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human Rights133号掲載
連載・部落解放運動は今
辻 暉夫(つじ・あきお 解放新聞大阪支局)

新しい風36

広がる高齢者の食事サービス

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部落の少子高齢化

 人類史上、例のない猛スピードで日本の高齢化が進行している。人生八〇年の時代に入り、老いをどう生きるか、介護はどうあるべきなのか、二一世紀の日本が直面する最大の課題の一つである。

 被差別部落の人口構成も少子高齢化がはっきりとうかがえる。部落解放同盟大阪府連が一九九五年に行った調査によると、同盟員の平均年齢は五一・〇一歳。五〇歳代が二三・四%と最も多く、四〇代、六〇代がともに一九・六%、三〇代が一四・一%、二〇代以下は一〇・五%と最も少なかった。少子高齢化にどう対応していくのかは、部落解放運動にとっても非常に重要な課題である。

 高齢化率が高いことをマイナスと考えるのではなく、人生の経験が豊富な高齢者たちが元気で張りのある日々をおくれたら、その地域が活性化する源となる。また高齢者が高齢者福祉サービスの提供者になることも重要だ。

 人間は生まれ、老い、病んで、死ぬ。生老病死である。私自身は四〇歳を過ぎたころから肉体的な老いを実感するようになった。かつては人生五〇年。長期にわたる介護の問題などは基本的に存在しなかった。しかし今日では定年退職してからでも二〇年は生きる。肉体的老化を実感しながら、介護なしには生きていけない年齢になったらどうしようかと将来に不安を覚えている。

ニーズ高い配食サービス

 身のまわりのことが自分でできない、できにくい高齢者にとって、日々の生活で最も気になるのは、食事、入浴、排泄の三つであろう。介護する側にとってもこの三つが基本的な要件であろう。超高齢化社会にあって、これらのことを家族がやるということは、もはやとうてい不可能だ。地域・社会で支え、助けあうというネットワークのようなものが不可欠である。

 今年二月一六、二〇の二日間、大阪の部落解放センター西隣にある「Aワーク創造館」で、配食サービス事業支援講座がひらかれた。大阪府が主催、受講者を公募したところ、定員を越える申し込みがあった。大阪府連各支部から二〇地区以上、約三〇人の受講生があった。この講座、実は九八年度からスタートした「高齢者の就労的生きがいづくり活動支援事業」の一つである。就労的というのは、収入や労働時間が"正規の就職"ほどでないという意味。これまでの経験を生かし、楽しく働き、ちょっぴり収入にもなって、それで他人に喜んでもらえるようなことがあれば、高齢者にとって最も大切な"生きがい"になるのではないか。そんなねらいをこめて、まず始めたのが配食サービスに関する講座だった。

 受講者によると、これまで高齢者への配食サービスや会食などを一回も実施したことがないというのは三地区だけ。あとの一七地区ほどは何らかの形で配食サービスを経験ずみ、あるいは実施中である。高齢者の食事サービスについては、二つに大別される。一つは食事をつくれない、本当に食事サービスを必要としている人を対象にした"生活支援型"である。もう一つは、会食などを通して人との交流を深める"ふれあい型"。もちろん生活支援型の方がより需要が強い。大阪の部落ではいくつかの地区で生活支援型の配食サービスが行われているが、そのうち住吉と西成の取り組みにふれてみる。

高齢者自身によるきめ細かなサービス

 大阪市住吉区と西成区は市の南端にあって隣接している。住吉支部の住吉地区で食事サービスが始まったのは一九九七年四月から。現在、月曜から金曜まで毎日、昼食と夕食をつくり、届けている。配食は一回は約七〇食。部落内が七割強、部落外が三割弱という比率だ。

 食事づくりは地区内にある総合福祉センターで。八人の人が調理にあたっているが、実はこの八人は食事サービス事業団「あやめ」のメンバーである。この「あやめ」は食事サービスを始めた時点に設立された。高齢化社会に向きあう食事サービスに賛同した地区の人たち五人が一人二万円を"出資"して事業団を設立した。現在は八人にふえている。この八人はいわば労働者であり、株主であり、経営者である。こうした方式をとることによって、働く意欲や責任感、経営感覚がずいぶん養われてきたという。

 配食は原則として六五歳以上の、食事をつくれない人を対象としている。サービスに当たっている人も大半が高齢者だ。一食四〇〇円。もちろん"宅配費込み"である。この値段は他の民間のものよりかなり安い。しかも食事も高齢者一人ひとりに合ったように調理している。そして配食で訪れた際には必ず本人に声をかけるようにしている。この"安否確認"は評判が良く、孤独になりがちな高齢者にとって、この"訪問"が何よりの楽しみという人も少なくない。民間業者ではなかなかできないサービスではある。

ビジョンと経営理念

 四〇〇円は材料費でほぼ消える。あと調理、配食に当たっている人の人件費がいる。調理の人には時間七百円。民間よりは低額だ。"有償ボランティア"の色彩が濃い。この人件費は自治体の補助でまかなわれている。これは九五年度から始まった一般対策事業で、同和対策事業ではない。基本的には、"やる気と条件"さえ整えば、どこでも始められる事業なのである。大阪ではいくつもの部落がこの事業に率先して取り組んだというわけだ。住吉のある関係者は「かつてのように同和対策を受けるだけになっていてはダメだという意識が高まってきている。一般対策をもっと研究し、積極的に取り入れていく必要がある」と力説する。

 こうしたサービスが部落に広まってきた背景には部落解放運動があることはいうまでもない。「高齢者の生活を守る」ということは、即ち人権を守ることであるという当たり前の考えが浸透している。そして運動によって闘いとってきた施設・建物がある。ここを拠点として、調理の場所としてつかえるのも大きい。活動の拠点、場所を確保することが金銭的にも大きな問題だが、幸い部落の場合それがある。また共同体としての意識が残っていて、人と人とのつながりが深いのも強みだ。

 この取り組みの成否は"人"にかかっている。部落解放運動から生まれた住吉生活協同組合の専務理事で、住吉地区食事サービス事業運営委員会の委員をしているOさんは「事業を中心的に担っている人たちが、どんなビジョンをもっているか、しっかりした経営理念をもっているかが最も重要だと思います。これがないと事業としてころがっていかない。継続することが大事で、実務能力をもったコーディネーターが不可欠だと思います」と話す。

人の役に立つことがうれしい

 西成地区はスタートが住吉と少々異なっている。母体となったのが一九九三年に発足した「西成区ボランティアバンク」である。西成支部が中心となり、住民自身が互いに地域で支えあう共生社会を実現していくためにボランティア活動が欠かせないとしてバンクを設立、現在、五〇〇人を超す人が登録している。

 食事サービスはバンクが設立された年の一〇月にスタートした。当初は西成障害者会館で、週三日、利用者が集まって昼食を食べる「会食」だけだった。当初からボランティアがこの活動に参加。翌年からは週五日となり、やがて会館に来れない高齢者らのために配食サービスが始まった。

 現在は障害者会館とデイ・サービスセンターの二カ所で食事サービスを行っている。週五日、昼食だけだが、一日約一二〇食にのぼる。このうち七割近くが部落外の利用者である。西成区在宅サービスセンター(大阪市社会福祉協議会が運営)も配食サービスを行っているが、一日三〇食まで。これ以上の需要があって、それが西成地区の食事サービスの方にまわってきているわけだ。値段や人件費は住吉と同じ。地区外への"宅配"が多いことなどもあって、経営的には苦しいといい、地域の人たちの応援で何とかしのいでいるのが実情だ。

 この西成や住吉のほか、日数、食数、値段などに程度の差はあっても食事サービスを実施している地区が年々増加している。それも地区内にとどまっていないところが多くなってきている。他地域との交流、人と人との豊かな関係づくりという点でも意味深い。

 配食サービス事業講座の受講者の一人はこう話してくれた。「この年齢になっても、他の人のために役立つことができるということを実感できるのが一番うれしい。食事がおいしかったといわれると、何ともいえない気になる」。