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2007.01.30
意見・主張
  
日本における人権の法制度に関する提言

「人権市民会議」とは

  20世紀末から、「21世紀を人権の世紀に!」といわれてきましたが、日本社会では依然として様々な人権侵害や差別が横行しています。このような状況を改善していくためにも、人権にかかわる法制度のあり方を根本的に検討し直し、新たな人権保障システムの構築を民間の側から提言すべき時期にさしかかっています。『人権の法制度を提言する市民会議』(略称:『人権市民会議』)は、このような問題意識を共有する、さまざまな団体・個人によって構成される研究会的組織です。[→結成趣意書]


1. 日本の人権状況をめぐる現状認識

1-1. 日本社会には、公権力によるものや市民の間で生じる人権侵害や差別が、いまでも多く存在する。それにもかかわらず、日本社会では、人権侵害や差別が人間の尊厳をそこなう重大な問題と認識されていない状況が続いている。

1-2. これまで、日本社会では、人権侵害や差別を受けている当事者を中心とする運動によって、一定の社会問題については、それが人権問題であるという認識が進んだ。そうした運動と認識に押されて、政府や自治体により、様々な人権課題に関する行政施策や法制度がある程度整備されてきた。また、当事者による運動が、裁判所に影響を与え、人権救済のための判決に結実した例も少なくない。

1-3. いくつかの重大な人権侵害や差別に関しては、それらが人権問題であるという社会的認知が得られ、当事者を中心として、それらの人権侵害や差別を禁止するための法制度を求める運動が展開されてきた。しかし、人権問題であると十分に認識されておらず、人権課題としての対処もなされていない人権侵害や差別も少なくない。また、差別が正当化あるいは容認され、当事者の告発そのものが否定されることすらある。こうした背景から、人権侵害や差別を受けた人びとの中には、それに対する抗議の声を上げることもできず、個人的に苦悩し、耐えることを強いられている人びとも多い。

1-4. さらに、近年においては、自助努力・自己責任を過度に重視する新自由主義、「国」があっての「民」という国家至上主義、多民族・多文化の共存を否定する排外主義、あるいは自由な市民生活を抑圧しかねない反テロ活動を名目とした法制度の成立などを背景として、これまでに獲得された権利や自由に対してさえ、不当な攻撃が加えられている。

1-5. その結果、すでに人権侵害や差別であると社会的に認識されている問題についてさえ、それが人権問題であるという認識や理解そのものが、冷静な議論を欠いたまま非難・攻撃されており、それらの人権侵害や差別の当事者であるマイノリティ[1]は周縁化され[2]、その他の人びとと分断されている。

1-6. 同時に、人権侵害や差別を受けているマイノリティ同士の間も分断され、互いに連帯できない状況が続いている。しかし、それぞれのマイノリティが受ける人権侵害や差別のありようはさまざまだとしても、それらを生み出している社会的・構造的背景には共通性・近似性があり、互いに共同・連帯できる余地は大きい。

1-7. また、日本と同様に、東アジアの諸地域においても、人権侵害や差別を受けた人びとは周縁化され、孤立させられている。人権侵害や差別を受けている日本のマイノリティと東アジアのマイノリティの置かれている状況は似ているにもかかわらず、両者の共同と連帯はほとんど進展していない。

2. 提言にあたっての基本的視点

2-1. 人権は、考えが異なる者どうしでも、互いが持つ権利を認め、尊重し、人間の尊厳を確保するためのものであり、他者との共生を可能にする社会の基本的ルールである。マイノリティと他の人びとが互いの存在と尊厳を認めつつ連帯し、ともに地域で生きることができる社会の実現をめざすため、「人権」という価値を基本的視点に据えなければならない。

2-2. 日本社会には「見えなくされてきたマイノリティ」、「存在をきちんと知らされてこなかったマイノリティ」が現実に存在している。これらのマイノリティが周縁化されてきた歴史と背景をふまえ、これらのマイノリティに対する人権救済や差別の撤廃を実現しなければならない。

2-3. 具体的な人権侵害や差別の実態にもとづき、自らが直面する具体的問題の解決を求めるマイノリティ当事者の視点を大切にしなければならない。このためには、マイノリティ当事者のあらゆる分野、とりわけ、公的政策の決定過程への効果的参画を重視することが不可欠である。また、マイノリティ当事者が、自ら人権裁判を提起し、問題解決のリーダーシップを発揮できるような環境を整えなければならない。

2-4. 人権侵害や差別を受けている当事者の状況が十分に認識されるようにし、周縁化を解消しなければならない。そのため、人権侵害や差別を受けている当事者間の協働と連帯が不可欠であるという視点を重視する必要がある。

2-5. 国連や東アジアの各国、地域における人権救済システム構築の発展に学び、これと連携する方向で「人権の法制度」を構想しなければならない。

2-6. 人権の法制度」の構想を、21世紀の人権文化を創造する作業につなげなくてはならない。

3. 提言の基本的枠組み

3-1. 人権侵害や差別の具体的解決に取り組んでいる運動の現場から、個々の事例の社会的な背景や、救済を困難にしている行政及び司法上の制度的な不備について学び、現代社会における構造的課題を分析し、具体的に提言する。

3-2. さまざまな人権侵害や差別を生み出している共通の歴史的背景や社会構造、およびそれらを基盤とする法体系の問題点を明確にした上で、各人権分野に共通する課題を確認し、提言する。

3-3. 人権侵害や差別を禁止し、マイノリティ当事者が効果的に参画する人権相談や救済を行うための法整備を提言する。

3-4. 具体的な人権問題に関し、人権侵害被害者の原状回復と補償、自立の支援、人権侵害の再発予防、個々の事案に関する調査・調整、ならびに人権侵害予防手段としての教育・カウンセリング等を総合的に行う、実効性ある人権救済制度の確立を行うよう提言する。

3-5. 人権侵害や差別を予防するため、実効的な人権教育・啓発を進めるよう提言する。

4. わたしたちの提言

4-1. 人権救済制度に関する当面の課題

4-1-1. 国内人権機関の創設に関する提言

公権力による人権侵害や差別、ならびに市民間における人権侵害や差別に対して、簡易かつ迅速で、実効的な救済を行うために、政府から独立した国内人権機関(たとえば、人権委員会)を早急に設置すべきである。国内人権機関は、法律にもとづき、国の機関として設置すると同時に、各都道府県にも設置すべきである。なお、各都道府県は、法律にもとづく国内人権機関の有無にかかわらず、条例によって自治体独自の人権救済機関を設置することも検討すべきである。

 4-1-2. 国内人権機関の機能に関する提言

国内人権機関には、次のような機能と役割を持たせるべきである。

  1. 人権侵害や差別を受けた人びとの立場にたった人権相談
  2. 人権侵害や差別を受けた人びとが納得のいくような解決をもたらす人権救済
  3. 人権相談や人権救済の経験と蓄積を生かした人権教育・啓発
  4. 人権状況の全般的改善に向けた政策提言

 4-1-3. 自治体の人権救済制度に関する提言

地域の人権問題を地域の実情と特性に合わせて解決していくために、各都道府県及び各市区町村は、人権問題に関する総合相談窓口を設けるべきである。この相談窓口は、国内人権機関や自治体独自の人権救済機関、及び自治体の各部局と緊密な連携を図り、人権侵害や差別の実効的な救済に役立つものとすべきである。

 4-1-4. 国際人権法上の個人通報制度に関する提言

人権救済の手段として、人権侵害や差別を受けた人びとが、国際人権諸条約に基づく個人通報制度を利用できるよう、関係条約の早期批准等を行うべきである。

4-2. 人権の法制度に関する基本的課題

 4-2-1. 人権を侵害する法や制度の改廃に関する提言

婚外子の相続分を差別している民法、あるいは外国人差別の一因となっている出入国管理及び難民認定法や外国人登録法など、それ自体が人権を侵害し、または差別を引き起こしている法律について精査し、必要な改廃措置を講じるべきである。また、女性差別・部落差別・婚外子差別などを助長している戸籍制度について、抜本的な見直しを行うべきである。加えて、人権救済を困難にしている行政及び司法上の法制度や慣行を洗い出し、適切な修正・変更を加えるべきである。

 4-2-2. 人権基本法の制定に関する提言

人権基本法を制定して、(1)人権があらゆる場面で尊重されるべき規範であることを確認し、(2)「人権」、「人権侵害」や「差別」の定義を明確にし、あわせて(3)人権保障に向けた政府および自治体の責務を明らかにすべきである。同法は、先住民族であるアイヌ民族、沖縄コミュニティの人びと、外国人、民族的少数者等の言語、文化および伝統を尊重し、多民族・多文化共生社会の構築を目指すものとすべきである。

 4-2-3. 当事者別差別禁止法の制定に関する提言

女性、子ども、障害者、部落出身者、外国人等に対する人権侵害や差別については、それぞれの当事者の特性に配慮し、各当事者別に差別禁止法を制定すべきである。その際、差別禁止規定は、一般的・抽象的な文言にとどまらず、差別禁止事由と差別行為を明記するとともに、意図的ではない差別、伝統的な文化や慣習に基づく差別、及びパターナリズムに根差す差別の禁止も盛り込むべきである。

 4-2-4. 国や自治体の総合的な人権行政推進体制の確立に関する提言

人権があらゆる場面で尊重される社会を創るため、国はすべての省庁における人権関連施策の総合調整を図るとともに、人権施策に関する企画立案機能を持った内閣府人権庁を設置すべきである。同様に、各自治体においても、人権施策に関する総合調整機能を持った行政部局を設けるべきである。国および自治体は、人権施策の実施にあたって、縦割り行政の弊害を排し、総合的・計画的な施策実施を推進するために、人権施策推進指針等を策定すべきである。

 4-2-5. 人権教育・啓発の推進に関する提言

国や自治体は、あらゆる領域で人権教育・啓発が計画的に推進されるよう、積極的に条件整備をすべきである。その際、人権教育・啓発推進法および人権教育のための世界プログラム等を活用すべきである。人権教育・啓発の実施にあたっては、人権侵害や差別を受けている人びとをエンパワーメントするとともに、人権侵害や差別を傍観する者をなくすよう配慮すべきである。とりわけ、公権力を行使する人びと、法を執行する人びと、及び人権との関わりの深い職業に従事している人びとに対しては、それらの人びとが人権侵害や差別を行うことのないよう、重点的な人権教育・啓発を実施すべきである。

 4-2-6. 国際人権システムの活用に関する提言

個別の人権侵害事案を解決し、また再発を防止するために、国際人権機関が日本政府や自治体等に対して行った勧告を適切に受け入れるべきである。また、国連人権理事会の理事国として、日本は世界の人権状況の改善のため、積極的な役割を果たすべきである。同時に、グローバルな視点から日本の人権状況を見直す姿勢を絶えず堅持すべきである。

 4-2-7. 東アジアにおける地域人権システムに関する提言

東アジア地域の政治的・経済的な相互依存関係の深化、ならびに文化的土壌の近似性を考えれば、日本国内で人権の法制度を整備・充実させることは、近隣の東アジア諸国の人びとの人権状況の改善にとって積極的な意味を持つ。したがって、日本国内の人権法制度の構築に際しては、東アジアの人びとの人権状況にも思いをはせ、将来的には東アジア地域における人権システムの構築を目指すべきである。そのための第一歩として、速やかに国内人権機関を設置するとともに、アジア・太平洋国内人権機関フォーラムに加盟し、東アジアにおける地域人権システム構想に向けた国際的努力に積極的に参画すべきである。

1. マイノリティ(minority)とは、直接的には「少数者」を意味する言葉であるが、ここでいう「マイノリティ」は、単に数の多寡ではなく、社会的・政治的・経済的な場面において、不当な取り扱いを受けたり、その存在を軽視されたりしている人びとを指す。

2. 周縁化とは、社会を円にたとえ、権力のある者や社会的多数者が円=社会の中心を占め、社会的少数者などを「異端」として円=社会の外周へと排除すること、あるいは排除されている状態を意味する概念である。人権侵害や差別を受けやすい人びとは、社会の中心から排除されている場合が多く、まさに周縁化されている人びとであるといえる。