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2005.12.21
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Human Rights2005年12月号(NO.213)
流れに抗する生きた魚たれ
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戦後は終わり戦前が来た
保守化、右傾化の現状と抵抗への道

 原 寿雄(元共同通信編集主幹)

 日本社会は、大きく保守化、右傾化の動きを強めている。第二次大戦後60周年の2005年は還暦を迎えて戦後が終わり、戦前に舞い戻る兆候が画期的に強まった。9・11選挙で小泉自民党の歴史的大勝はその象徴といえよう。改憲派議員は80%を越えた。日本は、15年戦争の発端となった1931年の満州事変の昭和初期へ確実に近づいている。

戦争についての考え方の変化

 第一の兆候は戦争への考え方の変化であろう。

 05年8月15日、読売、産経の両紙は「みんなで靖国に参拝する国民の会」の全面広告を載せ、東京・九段の靖国神社は20万人の人出で賑わった。小泉首相の靖国参拝が中韓両国の反発を高め、高橋哲哉「靖国問題」や小林よしのり「靖国論」がベストセラーになるなど、靖国への世論の関心が強まった反映と単純に受け取ることはできない。

 話題の靖国神社を一度見たいというだけの人や観光ツアーも混じっていたが、大部分は靖国支持派だった。「靖国国家護持」のたすきをかけ、「平和呆けから目を覚ませ」のノボリを立てて「海ゆかば」を合唱する人たちが目立った。・大東亜戦争・を肯定する境内の遊就館の陳列に見入る若者も少なくなかった。かつて「靖国で会おう」と誓った軍人たちの合言葉が、いまや愛国ナショナリストのシンボルになろうとしている。

 似たような動きが、広島県呉市に05年4月オープンした「大和ミュージアム」でも起きている。旧海軍が世界最大・最強の・不沈戦艦・と誇った「大和」は45年4月、沖縄に出撃したものの、あっけなく米軍に沈められた。その勇姿をしのぶ実物の10分の1レプリカの見学者が43万人に上ったと、8月15日のインターナショナル・ヘラルド・トリビューン紙は写真入りで大きく報じた。館長は予想を超える入場者数に「10年前には考えられなかった。若者の戦争観が変わってきた」と語り、年内に100万の入場者が見込まれている。

 在米の作家冷泉彰彦は、「大和」の映画PRで若い俳優が「家族を守るためなら戦争に行く」と語る点に注目したとネット通信(USAレポート)に書いている。

 若いファンが多い『靖国論』の漫画家は、「戦後の日本人が戦前の日本人を批判するという風潮自体にわしは大きな疑問を覚えるのだ」と述べている。この言葉はやがて「戦争を批判するやつは非国民」のレッテルに直結する。

頻発する言論事件

 第二の兆候は、反戦の言動に対する治安当局の思想取締まりの強化である。

 その典型が、イラクへの自衛隊派遣に反対するビラを防衛庁官舎の郵便受けに入れ、04年2月、住居侵入罪で逮捕、75日間も拘束された東京・立川の市民団体三人の事件である。同年12月の判決では、日常配られる商業的なチラシに比べてこのビラ配布は、民主主義の根幹をなす政治的表現活動であるとして無罪となったが、控訴された。明らかに戦争反対の思想・言論取締まりを狙ったもので、戦前の治安維持法型のテストケースといえよう。

 背景にはこの種の取締りに対するマスコミ・世論の無関心がある。たとえば03年4月、東京・杉並区で公園の公衆便所に「戦争反対」などの落書きをした青年が逮捕され、建造物損壊罪で懲役1年2月、執行猶予3年の判決を受けた。落書きの内容が国策に反した思想として特別視された言論事件なのに、マスコミは無視した。

 立川無罪判決の後も、強引な国策捜査は続いた。05年3月、東京都町田市の都立津田高校と葛飾区都立農産高校の卒業式の日、校門前のバス停付近で「日の丸君が代」強制反対のビラをまいた「全国労働組合交流センター」の活動家らは建造物侵入容疑で逮捕された。さすがに前者は裁判所が勾留を認めず、後者は検事が勾留請求することもなく釈放されているが、良心の自由への攻撃は、石原慎太郎指揮の東京都政が全国の頂点に立った。

 以上の記述は、岩波ブックレットの内田雅敏弁護士『これが犯罪か?「ビラ配りで逮捕」を考える』に載った事例の一部に過ぎない。05年10月には、神奈川県厚木の米軍基地に隣接するビル8階から毎月1回監視していた三人が住居侵入容疑で逮捕されている。戦時態勢を待たずに基本的人権はここまで侵されている。さらに、実際の犯罪行為がなくても話し合っただけで罪に問われる「共謀罪」まで、組織的犯罪処罰法改正案で国会に上程され継続審議となっている。

憲法改正をめぐる世論

 第三の兆候は憲法改正をめぐる世論に示される。

 改憲論議は、94年に読売が改憲試案を公表して新段階に入った。しかし改憲論の流れが目立つようになったのは、04年から05年にかけて国会の憲法調査会が結論を出し、自民党が改正案のまとめに向けて急ぎだしてからだった。自民党は結党50周年の05年11月党大会で現行憲法第九条二項の戦力不保持を削除、自衛軍保持を柱とした新憲法草案を発表した。

 05年1月のNHKをはじめ3、4月に各紙が行った世論調査によると、改憲支持は60〜70%に上った。戦争放棄、戦力不保持の九条改憲は、朝日の36対51、毎日35対52、読売43対45、NHK35対43というように反対派が依然多いものの、賛否の差は減っている。このような改憲世論の高まりは、自民党、民主党を中心とした政界ムードの反映であり、9・11総選挙では衆院新議員の改憲派が80%を越えた。民主党は積極的な九条改憲派の前原誠司代表(影の内閣防衛庁長官)が出現した。

 しかも、NHKの世論調査では憲法を「読んだことがない」人が43%もいる。この奇妙な実態は、05年中に全国で3000を超えた「憲法九条の会」などの市民運動が浸透すれば世論が変わる可能性を示す一方、自公民三党リードの改憲が早期に実現する危険性を示している。自公両党は国民投票法案も準備、公職選挙法に準じた言論規制の枠内で、条文ごとの投票を避けて20歳以上の一括投票による過半数獲得、改憲実現を目指している。両党は衆院の3分の2を超え、参院も民主が賛成に回れば3分の2を大幅に超すので、両院揃っていつでも改憲を発議できる。

 改憲推進者たちの目標は九条である。自民党は、自衛軍の創設と自由な海外派兵によって米軍戦略の一翼を担い、国連の安保常任理事国となって大国の地位確立を狙っている。このまま進めば、自衛軍、防衛省、兵器輸出制限の解除、非核三原則の廃止から、やがて徴兵制、先制攻撃、核武装論をも異端視しない時代を迎えよう。核武装については、05年7月の朝日世論調査で10%が賛成、9・11総選挙の新衆院議員480人のうち、毎日新聞調査では「核兵器を保有すべきだ」が1人、「国際情勢によっては検討すべきだ」が70人で、肯定派が15%に上る。

有事態勢の整備

 第四に有事態勢の急速な整備を重視しなければならない。

 政界、世論の保守化、右傾化と平行して、有事の基本法となる武力攻撃事態法と国民保護法が03、04年に成立、有事法制の骨格が出来上がった。日本国憲法は、戦争のような緊急事態を想定していないため、九四年に米軍が北朝鮮の核施設攻撃の方針を固めて軍事協力を求めてきた時、日本側に具体的対応能力がないことを知って米側が驚いたと言われた。その後九〇年代後半から日米軍事協力のガイドライン作りに進み、小泉政権下で自公民合意の有事法制が次々と実現した。

 有事には自衛隊や米軍の効率的な活動を保証するために、土地の接収など基本的人権の制約を認め、国や地方自治体、民間の協力義務も法制化された。動員される民間の指定公共機関には交通、通信、港湾、病院などとともにNHK、民放も含まれている。

 05年には国民保護に関する基本指針が作られ、武力攻撃事態を上陸侵攻、ゲリラなどによる攻撃、弾道ミサイル攻撃、航空攻撃に四分類して国民の避難、救援方法などを具体的に示している。NBC(核、生物、化学)兵器への留意事項もまとめて公表された。

 第二次大戦後60年目の日本は、再び、いつでも戦争のできる法制度をほぼ整備した。自民党が集団自衛権を改憲草案に含めず解釈改憲の立場を選択したのは、改憲前でも米軍の戦争に参加できる可能性を残しておきたいからに他ならない。改憲実現まで自衛隊の戦争参加がないと思うのは、幻想である。在日米軍再編で自衛隊は米軍と共同作戦の下、世界のどこへでも出動して戦闘に協力できる新段階を迎えようとしている。とくに中国が日米戦略上の仮想的敵として、はっきり名指しされたことは重大である。

流れに抗する生きた魚になれ

 日本は平和憲法とは対極の道を急いでいる。個人の自由と自治を基礎に市民社会を目指してきた戦後民主主義は、国家を優先して考える思想への転向を求められ、市民的公共性に代わって国家的公共性が強調される。基本的人権をはじめ民主主義が未確立の日本で、安全保障のための軍事的価値を社会の最上位に置く時代を迎えれば、軍国主義復活も決して杞憂ではなくなる。教育基本法改正は、愛国人間づくりの国民再教育を狙っている。

 今はまだ相当の自由が職場、学校、地域で享受できる。それが現憲法によって守られていることの貴重さを歴史的に再認識したい。そのためには、ものごとを判断する上で多様な情報を入手して多角的に考える訓練が必要である。今からでも遅くない。家庭、教育、社会の場で少数異見を尊重し、画一化を危険視する自律した人間づくりが求められる。

 動物の群れが一頭走り出すと何千頭も同じ方向に突進する現象をスタンピード(stampede)と呼ぶ。保守化、右傾化のスタンピードを阻止するには、流れのままに流される死んだ魚にならず、流れに抗して進む生きた魚になること、それを決意する人が一人でも多くなることではないか。