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通信・放送機構実験センターを誘致
「情報化社会」という言葉が登場して久しい。今日ではその上に「高度」という言葉がくっつき、情報通信の発達は目を見張るものがある。二一世紀はさらにそれが加速されるだろう。が、しかしそれが人間にとって本当に幸せをもたらすものなのか、人間としての権利を擁護、発展させるものなのかという問いは絶えず発せられなければなるまい。
今年三月、大阪市西成区の被差別部落の一角に「通信・放送機構大阪西成実験センター」がオープンした。同機構は郵政省の肝入りで一九七九年に法人として設立され、情報通信分野における研究開発を推進している。同機構は一九九七年から五年間、全国一四カ所で「マルチメディア・パイロットタウン事業」を展開することになり、その一つに西成が選ばれた。正確には「選ばれた」という受動的なものでなく、部落解放同盟西成支部がまちづくりの一環として事業の誘致を働きかけてきたのが実を結んだというべきだろう。
この事業は様ざまなマルチメディアを地域において展開し、新しいライフスタイルの創造と活力あるまちづくりを進めていこうというのがねらいである。この実験センターは高度情報化社会にむけて、地域でどんな情報が必要なのか、誰でも手軽に操作できる機器であるのか、実際に利用した人たちの評価はどうなのか、利用状況はどうかなどについてデーターの収集と分析を行う。その結果をこれからの情報化社会にいかしていこうというわけだ。
西成実験センターの計画
西成実験センターが計画している実験は、 1.地区内の公共施設と市営住宅の一部をケーブル網で接続し、生活に役立つ情報を自宅にいながら誰でも簡単に入手できるシステムの開発、 2.ケーブルテレビ網の双方向性を活用し、住宅と公共施設間において、その場にいながら相談ができるシステムの開発、 3.必要な情報を簡単に検索できるシステムの開発、 4.プライバシー保護など人権擁護のための情報の暗号化技術の実験、セキュリティ(安全)システムの開発、 5.誰にでも簡単に操作できる操作性の実験――などである。
人権擁護という立場から特に重視しているのがプライバシーの保護、セキュリティーの問題だ。今日の情報化社会で最も大きな課題となっているが、西成ではこれを何とかクリアしたいと、ハード面、ソフト面から重点的に追求していくことにしている。
ケーブルテレビを使って情報のやり取りをするのが実験の大きな柱。ケーブルテレビをひくためにはそれなりの条件整備が必要なため、西成では新しく同和事業で建てている公営住宅を中心にケーブルテレビ網をしくことになっている。ケーブルテレビを設置した家の人にモニターになってもらうということで、今年暮れからモニターを三〇〇人募ることになっている。このモニターと公共施設を結んで情報のやり取りをしようというのが基本的な中身だ。同実験センターの春日孝仁所長(大阪市から出向)「地元のみなさんの協力と応援がなくては何もすすまない。幸いここは熱心に誘致してくれたし、まちづくりに力を入れているので心強い」と話している。
西成地区は約九五〇〇帯、人口約二万七千人という全国でも最大の被差別部落である。地区内には解放会館、障害者会館、デイサービスセンター、高齢者施設など一〇以上の公共施設がある。これらとモニターの家庭をケーブルテレビで結び、必要な情報がすぐ入手できるようにしようというものだ。こうなれば西成支部が行っている各種相談事業ももっときめ細かく対応できるようにもなる。
なぜ情報化なのか
西成支部や町会、諸団体でつくっている「西成地区街づくり委員会」では、なぜ情報化が必要なのかをつぎのように説明している。
情報格差を未然に防ぐために=情報化が進展するなか、それに対応しないと他地域に遅れをとる。優れた情報通信基盤をもつ地域とそうでない地域の間に情報格差が生じる。情報格差は差別の再生産になる。
地域の魅力を高めるために=情報通信基盤を整備しておけば、まちの魅力が高まり、流出している若年層、労働力人口層の回復が期待できる。
高齢者に優しいまちを築くために=情報化の魅力は、欲しい情報がいながら入手できる点にある。これは障害者や高齢者にとって非常に有用なこと。西成地区は他の部落と同様に高齢化率が高く、また障害者の割合いも多い。情報通信網を利用して高齢者や障害者が安心して暮らせる高福祉型のまちにしたいというのがみんなの期待だ。 新たな産業を育成するために=情報通信基盤の整備は、情報を積極的に活用しようとする新しいタイプの企業を集めるのに有効であり、地域の活性化、振興に役立つ。
以上のほか西成支部が重視しているのが部落差別をなくしていくという視点である。西成地区は大阪の中心街であるミナミから車で十数分のところにある。ところが部落差別は西成地区と他地域の交流、流通、人と人とのつながりを妨げてきた。西成支部の富田一幸書記長は「西成は差別によって他からしゃ断されてきた。情報通信の先進地になることによって、部落差別をなくしていくインフラ整備につながると思っている。情報化格差を許さないためにも大切だ。個人がもっともっと大切にされる社会、権利がまもられる社会を高度情報化によって実現していくことが大きな目標。支部はそれを西成デジタルタウン構想と呼んでいる」という。
二四時間在宅介護支援
この情報通信と他の情報通信手段を用いて西成支部が計画しているのが「二四時間の在宅介護支援」体制をつくることだ。急速な高齢化社会にあって、二四時間在宅介護サービスの充実が急務となっている。目下の大きな課題として 1.要介護者の意志を介護センターに伝えることができないか、 2.センターから要介護者に定期連絡、業務連絡などをとれないか、 3.要介護者に適切で効率のよいサービスができないか、 4.介護サービスにともなう事務処理を合理化できないか などがある。このなかで要介護者にとって特に介護ニーズを簡単にすぐ伝えられないかということがポイントになってくる。
こうした点を考え、西成で検討、実験しようとしているのが「在宅介護コミュニケーション装置」である。これは簡単なタッチ操作で介護ニーズをセンターに連絡することができるもの。要介護者宅とセンターをMCAという無線でつなぎ、要介護者のニーズが即座にセンターに伝達できることになる。例えば、寝たきりの高齢者や障害者の手元に緊急ボタンをおいて、からだの具合、食事、おむつ、入浴など必要事項をセンターに連絡する。センターは二四時間待期しているヘルパーに連絡。ヘルパーがすぐその家に出向くというシステムをつくろうというわけである。西成では当面二〇世帯、目標として四〇世帯にこのシステムを導入すべく、具体的な検討にはいっているところだ。
こうした積極的な取り組みの背景には、福祉に重きをおいたまちづくりがある。西成支部が先頭に立ってこれをリードしてきた。まず高齢者が立ち上がって「生きがい労働事業団」を発足させ、公園の清掃などを通して仲間づくり、生きがいづくりにつとめている。またボランティアバンクを設立、高齢者や障害者を対象に週五日の食事サービスに取り組んでいる。さらに精神障害者のための「ポレポレ作業所」や障害者就労支援センター「アスタック」、障害者が協同で経営する福祉機器と靴の店「チャレンジド」などに西成支部が全面的にバックアップしている。
情報もバリアフリーに
こうした"人に優しいまちづくり"を進めていくうえで、今度の実験センターの試みは大いに役立つものとなる。アメリカの全米障害者法によると、マルチメディアもバリアフリーでなければならないことが定められている。障害者や高齢者にとって使いやすいものでなければならないというものだ。西成でもバリアフリーをめざして努力したいとしている。
高度情報化社会にともなう人権侵害事件が多発している。郵政省や通信・放送機構では、人権問題に敏感な西成の地でこの事業が成功すれば、マルチメディアと人権という課題を克服する一つの道がひらけるのではないかとふんでいる。