鳥取県で、全国初の人権救済条例が可決成立
去る10月12日、鳥取県議会で「鳥取県人権侵害救済推進及び手続に関する条例」(以下「人権救済条例」と略)が可決され成立した。全般的な人権侵害救済に関する条例が制定されるのは全国で初めてで、歴史的な意義がある。鳥取県議会、片山知事をはじめとする県当局、なによりもこの条例の制定を求めて粘り強い運動を展開された関係者の皆様の努力に敬意を表したい。この条例制定に至る主な経過は、以下のとおりである。
・2002年3月 |
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政府が第一五四通常国会に「人権擁護法案」を上程 |
6月
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鳥取県議会で国のレベルだけでなく県レベルでも人権侵害救済機関を設置する必要があるのではないかとの質問に対し、片山善博知事が「地方ごとに人権擁護機関を設ければ、きめ細かい的確な判断が下せるのではないか。」と答弁、検討のための予算を計上 |
・2003年9月 |
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鳥取県人権尊重の社会づくり協議会で、制度の在り方、条例案の検討が開始される。 |
10月
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「人権擁護法案」が衆議院解散で自然廃案に。 |
・2004年8月 |
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検討結果を県議会総務警察常任委員会へ報告、県民の意見募集が行われる。 |
11月
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鳥取県人権尊重の社会づくり協議会において最終的に審議が行われる。 |
12月
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「鳥取県人権救済手続条例」が知事から提案される。これに対して、鳥取県弁護士会が条例の問題点について会長声明を発表。県議会の会派「信」が「鳥取県人権救済手続条例案」を提案。知事案、会派「信」案とも継続審査となる。
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・2005年2月 |
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二月議会で引き続き継続審査
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6月
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六月議会で引き続き継続審査 |
9月
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「鳥取県人権侵害救済推進及び手続に関する条例」が35名の議員の連名による議員提案として提出される。
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10月
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鳥取県弁護士会が「人権救済条例」の問題点について指摘する会長声明を再び出すが、反対二、棄権一、賛成三四で可決、成立
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鳥取県の「人権救済条例」の内容
鳥取県の「人権救済条例」の内容は、四章に分けられた三三条に及ぶ条文と附則で構成されていて、その内容は、以下のとおりである。
第一章「総則」は第一条から第三条までで、目的、定義、人権侵害の禁止が規定されている。
第二章「人権侵害救済推進委員会」に関する規定は第四条から第一五条までで、設置、組織、任命、任期、身分保障、解任、委員会の責務、委員会の会議、委員の除斥、報告、事務局に関する規定が盛りこまれている。この内、委員に関する規定では、委員は五名(非常勤)で、「人格が高潔で人権に関して高い識見及び豊かな経験を有する者のうちから、議会の同意を得て知事が任命する」(第七条)こととされている。また、事務局については、「事務局に事務局長その他の職員を置く」(第一五条第二項)と定められている。
第三章「人権侵害に対する救済手続き」は第一六条から第二八条までで、相談、救済の申し立て等、調査、関係者の協力等、調査結果の通知等、救済措置、調査及び救済手続きに当たっての配慮、調査及び救済手続きの終了等、是正等の勧告等、弁明の機会の付与等、弁明の機会の付与の通知等、訴訟援助、罰則に関する規定から構成されている。この内、調査協力については「前項の規定による協力の要請を受けた調査に係る事案の当事者は、法令で特段の定めがある場合その他正当な理由がある場合を除き、当該調査に協力しなければならない。」(第一九条第二項)とされ、「正当な理由なく第一九条第二項の規定に違反して調査を拒み、妨げ、または忌避した者は、五万円以下の過料に処する。」(第二八条)と定められている(なお、この過料については地方自治法上、弁明の手続が保障されている)。
また、是正等の勧告等では、「委員会は、生命若しくは身体に危険を及ぼす行為、公然と繰り返される差別的言動、ひぼう若しくは中傷等の重大な人権侵害が現に行われ、又は行われたと認める場合において、当該人権侵害による被害を救済し、又は予防する必要があると認めるときは、第二一条に規定する措置を講ずるほか、次に掲げる措置を講ずるものとする。(1)加害者等に対し当該人権侵害をやめ、又は同様の行為を将来行わないよう勧告すること。(2)加害者等に対し人権啓発に関する研修等への参加を勧奨すること。二 略 三 委員会は、第一項第一号に掲げる勧告を行ったにもかかわらず、当該加害者等が正当な理由なく当該勧告に従わなかったときは、その旨を公表することができる。」(第二四条)と定められている。なお、勧告、勧告の公表については第二五条で弁明の機会を付与しなければならないとの規定が盛りこまれている。
第四章「適応上の配慮」は第二九条から第三三条までで、人権相互の関係に対する配慮、不利益取り扱いの禁止、報道の自由に関する配慮、個人情報の保護、委任に関する規定が盛りこまれている。
附則では、施行期日、この条例の失効、この条例の失効に伴う経過措置が規定されている。なお、施行期日としては、2006(平成18)年6月1日とされている。また、条例の失効では、「この条例は、2010(平成22)年3月31日までに延長その他の所要の措置が講じられないときは、同日限り、その効力を失う。」と定められている。
鳥取県の「人権救済条例」制定の意義
本号で掲載されている杉根修、山田幸夫両議員の指摘にもあるように、鳥取県の「人権救済条例」は、1965年に出された内閣同和対策審議会答申で指摘されていた「差別に対する法的規制と被害者の司法的救済」を具体化したものとして歴史的な意義がある。また、2002年3月に上程された「人権擁護法案」が、国のレベルのみに人権委員会を設置したものであることから、日常地域で生起する差別や人権侵害に効果的な対応ができないとする批判もあって、2003年10月、衆議院の解散に伴って自然廃案になった経緯、さらには、2005年1月から開会された第一六二通常国会においても与党内からの批判で上程されなかったという事情を考慮したとき、鳥取県で県レベルの「人権侵害救済推進委員会」の設置を盛りこんだ条例が全国に先駆けて制定された意義は大きい。このような歴史的、先駆的な意義を踏まえつつ鳥取県の「人権救済条例」が制定された具体的な意義としては、以下の諸点を挙げることができる。
(1)悪質な差別や人権侵害が禁止された。具体的には、条例の第三条で、不当な差別的取り扱いや差別的言動、部落差別身元調査や部落地名総鑑の作成販売等が禁止された。
(2)被害者の救済に取り組む人権侵害救済推進委員会が設置されることとなった。この委員会は、<1>相談、<2>調査、<3>関係者に対する助言や関係機関の紹介等の援助、<4>人権侵害を行った者等に対する説示、啓発等の指導、<5>被害者と加害者等の関係の調整、<6>犯罪に該当すると考えられる人権侵害の告発、<7>悪質な差別や人権侵害を行っている者に対する勧告、勧告の公表、<8>訴訟支援等ができる。
(3)現行法のもとでは、差別や人権侵害に関する訴えがあっても任意調査しかできなかったが、条例では任意調査ではあるが秩序罰である過料を背景とする一定の強制力を伴った調査ができるようになった。(正当な理由なく調査等を拒んだ場合、五万円以下の過料が課せられる。)
(4)現行法のもとでは、差別や人権侵害であると認定されても説示しかできなかったが、条例では、生命、身体に危険を及ぼす行為、公然と繰り返される差別的言動等重大な人権侵害が現に行われ、被害を救済するために必要な場合には、委員会は人権侵害をやめることを勧告することができること、また、この勧告に従わないときは、その旨を公表することができることとなった。(ただし、勧告、勧告の公表には弁明の機会が与えられる。)
(5)差別や人権侵害の被害者が訴訟を提起する場合、人権救済推進委員会は資料の閲覧、写しの交付をみとめることによって訴訟支援ができることとなった。
今後の課題
鳥取県の「人権救済条例」については、鳥取県弁護士会長名の声明、また二名の議員、マスコミなどから強い危惧の念が示されている。この中で指摘されている点等も踏まえ、今後、以下の課題に取り組む必要があろう。
(1)委員会の独立性を確保するための努力をする必要がある。とくに五名の委員の人選については知事が議会の同意を得て任命することとなっているが、人権問題に精通していること、人権問題に豊かな経験を持っていること、弁護士を含むとともにジェンダーバランスに考慮することが必要である。また、事務局長をはじめ事務局員の選任に当たっても同様の配慮とともに、一定期間人権研修を受けることを義務づけることも考慮される必要があろう。
(2)公権力による差別や人権侵害にもしっかりとした対応をすること。鳥取県の条例では、「第一項の規定による協力の要請を受けた関係行政機関は、当該協力の要請に応ずることが犯罪の予防、鎮圧または捜査、公訴の維持、刑の執行その他公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれがあることに付き相当の理由があると当該関係行政機関の長が認めるときは、調査の要請を拒否できる」(第一九条第三項)との規定が含まれている。こうした規定が、公権力による人権侵害や差別に関する被害者からの訴えに係る調査への協力拒否の口実とされないようにする必要がある。(なお、条例の第二条一項には、「行政機関による同条に規定する違反する行為を含むものとする。」という一般的な規定が盛りこまれている。)
(3)自主的な取り組みを尊重し、勧告や勧告の公表、過料を伴う調査は最後の手段として位置づけること。ちなみに条例の第二二条では、「委員会は、第一八条に規定する調査を行い、または前条に規定する措置を講じるに当たっては、当該調査に係る事案の当事者による自主的な解決に向けた取り組みが促進されるよう十分配慮しなければならない。」と規定されており、委員会の活動に当たっては、この規定をしっかりと踏まえたものとしていくことが求められる。
(4)委員会は、内容のある報告書を作成すること。条例では、「毎年度、この条例に基づく事務の処理状況について報告書を作成し、知事を経由して議会に提出しなければならない。」(第一四条三項)と規定されているが、その際、単に相談や調査、勧告等の件数を羅列的に報告するだけでなく、それらの分析を踏まえた提言も含むことが期待される。なお、この点は、国内人権機関の設置に関する原則(パリ原則)でも指摘されていることである。
(5)他の都道府県でも「人権救済条例」を制定するとともに、国のレベルでも「人権侵害救済法」(仮称)を早期に制定すること。鳥取県での「人権救済条例」の制定を受けて、他の都道府県でも同様の条例を制定していくことが必要である。また2003年の衆議院解散によって自然廃案となった「人権擁護法案」についても、パリ原則を踏まえ、独立性と実効性を確保した法案に修正し、早期に制定することが求められている。