一、若者の移行をめぐる危機――グローバリゼーションの陥穽
宮本みち子により、『若者が《社会的弱者》に転落する』という刺激的なタイトルがつけられた著書が発刊されたのは2002年であった。宮本の関心は、若者が大人になること、すなわち学校から職業生活への「移行」が、社会経済的変動によって危機的状況となっており、教育・雇用・家族・価値観の根本からの見直しが必要な社会構造的問題であるにもかかわらず、そのことが社会問題化されないことに対する危惧にあった。2005年を迎えた現在、「フリーター」「NEET(ニート)」の問題を中心に、若者の「移行」の危機はすでに社会問題化されているものの、それへの対策は緒に就いたばかりである。
バブル崩壊以降の1992年から、「フリーター」は急増した。さらに、昨年からは「ニート」と呼ばれる、学校に行っていない、働いているわけでもない、職業訓練を受けているわけでもない若者の存在が、「働く意志のないどうしようもない若者」というバッシングを伴ってクローズアップされている。
言うまでもなく、正社員にならない/なれない、働かない/働けない若者が増加した要因は、不況である。多くの企業は不況に対処するために、若者の正規雇用を減らしている。しかし、不況から景気が回復すれば問題は解決する、と考えるのは早計である。その背景にはグローバル化に伴う製造業からサービス業への産業構造の転換があるからだ。
1960年代以降の高度成長は、製造業の発展に伴う大量生産・大量消費の時代であった。しかし、生活必需品などのモノが一般家庭に普及するにつれて、消費者はよりよいモノやサービスを選ぶようになった。すなわち、生産者よりも消費者の方が優位に立つ「消費社会」へと変貌を遂げたのである。製造業は、大量生産から消費者のニーズを満たすための生産体制、他品目少量生産へと変化し、常に消費者のニーズに適合するような商品を生産しなければ生き残れなくなった。そして、消費者のあらゆるニーズを満たすためのサービス業が、製造業を上回って発展したのである。
他方で、よりよいモノを安く消費者に提供するために、生産コストの切り下げを狙って、国と国との間の経済格差を利用した製造業の海外移転がなされるようになった。国境を越えた経済のグローバル化である。このことは、安くモノが手に入るという意味で、消費者の利益にかなう。その反面、国内で製造業を担っていた労働者の仕事を奪うことにもなる。
従来、中卒・高卒新卒者層の受け入れ先となっていたのは、建設業と製造業であった。しかし、建設業は不況のあおりを最も受けている。さらに、製造業の国内空洞化により、彼/彼女らが正社員として働く場が失われつつある。加えて企業は消費者のニーズをいち早くつかみ、それに対応するために、フレキシブルな(流動性の高い)労働力を必要とした。安定的に正社員を確保するよりも、使えるときには使い、使わないときには使わないパート労働者・臨時雇用者が求められたのである。不況の後押しもあり、企業は新規学卒正社員採用を押さえ、パート・アルバイトとして若者を採用していった。私たちが便利なモノをより安く購入することができたり、コンビニやファーストフードを手軽に安く利用することができるのは、こうした労働者の存在があってこそ、である。
これらの背景のもとで、若者の多くが「使い捨て労働力」としてのフリーターとなっている。
二、フリーター・ニートとは誰か
既に社会問題化されているフリーターとニートであるが、その実情はあまり把握されていない。フリーター・ニートとは誰のことなのだろうか。
フリーターの定義は一様ではないが、主に以下の二つの定義が用いられることが多い。
A「15-34歳の若年(ただし、学生と主婦を除く)のうち、パート・アルバイト(派遣等を含む)及び働く意志のある無職の人」(『国民生活白書』の定義)
B「年齢15-34歳、卒業者であって、女性については未婚の者とし、さらに<1>現在就業している者については勤め先における呼称が「アルバイト」又は「パート」である雇用者で、<2>現在無業の者については家事も通学もしておらず、「アルバイト・パート」の仕事を希望する者」(『労働経済白書』の定義)
数値が大きく異なるのは、Bが「アルバイト・パート」に職種を限定していることに原因がある。いずれにせよ、Aでは1992年の190万人から2001年段階で417万人に、Bでは1992年の101万人から2002年段階で217万人になっており、正社員として働かない/働けない層が急増しているのである。
続いて、ニートについて見てみよう。ニートはイギリスで用いられはじめたことばで、「教育・雇用・職業訓練にはない(Notin Education. Employmentor Training)16-18歳の若者」のことをさす。こうした層は、「失業中の家庭、貧困家庭、エスニック・マイノリティ、介護者、親としての若者、ホームレス状況、施設生活また施設生活出身、学習障害者、心身の障害を持つ若者、情緒・行動の問題や精神の病気を持つ若者、ドラッグ・アルコールの問題をもつ若者、犯罪歴をもつ若者」(沖田、2003:83)など、「社会的排除」の状態に陥りやすい層として把握されている。こうした若者を放置することがもたらす社会経済的なコストを鑑みて、イギリス政府は若者の「社会的包摂」に向けた取り組みを行いはじめたのである。
イギリスで生じたニートに関する問題を、日本の文脈に置き換えて検討しているのが小杉(2004)である。小杉は、「社会活動に参加していないため、将来の社会的なコストになる可能性があり、現在の就業支援策では十分活性化できていない存在」として日本型ニートをとらえることを提案している。その存在を統計的にとらえるために、「15-34歳の非労働力のうち、主に通学でも、主に家事に従事でもない者」という定義を採用し、その数を2003年平均で64万人と推計している。この数値も、1992年の38万人と比較して急増している。
三、「働く意志」のないニート?
ただし、小杉自身も指摘しているが、この「統計的」把握を、そのまま「働く意志のない若者」の増加と読みかえてはいけない。少々退屈ではあるが、具体的にニートの算出方法を見てみることにしよう。以下、数値は「労働力調査」2003年平均のものである。