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human Rights135号掲載
連載・部落解放運動は今
辻 暉夫(つじ・あきお 解放新聞大阪支局)

新しい風38

茨木市の全保育所で完全給食実現

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 部落解放同盟大阪府連は昨春、これからの運動のあり方を追求した「第三期部落解放運動論」を発表した。内容は多岐にわたっているが、その一つに「部落解放運動の社会的貢献」を強調している。社会的貢献というと、少し肩ひじはった感もするが、要は部落解放運動がこれまでつちかってきた"ノウハウ"を生かして、少しでも社会のために役立ちたいということである。そんな実践が大阪府茨木市で展開され、花を咲かせた。

茨木保育ネットワーク

 茨木市は大阪と京都の中間に位置し、人口約二六万。茨木市は今年の三月議会で、市内の一八の公立保育所すべてで"完全給食"を実施することをきめ、四月からスタートした。完全給食とは、主食、副食ともに保育所が提供することをいう。大阪には七二の同和保育所があり、全所で完全給食となっている。しかし、一般の保育所では、保護者が主食、副食ともに、あるいは主食をつくって子どもにもたせるというところが多い。

 茨木市には三つの被差別部落があり、同和保育所も三つ、解放同盟の支部も道祖本(さいのもと)、沢良宜(さわらぎ)、中城(なかんじょ)の三支部がある。市内の公立保育所は全部で一八カ所あり、完全給食の同和保育所以外の一般保育所では、零歳から二歳までは完全給食だが、三歳から五歳は主食をもってくる(副食は保育所で用意)という方式になっていた。それがこの四月から全保育所で完全給食となったわけだ。

 完全給食実現へ運動を推進してきたのは、茨木保育ネットワークだ。三支部と三地区の保育を守る会、茨木市保母組合が中心となって市民をまきこんだ組織で、昨春結成された。このネットワークが一番めざしているのは、部落解放運動から生まれ、育ってきた同和保育の考え方を子育てのあらゆる面に拡大していこうというものだ。広く市民をまきこんだ子育て運動につなげていくことをめざしたのである。つまり部落(同和保育所)発の子育て運動を展開していこうという理念を根本にすえているのである。

 このネットワークが最初に取り組んだのが完全給食を求める運動だった。運動の先導役を担ってきたのが解放同盟の三支部。この間の経緯について、中城支部の大北規句雄副支部長は次のように話す。

 「まず頭にあったのは部落解放運動の社会貢献をどう進めるのか、何をやるのかということだった。同和事業は色々進展してきたが、差別はなくならない。どうするのか。そこで考えたのが、部落解放運動の"ノーハウ"を生かし、市民運動へと拡大していくこと、つまり部落の要求を広く市民の要求として、みんなの願いを実現していくことが非常に大切な段階にきているのではないかという結論になったんです」。

 そう考えたとき、同和保育所で実施されている完全給食は、実はすべての保護者の願い、ニーズではないかということがみえてきたのである。

完全給食めざして

 保育ネットワークは行動を開始した。その中心をなしたのは「茨木市内全保育所に完全給食を求める署名運動」であった。保護者や保育士の人たちが街頭に立ち、署名運動をくり広げた。沢良宜の保育守る会は、すべての会員の署名獲得目標数を決めた。また守る会会員が支部員宅を一軒ずつまわって、署名を求めた。他の二地区でも同様だった。そして周辺住民をはじめ、広く市民に署名活動を展開、短期間のうちに約一万の署名を集め、市に提出した。昨年六月のことだった。

 それ以降も市当局や議員らに対する働きかけを積極的に展開、この三月議会で実現にこぎつけたのである。このネットワークの東井芳樹事務局長(沢良宜支部執行委員)は「私の親たちの運動によって同和保育所ができ、完全給食が行われてきた。私はそれをごく当然のこととうけとめてきたが、今回、この運動をしたことによって、部落外の人たちのニーズをハダで知り、私たちにとって当然なことを一般でも実現できたら、社会貢献になるだろうし、部落に対する意識も自然に変化してくるのではないかと痛感した」と語る。

子どもへの思いは同じ

 三地区の同和保育所では毎月何回か、保育所を"地域開放"している。周辺の人たちが子どもを連れて自由に保育所に来て、様々なことを体験してもらおうというものだ。毎回多勢の人たちがやって来るが、その大半は部落外の人たち。同和保育所の子育てに対する関心は非常に高いという。今度の運動に積極的に参加し、自身も子どもが同和保育所に通っている中城支部のOさんは「同和保育所でやってきたことが、一般地区でもニーズが高いことがよくわかった。親にとって子育ての思いは部落も部落外も変わりない。今度のような運動は、一人ではなかなか立ち上がれないが、何人かが集まったらやれる。部落解放運動がみんなを結集させるその核になれるのではないかと思います」と話す。

 同和保育所の給食代はこれまでは無料だった。一般保育所の給食代は保育料込みとなっていた。それが今度の完全給食化で、同和保育所も一般保育所もみんな月千円となった。同和保育所の保護者にとっては負担増となったわけだが、有料化に対して反対はなかったという。先の大北副支部長は「はっきり言って部落は物的には何の得もないことですが、部落外の人との交流、社会に役立つことへの喜びなど精神的に得たものは大きい」という。

 子どもが一般保育所に通っているある市民は「完全給食は本当にありがたい。弁当づくりの手間がはぶけるということだけでなく今度の運動を通して、子育てについていろんな人と交わり、視野を広げることに役立っているのが大きい。また部落解放同盟に対する見方も変わってきました。これまでは解放運動の実際を知らずに誤解していたところもありました。"部落とり過ぎ論"なんかがその典型です。でも私たちの願いと部落の人たちの願いは根本のところで重なっていることがよくわかりました」と話す。

子育てめぐる豊かな交流

 "部落発"の運動で実現した全保育所での完全給食。その運動を推進してきた茨木保育ネットワーク。このネットワーク、実はもう一つの取り組みも進めている。「いきいき子育て交流講座」である。子育てに悩みや不安、疑問をもつ親たちに"勉強"する機会を提供しようというもので、昨年一一月に第一回の講座がスタートした。すでにこれまでに八回の講座がひらかれている。講座の内容は「子どもは大丈夫?生活環境を考える」「私ってどんな親?自分を知る、相手を知る」「世界で一冊しかない!親子で楽しい絵本を作ってみよう」「親子でここちくよく、リズム遊びをあなた流に楽しもう」など、バラエティーに富んでいる。

 これまでに"受講"した人は合わせて約四五〇人、一回につき約六〇人と、この種の講座にしては"盛況"である。開講場所はいずれも三地区の保育所だが、参加者の大半は部落外の親たち。ポスターや市の会報で知った人が多く、市外からの参加者も。同ネットワークのあるメンバーは「生き生きと、楽しく、しかも真剣に聞いている皆さんを見て、子育てに対する様々なニーズがいかに多いかを痛感させられました。これが同和保育所、部落解放運動から始まったのはすばらしいことではないでしょうか」と語る。またある参加者は「自分自身の人生、子どもを一人の人間として尊重していくことをもう一度考えてみたいと思いました。自分自身をもっとしばらず、楽しく子どもと一緒に生きていきたいです」と感想を記している。

完全給食を全国に

 保育ネットワークの取り組みは当然ながら子育ての問題に限定されているが、完全給食実現にみられるように,部落解放運動の社会貢献、人と人との交流、豊かな関係づくりといった、これからの解放運動が歩むべき道筋を示唆しているといってよいだろう。それは「部落の要求」のなかで一般対策として実現可能なものを周辺住民や広く市民らとともに実現していくという考え方だ。

 かつて高知県の部落から教科書無償を求める運動が起こり、やがてそれが全国に波及して無償化が実現したことはよく知られている。茨木のネットワークの関係者も「完全給食化を全国に広げたい」と熱い願いを抱いている。