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掲載日:2004.07.07
国連文書・訳文
「人権教育のための国連10年」のフォローアップをいかに行うか?

友永健三 部落解放・人権研究所所長

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 1995年1月1日から始まった「人権教育のための国連10年」は今年12月31日で終了します。この間、国連、政府、および自治体レベルで10年のための行動計画が作成され実施されてきました。

 部落解放・人権研究所は、昨年来、各レベルにおける10年の総括の必要性を訴えるとともに、「第二次人権教育のための国連10年(2005年-2014年)」を提起し、それを求めるとりくみを展開してきました。私たちをはじめ、世界の多くのNGOの声を背景に、今年4月の国連人権委員会は、10年のフォローアップとして、「人権教育のための世界プログラム」を2005年より開始することを求めた決議を採択しました。

 この世界プログラムの決議は、第一段階(最初の3年間、2005年-2007年)を初等・中等教育における人権教育の推進に焦点を絞るとしています。そして、第一段階の具体的な行動計画案を国連人権高等弁務官事務所と国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)に協力して作成し、今年末の第59会期国連総会に提出するよう求めています。

 「人権教育のための国連10年」の成果を引き継ぎ、不充分点を補う側面をもつ「世界プログラム」をどのように進めるべきかについて、部落解放・人権研究所所長の友永健三が提言をまとめました。ここにご紹介します。

はじめに

去る4月21日、国連人権委員会で「人権教育のための国連10年」(「国連10年」)のフォローアップとして、2005年1月から「人権教育のための世界プログラム」(「世界プログラム」)に取り組むことを盛りこんだ決議が採択された。

当初、昨年8月、国連人権小委員会で採択された決議や多くのNGOからの要請を受けて、第2次「国連10年」に取り組むための決議案が起草されていたが、アメリカ、イギリス、オーストラリア政府等から難色が示されたため、最終的には「世界プログラム」として取り組んでいくとした決議となったものである。

「世界プログラム」は、第1次「国連10年」の成果を引き継ぐとともに、その欠陥を補うものとしての側面をもっているが、本稿では、「世界プログラム」を踏まえた今後の課題を提起するものである。

第1次「国連10年」の成果

「世界プログラム」の意義と今後の課題を述べる前に、1995年1月から取り組まれてきた第1次「国連10年」の総括をする必要がある。(「国連10年」の期間は、本年末まで半年間の期間が残されているが、「国連10年」後の計画を策定するためには、現時点で総括をする必要がある。)

「国連10年」の成果としては、以下の6点を上げることができよう。

  1. 人権教育の重要性に関する認識が高まった。

  2. さまざまな分野で個別に取り組まれていた人権教育の連携が構築され出した。
    例えば、自治体での取り組みを見たとき、従来首長部局と教育委員会部局の取り組みは別々に行われていた。また、自治体と民間や企業等での取り組みも個々に行われていたが、「国連10年」に連動した行動計画を策定していく中で、これらの連携が構築されてきた。

  3. 被差別者に光が当てられるようになってきた。
    国連は、「国連10年」にちなんだ行動計画の中で、被差別者に重点を置くことを求めていた。人権教育とは余りにも広い概念なので、重点を決める必要があったのである。この提起をうけて、日本では、国の行動計画の中で、女性、子ども、高齢者、障害者、同和問題、アイヌの人々、外国人、HIV感染者等、刑を終えて出所した人、その他の人権が重点課題として提起された。なお、被差別者に重点を置くことの内容としては、被差別者自身のエンパワメントの支援、被差別者に対する偏見の払拭に役立つ人権教育の推進が求められている。

  4. 特定職業従事者に対する人権教育の必要性に関する認識が高まってきた。
    先に紹介した、国連の行動計画の中では、人権との関わりの深い特定職業従事者に対する人権教育の推進を重視していた。これを受けて、国の行動計画の中でも、検察職員、矯正施設・更正保護関係職員等、入国管理関係職員、教員・社会教育関係職員、医療関係者、福祉関係職員、海上保安官、労働関係職員、消防職員、警察職員、自衛官、公務員、マスメディア関係者に対する人権教育の推進が盛りこまれることとなった。

  5. 各方面で推進体制、行動計画、人権教育・啓発センターが整備された。
    国はもとより、自治体レベル、一部の民間団体などで「国連10年」を推進するための推進体制が構築され、行動計画が策定された。また、国のレベルだけでなく、自治体レベルで人権教育・啓発推進センターが設置されてきている。

  6. 人権教育啓発・推進法、人権のまちづくり条例の制定
    「国連10年」を振り返ったとき、日本での最大の成果は、2000年12月に、人権教育及び人権啓発の推進に関する法律(「人権教育・啓発推進法」)が制定されたことである。この法律の中で、部落差別をはじめあらゆる差別の撤廃と人権を確立するために、あらゆる場所で人権教育・啓発を推進していくこと、人権教育・啓発は、知識のみでなく体得が必要であること、人権教育・啓発の推進が国、自治体、国民の責務であること、政府は、基本計画を策定し年次報告する必要があること、自治体の取り組みを国は財政面で支援できること等が盛りこまれた。

 また、今日750に及ぶ自治体で部落差別をはじめあらゆる差別を撤廃する条例や人権尊重の社会づくり条例が制定されているが、これらの条例の中には人権教育・啓発の推進が謳われている。

第1次「国連10年」の問題点

一方、第1次「国連10年」の問題点としては、国際的に見た場合、「国連10年」に連動した取り組みを行った国が少ないという点があげられる。例えば、2001年12月時点で、国連人権高等弁務官事務所が公表した「国連10年」に連動した取り組みを報告してきた国は、86ヵ国にとどまっている。ちなみに、国連加盟国は、191ヵ国であるから、半数にも満たない国でしか取り組みがなされていないことになる。

その原因としては、<1>もともと国家は人権教育に熱心でないこと、<2>「国連10年」で提起された行動計画の内容が極めて包括的であり、これに対応した計画を策定できる国が余りないという事情があること、<3>さらに、国連が「国連10年」を全世界的に推進するための予算配分をしなかった、といった問題がある。

ついで、日本における取り組みの問題点としては、以下の諸点を挙げることができる。

  1. いまだに「国連10年」に連動した取り組みをしていない自治体がある。
    例えば、都道府県段階で見ても、47都道府県中、青森、岩手、宮城、秋田、山形、沖縄の6県では、推進本部も設置されていないし、行動計画も策定されていない。市町村段階での取り組みの正確な実情は把握されていないが、推進本部が設置され、行動計画が策定されているのはおよそ600自治体程度と推測される。2004年4月時点の市町村数は、3100なので、およそ5分の1の自治体でしか取り組まれていないことになる。

  2. 計画倒れになっていて具体的な取り組みが行われていないところが少なくない。
    都道府県も入れると650近い自治体で、推進本部が設置され、行動計画が策定されたことになるが、計画を作っただけで、毎年予算を付けた実施計画まで策定・具体化されているところは少ない。また、その自治体で具体的に生起してきた差別事件や人権侵害を分析し、行動計画の具体化に役立てているところや、地域で実施されている人権教育を人権のまちづくりの推進と結合しているところも少ない。

  3. 特定職業従事者に対する人権教育に計画性が不十分である。
    特定職業従事者に対する人権教育の必要性は理解され始めているが、その実態を見ると、場当たり的なものが多い。具体的な例を挙げると、2002年10月発覚してきた名古屋刑務所における刑務官による受刑者に対する殺傷事件がある。このような事件が生起した背後には、刑務官の仕事に即した人権教育のためのテキストを作成しカリキュラムを組んで計画的に人権教育が実施されてこなかったという問題がある。

  4. 民間企業、宗教関係者、議員等の中での「国連10年」に連動した取り組みが弱い。
    国や自治体レベルでの取り組みと比較したとき、民間企業や宗教関係者、さらには議員等での「国連10年」に連動した取り組みは弱い。これらの関係者が社会で果たしている役割を見たとき、今後取り組みを強化していく必要がある。

  5. なによりも、民間レベルでの「国連10年」に連動した独自の取り組みが弱い。
    一般的にいって、国なり自治体は、人権を侵害する可能性をもっている。このため、民衆の中から国なり自治体に不断に人権を守れと働きかけることが必要なのである。このためには、民衆の側からの発言が決定的に重要であるが、それを可能にするための行動計画の策定は極めて少ないという問題がある。

「国連10年」から引き継いで行かねばならないものは何か?

 「国連10年」の成果と問題点を踏まえ、2005年1月から「世界プログラム」として引き継がれていくこととなるが、その際、「国連10年」から引き継いで行かねばならないものとしては、以下の諸点がある。

1、人権教育の定義を踏まえること。

その一つは、「国連10年」で決議文と行動計画の中で明らかにされた人権教育の定義を引き継いでいく必要がある。ちなみに「国連10年」の決議文では、人権教育とは、「あらゆる発達段階の人びとが、あらゆる社会階層の人びとが、他の人びとの尊厳について学び、その尊厳をあらゆる社会で確立するための方法と手段について学ぶ、生涯にわたる総合的な過程である。」と定義されおり、これは、「世界プログラム」に関する国連人権委員会決議の前文でも引用されている。また、「国連10年」行動計画の中では、人権教育は「知識と技術の伝達、態度の形成を通して、人権という普遍的な文化を構築するために行う、研修、普及、広報努力である。」と、異なった角度から定義づけられている。

2、人権教育の柱を踏まえること。

第2には、「国連10年」行動計画の中で提起された人権教育の柱を踏まえることが必要である。この柱としては、少なくとも、<1>世界人権宣言等人権の国際基準の普及と実現、<2>被差別の人びとの人権を重視、<3>教員や公務員、警察官や軍人、弁護士や裁判官、マスメディア関係者などの中での人権教育の重視、<4>学校教育のみでなく、家庭、社会、職場、メディア等を通した人権教育の推進、<5>国際、国際地域、国、地方、それぞれのレベルでの人権教育の推進、<6>各方面からの参画を得た委員会の設置による行動計画の策定、<7>推進体制の確立、予算の確保、センターの設置、<8>手法、テキスト、カリキュラムの開発、の8点がある。

3、人権教育の目的を踏まえること。

第3点としては、人権教育の目的があるが、「国連10年」行動計画では、人権教育が世界の平和と民主的な社会の建設に役立つことを明らかにしている。この点との関係で「世界プログラム」に関する人権委員会の決議の前文でも、人権教育が、<1>全ての人の全ての人権が大切に尊重された社会の発展、<2>平等と持続可能な発展の促進、<3>紛争と人権侵害の防止、<4>参加と民主的プロセスの強化、に著しく貢献するものであることが明記されている。

今後の課題

国際的に見た場合、今後の課題としては、なによりもまずすべての国が取り組むものとする必要がある。その点では、「国連10年」の反省を踏まえ、「世界プログラム」は、第1段階を2005年から2007年までの3年間と設定し、少なくとも初等・中等教育における人権教育の推進を具体的な目標に設定している点は、すべての国で取り組まれる可能性を秘めている。このため、早急に初等・中等教育における人権教育の推進のために必要な事項をまとめる必要がある。

日本国内については、基本的な課題として、まず、各方面で、「国連10年」の総括をする必要がある。そして、「国連10年」の取り組みの成果を受け継ぎ、欠陥を補う計画を策定する必要がある。その際、「世界プログラム」が、第1段階として初等・中等教育での人権教育の推進に力点を置いていることを踏まえる必要がある。なお、この作業を行うにあたっては、各方面からの参画を得た委員会を設置することが望まれる。(参考までに、自治体レベルでの「国連10年」の総括のポイント案を掲載する。(PDF))

次に、日本国内での今後の具体的な課題としては、以下の諸点がある。

  1. 国のレベルでは、全ての府省庁で、「国連10年」の総括を踏まえた行動計画を新たに策定すること。
  2. 全ての自治体において、「国連10年」の総括を踏まえた行動計画を新たに策定すること。その際、人権尊重のまちづくりの推進と結合すること。
  3. 就学前教育、小学校、中学校、高等学校、大学、大学院、社会教育、生涯学習の基本に人権教育を明確に位置付けること。その際、児童虐待、不登校、いじめ等の分析を踏まえた計画を策定すること。
  4. 人権との関わりの深い特定職業従事者に対する人権教育を強化すること。その際、それぞれの職業に即したテキストを作成し、カリキュラムを策定すること。
  5. 民間企業、宗教関係者、議員等の中での人権教育を強化すること。
  6. なによりも、民衆の中での人権教育を強化すること、このことを支援する施策の充実を国なり自治体に求めること。
  7. 「国連10年」の総括と「世界プログラム」の提起を踏まえ「人権教育・啓発推進法」に基づく基本計画の改訂に取り組むこと。

おわりに

本年4月21日の国連人権委員会の決議によって「国連10年」が、「世界プログラム」として引き継がれることとなったが、最終的にそれが確定したわけではない。「決議」にあるように、本年6月から7月にかけて開催される国連経済社会理事会、さらには9月から12月にかけて開催される国連総会において、最終的に「世界プログラム」の実施が決議されなければならない。その際、とくに、第1段階の2005年から2007年までの重点目標として提起されている初等・中等教育で人権教育を推進していくための具体的な計画は、国連人権高等弁務官事務所がユネスコや民間団体と連携して起案し提案することになっている。(決議文のパラグラフ4参照)

これらの過程に、日本における民間団体や自治体、さらには日本政府が積極的に参画することが求められている。とりわけ、50年を超す同和教育の経験とそれに裏付けられた理論、テキストやカリキュラム、手法の開発等を国際的に発信していくことが期待されている。さらには、近年、同和教育の成果を踏まえ人権教育の創造が取り組まれているが、この経験の発信も求められている。

折しも、「世界プログラム」が開始される来年2005年は、世界的には第2次世界大戦終結60周年、日本にとっては第2次世界大戦での敗戦60周年という節目の年である。人類は、第2次世界大戦の深い反省の中から、1948年12月、世界人権宣言を採択し「差別撤廃を撤廃し人権を確立することが恒久平和を構築する道」であることを明らかにしたのである。この基本精神は、第2次世界大戦における敗戦の中から制定された日本国憲法の基本精神でもある。

それから60年の歳月を経過した今日、イラクでは戦争が続いており、米・英軍等による虐殺や拷問が行われている実態が明らかになりつつある。このような状況下にあって、世界と日本での「国連10年」の総括を踏まえた「世界プログラム」に基づく取り組みの重要性はいくら強調しても強調しすぎることはない。

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