本におけるきわめて深刻な人権課題であり、同時に国連においても、インドのカースト制度などと共に「職業と世系に基づく差別」として注目を集めている部落問題は、少なくとも現在の指標策定では言及がない。いくつかの指標において、海外事業展開先でのマイノリティの雇用や、貧困層集住地域の支援が項目として挙げられていることと、対照的である。

(4)「人権の量的把握」に対する評価の難しさ

 また、人権課題の性質上、量的な指標に対する評価には困難な側面がある。例えば、障害者雇用については、法定雇用率を指標にすることは可能である。しかし、ノーマライゼーションの理念に照らせば、特例子会社の設置のみによる雇用率上昇には議論があろう。また、社内体制を設けたとしても、かかる制度が実効的に機能しているかを数値において把握することは容易ではない。

 しかし、以上のような課題があることを認めつつも、現実にある人権課題の解決のために企業が果たすべき内容を正面から考えることが、やはり重要である。そして、その際には、少なくとも日本で指摘されている人権課題が漏れることのないよう、包括性を期し、そのなかで、重点課題を焦点化し、定着を図る仕組みの重要さを強調する指標を確立することが必要であろう。

三 研究所企業部会による企業評価調査

 こうした問題意識のもと部落解放・人権研究所は、二〇〇四年六〜七月にかけて、大阪同和・人権問題企業連絡会に加入している三二社のご協力を得て、「企業における人権の取り組みに関する調査」を実施することができた。改めてご協力いただいた各企業ならびに担当者の方々にお礼申し上げたい。プレ調査ということもあって対象企業数は三二社と限定されているが、得られた結果や調査項目、分析内容を紹介する意味は大きいと考え、ここに掲載した次第である。

 ここではまず、調査目的、調査対象企業の概要、調査項目の基本的柱と主な分析の基本構成、を紹介したい。

1 調査目的

 調査の目的と結果の取扱いを以下の二つに区分した。

 一つは、各企業ごとの自己診断として活用することであり、これは非公開の取扱いとなる。具体的には、第一に、人権方針の確立、男女平等、障害者自立支援、部落問題解決、非正社員の均等待遇、CSRと人権、といった分野ごとの状況把握である。第二に、「人権の取り組みにおけるPDCAサイクル」を把握することである。第三は、点数によりランキングされたなかでの自社の位置の把握である。

 二つめは、回答企業の全体的傾向や各企業のベスト・プラクティス、そしてランキング上位社を把握することであり、これは公表の取扱いとなる。(19)

2 調査対象企業の概要

 ご協力いただいた三二社の概要は、以下の通りである。

 業種は、建設(三社)、食品(二社)、繊維製品(四社)、化学(三社)、医薬品(一社)、鉄鋼(一社)、非鉄金属(一社)、機械(二社)、電気機器(二社)、輸送用機器(三社)、卸売り業(二社)、証券・商品先物(一社)、保険(一社)、輸送(三社)、電気・ガス(二社)、情報サービス(一社)である。

 資本金は五億円以上が三一社、相互会社が一社であり、従業員数は三〇〇人未満(一社)、三〇〇〜一〇〇〇人(三社)、一〇〇〇〜五〇〇〇人(一〇社)、五〇〇〇人以上(一八社)である。売上高は、五〇億円未満(一社)、一〇〇〜五〇〇億円(二社)、五〇〇億円以上(二九社)で、海外事業展開している企業は二八社であった。

3 主な調査項目と分析の基本構成

 次に主な調査項目の柱は、以下の通りである(20)

 ‡@社のプロフィール、‡A人権問題の取組方針、‡B男女平等の取り組み、‡B障害者自立支援の取り組み、‡C部落問題の取り組み、‡D非正社員の均等待遇の取り組み、‡E企業倫理と人権、‡F社会貢献活動と人権、‡GNGOとの関係、‡H情報公開であり、全体で一二一項目に及んだ。

 回答企業の全体的傾向(公開)や企業ごと(非公開)の分析は、調査項目順ではなく、以下のように「人権の取り組みにおけるPDCAサイクル(計画・方針、実施・運用、点検、経営層による見直し)」がどうかという問題意識で分析した。企業倫理と同様、人権問題も息の長い継続的な取り組みが必要であり、それが可能となる仕組みが社内にどれだけ確立しているかが重要だからである。

◯取り組みの計画・方針(PLAN)

 〈人権に対する明確な社のメッセージ〉

 〈従業員〉‡@正社員の雇用の平等─採用時の男女平等、障害者雇用、部落問題も含めた公正採用のメッセージとその実際、‡A非正社員の労働条件、‡B外国人雇用

 〈海外での人権問題への対応〉

 〈地域/社会〉、‡@社会貢献方針、‡A本業と関連したサービスの無償提供/社会的商品(事業)の開発方針、‡B施設のユニバーサルデザイン化の方針

 〈取引先に対するCSRを配慮した基準〉

◯実施と運用(DO)

 〈実施体制〉‡@社内横断的組織、‡A事務局的組織、‡B‡@ないし‡Aの責任者の最高職階

 〈当事者のエンパワメメント〉‡@女性─メンタリング制度、女性向け管理職養成や女性の集い、‡A障害者─職業生活相談員の有無、障害者による提案・検討の機会

 〈相談(コミュニケーション)〉セクハラ、男女平等、障害者、部落問題、非正社員、倫理方針の担当部署への相談件数

 〈研修〉‡@研修、‡A啓発冊子、‡B研修のリーダー養成

 〈NPOとの対話〉

◯社内の人権状況(海外も含む)の把握(CHECK)

‡@海外の人権状況の把握、‡A男女平等─勤続年数の比較、女性の管理職登用、‡B障害者─雇用率、勤続年数、‡C部落問題─意識調査、‡D非正社員─三年間の雇用形態転換の実績、‡E倫理方針─意識調査、‡F本業を活かした人権関係の取り組み、ユニバーサル化の具体的取り組み

◯改善すべき課題の明確化と情報公開(ACTION)

 ‡@検討中の改善課題、‡A情報公開方針の有無と公開状況

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