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第33回部落解放・人権夏期講座より
掲載日:2003.09.04
人権教育のための国連10年
〜第1次の総括を踏まえた第2次の課題

友永健三(部落解放・人権研究所所長)

[ English ]

1.はじめに

  世界中に人権文化を創造していくことを目的に1995年1月1日からスタートした人権教育のための国連10年(以下「国連10年」と略)も9年目に入った。

  筆者は、昨年3月反差別国際運動(IMADR)の会合があってスイスのジュネーブを訪問したが、その機会に国連人権高等弁務官事務所に立ち寄り、「国連10年」の担当者と懇談する機会を持った。その中で、昨今の平和や人権をめぐる世界の状況を見たとき第2次「国連10年」に取り組む必要があるのではないかとの提起を行った。これに対して、その担当者は、あくまでも個人的な意見だがと断った上で、「国連人権高等弁務官事務所としての取組一つ見ても、「国連10年」がなくなれば、体制や予算などの面で大幅に後退するおそれがある。また、せっかく始まってきた各国の取組も同様に後退してしまうだろう。このような現状を考慮したとき、第2次の取組は必要だと思う。」との意見を表明された。

  本年、春に開催された国連・人権委員会では、国連・人権高等弁務官事務所の提出した文書の中で、第2次「国連10年」の必要性に関する報告書が提出されたし、コスタリカ政府が中心となって取りまとめた決議文が採択された。さらに、本年8月に開催された国連・人権小委員会においても、第2次「国連10年」の宣言を国連総会が採択するよう、経済社会理事会に対して提言することを人権委員会に求めた決議が採択されている。

  こうして、第2次「国連10年」が取り組まれる公算が大きくなってきているが、なによりもまず第1次の総括が必要だし、第2次に取り組む際、どこに力点を置いていけばよいかを明らかにしていく必要がある。本稿は、このための作業の一つとして執筆したものである。

  

2.なぜ、「国連10」年が提起されたか

  第1次「国連10年」の具体的な総括に入る前に、なぜ「国連10年」が提起されたのかを振り返っておこう。

  「国連10年」は、1994年12月に第49回国連総会で採択されたが、その前年にユネスコはカナダのモントリオールで「人権と民主主義のための教育に関する国際会議」を開催している。また、国連はオーストリアのウィーンで世界人権会議を開催している。これら2つの国際会議で採択された「宣言」や「行動計画」の中に、人権教育の重要性や「国連10年」に取り組む必要性が盛り込まれた。(注1)

  なかでもモントリオールで採択された「人権と民主主義のための教育に関する世界行動計画」には、人権教育を世界的に推進していくことの必要性が、以下に紹介するように極めて説得的に盛り込まれている。

「確かに冷戦は終結し、いくつかの壁は壊され、独裁者たちは打倒された。しかし、20世紀末のこの10年間は、ナショナリズムの台頭や人種差別主義、外国人排斥、性差別、宗教的非寛容によって引き起こされる極めて深刻な人権侵害の再現を経験しつつある。このような再現は、女性に対する集団レイプを含む民族浄化、搾取、子どもの遺棄や虐待、外国人、難民、少数民族、先住民族その他の社会的弱者に対する集団的暴力というおぞましいものを生み出している。・・・(中略)・・・ナショナリズムの台頭と上述した非寛容は、武力紛争の勃発とそれに伴う人権侵害を防ぐために、将来を見通した特別の教育戦略を必要としている。いまや、単なる変化を越えた対応が求められている。民主的価値を育成し、民主化への意欲を支え、人権と民主主義に基づく社会変革を促進させる教育がなされなければならない。」

  モントリオール行動計画のなかのこの提起に明確に示されているように、冷戦構造崩壊後の世界を見たとき世界各地で深刻な民族紛争が多発した。民族紛争のなかには、旧ユーゴスラビアでの一連の内戦がもたらした虐殺が含まれていた。このような事態が進行していることを深刻に受け止めるなかで、世界中で人権教育を推進することによって、人間が人間を殺し合うことのない人権が尊重された平和な世界を創造していくために「国連10年」が提起されたのである。

  一昨年の「9・11同時多発テロ」の発生とその後の「アフガン戦争」や「イラク戦争」、さらにはヨーロッパ各地で顕著になってきているネオ・ナチの台頭に象徴される21世紀初頭の世界の状況を見たとき、「国連10年」は一層その重要性を増していると言わねばならない。

3.「国連10」年で定義された「人権教育」とは

  次に、「国連10年」の基本的な内容として、人権教育の定義がどのようになされているか見ておこう。人権教育とは、極めて広い概念なので「国連10年」に関する基本文書のなかで、一定の定義がなされている。一つは、「国連10年」に関する決議文のなかにある、「人権教育はたんなる情報提供にとどまるものではない。人権教育とは、あらゆる発達段階の人々、あらゆる社会層の人々が、他の人々の尊厳について学びまたその尊厳をあらゆる社会で確立するための方法と手段について学ぶための生涯にわたる総合的な過程である。」とした定義である。(注2)

  この定義のなかで重要な点は、人権教育は一部の人を対象とした限られた機会になされるものではなく、あらゆる人々があらゆる機会に生涯を通して学ぶ必要があることを明らかにした点である。また、人権教育はたんなる知識の習得に終わるようなものではなく、すべての人々の尊厳が尊重された社会を確立するための方法と手段を学ぶためのものであることを明確にしている点である。

  もう一つの定義は、国連事務総長が準備した「国連10年行動計画」のなかにあるもので、「研修・宣伝・情報提供を通じて、知識や技能(スキル)を伝え、態度を育むことにより、人権文化(culture of human rights)を世界中に築くとりくみ」と定義されている。(注3)

  この定義で重要なのは、人権教育は「研修」だけではなく「宣伝・情報提供」まで含むことを明らかにしていることで、この点は情報化社会の到来を踏まえるならば重要である。また、「知識」や「態度」だけでなく、「技能」、すなわち人権を確立するための方法を学ぶことまで人権教育が含む必要性を明らかにしたこと、さらに人権教育の目的が「人権文化を世界中に築いていく」ことにあること、すなわち人権が世界中の人々の日常生活のなかで定着した状況をつくり出していくことにある点を明らかにしたことは重要である。

4.「国連10年」の行動計画の柱は何か

  次いで、「国連10年」の「行動計画」の柱を紹介しておこう。

  「国連10年」の行動計画として国連事務総長が準備したものは、99パラグラフにも及ぶ膨大なものであるが、その中でも重要だと思われる8点を以下紹介する。

(1)人権教育の内容として、世界人権宣言をはじめとした国際人権基準の普及と実現に力点をおくことを求めている。
  人権教育の内容として、さまざまな事柄が想定されるが、世界人権宣言をはじめとした国際人権基準の普及と実現を求めている点は、グローバル化が進行し人々の移動が活発になっている今日特に重要である。
ちなみに、国連が採択したものだけでも今日27にも及ぶ人権条約があるが、日本はこの内国際人権規約をはじめ10条約しか締結していない。

(2)人権教育を推進していく上での重点課題として被差別の立場にある人々の人権を重視することを求めている。
  その際、具体的には、被差別の人々に対する差別を撤廃し正しい認識を確立していくことと、被差別の当事者自身のエンパワーメントを支援していくこと求めている。当然のこととして、このために識字活動を重視することを求めている。

(3)人権教育を実施する対象として、教員や公務員、警察官や検察官、弁護士や裁判官、医師や社会福祉関係者、軍人、企業経営者、労働組合幹部やNGO活動家、マスメディア関係者などに重点を置くことを求めている。
  この点の重要性は、ここで指摘されている仕事に従事している人々が人権を理解して仕事に従事する場合とそうでない場合とでは極めて大きな違いが生じてくることを見れば明らかである。

(4)人権教育は、学校教育のみならず、家庭教育、社会教育、職場研修、生涯学習などあらゆる機会を通して実施される必要がある。また、マスメディアの積極的な役割が期待される。
この点は、先に紹介した国連の「人権教育の定義」でも強調されているところである。

(5)国際、国際地域、国、地方とそれぞれのレベルで人権教育が実施される必要がある。
  この指摘にあるように、人権教育は、あらゆるレベルで、それぞれのレベルの持ち味を活かした取組が行われることが必要である。ただ、「国連10年」の目標が「人権文化を世界中に築いていく」ことにあるとするならば、圧倒的多くの人々が日常ほとんどの時間を過ごしている「地方」での取組、すなわち自治体レベルでの取組が最も重要であると言えよう。

(6)各方面からの参画を得た委員会を設置し、10カ年の行動計画を策定すること。
  「国連10年」にちなんだ取組を実施するためには、それぞれのレベルや分野において「10カ年行動計画」が策定される必要がある。その際、実態やニーズの把握が行われるとともにさまざまな立場の人々が参画して行動計画が策定されること、定期的に行動計画が見直されることが必要である。

(7)「国連10年」を推進するための体制を確立し、予算を確保し、センターを整備すること。
「国連10年」のような大がかりな取組を成功裏に推進していこうとするならば、それなりの体制を構築することと、思い切った予算を付けること、さらには情報を収集し、最新の情報を提供することのできるセンターを設置することは不可欠である。

(8)人権教育を発展させるための手法、教材、カリキュラムを開発すること。
  人権教育を効果的に推進していくためには、そのための手法、教材、カリキュラムの開発は不可欠である。

5.国連や各国の取組

  1995年1月から開始された「国連10年」は、先に紹介したようにさまざまなレベルで実施されてきているが、まず国連としての取組を見てみよう。

  国連としての取組としては、<1>人権との関わりの深い特定職業従事者に対するテキストを作成すること、<2>各国の取組状況を収集するとともにガイドラインを提示すること、<3>技術協力プログラムを活用して途上国での人権教育の推進を支援すること等が実施されてきている。

  この内、テキストの策定については、警察官、刑務所職員、小・中学校の教員、裁判官及び弁護士、議員やジャーナリスト等を対象としたものが発行されている。各国の取組状況を把握しデータベース化する作業の一環として国連人権高等弁務官事務所が入っているスイス・ジュネーブのパレ・ウイルソン内の一室に人権教育資料センターが開設されている。各国の取組を促進するためのガイドラインは、1997年10月、国連総会に国連事務総長報告として示された。それによれば、<1>人権教育のための国内委員会の設置→<2>基本調査の実施→<3>優先事項の設定及び人権教育を必要とする集団の把握→<4>国内行動計画の策定→<5>国内行動計画の実施→<6>国内行動計画の見直しと修正、という6つのステップが示されている。(注4)

  アジア・太平洋地域などにおいても、人権教育を推進するための各種会合が開催されてきている。例えば、大阪にある(財)アジア・太平洋人権情報センター(ヒューライツ大阪)は、この地域における学校教育の中での人権教育を推進するための会合を積み重ねてきている。また、1998年12月には、世界人権宣言50周年記念事業として、大阪の地でアジア・太平洋人権教育国際会議が開催され「大阪宣言」が採択された。
  2001年12月時点での各国の取組状況を、国連人権高等弁務官事務所は集約しホームページ上で紹介している。それによれば、アフリカ:17カ国、アラブ:7カ国、アジア・太平洋:11カ国、ヨーロッパ・北米:35カ国、中・南米:16カ国、合計86カ国の取組状況が紹介されている。(注5)

  この中で、特に注目される取組としてフィリピンとフランスの例を紹介する。

  フィリピンの場合、フィリピン人権委員会が包括的な行動計画を策定していて、期間は1998年〜2007年となっている。また、アムネスティ・インターナショナル・フィリピン支部など各方面の参画を得た全国的な集会が開催され、国内行動計画の充実について討議されている。なお、フィリピンの場合、マルコス体制を倒したピープルズパワーが背景として存在しているし、憲法や大統領令のなかに人権教育の推進が盛り込まれている。このため、軍人や警察官を対象とした人権教育や学校教育での人権教育が系統的に実施されている。また、住民運動を推進していくためにも人権教育が積極的に活用されている。(注6)

  フランスの場合、ユネスコ国内委員会と11の関連する省庁の代表を含む国家人権諮問委員会等によって、「国連10年」国内委員会が構成された。フランスの国内委員会は、人権教育の分野における過去・現在の活動に関する調査を実施するとともに、人権教育の必要性の査定、人権教育を推進していくための行動計画の策定を任務としている。この任務を遂行するため、<1>初等・中等学校、<2>大学と高等教育、<3>警察、軍隊、裁判官、教員、ソーシャルワーカーなどいくつかの専門家集団を含む成人教育、<4>NGO、団体、労働組合、の4つの作業部会が、国内委員会内に設置されている。また、1996年11月には、国立人権情報・トレーニングセンターが発足している。

6.日本政府の取組

  日本政府は、村山内閣時代の1995年12月15日、閣議決定で「国連10年」推進本部を設置した。本部長は内閣総理大臣で、副本部長には内閣官房長官、法務大臣、外務大臣、文部大臣(現在は文部科学大臣)、総務庁長官が就任、本部員には全府省庁の事務次官クラスが任命され、事務局は、内閣官房内政審議室(現在は内閣官房副長官補室)に設置されている。

  97年7月4日、国内行動計画が発表された。これは、前年末の12月に「中間報告」が公表され、各方面からの提起を受けて若干の修正が加えられたものである。国内行動計画は、<1>基本的考え方、<2>あらゆる場を通じた人権教育の推進、<3>重要課題への対応、<4>国際協力の推進、<5>計画の推進、から構成されている。この内、<2>の「あらゆる場を通じた人権教育の推進」では、「学校教育、社会教育、企業その他一般社会における人権教育、特定の職業に従事する者に対する人権教育」に取り組むこととされている。そして、「特定職業従事者」の中には、「検察職員、教員、社会教育関係職員、医療関係者、福祉関係職員、警察職員、自衛官、公務員、マスメディア関係者」などが含まれている。さらに、<3>の「重要課題への対応」としては、「女性、子ども、高齢者、障害者、同和問題、アイヌの人々、外国人、HIV感染者等、刑を終えて出所した人、その他」が列挙されている。(注7)

  日本における全国レベルでの取組として、特筆すべき事項は、2000年12月6日に人権教育及び人権啓発の推進に関する法律(「人権教育・啓発推進法」)が公布・施行されたことである。この法律は、1985年以降、広範な国民運動として求め続けられてきた「部落解放基本法案」の中に盛り込まれていた教育・啓発法部分が、人権という広がりをもって実現したものである。

  この法律は、部落差別をはじめとする差別を撤廃し、人権を確立するため、あらゆる機会にあらゆる場所で全ての人々を対象とした人権教育・啓発を推進することを目的としたものである。このため、この法律では、国、地方公共団体、国民のそれぞれの責務を定めている。特に国に対しては、基本計画の策定と年次報告の実施を義務づけている。この法律の制定を受けて、昨年3月15日には「人権教育・啓発基本計画」が閣議決定され、本年3月には、年次報告として『平成14年度 人権教育・啓発白書』がとりまとめられている。(注8)

7.自治体の取組

  人権文化を創造していくためには、自治体レベルでの取組が決定的に重要であるが、他の諸国と比べて日本では、自治体での取組が進んでいることが最大の特色のひとつである。例えば、都道府県レベルでみたとき、2003年1月現在、47都道府県中、39都府県で推進体制が設置され、35都府県で「行動計画」が策定されている。

  都府県レベルでの「国連10年」の取組を分析したとき、各方面からの参画を得た懇話会等を設置し、そこでの討議を踏まえて「行動計画」が策定されている点に特色がある。

  また、「行動計画」の内容をみても、自治体の特色が一定発揮されたものとなっている。例えば98年3月に策定された奈良県の行動計画では、<1>はじめに、<2>第1章 基本的な考え方、<3>第2章 奈良県の人権に関する教育・啓発の現状と課題、<4>第3章 人権教育を推進するための環境の整備、<5>第4章 あらゆる場を通じた人権教育の推進、<6>第5章 重要課題への対応、<7>第6章 国際協力の推進、<8>第7章 行動計画の推進、という章立てになっている。この内、特に<4>の「人権教育を推進するための環境の整備」では、学習環境の整備、人材の養成、学習方法の整備、効果的な啓発手法の情報の提供、国、市町村をはじめとする関係機関、民間団体、企業等との連携、が盛り込まれている。(注9)

  都道府県レベルだけでなく、市町村レベルでも推進体制が作られ行動計画が策定されている。(部落解放・人権研究所の2002年6月時点でのアンケート調査では530に及び市町村で行動計画が策定されている(注10)。)例えば埼玉県、大阪府、徳島県、香川県、大分県などでは、府県はもとよりほとんどの市町村で推進体制が作られ行動計画が策定されている。なお、全国に先駆けて1997年3月に行動計画を策定した大阪府は、2001年3月、これを改訂した後期行動計画を策定し、これを「人権教育・啓発推進法」に基づく「基本計画」と位置づけている。(注11)

この他、自治体レベルの取組の特色としては、部落差別をはじめあらゆる差別を撤廃するための条例や人権の社会作り条例が各地で制定されているが、「国連10年」にちなんだ行動計画は、これら条例の中に盛り込まれている教育・啓発部分の具体化ともなっている。

8.民間での取組

  日本の地で、国や自治体の「国連10年」にちなんだ取組を促してきたのは、民間レベルでの取組であった。例えば、筆者の勤務する部落解放・人権研究所は、他に先駆けて「国連10年」に関する基本文書を翻訳出版するとともに、「国連10年」を推進していくことに役立つ出版物を系統的に発刊してきているし、部落解放・人権大学講座をはじめとする一連の講座でも「国連10年」を重点テーマとして設定してきている。2000年9月には、研究所としての「行動計画」を策定している。(注12)

  また、全国レベルでは部落解放同盟中央本部、日本教職員組合、全国同和教育研究協議会、全国隣保館連絡協議会等によって「国連10年」推進連絡会が結成され、政府に対する系統的な働きかけが実施されている。

  さらに、全国レベルでは、(財)人権教育啓発推進センターが「国連10年」に関した文書を翻訳紹介しているし、自治体レベルでも三重県、鳥取県、福岡県等各地に人権啓発センターが設置され、情報の収集・提供、リーダー養成等が取り組まれている。(注13)

  この他、大阪府和泉市では、人権教育・啓発を推進していくためのNPO法人ダッシュが設立され、市民啓発や全国各地からの視察研修の受け入れを実施している。(注14)

9.第1次「国連10年」の成果と問題点

  以上、第1次「国連10年」にちなんだ取組を、国連や各国の取組、日本政府の取組、自治体の取組、民間での取組の順で紹介した。これらの取組を分析したとき、第1次「国連10年」は、以下に列挙するような成果を上げてきたと言えよう。

  1. 人権教育の重要性に対する認識を、国際的にも国内的にも一定程度高めることができた。
  2. 従来、学校教育、社会教育、職場研修などバラバラに取り組まれてきた人権教育を、「人権文化の創造」という大きな目標の下に、総合的・計画的に実施していくための手がかりを作りだした。
  3. 人権教育を推進していくにあたっての重点課題として、各国に存在している被差別集団に光が当てられるとともに、人権との関わりの深い特定職業者に対する人権教育の重要性に対する関心が高まった。
  4. それぞれのレベルで人権教育を推進していくための体制と行動計画が一定整備された。

  一方、以下に列挙するような問題点も存在している。(注15)

  1. 世界的にみたとき、「国連10年」に全く取り組んでいない国がある。日本においても、全く取り組んでいない自治体がある。また、一定取り組んでいるところでも、「国連10年」の位置付けが低く、体制や予算の面で不十分である。
  2. 「国連10年」行動計画が策定されているところでも、数値目標や予算を伴った実施計画まで具体化されていないところは少なくない。また、定期的に行動計画を評価し、見直しているところは少ない。
  3. 特定職業従事者の中でも議員や裁判官の中での人権教育は本格的に取り組まれていない。また、民間企業や宗教関係者の中での「国連10年」にちなんだ取り組みは弱い。
  4. 人権教育が具体的な施策や人権侵害と結びつけられて捉えられていない。このため、人権の視点からあらゆる施策を見直したり、人権のまちづくりとの結合がなされていない。
  5. 情報化社会の到来、とりわけインターネットの普及を踏まえた行動計画となりきっていない。具体的には、インターネットを積極的に活用した人権教育の推進とインターネットによる人権侵害への対応が行動計画に盛り込まれていない。

10.第2次「国連10年」に向けた取組を

  「はじめに」でもふれたように、「9・11同時多発テロ」以降の世界の人権状況を直視したとき、「国連10年」にかけられた使命は一段と重要性を増している。

  このことは、日本においても同様である。バブル崩壊以降の長期に及ぶ経済停滞の下で、失業者は戦後最高を記録している。自殺者も年間3万人を超しているし、野宿生活者も増加してきている。児童や高齢者に対する虐待や青少年による凶悪犯罪は後を絶たない。時代の最先端をいくインターネットを通して「部落民を皆殺しにせよ」などといった差別扇動がなされている。在日韓国・朝鮮人や在日中国人等在日外国人を排斥する風潮も強まっている。さらに、名古屋刑務所における刑務官による受刑者殺傷事件に象徴される問題がある。

  日本の地においても「国連10年」や「人権教育・啓発推進法」の持つ意義は極めて大きいといわねばならない。

  かくして、世界的にも日本的にも、第1次「国連10年」の残された1年余の取り組みを各方面で抜本的に強化するとともに、第2次「国連10年」が求められてきていると言えよう。

その際、先に述べた第1次「国連10年」の問題点を踏まえた場合、以下に指摘するような取組を第1次「国連10年」の残された期間と第2次「国連10年」の中で強化していく必要があろう。

(1)国際的に求められていること

  1. 国連をはじめ国際機関として人権教育の果たす役割に対する認識を高め、予算の配分や人員の配置などの面で、「国連10年」に関する取組の優先順位を高めること。
  2. すべての国で、「国連10年」にちなんだ推進委員会を設置し、行動計画を策定すること。推進委員会には、政府のみでなく専門家やNGOの代表や企業、労働組合など各方面からの参画を得ること。
  3. すべての国での「国連10年」に関する取組を促進するため、地域的な会合を開催すること。その際、関係国の代表のみでなく専門家やNGOの代表の参画を得たものとすること。
  4. 国連として、人権との関わりの深い特定職業従事者向けの人権教育のテキストを引き続き発刊するとともに、各言語に翻訳紹介していくこと。
  5. >世界的な規模で事業展開している企業に対して人権教育に取り組むことを求めていくこと。
  6. 情報化時代の到来、インターネット等の普及を踏まえた行動計画を策定すること。
  7. 国際機関、各国、NGO等での人権教育の取組を積極的に収集し、系統的に紹介していくこと。このため国連人権高等弁務官事務所の人権教育資料センターやホームページの充実を図ること。
  8. 第1次「国連10年」を総括し、第2次「国連10年」の在り方を提言するための専門家、NGO代表等によって構成される会合を、国連主催で2003年の国連・人権委員会が開催されるまでに開催すること。

(2)日本国内で求められていること

  1. 各方面で第1次「国連10年」にちなんだ取組の総括を行い、第2次「国連10年」の在り方を討議すること。なお、総括にあたっては、a.やってきたことをまとめる、b.評価を加える(成果と問題点を含めた)、c.現状の把握と新たな課題を明らかにする、d.今後の方向(短期、中長期を含む)、を含むものとすること。
  2. 人権教育を推進していくことに役立つ実態調査を実施すること。現実に生起している差別事件や人権侵害を収集し分析すること。
  3. 国や自治体レベルでの「国連10年」行動計画、「人権教育・啓発基本計画」を改訂・充実すること。また、行動計画を実施計画にまで具体化し、具体的な施策や人権のまちづくりと結合していくこと。なお、国レベルの「10年行動計画」と「人権教育・基本計画」を比較した時、「10年」行動計画の方が、a.教育を受ける権利、b.企業や一般社会で取り組まれる人権教育、c.国際連帯、まで含んでいて、より包括的なものとなっている点に注目する必要がある。
  4. 実態調査の実施や「国連10年」行動計画、「人権教育・啓発基本計画」の改訂・充実に際して委員会を設置し、各方面からの参画を得ること。
  5. 国レベルの「国連10年」の事務局、「人権教育・啓発推進法」の事務局を内閣府に設置し、体制を充実すること。
  6. 人権との関わりの深い特定職業従事者向けのテキストを策定し、研修カリキュラムの中に明確に位置づけること。
  7. すべての自治体で推進体制を整備し、「国連10年」行動計画、「人権教育・啓発基本計画」を策定すること。また、人権教育・啓発推進センターを設置すること。
  8. 学校教育、社会教育、生涯学習の中に人権教育を明確に位置づけること。また、人権に関する大学院大学を設置すること。
  9. 企業や民間団体、宗教関係者やマスメディア関係者、法曹関係者や議員等各方面での人権教育の取組を強化すること。
  10. 世界人権宣言55周年の2003年に、日本の地において第1次「国連10年」を総括し、第2次「国連10年」を提起するための国連主催の国際会議を誘致し開催すること。

(2003年9月2日)




  1. モントリオール行動計画は、反差別国際運動日本委員会編『あらゆる分野で人権文化の創造を  これからどうする「人権教育のための国連10年(1995〜2004)』解放出版社.2000.参照。ウィーン宣言・行動計画は、江橋崇監修 世界人権会議NGO連絡会編『NGOが創る世界の人権 ウィーン宣言の使い方』明治図書.1996.参照
  2. 「国連10年」の決議文の翻訳は、反差別国際運動日本委員会編『あらゆる分野で人権文化の創造を これからどうする「人権教育のための国連10年(1995〜2004)』解放出版社.2000.参照。    
  3. 「国連10年」の行動計画の翻訳は、同上参照 なお、行動計画のなかの人権教育の定義は、日本政府訳では「人権教育とは、知識と技術の伝達及び態度の形成を通じ、人権という普遍的な文化を構築するために行う研修、普及及び広報努力」と訳されている。
  4. 人権教育のための国内行動計画のガイドラインは、反差別国際運動日本委員会編『あらゆる分野で人権文化の創造を これからどうする「人権教育のための国連10年(1995〜2004)』解放出版社.2000.参照。
  5. 各国の取り組み状況については、国連人権高等弁務官事務所のホームページ参照
  6. フィリピンの人権教育については、阿久澤麻里子著『人はなぜ「権利」を学ぶのか フィリピンの人権教育』解放出版社.2002年.参照。
  7. 国内行動計画は、反差別国際運動日本委員会編『あらゆる分野で人権文化の創造を これからどうする「人権教育のための国連10年(1995〜2004)」解放出版社.2000.参照。
  8. 「人権教育・啓発基本計画」の問題点については友永健三「人権教育・啓発基本計画の問題点と課題」(『ヒューマンライツ』2002年6月号)、『平成13年度 人権教育・啓発白書』の問題点については、『ヒューマンライツ』2003年8月号参照。
  9. 奈良県の行動計画については、『「人権教育のための国連10年」奈良県行動計画』奈良県生活環境部県民生活課.1998.参照。なお、奈良県の行動計画の問題点については、吉田智弥「「行動計画」は実質化されたかー「奈良県行動計画」にもの申す(『月刊自治研』2001年11月号)参照。
  10. 大阪府の後期行動計画については、世界人権宣言大阪連絡会議編・発行『人権の21世紀創造を「人権教育のための国連10年」後期行動計画をつくりあげよう』2001.参照。
  11. 市町村の行動計画の策定状況については、「人権教育のための国連10年」(『人権年鑑2002』部落解放・人権研究所編2003.3)参照
  12. 「国連10年」に関する国連決議と行動計画を日本で最初に翻訳紹介したものは、社団法人部落解放研究所編集・発行『国連人権教育の10年(1995〜2004)ー人権文化を世界中に築くために』1995.参照
  13. 各地の人権啓発センターについては、部落解放・人権研究所編集・発行『人権年鑑  2002年度版』.2003年3月.参照
  14. NPO法人ダッシュについては、ホームページ参照
  15. 第1次「国連10年」の成果と問題点については、『月刊自治研』2001年11月号の北口末広、吉田智弥、高木和久論文を参照。