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human Rights130号掲載
連載・部落解放運動は今
赤井 隆史(部落解放同盟大阪府連書記次長)

新しい風33

差別身元調査事件、その後

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はじめに

 大阪で発覚した差別身元調査事件は、調査会社A社およびR社に対して、六回の事実確認会が大阪府連によって行われ、A社・R社のずさんな調査内容や採用調査を依頼した企業の差別体質などが徐々にではあるが浮き彫りになってきた。また、依頼企業側に対する事情聴取も同企連関連企業を含め三〇〇社程度まで進んでおり、社会福祉法人や医療法人、学校法人などへの追及とあわせて、精力的な行動が大阪府連で取り組まれている。ここでは、A社およびR社への事実確認会での特徴的なポイントとそれを裏付ける企業の差別体質、不可解な関係などを報告することとする。

採用調査を依頼した企業に共通する四つの建前

 まず、「本事件を依頼企業がどのように捉えているか」ということから指摘してみることとする。三〇〇社におよぶ大阪府連の事情聴取は、あくまでA社との取り引き内容を明らかにすることを第一義として進められた。それは、A社の顧客名簿には一四〇〇社におよぶ企業が名を連ねていたが、その中には、「名刺交換だけでA社の会員となっていた」という事実や「A社発行の経済誌を購入しただけ」という企業も含まれているからである。 当然、紳士的に理路整然と進められたことはいうまでもない。

 こうした三〇〇社に及ぶ企業訪問によって、明らかになってきたことは、採用調査を依頼したほぼすべての企業に共通していることとして第一に、"頼んだ理由が具体的である"という点である。大手自動車販売メーカーは、「営業担当に採用する際、暴走族のチェックのため採用調査をA社に依頼した」という理由や通信機器を扱う企業では、「過激派など思想チェックを依頼した」ことや「前職を確認するため」「履歴書に嘘はないかどうか」といった具体的な調査をA社に依頼したというのである。

 第二に調査会社A社と依頼企業との間に"契約書が存在しない"という点である。ひどいケースになれば、電話一本で採用調査を依頼し、履歴書をA社にFAXするというきわめてずさんな契約関係にあったことが明らかになっており、企業と興信所の不可解な関係の存在が浮き彫りになったケースといえる。

?第三は、明細書といった細部がわかるものはなく、"紙切れ一枚の合計金額が記入されただけの請求書である"という点である。

 つまり、○○さんの調査金額はいくらなどといった細かい請求書ではなく、合計金額のみが記入されたものであり、明細がわかれば逆に都合が悪いことでもあるのかと疑わざるを得ない仕組みになっている。

 第四は、身元調査後に報告されるFレポートと称する報告書が、"ほとんどの企業で廃棄されている"という実態である。「一年間は保存していましたが、今は処分しました」といった企業や「人事担当が読めばすぐ廃棄処分しました」など極秘書類でも受け取っていたかのような扱いをしているという実態などが明らかにされた。

Fレポートが企業の本音を暴く

 以上が、大阪府連による企業への事情聴取結果の特徴的な点であるが、ここで処分されずに残っていた一通のFレポート(A社の報告書)を紹介することによって、第一から四の共通点がいかに企業側の建前であるかを暴いてみたい。そのレポートは、「氏名」「現住所」「学歴」の欄があり、「判定及び事由」では、D評価(採用にあたいしない)がつけられているケースで、次のような判定事由が記載されている。「精神的に可成り不安定な人物であり、社会生活に適さない」との指摘でDがつけられ、人柄の部分では、「陰気でうっとうしい感じを受ける内向質で、他人との協調を計れない人物である。ノイローゼ気味で精神的に可成り不安定であり、社会生活に適応せず、また、元々怠け癖のある程度の低いタイプと云える」との書き込みがあり、思想の欄で、「懸念あり」との指摘の後、 「身勝手で不平不満を抱き易い内向質。特定のイデオロギーや思想背景はないものの被害者意識の強い、組織社会に馴染み難いタイプである」と報告されている。その他、勤務先状況や家族及び備考欄があり、特記事項まで記入されていた。

徐々に暴露される企業の本音とは…

 企業が具体的に頼んだ「前職の確認」や「履歴書の確認」という依頼内容に対し、A社はここまで報告している実態にある。この隔たりは何であるかを問いたいのである。そもそも「暴走族か」「オウム真理教の信者か」などといった企業側の具体依頼は、我々の訪問に対する"建前"であって、本音はここまで調べて報告してくるA社のレポートにあるとしか思えないからである。

 現にA社・R社が事実確認会の席上、「オウムかどうかなど調べられません」「過激派かどうかも同じです」と答えている。特定の具体的な依頼内容には、答えることができない仕組みになっているというのである。つまり、あくまで現地での聞き込みが基本方針であり、聞き込みの中から偶然に「あの家の息子さんには前科があるらしい」といったことや「暴力団と関わりがある」などを暴いていく、その調査の先に「オウム」や「思想」、さらには「部落の出身」まで暴いてしまう機能を持っているのである。あくまで採用調査として依頼を受け、調べた結果が、思想まで踏み込んだ報告書になっているというのである。単純で具体的な依頼をしているように企業は言っているが、実際は、総合的な評価の入ったFレポートを受け取っていたのが実態である。

 また、これほどプライバシーが侵害された報告書をきちっとした契約書にもとづき受け取っている企業が存在しないのも当たり前であり、つまりは、やましいきわめて不当な報告書だけに契約書が存在しないということである。不可解な関係が成り立っているのもそれは、それで当然といえる。

 次に、こうした採用調査は一件平均二万円とされており、かかった交通費が別に実費請求される仕組みになっている。こうした報告書にもとづいて個々の件数分の明細が存在すれば、当然、こうした身元調査の結果を反映させて企業側が採用の是非を決めていたことが暴露される危険性にあり、それを未然に防ぐためにトータルの合計金額しか記入されていない請求書となることは、これまた至極当然といえる。

 最後に調査会社と依頼企業との完全犯罪を完成させるためには、当然、上記のようなプライバシーを著しく侵害するような報告書の存在を破棄するということも当然の行為といえる。「やましいことと思いすぐ処分した」と率直に当時を振り返る企業もあったが、大部分は、平気ですぐにシュレッダーしていたという程度で、「証拠書類の隠蔽」といってもいいすぎではない不明朗な書類の取り扱いである。

 以上、大阪府連が取り組んだ企業への事情聴取は、結果、本音を語ろうとしない企業の差別体質を見たが、A社・R社との事実確認などと照らし合わせれば、偶然に起こったというような単純な事件ではなく、巧妙に仕掛けられた計画的な差別身元調査事件が、調査会社と企業との間で行われていたという事実が明確になってきているというわけである。

調査会社と依頼企業、巧妙な関係そのものが差別を生みだしている

 こうした状況をA社の代表は、「世相の反映です」と自らの行動を反省するどころか、企業防衛の必要性を指摘し、差別的な採用調査も必要と言わんばかりの口調で我々に説明した。「一九七〇年代の企業防衛は、学生運動の経験者かどうかが最大のポイントでした」と語り、「最近では、精神的ストレスを持っているかどうか。また急に会社へ出社しなくなるケースやオカルトにはまっているかどうかの調査依頼が主流です」と証言している。

? つまり、企業防衛の視点も変化しており、世相によってかなり違いが出てくるというのである。「※は世相の反映、今の世の中のイレギュラーな部分」と答える。しかし、企業防衛の変遷に「部落出身者」と「暴力団関係者」だけは、昔から最近まで「※」をつけられ、結果、企業へは「調査不能」として扱われていた。契約書が存在しないことから始まる不可解な調査会社と依頼企業との関係は、プライバシーの侵害はもとより、差別身元調査へとつながっているという仕組みを指摘した。その差別的な仕組みによって、多くの部落出身者が本人の能力と適正以外の生まれや血筋によって、採用という枠から除外されているという現実が明らかにされた。企業の"建前"はわかった。次は"本音"を糾明することを求めていきたい。