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2006.05.16
書籍・ビデオ案内
 
Human Rights2006年4月号(NO.217)
人権の法整備どう進めるか
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移民社会に見るカースト差別
−ロンドン郊外・サウソール訪問記

中村隼人(元キール大学助手)

移民からなるイギリス

 イギリスにおいて、経済、社会、衣食住のみならず、言語や歴史といった根本的な文化を語るときには、もはや移民の存在は必然である。イギリスがドイツと並んで積極的に移民・難民を受け入れてきた背景もあるが、そうした広い門戸に加え、先進各国が本来ならば直面すべき南北問題も加わり、イギリス人として、あるいはイギリス永住者として居住する外国、特に発展途上国出身、あるいは発展途上国にルーツを持つ人びとが、新しい「イギリス」を形作っている。

 イギリスに来るさまざまな移民の中でも、特に多いのは旧イギリス植民地出身者である。世界各国のマイノリティの問題に関して政策提言を行っているマイノリティ・ライツ・グループ・インターナショナル(MRG)がオフィスを構えるオルドゲート・イーストのすぐ裏には、通称バングラ・シティと呼ばれるバングラデシュ人街がある。MRGはこの界隈に移る前には、ブリクストンというロンドン南部のアフリカ系(主にナイジェリアなど)・カリブ系(ジャマイカ、トリニダード・トバゴなど)からの移民が多い街にオフィスを構えていた。イギリスでもっとも長い歴史を誇るNGOであるアンチ・スレーバリー(反奴隷制)・インターナショナルは、ブリクストンから程なく行ったところのストックウェルにある。ストックウェルにはポルトガル人、ブラジル人コミュニティがあり、二〇〇五年七月にロンドンの交通機関を狙ったテロ事件の後、テロリストと誤認されたブラジル人青年が警官に射殺されたのもストックウェルだった。

 こうした人びとは単にイギリスに来て生活するだけではなく、おのおのに染み付いた文化をもイギリスにもたらしている事も見る必要がある。圧倒的な数を占めるのは南アジアからの移住者であり、パブで出されるカレーはもはやイギリス料理の一部となっている。イギリスで「アジア、アジア人」と言うと南アジアのことを指し、私のような日本人は、特に観光地でない場所では、ただの「珍客」に過ぎない。しかし南アジアからの移住者がもたらすのは、何も南アジアの香りがするスパイスだけではない―カースト制度、それに伴う差別も一緒にイギリスにやってきているのである。

 多くの日本人観光客がイギリス上陸の第一歩とするのはヒースロー空港だろう。そこからバスでほんの数分いったところにある、ミドルセックス州サウソール(Southall)はイギリスの中でも一、二を争う「アジア人」移民コミュニティである。もし陽がさしている間にヒースロー空港に到着するのであれば、着陸時の右手側に肉眼ではっきりと確認できるほどの位置にある。

 昨年一一月半ばに、インドのダリット人権全国キャンペーンから三年前よりイギリスに派遣され、イギリスにおけるダリット差別に関してコミュニティ活動を展開しているサヴィオ(Savio)さんをサウソールに訪ねた。

サウソールに染み付くヒンドゥー主義

 サウソールを訪ねた一一月中旬はちょうどディワリと呼ばれるヒンドゥーのお祭りの時期だった。町はさまざまな電飾に彩られ、自分の周りにいる南アジア系の人からも何度となく「ハッピー・ディワリ」というお祝いの言葉をかけられた。一方、サヴィオさんはヒンドゥー文化の移入に非常に敏感であり、こうした無批判的な文化の輸出を厳しく追及する。

  ディワリはかつて南アジアにアーリア人が侵入したときに、土着の王族を滅ぼしたことに対する祝祭であって、つまり、その後カースト制度の犠牲者とされたダリットを殺すことを祝っている。インドではダリットはディワリを嫌うんだ。

 イギリスに来ている「アジア」からの移民の中で一番多いのは、パンジャブ人、それにグジャラート人が続く。サウソールには旧イギリス国鉄の鉄道駅があり、駅名を示す表示にはパンジャブ語の文字であるグルムキー文字の表示が入れられている。インド以外の鉄道駅でグルムキー文字が見られるのはサウソールだけである。ディワリの飾り付けをしていた通りに面したパブにもアルファベットとグルムキー文字が並存している。ディワリに対する不平を言いながら、サヴィオさんはいくつかの寺院を案内してくれた。イギリス風のレンガの長屋の一角を利用したヒンドゥー寺院や、ダリット運動に好意的な仏教寺院もあるが、一番目立つのはシク教寺院である。そして、もちろんサウソール界隈に一〇ほどあるシク教の寺院にもグルムキー文字で寺院の名前が刻まれている。ほとんどの名前がグルドゥワラ。そこかしこにグルドゥワラという名前の寺院が立ち並んでいる。シク教は、インド・パンジャブ地方で起こった、ヒンドゥー教を批判的に改革した宗教である。日本のガイドブックなどでは「カースト制度は否定している」と紹介されている(注1)。しかしサヴィオさんは依然カースト制度に苛まれているシク教の現状を見ている。

  カーストを否定したといっても、実際に人びとが寺院を作る場合には、もともとの名称がヒンドゥー教から入ってきている。そして、イギリスに来ても皆カーストに分かれて暮らすことになる。

 そう言うと、サヴィオさんはサウソールの中心部から少し外れたところにある、小さめのシク教寺院へと私を案内した。そこは数あるシク教寺院の中では一番清楚なつくりだ。聞けば、そこがダリットのためのシク教寺院だという。サヴィオさんはインドのタミルナドゥでもコミュニティ活動の経験もある優秀な活動家だ。それでも、この寺院がカーストの問題を取り上げるべく、サヴィオさんを受け入れてくれたのはつい最近のことだという。サヴィオさんは今友達を案内しているといった具合に簡単に寺院の方々に自分を紹介してくれたものの、やっと打ち解けてきたというような感じであった。シク教自体が表面上はカーストを否定しているという事実に加え、イギリスにまで来てもカースト事情を表に出すということには大きな抵抗があったに違いない。後で分かったことだが、あちらもこちらもグルドゥワラ(注2)という状況の中で、数件ある別の名前のシク寺院の一つがここだった。

 移民社会では、表面上は皆「(南)アジア系のイギリス人」、あるいは「イギリスに移住した(南)アジア人」だ。しかし、サヴィオさんによると、心の奥底ではこうして未だに細かいカーストに分かれているので、例えば婚姻となるとすぐに結婚差別が出てくるそうだ。インドやネパールからは頻繁にカーストの問題として、暴力事件や経済的格差、住居の問題や水資源の配分のニュースが舞い込んでくる。これに対して、筆者が以前、部落解放・人権研究所を訪れた際に被差別部落が抱える大きな問題として「雇用差別」、「インターネットを通じた差別書き込み」と並んで「結婚差別」の「三点セット」を聞いた。まさに、イギリスのダリット移民が直面している、あるいはこれから直面する問題なのではないだろうか。

 続いてサヴィオさんは、街の中心部にある巨大なシク教寺院へと案内してくれた。外観は高級そうな石材で作られた、非常に立派なつくりだ。町のどこからも確認できるような巨大な寺院であった。靴を脱ぎ、髪をシク教様式に布で隠してから中に入る。すると、巨大なホールにはロンドン近郊の別の地区に計画している同宗派の寺院の建設計画のパネルが展示してあった。このシク教寺院はイギリスで一番の大きさを誇るシク教寺院だそうだ。そして、サヴィオさん曰く高カーストの寺院だ。グランド階、日本で言う一階には巨大な無料食堂が備えてあり、信者やその他コミュニティの人、旅行者がお金がなくても食べられるよう、配給が早朝から深夜まで行われている。ダリットのシク教寺院にも同じような施設があったが、ダリットのものはどちらかというと村の食堂のような感じであるのに対し、ここは荘厳なまでの広いホールだった。

 シク教の寺院を見せながら、サヴィオさんは、宗教がいくら違っていてもヒンドゥー主義がある限りはカースト差別はなくならないという。ちょうど、サウソールをはじめてたずねた前日には、ロンドン中心部の教会で、キリスト教関係の団体が集ったダリット差別に関するコンサルテーションがあった。イギリスのダリット連帯ネットワークUKのコーディネーター(当時)、タラ・ブレイス・ジョンさん(インド・タミルナドゥ州出身)は、「カーストは単なる宗教的教義でないからヒンドゥー教から抜け出せばそれでよい、ヒンドゥー教を批判すればそれでよいわけではない、キリスト教に逃げればそれでよいのではない」と言っていたのが思い出された。確かにインドではダリット差別に反対する運動を展開しながら、ヒンドゥー教徒だった人も多く目にした。日本でも部落の中の社寺を見ればいろいろな信仰が交錯していることが分かるであろう。自分のメールボックスには、インドから社寺の使用に関する争いに関しての呼びかけが、年に何回かは入ってくる。寺社の使用の差別はダリット差別の典型例ともいえよう。しかし、カーストから自由になるはずの移民先で、寺社が細かくカーストに分かれてしまう現実は、人びとの心にある亀裂を如実に映し出している。寺社の使用以前の問題として、こうした心の問題がダリット差別の本質なのだろう。

コミュニティラジオと「アジア文化」

 最初の訪問から一週間後、改めてサウソールを訪れたときには、サヴィオさんが別の仕事で忙しかったこともあり、時間を取って一人で町を歩いてみた。もちろん世界に名だたるインド外シク教寺院群や、さまざまなスパイスや普通のスーパーマーケットではお目にかかれない野菜、どう見ても賞味期限内に使い切れないほどのティーバッグセットを陳列している食品店が目に付く。それと並んで目立つのがコミュニティ放送局の広告である。

 イギリスのNHKにあたるBBCのホームページには、三〇〜四〇カ国語によるページが用意されている。日本でもケーブルテレビを通じてBBCが見ることができるように、その国際的な営業実態を反映しているのだろう。但し、これとは別にイギリス内の放送を紹介するページには「BBCアジア」と題されたチャンネルのページが用意されてある。南アジアの音楽を中心としたラジオのインターネット・ストリーミング放送が実施されている。大方は英語を使用言語としているが週数回、パンジャブ語、ベンガル語、ヒンディー語、ウルドゥー語による番組も組まれている。

 サウソールではこの他、広告を見る限りさまざまなコミュニティ放送が実施されている。中には広告だけでなく、コミュニティ放送局そのものの場所を示す看板が配置されている。よく見るとシク教寺院や食品店並みにそこかしこにコミュニティ放送局がある。こうした町を歩きながら、思わずアンチ・スレーバリーの図書室に置かれていたカーストに関する報告書に書かれていたことを思い出した。二〇〇〇年九月にダリット連帯ネットワークUK主催で行われた「ダリットの人権に関する国際会議」での、イギリスにおけるカーストに関する発表だ。そこでは、こうしたカースト主義がメディアを通じてイギリスに暮らすアジア系の人びとに広められている実態が報告されている。一九六〇年代にイギリスに移住しているS.P.ムマン氏の発表によると、もはや南アジア系の四二パーセント、八〇万人を優に上回る人びとがイギリス生まれのイギリス人であるのに、ラジオなどから流れる音楽、特にその多くを占めるパンジャブ音楽やベンガル音楽は高位カーストの音楽が流されているという(注3)。高位カーストの文化を郷愁の音楽として美化することを通じて、雑多な南アジア文化がカーストごとに優劣の序列が組まれ、移住先に移植されることが、サウソールではコミュニティラジオを通じてひそかに行われているのである。

 筆者がイギリスに来たばかりの二〇〇三年の秋には、ロンドン大学バークベック校で南アジアからの移民に関する学会が開かれていた。そこではカナダのトロントにおける移民社会を研究している研究者から、移民社会のアイデンティティとして高位カーストのバラタナーティヤムという、舞踊が積極的に踊られるようになっているとの報告があった。実はイギリスにわたってから、その後すぐにインドへ行くことを考えていたものの、思わぬ形でイギリスの大学で助手をすることになったこともあり、積極的に「南アジア文化」に触れるようにしていた。インターネットラジオのBBCアジアや、移動にアジア系の航空会社を使った際など、インドを思い出させるような音楽を頻繁に聞いていた。サウソールのカーストについて案内してもらった後に、あちこちにあるラジオ局を見て正直、複雑な思いであった。自分が南アジアを見ようとすると、高カースト文化の消費者になっているのである。

 無批判に受け入れている文化は、何もラジオからの文化だけではないだろう。特に、イギリスで外国人として暮らし、明らかに欧米系でないことによる間接的な不利益、あるいは不利益を被るのではないかという恐れを感じながら暮らしていると、非イギリスのアジア文化は大歓迎である。特にロンドンから三時間三〇分離れた田舎に暮らしているからだろうか、地元にいるアジア系の人びとやアルファベットではない文字の看板を見ると、妙な安心感や親近感を覚えたりする。サウソールはまさにイギリス文化にあこがれ『ピュア』なイギリスを見たいと思っている人には逆に見たくないイギリスの風景だ。しかし、自分のような地球を放浪しているような人間、そしてインドを再訪しようとして、なぜか阻まれている状況にあると、飢えていた風景だろう。イギリスの中で非イギリス人として暮らしていこうという中で、いかにイギリス的なるものに対抗するかということになると、無制限にカーストを受け入れてしまう。そんな移民社会を感じ、自己批判的にならねばならない現実に直面するのである。

 それでは、移民社会において移民文化を批判的・否定的に見ることは、現地(イギリス)の文化に追従することになるのだろうか。いや、現実はそうではない。立場が弱い移民であっても、両者を批判的に見ることは重要である。実際に、サヴィオさんはこのサウソールの界隈で、三人の「白人」に暴行されるという極めてショッキングな場面を経験している。もちろん、そうしたイギリスにおいてカーストの問題まで扱えるようになることが、イギリス自体の人種主義へ取り組む姿勢を評価するものとなっている。サヴィオさんは、自身に降りかかった暴行事件にショックを受けながらも、この活動はイギリスだからこそはじめられたものであって、他の移民社会では難しかったとも言っている。パキスタン系の人びとに見られる早期結婚・強制結婚や、アフリカ系の人びとで行われているとされる生贄の儀式やいわゆる「女子割礼」の問題など、ことあるごとに民族的マイノリティの内部社会の問題が大きく取り上げられる。これはマジョリティがマイノリティに対する蔑視的な見方に起因するものなのか、それともカースト問題のようにマジョリティに対抗すべく、引き継がれた幻想を克服するものなのか。当事者自身とともに考えていくことのできる運動の存在が不可欠であることは言うまでもない。

アンベドカルセンターを訪ねて

 話は、シク教寺院群をはじめて訪れたときのこと、サヴィオさんは「サウソールで一番大切なところ」として、アンベドカルセンターを案内してくれた。イギリス風のビルに大きくアンベドカルセンターと書かれた、アンベドカルが何の名前だかわからないものであれば変哲の無い場所である。しかしここも寺院である。この隣のビルには皮肉にもヒンドゥー教のダリットの寺院まであるとのことだった。アンベドカルセンターは、生涯に渡ってカースト制度と闘った、アンベドカル博士の流れを受け継ぐ仏教活動の、英国における本拠地となっている。アンベドカル博士は、ダリットの出身。不可触性の禁止を謳ったインド憲法の草案を提起した、元法務大臣でもあった。死の二カ月前には、ヒンドゥー教に見切りをつけて、自分の属するカーストの仲間を率い、仏教への改宗運動を起こしている(注4)。

 センターは、アンベドカル主義・仏教組織連合(FABO)をはじめとするイギリスの中でのダリット支援運動を当事者として始めた人たちの拠点でもある。実際、サヴィオさんもサウソールの中でコミュニティ活動を始めるにあたっての最大の理解者が集まる場所だと説明してくれた。ちょうど、最初に訪れたときには、センターの管理者しかいなかったものの、月に一度、仏教の瞑想会があるとのことで、改めてサウソールを訪れることとなった。

 アンベドカルセンターの仲間たちに実際に会った際には、実はいろいろななじみの顔を見ることができた。筆者は、二〇〇五年一〇月に、かの有名な英国国会議事堂「ビッグベン」の中でイギリスの国会議員を前にカーストの問題が如何に世界的な問題であるかを訴えるために、インド・ネパール・セネガルからの参加者とともにブリーフィング(状況説明)を行った(主催:ダリット連帯ネットワークUK)。アンベドカルセンターの仲間の多くが、その際に出会ったダリット連帯ネットワークUKの仲間だったのである。英国における当事者運動の基礎を作ったFABOのゴータム事務局長といった錚々たるメンバーには、サウソールで初めてお目にかかったものの、ブリーフィングの場にいられなかった人も、寺院一同上げてダリットの問題に取り組んでいる人びとだった。この日の会では九月にインドのマハラーシュトラ州で開かれたアンベドカル主義仏教徒の会合の報告やダリット問題の克服について語り合う機会が設けられていた。一方で、仏教、ダリットの被差別運動という共通点もあるからだろうか、こちらに対して、なぜ日本では仏教がかつて差別戒名などといった形で差別をする側に回ったのか、仏教のどの教義が差別を生んだのかといった、難しい質問をぶつけてきた。

 もちろん、自分が簡単にイギリスの「当事者」からぶつけられた質問に即答できる資格も能力もない。イギリスの「当事者」に部落運動がこれからどの様に展開するか公言も約束もできない。但し、ここ数年間、大学助手としてカースト問題に関する第一線の法学研究者と知り合い、あるいは頻繁にジュネーブに渡ってカースト問題に関する国際的ロビーイングの第一線に立って来たものとして、日本の読者に伝えられることは次のことである。「反カースト制度の運動に関わる当事者の枠を、日本の被差別部落出身者はともかく、インドのダリットの人びとなどのみに、あまりにも狭く捉えて来たのではないか」。

 筆者はこれまで、さまざまな場所で反カーストの活動に参加させていただいたが、さまざまな問題を一つにしていく難しさを数多く見てきた。特に、カースト(職業と世系)に基づく差別は、ダリットや部落などそれぞれの地域に染み付いた差別を、連帯運動を通じて共通点、世界性を見出してここまで活動が展開されてきたものである。そうすると、必然的に日本国内のNGO関係者が他の国のNGO文化に抵抗を感じざるを得ない場面が出てくる。特にカースト差別がインドのような発展途上の国で見られていることもあり、これを支援する欧米のNGOとも連携をしていくことになり、日本の当事者運動とは温度差が生じることになる。このような明らかな歪みは、外国語による情報量の差になってくっきりと現れてくる。インドと日本との交流は部落解放同盟や、部落解放・人権研究所などの努力により、盛んになってきたが、世界中への部落問題の発信はこれからである。

 だが、「サウソール」の教訓として、イギリスにおけるインドのカースト運動は、ダリット・高カースト、南アジア人・欧米系マジョリティとした重層的な社会構造、さらには旧植民地・宗主国という南北関係が入り乱れた、内的な社会運動の一環であることがわかる。つまり、あまり運動で当事者のように見えなかった、欧米のNGOも実は当事者だったのである。ダリット連帯ネットワークUKのビッグベンでの会合に自分が呼ばれたのも、この重層的な関係を世界における門地差別として位置付けるために、彼らが次へのステップへと動く試みをしたに過ぎない。

 そして、サウソールには実際にインド人の顔をしてイギリス風の家屋に住むカースト差別被害者が、あたかも日本の被差別部落出身者が直面するような差別に取り組もうとしている。もはや、カースト問題は南アジアだけの問題で完結できないことが、イギリスの事例で明らかになりつつある。そして、イギリスに渡ったカースト問題が、部落差別と闘って来た日本の運動の知恵との共有を必要としているのだ。今、サヴィオさんはここを拠点として、スロー(同じくロンドン郊外)、バーミンガム(イギリス第二の都市)、ウォルバーハンプトン(バーミンガム近郊の都市)、そしてコベントリー(同じくバーミンガム近郊の都市)を対象に、カースト差別の実態調査を行っており、この結果は二〇〇六年中にも提出されると見られているイギリス政府の人種差別撤廃委員会への政府報告書に対する政策提言に利用しようと試みている(注5)。

 私はかつて、IMADRの東京事務所のスタッフから、部落運動の活動家とインドのダリットの活動家の交流をセットした時のことを聞いた。年長の部落運動の活動家がインドの状況に懐かしさを覚える中で、将来、活動家として育っていくような若い参加者は、まるで全く違う差別問題を見るようなまなざしだったという。さらに、私がインドのダリットのコミュニティと、日本の別の活動家との橋渡しをした際には、いつも先方から「支援」ばかり要求されて、本当に「連帯」ができるのかという、不安の言葉を聞いていた。その点、イギリスが直面している問題は、圧倒的な貧困といった表面的な問題ではなく、むしろ、人びとの意識とそれを支える社会文化の問題に尽きる。イギリスのカースト問題と日本の部落問題が繋がって行くことは、「職業と世系に基づく差別」撤廃に向けた運動全体にも非常に重要なことではないのだろうか。

 自分が日本人ということもあり、カースト差別に関する活動をする際にはどうしても部落問題に関しての質問を浴びせられる。インドやイギリスに行く前は、IMADRの東京オフィスで活動をともにさせていただいたせいか、自分の発言が、相手の興味を満足するだけで終ってしまわないよう、慎重に慎重を期してきた。特に、大学のような教育機関で、遠く離れた極東の人権問題を語るとなると、単にエキゾチックなことを知ることができたと言われ、ともに闘う仲間を得ることはほとんど期待できない。本当に自分が、英国の知識層の「出汁」になってしまうのだ。それが、イギリスに移って二年半にして、漸く分かち合える安心を、サウソールという世界の大都市の郊外に見つけられたのだ。

 ぜひ、次回、アンベドカルセンターの人たちがマハラーシュトラ州で仏教者の集まりをする際には、日本からも部落問題に取り組んでいる方々に参加して欲しい。そして、いつの日かスタディツアーか何か企画できないか、そんな思いを胸にしながらお土産用の巨大な紅茶パックを手にしつつ、インド街では唯一のグルムキー文字が入った駅を後にした。おそらく、関空から橋を渡って空港島を出る労力よりも楽に、ヒースロー空港からサウソールに行くことはできる。あなたも、空港からロンドン中心部に出る前に、途中下車の旅を検討していただければと思う。

  1. 例えば、日本で出版されているインド関係のガイドブック「地球の歩き方」(ダイヤモンド社)ではシク教は「カーストのタブーがない」と説明されている。

  2. 後日談になるが、市民参加を基調としたジャーナリズムを展開するインドの新聞Tehelkaは二〇〇六年二月一八日にダリットの運動に関する特集記事を組んでおり、その中でシク教至上主義者団体とグルドゥワラの人びとが、グルドゥワラカーストのためのシク教寺院を建設してダリットのシク教徒を追い出したという記事も盛り込まれている。V.J. Singh, 'Telhan scores for Dalit Rights', Tehelka- The people's news paper, Tehelka.com.

  3. S.P. Muman 'Caste in Britain', Report of International Conference on Dalit Human Rights, London 16-17 Sept 2000, Dalit Human Rights, VOD. Intl, pp.71-79.

  4. 詳細は、IMADR、部落解放同盟中央本部、部落解放・人権研究所編『インドのダリット(被差別カースト):歴史・現状・課題』、二〇〇一年、IMADR、東京、14頁参照。

  5. 詳細は'Research Project: Caste Discrimination in the UK Diaspora', Dalit Rights- The Newsletter of the Dalit Solidarity Network-UK, Issue No.13, Winter 2005/6, p.4。