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2005.06.01
意見・主張
  
解放新聞 第2220号(2005年5月30日) より
「部落地名総鑑」発覚30年の課題をふまえとりくみ強化を

 今年「部落地名総鑑」差別事件発覚から30年を迎える。この30年、差別身元調査にたいする闘いを連綿とおこなってきたにもかかわらず、大阪・アイビー・リック社差別身元調査、兵庫・行政書士による身元調査など差別事件はあとをたたない。30年の経験と成果をふりかえり、根絶への方途を探る。

「個人依頼の99%が部落民かどうかの調査だった」と
一冊3万円でと大企業にダイレクトメール


 「部落地名総鑑」の存在が明らかになったのは、1975年のことだ。大阪府連に送られてきた匿名の手紙によってその存在が明らかになった。

 企業防衛懇話会(理事長・京極公大)なるものが、企業の人事担当者に「特殊部落の所在地(全国五六〇〇部落)」の「旧市町村名→新市町村名、部落の大字名、部落の小字名、部落毎の世帯戸数、従事職業」を書いた『人事・特殊部落地名総鑑』を特別頒布価格3万円で送付する、というダイレクトメールを送りつけてきたのである。

ダイレクトメールには、戸籍の公開制限は「国民の得られる利益を甚だしく失わせるもの」であり、「これらの人々(部落民のこと−引用者注)の採用が果たして妥当であるかどうかということは、封建時代のイデオロギーとして残されたものであり問題ではないとすますことが出来るでしょうか」と公然と部落差別を煽った。

 また、当時の八鹿高校闘争をあげ、「リンチ事件が発生して社会的な問題となっています」と反部落民感情を煽り立てている。

 中央本部では府連とともに事実関係を究明しながら、<1>就職の機会均等を奪い、採用から排除<2>差別意識を利用した営利目的であり、大企業を中心に販売している点も許しがたいことを指摘し、行政責任の明確化と就職の機会均等の保障▽企業防衛懇話会への糾弾▽購入企業の明確化と企業の差別性の追及を求める声明を75年12月に出した。

 各地で糾弾闘争がすすめられるが、このなかで「差別はなくなりつつある」という日共=「全解連」の主張に反対し、水平社創立メンバーの1人である阪本清一郎さんが大阪での糾弾会に参加。「悪質な差別文書を購入した企業の責任は重大である」と企業責任を追及した。

 こうしたなかで、新左翼組織の逮捕者3000人の名前、本籍、生年月日と部落の所在地をセットにした第3の「地名総鑑」の存在も明らかになった。

 77年3月には、購入企業103社を集め中央糾弾会ももたれた。また、77年5月の「地名総鑑」発行者への確認会で、Tはつぎのように興信所の実態を明らかにした。

 Tは1941年に岡山工兵隊に入隊。人事係の助手をした。軍隊では入隊者名簿に筆の頭で丸印をつけ、一目で部落民だとわかるようにしていた。丸印をつけられた部落兵士は無条件に、装工兵に組み込まれ、皮靴、スリッパ、バンド、弾入れなどの皮革製品の修理をさせられた、など軍隊での差別の実態が語られた。

 そして、65年頃始めた興信所では、個人依頼の99%が相手が部落民かどうかの調査だ、とのべた。「血が交じると困るので、それだけをとくに念入りに調べてくれ」「チョット違うかどうか」とか「最近やかましくいってるあの方じゃないか、調べてくれ」などといってくる、という。そのさいには、戸籍を3代前までさかのぼって調べた、と答えた。

 企業の依頼は信用調査と人事調査に大別できる。人事調査では企業の大半が新規採用者の身元調査を複数の興信所を使ってやっている。主眼は、新規採用者が部落出身かどうか。幹部に採用するさいには、1年ほど前から5社くらいの興信所を使って徹底的に身元調査を、再度おこなうのが通例。

 Tは「地名総鑑」の基礎資料には「労働問題研究所」から入手した資料をもとにした。資料は旧住所しか印刷していなかったので、国会図書館の地図や町村合併の記録などを利用して作成した、ことを明らかにした。

 地名総鑑の購入企業、発行者はじょじょに解明されるが、その後も居直りつづけたままの作成探偵社も存在する。

 法務省が事件終結宣言を1989年に出したが、これまで現物を確認できるもので9種類があり、この間の兵庫での行政書士による身元調査差別事件で「地名総鑑」の存在が再度明らかになってきている。

 「地名総鑑」30年の経験と成果、課題を再度点検し、悪質な差別身元調査の根絶への方途を、多くの人びととともに、示していく必要があるだろう。

 つぎに、その後の経過を見ていく。


各地で差別調査禁止、差別撤廃をめざす条例制定や宣言採択が大きく広がる
次と問題があきらかに



 あいつぐ「部落地名総鑑」差別事件の発覚に、政府もようやく差別身元調査への対応をせざるをえなくなり、1977年、100人以上の従業員を抱えるすべての事業所に企業内同和問題研修推進員(現在は公正採用選考人権啓発推進員)の設置を実施した。

 推進員の任務は、企業が公正な採用選考をおこない就職の機会均等を実現しようとするもので、職業安定行政と連携してとりくみを展開するものと位置づけられた。

 しかしその後、「部落地名総鑑」糾弾、「推進員」設置をふみにじるような事件が82年に発覚した。損害保険協会が業界ぐるみで損保リサーチに身元調査をおこなわせ、家族関係、近隣調査、本籍地がふくまれていたことも明らかになり、2回の糾弾会をおこなった(縮刷版15巻、16巻)。

 第2回糾弾会(16巻221ページ)には加盟19社の社長が出席し、差別事件を反省、今後、身元調査はおこなわないなどを表明した。

 この事件は、いぜんとして、部落出身者などを排除しようとする意識が根深いこと。差別調査項目や報告をみても、なんの問題意識ももてなかったこと。調査にあたった損保リサーチもすべてを調べるのが「サービス」だと考えていたなど、社会に人権意識がまだまだ根づいていないことを明らかにした。

 こうした現実を前に、大阪では85年に「大阪府部落差別事象に係る調査等の規制等に関する条例」を制定、各地で身元調査禁止、差別撤廃をめざす条例制定や宣言の採択へと大きな広がりを創りだしていった。

 同時にこの年85年には、「部落解放基本法」制定要求国民運動中央実行委員会が結成され、「部落解放基本法案」が発表され、(縮刷版第18巻200、201ページ)、全国大行進もおこなわれた。

 こうしたとりくみは1977年の「部落地名総鑑」糾弾国民決起集会(縮刷版第10巻157ページ)でも示され、政府への要請書にももりこまれた。

 要請書には、<1>政府の責任で真相を究明する<2>事件が拡大・継続しないよう施策を<3>人権擁護体制の抜本強化<4>差別を目的とする悪質な営利行為(興信所や本件出版者など)にたいする法的規制<5>就職差別を禁止するILO第111号条約の批准<6>いっさいの差別を禁止する国際人権規約の批准、などが明記されていた。

 1998年、興信所による大がかりな差別調査がまた発覚した(縮刷版第31巻)それは、1400社の企業などが、2社の興信所と契約、身元調査を依頼。就職希望のある女性の履歴書の住所欄に下線が引かれ、部落を示す(興信所)「※」との印が書きこまれ、大きな丸印のなかに「会館のとなり」と書かれ、解放会館があることも示していた。

 ほかにも、住所の下に、「※ではないが※みたいなもの」、父親の名前、自営業の会社名を丸印で囲み「○○町の皮屋」「ストップ」と大書されているものもあった。

 部落解放同盟中央本部では、差別身元調査事件闘争本部を設置し、真相究明にとりくんだ。

 大阪府は、先の「部落差別事象等に係る調査等の規制等に関する条例」にもとづき、2社の興信所に立ち入り調査を実施、2社は事実を認め、契約先のリストも提出、全国的に全容解明へのとりくみを展開した。1400社のなかには、社会福祉法人、医療法人、行政の指定出資法人などもふくまれ、調査会社には、応募者の履歴書がそのまま送られていたことまで明らかになり、個人情報のずさんな取り扱いも明るみにでた。

 部落解放同盟は政府に雇用差別の規制強化・禁止を要請。翌99年、「職業安定法」を一部改正、<1>差別的取扱いの禁止<2>労働条件等の明示及び募集内容の的確な表示<3>求職者等の個人情報の取扱いに関する指針を公表した。

 これにより、人種、国籍、信条、性別、社会的身分、門地、従前の職業、労働組合員などを理由とした差別、人種、民族、社会的身分、門地、本籍、出生地その他社会的差別の原因となるおそれのある事項、思想・信条、労働組合への加入状況などの個人情報収集はともに法律違反となった。


「職務上請求書」を悪用し戸籍謄本を
不正入手する事件がつぎつぎ発覚

 このように身元調査の禁止へと除じょにではあれ、前進をかちとってきた。

 85年、弁護士、司法書士、行政書士などをかたって戸籍謄抄本を不正入手する事件が発覚、86年、法務省は職務上の戸籍謄抄本の入手資格を認めた、弁護士、司法書士、土地家屋調査士、税理士、社会保険労務士、弁理士、海事代理士、行政書士の8業士に、それぞれ「職務上請求書」の使用を義務づけた。

 ところが、この制度を逆手にとり、「職務上請求書」で請求理由をいつわり不正請求し戸籍謄抄本を入手、身元調査に悪用する事件がここ数年、あいついで発覚している。そればかりか、「請求書」そのものを大量に横流しした事件までも明るみになっている。

 京都では一昨年、息子の交際相手の戸籍謄本などを司法書士から入手し、その戸籍謄本を示して「同和や」と結婚に反対した差別事件が明るみなった。司法書士の請求理由は「裁判」「登記」であり、本人の知らない間に戸籍謄本などが取られていた。

 兵庫でも、興信所の依頼をうけた行政書士が800枚の職務上請求書で不正請求していた事件が昨年発覚、今年の4月14日に確認会(2217号既報)をおこなうなど、全容解明へのとりくみを現在おこなっている。

 部落解放同盟中央本部では「興信所と行政書士による差別身元調査事件対策本部を設置、全国一斉公文書開示請求行動を展開する」ことを、5月13日の第62期第1回中央委員会(2219号既報)で決定した。

 とくにこの事件では、興信所の業務日誌に「地名そうかん返せ」など、興信所同士で「部落地名総鑑」の貸し借りがされていると受けとれる記述があり、「部落地名総鑑」そのものをめぐる新たな展開の可能性も大きい。

 この行政書士は、職務上請求書を自治体に提出するとき、使用目的に「調査」「添付資料」と、提出先には「依頼人」と記入。ほとんどの自治体がそのまま戸籍謄本などを交付していた。

 これは、交付申請を受けた当該の自治体が、なんの疑問もいだかず、戸籍謄本などをタレ流し状態で交付しているという実態を浮かびあがらせるもの。戦後の部落解放運動がとりくんできた、戸籍制度の廃止もふくめたとりくみが自治体現場で風化していることも示しており、ひじょうに重大な事件といえる。

 身元調査に悪用されているのが、先の8業種の「職業上請求書」だけではないことが、99年に明らかになった。大阪府警生野署警部補が「捜査関係事項照会書」を不正使用し、区役所から入手、横流した戸籍謄本が身元調査に悪用され、結婚は破談になった。不審に思った女性が「大阪市個人情報保護条例」にもとづき開示請求し、警察官による犯行が明らかになった。

 大阪市の「保護条例」は28条に「あらかじめ審議会の意見を聴いた上で、提供の申出をした者の人権が侵害され、又は侵害されるおそれがあると認められるときに限り、申出者の人権を擁護するために必要な限度において、申出者に当該第三者に関する情報を提供することができる」とあり、これが活用された。

 この警察官の場合、有罪とはなったものの、有印公文書偽造、同行使であり、事件の背景や本質はまったく裁かれていない。そればかりか、被害者への救済はまったくできず、被害救済の法整備も大きな課題であり、「人権侵害救済法」制定を一日も早くかちとり、「パリ原則」にもとづく独立性・実効性を有する人権委員会設立が急務である。

 各地の自治体でも、熊本市は住民基本台帳の一部の写しの閲覧に係る請求のうち、「被閲覧者を氏名、生年月日、住所等により特定できないものにあっては、当該請求を拒むものとする」と条例で規定。高槻市は、あらかじめ審議会の意見を聴いたうえで、住民票や戸籍が不当な目的で請求された疑いがある場合、基本的人権の侵害が生じた疑いがあるときは」交付請求書を全面開示することなどを定めている。


年 表

1975

  • 大阪府連に部落地名総鑑を告発する投書。第1の地 名総鑑『人事・特殊部落地名総鑑』が発覚(11・18)
  • 抗議声明を発表、法務省に抗議を申し入れ(12・11)

1976

  • 第2の地名総鑑『全国特殊部落リスト』が発覚(2 ・13)
  • 第3の地名総鑑『全国特殊部落リスト』が発覚(11 ・28)
  • 戸籍法一部改正施行、除籍簿閲覧廃止・戸籍簿閲覧 制限(12・1)
  • 第4の地名総鑑『部落リスト(大阪版)』が発覚(12・24)

1977

  • 第1-3の購入全企業中央糾弾会(3・9)
  • 第1の発行者にたいする第1回確認会(4・6)、第2回確認会(5・13)
  • 「部落地名総鑑」糾弾国民総決起集会、法務大臣に差別 営利行為への法規制などを申し入れ(4・12)
  • 第5の地名総鑑『日本の部落』、第6の地名総鑑『特 別調査報告書』が発覚(9・2)
  • 法務省が「地名総鑑」113冊を消却(9・13/東京)
  • 第7の地名総鑑『特分布地名』が発覚(11・15)

1978

  • 第8の地名総鑑『同和地区地名総鑑全国版』が発覚、企業をはじめ家庭にも訪問販売(5・12)
  • 第9の地名総鑑の存在が発覚(11・11)

1980

  • 第5の購入企業にたいする統一糾弾会(11・17、1981・6・4、7・6)

1981

  • 桜井市職員が「地名総鑑はないか」と隣保館に問い合わせる事件で確認会(5・19/奈良)

1982

  • 損害保険リサーチへの糾弾会(9・9/大阪)

1985

  • 大阪府部落差別事象に係る調査等の規制等に関する条 例施行(10・1)

1986

  • 法務省が弁護士など8業種の資格職にたいし、戸籍謄 本などを入手のさい「職務上請求書」使用を義務付け

1989

  • アマチュア無線を利用したパソコン通信で、「部落地 名総鑑」の一部が情報として大量に流れている事実が 発覚(5・14)
  • 法務省が地名総鑑差別事件の「調査をすべて終了する」と終結声明を出す(7・28)

1990

  • 東京の行政書士と社会保険労務士が、大阪の興信所の求めに応じて戸籍謄本を不正入手し、横流ししていた事実が発覚(10・15)

1995

  • 『部落地名総鑑』事件発覚20年全国集会(11・30/東京)

1997

  • 興信所「(株)ジンダイ」にたいする第1回糾弾会で、「部落地名総鑑」2冊を所持していたことがわかる(8・19/大阪)

1998

  • 調査会社「日本アイビー・リック」に1400社の企業などが差別身元調査を依頼していた事件が発覚(7・2/大阪)

1999

  • 大阪府警の警部補が捜査関係事項照会書を使って戸籍謄本などを入手、情報を流していた事件が発覚

2003

  • 知り合いの司法書士が戸籍謄本を不正入手し、結婚反対に悪用した結婚差別事件が発覚(7・11/京都)

2004

  • 行政書士が興信所の依頼を受け、戸籍謄本など不正入手していた事件が発覚(12/兵庫)
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