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2005.6.07
書籍・ビデオ案内
 
Human Rights2005年4月号(NO.205)
インターネット社会と差別
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若者の移行をめぐる困難
―フリーター・ニートと社会的不平等

内田龍史

一、若者の移行をめぐる危機――グローバリゼーションの陥穽

  宮本みち子により、『若者が《社会的弱者》に転落する』という刺激的なタイトルがつけられた著書が発刊されたのは2002年であった。宮本の関心は、若者が大人になること、すなわち学校から職業生活への「移行」が、社会経済的変動によって危機的状況となっており、教育・雇用・家族・価値観の根本からの見直しが必要な社会構造的問題であるにもかかわらず、そのことが社会問題化されないことに対する危惧にあった。2005年を迎えた現在、「フリーター」「NEET(ニート)」の問題を中心に、若者の「移行」の危機はすでに社会問題化されているものの、それへの対策は緒に就いたばかりである。

  バブル崩壊以降の1992年から、「フリーター」は急増した。さらに、昨年からは「ニート」と呼ばれる、学校に行っていない、働いているわけでもない、職業訓練を受けているわけでもない若者の存在が、「働く意志のないどうしようもない若者」というバッシングを伴ってクローズアップされている。

   言うまでもなく、正社員にならない/なれない、働かない/働けない若者が増加した要因は、不況である。多くの企業は不況に対処するために、若者の正規雇用を減らしている。しかし、不況から景気が回復すれば問題は解決する、と考えるのは早計である。その背景にはグローバル化に伴う製造業からサービス業への産業構造の転換があるからだ。

   1960年代以降の高度成長は、製造業の発展に伴う大量生産・大量消費の時代であった。しかし、生活必需品などのモノが一般家庭に普及するにつれて、消費者はよりよいモノやサービスを選ぶようになった。すなわち、生産者よりも消費者の方が優位に立つ「消費社会」へと変貌を遂げたのである。製造業は、大量生産から消費者のニーズを満たすための生産体制、他品目少量生産へと変化し、常に消費者のニーズに適合するような商品を生産しなければ生き残れなくなった。そして、消費者のあらゆるニーズを満たすためのサービス業が、製造業を上回って発展したのである。

   他方で、よりよいモノを安く消費者に提供するために、生産コストの切り下げを狙って、国と国との間の経済格差を利用した製造業の海外移転がなされるようになった。国境を越えた経済のグローバル化である。このことは、安くモノが手に入るという意味で、消費者の利益にかなう。その反面、国内で製造業を担っていた労働者の仕事を奪うことにもなる。

   従来、中卒・高卒新卒者層の受け入れ先となっていたのは、建設業と製造業であった。しかし、建設業は不況のあおりを最も受けている。さらに、製造業の国内空洞化により、彼/彼女らが正社員として働く場が失われつつある。加えて企業は消費者のニーズをいち早くつかみ、それに対応するために、フレキシブルな(流動性の高い)労働力を必要とした。安定的に正社員を確保するよりも、使えるときには使い、使わないときには使わないパート労働者・臨時雇用者が求められたのである。不況の後押しもあり、企業は新規学卒正社員採用を押さえ、パート・アルバイトとして若者を採用していった。私たちが便利なモノをより安く購入することができたり、コンビニやファーストフードを手軽に安く利用することができるのは、こうした労働者の存在があってこそ、である。

  これらの背景のもとで、若者の多くが「使い捨て労働力」としてのフリーターとなっている。

二、フリーター・ニートとは誰か

   既に社会問題化されているフリーターとニートであるが、その実情はあまり把握されていない。フリーター・ニートとは誰のことなのだろうか。

   フリーターの定義は一様ではないが、主に以下の二つの定義が用いられることが多い。

A「15-34歳の若年(ただし、学生と主婦を除く)のうち、パート・アルバイト(派遣等を含む)及び働く意志のある無職の人」(『国民生活白書』の定義)

B「年齢15-34歳、卒業者であって、女性については未婚の者とし、さらに<1>現在就業している者については勤め先における呼称が「アルバイト」又は「パート」である雇用者で、<2>現在無業の者については家事も通学もしておらず、「アルバイト・パート」の仕事を希望する者」(『労働経済白書』の定義)


  数値が大きく異なるのは、Bが「アルバイト・パート」に職種を限定していることに原因がある。いずれにせよ、Aでは1992年の190万人から2001年段階で417万人に、Bでは1992年の101万人から2002年段階で217万人になっており、正社員として働かない/働けない層が急増しているのである。

  続いて、ニートについて見てみよう。ニートはイギリスで用いられはじめたことばで、「教育・雇用・職業訓練にはない(Notin Education. Employmentor Training)16-18歳の若者」のことをさす。こうした層は、「失業中の家庭、貧困家庭、エスニック・マイノリティ、介護者、親としての若者、ホームレス状況、施設生活また施設生活出身、学習障害者、心身の障害を持つ若者、情緒・行動の問題や精神の病気を持つ若者、ドラッグ・アルコールの問題をもつ若者、犯罪歴をもつ若者」(沖田、2003:83)など、「社会的排除」の状態に陥りやすい層として把握されている。こうした若者を放置することがもたらす社会経済的なコストを鑑みて、イギリス政府は若者の「社会的包摂」に向けた取り組みを行いはじめたのである。

  イギリスで生じたニートに関する問題を、日本の文脈に置き換えて検討しているのが小杉(2004)である。小杉は、「社会活動に参加していないため、将来の社会的なコストになる可能性があり、現在の就業支援策では十分活性化できていない存在」として日本型ニートをとらえることを提案している。その存在を統計的にとらえるために、「15-34歳の非労働力のうち、主に通学でも、主に家事に従事でもない者」という定義を採用し、その数を2003年平均で64万人と推計している。この数値も、1992年の38万人と比較して急増している。

三、「働く意志」のないニート?

   ただし、小杉自身も指摘しているが、この「統計的」把握を、そのまま「働く意志のない若者」の増加と読みかえてはいけない。少々退屈ではあるが、具体的にニートの算出方法を見てみることにしよう。以下、数値は「労働力調査」2003年平均のものである。

  繰り返すが、「労働力調査」に照らし合わせて言えば、ニートとは「非労働力人口のうち15-34歳で卒業者かつ未婚であり、通学や家事を行っていない者」である。ここで「労働力人口」とは、調査期間中に少しでも働いたことのある者と、仕事をしなかった者のうち「仕事を休んでいた」者(休業者)と「仕事を探していた」者(完全失業者)を合わせた人口である。対して「非労働力人口」とは、仕事をしていなかった者のうち「通学」「家事」「その他」に該当する者である。つまり、ニートは、統計的には「非労働力人口」の「その他」に該当する者を指す呼称である。なお、不就業で、あくまで調査期間(毎月末日現在で、月末一週間における就業・不就業の状態を調査、たとえば、12月は20日から26日までの一週間など)中にたまたま仕事を探していなかった者も「非労働力人口」に含まれる。

  ここで、ニートに該当する者は、15-24歳で28万人、25-34歳で36万人、あわせて64万人(うち、男性41万人)となる。結局、この「その他」に該当する層が2001年の49万人から2003年には64万人と、近年急激に増えていることが問題となっているのである。

 注意せねばならないのは、「非労働力人口」の「その他」に該当する者すべてが働く意志がないわけではなく「就業希望者」もいるということである。もちろん、働く意志がない者が相当数含まれていることは確かではあるが、あくまでも「非労働力人口」とは調査期間である月末一週間の間に求職活動をしなかった者にすぎない。


労働力調査就業状態
労働力調査就業状態   



四、問題は「働く意志」か?

  ここでいうニートを当該人口比でみると、1.9%である。1990年代前半は1.1%前後を推移していたことを考えれば、確かに倍増はしている。しかし、2%に満たない人びとというボリュームを冷静に考える必要があるのではなかろうか。ここで、この層を把握するための推測の手がかりとして、イギリスで指摘されているニートになりやすい層を思い出してみよう。

  そこには、「学習障害者、心身の障害を持つ若者、情緒・行動の問題や精神の病気を持つ若者、ドラッグ・アルコールの問題をもつ若者、犯罪歴を持つ若者」らが含まれていた。そのことを考えれば、おそらく、ニート層には相当数の社会的に不利な立場に置かれた若者が含まれていると推測される。このように考えると、実際に働くことができるような環境にないからこそ働く意志をも抱けないニート層は、かなりの割合で存在するのではないだろうか。

   日本の文脈では誰がニートであるかを弁別する際に、なぜか「働く意志のない」ことが強調されている。しかし、「働く意志のない」ことの内実は多様であろう。また、何らかの理由で雇ってもらうことができず、働けない状況で働く意志を持ち続けることは極めて困難な作業でもある。「働く意志のない」若者をバッシングするよりも、働けない要因となっているバリアを取り除くことが優先されるべきではなかろうか。

五、誰がフリーター・ニートとなるのか

   前節で見たように、もし仮に、特定の層がフリーターやニートになりやすいのであれば、そうした層をフリーターやニートに押しとどめる要因となっているバリアを取り除くための支援を行う必要がある。効果のある支援策を実施するためにもそうした層に対する重点的な取り組みが求められるが、既に従来の研究から、フリーターやニートになりやすい層の存在が指摘されている。

  フリーターに関しては、学歴・出身家庭の経済的背景など、相対的に低い階層出身の者がフリーターになりやすいことが指摘されている(耳塚、2002、小杉、2003)。社会的に不利な立場に置かれた者がフリーターになりやすいのである。

  では、ニートはどうか。小杉(2004)は「就業構造基本調査」から、日本型ニートの学歴構成を把握している。興味深いのは、ニート全体のうち、最終学歴が中学卒(高校中退者を含む)であるものが28.5%を占めていることである。15-34歳全体では中学卒は7.8%にすぎないことから、その割合と比較してニートになりやすい層であることがわかる。また、最終学歴が中学卒のうち、一割近くがニートとなっていることが示されている。

  大学全入時代を数年後に迎える現代社会において、中卒の学歴で正社員の職を得ることはより困難になりつつある。アルバイトの面接に何度も足を運ぶものの、中卒であるがゆえに採用されないという事例も聞く。また、高校卒業後に就職する層も数の上ではマイノリティになりつつあり、企業が高卒採用から大卒採用に切り替えつつある現実もある。そのような状況の中で、学歴的に不利な立場に置かれた若者たちが継続的に求職活動を行うことはかなりの負担となるだろう。

  さらに、家庭背景の問題も重要である。「上級学校への進学に耐えられるだけの経済力があるかどうかが、進学か否かを決める重要なポイント」(耳塚、2001:100)となっている現在、学歴を身につけるためには相応の経済力が必要とされている。われわれが構成する社会は、家庭の経済的背景が、若者の学歴達成を大きく左右する不平等社会なのである。

  こうした不利な立場に置かれた層に対する重点的な支援や、不平等を是正する施策を講じることなしに、フリーターやニートに対する働く意欲を高めることだけを目指す施策は、おそらく失敗に終わるだろう。フリーターやニートを生み出す要因は別にあるのである。

おわりに―社会的不平等の克服の視点を

  フリーターやニートの問題を検討していくと、何が見えてくるか。確かに、若者総体が《社会的弱者》になりつつあることは否定できない。いつ生まれたかによって将来が大きく左右される社会、それはそれで問題ではある。しかし、より重視されるべきは、若者の内部において誰が弱者になりやすいのか、である。そこには家庭背景・学歴など、社会的不平等の問題が潜んでいる。フリーター・ニートの増加は、社会的不平等問題の一断面として取りあげられるべき問題なのである。

  このような問題関心から、部落解放・人権研究所は、2003年に部落出身の若者を含む社会的に不利な立場に置かれたフリーターに対する生活史聞き取り調査を行った。すでに報告書『社会的に不利な立場に置かれたフリーター――その実情と包括的支援を求めて』が昨年刊行されているが、その内容が改訂され、『排除される若者たち――フリーターと不平等の再生産』(発売元・解放出版社)として三月に発刊された。そこでは、困難な家庭背景・低階層・低学歴・部落出身者など、社会的に不利な立場に置かれた若者たちの「移行」の現実が如実に描かれている。彼/彼女らの実情を知ることによって、その支援とともに、現代社会における社会的不平等について考えるきっかけとなれば幸いである。

(うちだ・りゅうし 部落解放・人権研究所)

〈参考・引用文献〉

  • 部落解放・人権研究所編 『社会的に不利な立場に置かれたフリーター――その実情と包括的支援を求めて』 2003年
  • 小杉礼子 『フリーターという生き方』勁草書房 2003年
  • 小杉礼子 「若年無業者増加の実態と背景―学校から職業生活への移行の隘路としての無業の検討」『日本労働研究雑誌』:四|一六 2004年
  • 耳塚寛明 「高卒無業者層の漸増」矢島正美・耳塚寛明編著『変わる若者と職業世界―トランジッションの社会学』学文社:八九|一〇四 2001年
  • 耳塚寛明 「誰がフリーターになるのか―社会階層的背景の検討」小杉礼子編『自由の代償/フリーター―現代若者の就業意識と行動』日本労働研究機構:一三三|一四八 2002年
  • 宮本みち子 『若者が《社会的弱者》に転落する』洋泉社 2002年
  • 沖田敏恵 「社会的排除への認識と新しい取り組み―コネクシオンズサービス」『資料シリーズ・一三一 諸外国の弱者就業支援政策の展開|イギリスとスウェーデンを中心に』日本労働研究機構:八〇|一二〇 2003年