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human Rights138号掲載
連載・部落解放運動は今
辻 暉夫(つじ・あきお 解放新聞大阪支局)

新しい風41

許されざること 許されること

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身元調査事件、その後

 大阪の調査会社二社による差別身元調査事件が発覚、摘発されてから一年余りになる。この二社は、両社のクライアントである企業の就職希望者について、履歴書をもとにした身元調査を会社ぐるみで行ってきたことを認めている。調査の結果、被差別部落に居住している人や出身者に「※」印をつけたり、「家が解放会館の隣にある」とか「D」(同和という意味)とか「本籍―部落解放同盟のどまん中」などと企業に報告している。さらに民族、思想、宗教、家族等についても調査しており、文字どおり差別身元調査を行ってきたことが判明している。こうした事件の概要はすでに本誌でも紹介されているので、今回は 1.どのような調査が許されないのか、どのような調査が許されるのか、 2.クライアント企業に対する事情聴取で明らかになったこと―の二点を中心に報告する。

採用調査基準への初見解

 部落解放同盟大阪府連はこの七月、四八ページの冊子を作成、中央本部と共同で発刊した。冊子のタイトルは『身元調査úk魔ウれざることúk魔ウれること』(写真)である。このタイトルが表しているとおり、差別調査を克服するために、もし許容できる調査があるとすれば、その範囲は、方法は、といったことを示している。企業の採用調査に関する大阪府連の見解は、日本で初めてのものであり、各界の関心と注目を集めている。見解はかなり長文なので、その骨子のみを記してみる。

 まず初めに、今後ともプライバシー保護論議の柱となるとみられているOECD(経済協力開発機構)で一九八〇年に採択されたガイドライン、さらに一九九五年に採択されたEU(ヨーロッパ連合)の指令をとりあげている。この二つはプライバシー保護、人権擁護の観点から個人情報の収集、目的、公開性の原則、利用制限の原則などについて厳しく定めたものである。これらを紹介したあと、採用調査に関わる問題点を指摘。調査業者、依頼企業、被調査人との間で起こる数々の問題点について説明している。

依頼・契約を明確に

 まず第一に、調査の依頼内容に関わる問題。差別調査は論外だが、本人の能力・適性についての調査はどうかという点だ。労働省は能力・適性以外のことで採用の可否を決定することは問題であるとしている。しかし能力・適性の調査も内容によっては差別になる恐れがあるし、プライバシー保護の原則からいっても「EU指令」にある「データ主体の明確な同意」、つまり調査される人の明確な同意がある内容、目的に限定されるべきだとしている。依頼内容を厳しく限定すべきであるというわけである。

 第二に、調査結果の報告についての問題。今回の差別調査事件では、依頼内容が「履歴書確認」であったとされているのに、本人の能力・適性以外に、部落出身、民族、宗教、政治信条、労働組合の活動歴などを調査、報告している。報告内容に依頼していない項目がたくさんあったにもかかわらず、企業は調査業者に何のクレームもつけていない。調査内容について両者の間に"暗黙の了解"があったにちがいない。調査結果の報告は依頼された事項に限定すべきであり、その形式も統一したものにすべきだと強調している。さらにOECDガイドラインの利用制限の原則、収集制限の原則、安全保護の原則等を遵守する必要があるとしている。

 第三に、調査業者の営業活動や依頼企業とかわされる契約内容の問題。調査業者は第一、第二の問題点を増幅させた営業活動を展開、会員となるよう企業に働きかけ、企業側もそれに応じて不当な採用調査を行ってきたことが明らかになっている。第一と第二の問題点を克服した営業・広告行為でなければなるまい。また契約内容に関わってであるか、依頼内容と調査業者の報告内容に大きなギャップがあった。しかし、その背後には企業等と調査業者との間に差別調査を容認する"あうんの呼吸"があった。契約事項も非常に不透明だった。こうした点をなくするためには、契約内容を明確にし、契約内容のディスクロージャー(公開)が不可欠である。?

被調査人の承諾を

 第四に、調査のあり方・方法に関する問題。被調査人は、どのような調査業者によって、どんなことを調査されたのかを知る権利があるという点だ。自分のデータの正確性、最新性、完全性等を確認できること、つまり自分のデータへのアクセス権は身元調査でも必要である。これが差別調査を防止することにつながるのである。

 第五に、今回の事件で明るみにでたように、企業等が被調査人の履歴書を本人の承諾もなく、勝手に調査業者に渡していたという問題。就職のために企業等に提出した履歴書が調査業者に流されていたということはプライバシーの侵害以外のなにものでもない。また被調査人の承諾もなく、様々なことを調査していたこと自体も大きな問題だ。被調査人には、調査内容、目的、調査時期等について情報提供され、承諾を必要とすると力説している。

 以上のような諸問題を克服して初めて採用時の一定の調査が許されるとしているが、その場合も少なくとも高校・大学の新卒者については全面的に採用調査はすべきでないとしている。「許される調査」を明確にすることは、差別調査をなくし、人権尊重の採用システムを築くためである。しかし、それもいずれはなくなっていくべきものであり、そのことを促進するのが私たちの課題だとしめくくっている。

事情聴取で分かった実態

 一方、調査会社の会員にはなっていたクライアント企業に対する事情聴取が大阪府連を中心に精力的に取り組まれた。クライアントの総数は一四〇九社。このうち約一二〇〇社に対する事情聴取を終えた(七月末現在)。調査依頼項目は前歴調査二七四社、人柄一二〇社、能力・資格一〇一社、家族状況一三社、サラ金調査一〇社、思想調査七社、過去の刑事罰調査五社、心身の状況調査五社などであった。依頼内容と実際に受けとっていた報告との間にかなりの相異がみられる。例えば思想調査を依頼した企業は七社であるのに、思想調査結果を受け取っていた企業は四〇社にのぼっている。同様に、家族状況九一社、心身の状況一〇社、刑事罰六社、サラ金調査一四社、前歴三一五社、人柄二〇二社、能力・資格一二八社といった具合である。

依頼企業の共通点

 大阪府連はクライアントのうち約五〇〇社を訪問、直接事情聴取してきたが、その結果ほぼすべての企業に共通している次のような特徴が判明した。

 その第一は、依頼した内容が具体的であるということ。「過激派などの思想調査を依頼した」「前職を確認するため」といった具体的な内容を依頼していることだ。第二には、調査会社と依頼企業との間に契約書がないという点。電話一本で調査を依頼し、履歴書をFAXで流すといった具合だ。第三には、明細書が一切なく、請求書も合計金額のみが記されていただけで、依頼企業側はそれに何の疑問も抱くことなく調査業者に支払っていた。第四には、調査後の報告書がほとんどの企業ですぐ廃棄処分されていたということ。まるで"極秘書類扱い"である。

 企業で依頼した前職の確認、履歴書の確認といった点に対して、調査業者の報告はそれらの確認をはるかに越える内容だった。被調査人のこと細かいことまで言及しており、そこからは現地での聞き込み調査が細かく行われていた構図が浮かび上がってくる。聞き込み調査から、「前科があるらしい」「オウム信者だ」「父が労働組合の活動家」といったことから、部落出身、民族、思想信条まで記載され、報告されていたのである。

企業社会・日本が問われる

 企業は単純で、簡単なことの調査を依頼しただけというが、実際に受け取っていた報告は、微に入り細に入ったものだった。極めてやましい、不当な報告書だけに、すぐ廃棄処分していたといえるし、契約書も存在しないのだろう。

 今回の事件ではっきりしたことは、身元調査が今日もなお社会システムとしてその必要性を認め、支える企業が数多く存在しているということである。"企業社会"の日本ということを考えれば、それが日本社会全体の認識であるともいえよう。身元調査を"是"とする日本社会、価値観、文化が問われているのである。?