4月から個人情報に関する法律が全面的に施行されている。しかし、この法律の基本的視点である自己情報のコントロール権という観点から戸籍が議論されているとはいえない。あいつぐ戸籍の不正入手、横流し事件の背景にある制度的な課題を考えたとき、戸籍制度にも個人情報保護法の視点を適用する必要がある。(編集部)
戸籍の不正入手、横流し事件
一昨年、京都市内に住むある女性が、自分の知らない間に戸籍謄本をとられ、身元調査によって自分も知らなかった部落出身であることが暴露され、男性側の父母から結婚に反対されるという事件が起こった。戸籍謄本を入手したのは、この父の知人の司法書士だった。
一方、今年の4月、兵庫と大阪で、行政書士が戸籍謄本を不正に取得し、興信所に売るなどしていた事件が明るみに出た。神戸市の行政書士は、一件当たり2500〜3000円で戸籍謄本を興信所に送っており、「戸籍謄本などを取り寄せます」と、ファックスや電話で興信所への売り込みまでしていた(朝日新聞2005年5月28日)。
個人情報保護の視点
このような事件の背景には、部落差別を始めとして、人びとの間にまだ根強く存在する差別意識がある。これを根絶しない限り、戸籍の不正入手、横流しも後を断たない。しかし、現行の戸籍制度が、不正入手を可能にする構造であることにも注意する必要がある。
現行の戸籍制度は、戸籍公開の原則をとり、何人でも、戸籍の謄本、抄本または記載事項証明書の交付請求をすることができるが(戸籍法10条一項)、請求する場合には、法務省令で定める場合を除き、請求事由を明らかにしなければならず(同二項)、市町村長は、請求が不当な目的によることが明らかなときには、交付を拒むことができる(同三項)。もっとも請求事由に「身元調査」などと書く人はいないから、これによってどの程度交付を拒めるかは疑問である。
問題は、法務省令(戸籍法施行規則)で定められているところの、請求事由を明らかにする必要がない場合である。戸籍法施行規則11条では、次の四つの場合が記されている。
- 戸籍に記載されている者又はその配偶者、直系尊属若しくは直系卑属が請求する場合
- 国若しくは地方公共団体の職員又は別表第一に掲げる法人の役員若しくは職員が職務上請求する場合
- 弁護士、司法書士、土地家屋調査士、税理士、社会保険労務士、弁理士、海事代理士又は行政書士が職務上請求する場合
- 市町村長が相当と認める場合
今回の事件を始めとして不正入手の問題は、主に(3)の資格を有する者に関して起こっている。1985年頃、弁護士の職印を用い、弁護士などと偽って戸籍謄本を入手する事件が相次いだことから、(3)で請求する場合には、請求者の名前、使用目的、提出先などを記入する統一書式の請求用紙である「職務上請求書」を用いることになった。しかし、今度は、請求書自体を興信所などに横流しする事件が相次いだために、1991年から、請求書に通し番号をうち、不正が発覚した場合に請求者を特定できるようにした。
それでも今回のような事件が起こる。結婚差別事件の司法書士の場合、使用目的は「登記」と書かれているだけだった。大阪の行政書士の場合、職務上請求書そのものを100枚約6万円で興信所に売買し、年間300〜400枚も請求書を使用していた。このような事態を防止する制度改革は可能なのだろうか。
個人情報保護の視点
今年4月1日から「個人情報の保護に関する法律」(以下、個人情報保護法と略する)が全面施行された。同時に「行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律」、「独立行政法人等の保有する個人情報の保護に関する法律」、「情報公開・個人情報保護審査会設置法」も施行され、総合的な個人情報保護の制度が確立した。
これらの制度は、基本的に1980年に経済協力開発機構(OECD)理事会勧告において示された八つの原則(収集制限の原則、データ内容の原則、目的明確化の原則、利用制限の原則、安全保障の原則、公開の原則、個人参加の原則、責任の原則)に対応したものである。残念ながら、制度確立に当たり、戸籍について、個人情報保護の視点から十分議論されていないが、個人情報保護制度で示されている原理は、戸籍についても、妥当する。
まず個人情報保護法の基本的視点は、自己情報のコントロール権にある。基本理念は、「個人情報は、個人の人格尊重の理念の下に慎重に取り扱われるべきものであることにかんがみ、その適正な取扱いが図られなければならない」(3条)であり、その具体化として、個人情報取扱業者は、利用目的を特定しなければならず(15条)、あらかじめ本人の同意を得ないで、利用目的の達成に必要な範囲を超えて、個人情報を取り扱ってはならず(16条)、あらかじめ本人の同意を得ないで、個人データを第三者に提供してはならない(23条一項)。また本人からの自己情報の開示、訂正、利用停止・消去の請求権も規定されている(25〜27条)。行政機関等の保有する個人情報の場合も、利用目的の明示(4条)と、目的外利用の場合における本人の同意(8条)など、個人情報保護法と同様の規定を設けている。
このように自己の情報について、収集目的が明示され、目的外の利用については、本人の同意が求められ、自己の情報がどのように利用されているかを知り、不当に使われた場合には、訂正や削除を求めることができるのだから、自分の情報を自分で管理する自己情報のコントロール権が認められているといえるのである。
今年5月30日の金沢地裁判決は、本人の意思如何にかかわらず、強制的に住民基本台帳の個人情報(氏名、住所、生年月日、性別、住民票コード)を住民基本台帳ネットワークに提供することは、自己情報コントロール権の侵害に当たるとして、同ネットからの離脱を求める住民の訴えを認めた。
戸籍制度改革の方向性
戸籍は、個人の氏名・生年月日、死亡年月日、性別などの他に、本籍地、家族関係、家族にかかわる権利義務事項をもらさず登録しているのだから、もっとも慎重に取り扱うべき個人情報の集積である。また収集に当たり、戸籍の場合は、家族関係の創設・変更の意思(婚姻、離婚、縁組、離縁、認知など)や、事実の報告義務(出生、死亡など)などから、本人が届け出るものであり、本来の目的以外の情報は収集させないという個人情報保護法の視点から見ると、より一層の配慮が必要な情報である。
確かに戸籍は国民の個人の属性や家族関係を登録し、公証する制度であり、不動産の売買・登記、土地収用、相続などに当たり、公証が必要な場合に、利害関係のある者が利用できるものでなければならない。その意味で、戸籍謄本・抄本などの交付請求を認める必要があると考えられてきた。個人情報保護法などは、法令に基づく場合は、あらかじめ本人の同意を得なくても、第三者へ情報を提供できるようにしており(23条一項など)、今では年間3600万件を超える交付がある。
しかし、本人以外の者が他人の個人情報を入手するのだから、個人情報保護法の視点からは、入手に当たり、事前に本人の同意を得るべきであり、また誰が自己の情報を入手したか、何に利用されたかを本人が知ることができなければならない。戸籍公開の原則の下、利害関係者が戸籍に記載された情報を入手できる仕組みになっているからこそ、事前同意や事後の確認の機会を保障する必要があるといえる。
こうした視点から、戸籍制度の改革案を検討してみたい。まず過去の経験から見て、戸籍謄本などの交付請求事由から、不当な目的の場合には、交付請求を認めないという規制方法は、実効性がない。前述のような八業種や国などの職員の職務上の請求による規制も、次々に抜け穴が考えられ、個人情報保護の実効性に欠ける。やはり根本的な規制を考える必要がある。
改革案の検討
第一は、必要事項の記載証明書を原則とし、謄本・抄本の交付を認めないことである。しかし、相続人の確定などでは、戸籍係が自己の判断で相続人であるかどうかを記することはできないから、記載事項証明では対応できず、やはり謄本・抄本の交付が必要になる。
第二は、本人の事前同意による規制である。謄本・抄本の交付請求は、本人、その配偶者、直系尊属・卑属に限定する。これらの者以外の交付請求については、本人の事前の同意書の添付を求める。現行制度の下で、交付請求事由を示す必要がない場合として、市町村長が相当と認める場合があげられており、その相当と認める場合の一つとして、記載されている本人の承諾書・同意書の提出がある。これを一般化するのである。
八業種や国などが職務上必要な場合であっても、本人の同意を得ることを原則とし、現住所不明などで同意を得ることが困難な場合には、業種を監督する上部団体(例えば、都道府県単位の弁護士会、司法書士会、行政書士会など)の承諾書の添付を求め、職務内容および使用結果について、上部団体に報告させることで、同意を補完させるものとする。
問題は、事前の同意書が偽造される可能性である。これへの対応として、現在、パスポートの交付方法を応用することが考えられる。パスポートの場合、交付申請する時に葉書を添付し、手続終了の葉書を返送してもらい、その葉書を持参した者にパスポートを交付する。戸籍についても、本人、その配偶者、直系尊属・卑属以外の者から交付請求があった場合には、交付請求者に本人宛の葉書を添付してもらい、本人から交付に同意する旨の返事が交付請求者に送られ、請求者はそれを持参して初めて交付を受けることができるようにするのである。
しかし、これにも問題がある。交付請求者が葉書に記すべき住所を偽造して、本人以外の者が同意の返事を交付請求者に送る可能性である。これに対して、戸籍係が戸籍附票で本人の現住所を確認するという手続が欠かせない。年間3600万件を超える交付請求につき、この手続をとる業務上のゆとりがあるかどうかが、実務上の問題となる。また本人が未成年、高齢、障害などで判断能力に乏しい場合には、事前の同意をすることが困難である。これに対しては、父母、子、配偶者などが本人に代わって同意するという対応が考えられるが、親権者や成年後見人などにこうした同意権があることを明示する必要があり、かつ上記のような家族がいなかったり、成年後見などの開始審判がなされていない場合の対応が、なお課題として残される。
第三は、事後通知による規制である。本人、その配偶者、直系尊属・卑属以外の者から交付請求があった場合には、現行制度の基準で交付をするが、戸籍係が戸籍附票で住所確認を行い、本人に交付請求書のコピーを送付し、誰がどのような目的で自己の情報を入手したかを知らせる方法である。不審な場合には、本人から交付請求者に問い合わせをすることで、不正利用を抑制する。こうした方法について、交付請求者の氏名なども個人情報であり、その者の同意なくして開示できないという論理もありうるが、他人の個人情報を得るのに、自分の情報は秘匿するというのは、不公平である。そこで、第三者が交付請求する場合には、交付請求者の氏名、有資格者の場合には職業、住所、請求事由を本人へ事後通知することを、あらかじめ請求書などに明示しておく。そうすれば、第三者は交付請求するときに、第三者自身の情報が本人に提供されることにつき事前同意があったことになるから、本人へ情報を提供できる。
しかし、この方法についても、第二の場合と同様、手続をとる業務上のゆとりや、本人に判断能力の乏しい場合の対応が問題となる。
私見
個人情報保護に関する制度の確立に伴い、戸籍についても、個人情報保護の原則に基づいた改革をする必要がある。私見では、第二の事前通知制度(パスポート型)を原則とし、本人、その配偶者、直系尊属・卑属に、戸籍謄本などの交付請求をした者に関する情報の開示請求権を認めるようにすべきだと考える(戸籍係は、本人の氏名と交付請求者の登録リストを作り、後日の開示請求に対処する必要があるが、コンピューター管理を行えば、時間はかからないように思われる)。パスポート型は、戸籍の事務量を増やさない。交付請求者は二度、戸籍の窓口を訪れなければならないが、他人の個人情報を得ることは、公証制度の下でも、手数と時間というコストがかかることを認識すべきである。また開示請求権を保障することで、不正入手しようとする者に精神的圧力をかけることができる。これをより効果的にするために、不正入手行為に対する罰則規定を設ける必要がある。
もしこれらがめんどうだというのであれば、戸籍に記載された情報が必要な場合には、直接、本人に交付請求してもらい、それを提供してもらえばよいのである。本人が高齢、病気などで交付請求ができない場合には、配偶者、直系尊属・卑属が請求することを認めればよいのである。成年後見、任意後見について「後見登記等に関する法律」は基本的にこうした仕組みにしている(10条、ただし四親等内の親族も含まれている)。効率性や経済性と、個人の人格の尊重と、どちらを優先的に考えるのか、社会のあり方自体が問われているのではないだろうか。