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human Rights141号掲載
連載・部落解放運動は今
辻 暉夫(つじ・あきお 解放新聞大阪支局)

新しい風44

どうする奨学金制度

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奨学金制度めぐって本格的に議論

 一九六九年に制定された同和対策事業特別措置法。一〇年の時限立法だったが、強化・延長運動が展開され、同法の流れをくむ現行の「地対財特法」まで続いてきた。今年でちょうど三〇年ということになる。この間地域間格差はあるものの、全国で様々な同和対策事業が実施されてきた(未指定地区では実施されていないが)。そのなかで被差別部落住民にとって最も"身近かな事業"といえば、住宅建設を中心とする環境改善と解放奨学金制度などであろう。現行法は二〇〇二年度をもって期限切れとなるが、その後も解放奨学金制度が存続するのかどうかは現段階では明確でない。しかし、現行法期限切れ以後は奨学金制度を廃止するというのが国・文部省の基本的な姿勢であるといわれている。とすれば今から奨学金制度のあり方を全国で論議し、一定の方向を明らかにしていく必要に迫られている。しかし、まだ全国的な議論となっているとは言い難い。そのなかにあって部落解放同盟大阪府連は奨学金制度の今後のあり方について検討案を提示、一〇月の教育ブロック別地区代表者会議などで本格的に論議を始めた。

二年後への対応

 大阪の場合、奨学金は特措法制定以前からあった。一九五六年に「なにわ育英費」(高校生)、一九五八年に「なにわ奨学金」(大学生)が部落の切実な要求と運動に上ってできた。そして今日の奨学金制度となったのが「同対審」答申の翌年一九六六年であった。この年、大阪における部落の高校進学率は六〇・七%、府全体より二〇・六%低かった。大学進学率は一九・三%で、府全体より一四・六%低かった。その後奨学金制度の普及、また経済状況の変化などがあって部落の進学率は上昇。高校進学率でみると、一九九七年で部落は九三%、府全体が九六・一%と三・一%の差にまでちぢまっている。ところが大学進学率となると、部落は二五・三%で過去より上昇してはいるものの、府全体の四七・三%に比べると半分ぐらいにとどまっている。これには部落の親たちの不安定就労、私学進学率が高いこと、その経済的負担に奨学金だけでは耐えられないこと、差別の結果としての低学力などがあるものとみられている。そうであっても奨学金制度が部落の高校、大学進学率を高めてきた大きな要因であることに間違いはない。それが二年後に大きく変わろうとしているのである。

 地対協(地域改善対策協議会)は一九九六年五月、今後の同和対策のあり方を検討してきた結果を意見具申としてまとめた。そのなかで「地域改善対策特別事業の一般対策への円滑な移行」を提案。そして「教育の分野においては、高校の進学率や中退率、また大学への進学率をみても全国平均と比べなお格差が見られる状況であり、その背景にある様々な要因を考慮した場合、教育を巡る格差は今なお多く、格差の解消にはある程度の時間を要するものと考えられる」「他の奨学金との整合性、運用の適性化等、様々な議論に留意しながら当面、所要の施策を講じることが望ましい」と指摘。この意見具申を受けて打ち出された「政府大綱」では「五年間の経過的措置を講じて終了する」という方向が示され、二〇〇二年三月まで事業は継続されることになったのである。

 しかしこれは「五年間の経過的措置を講じて終了する」ということを意味している。しかも意見具申のいう「一般対策への円滑な移行」については未だに何ら明らかにされていない。つまり二年余後には解放奨学金制度は廃止するというのが国・文部省の基本姿勢であり、これにどう対応していくのかが運動側をはじめ行政に問われているというわけである。

ポスト解放奨学金制度

 「ポスト解放奨学金制度」のあり方について、大阪府連は五つの理念を提起している。第一は、経済的理由によって学ぶ権利が侵害されないための奨学金制度を求めるという視点だ。高騰する教育費、不況下、不安定就労者が多い部落では、とりわけ私学進学者が多く、経済的問題と進学・教育は不可分の関係にある。?

 第二に、市民的権利・人権としての奨学金制度を求めるという考え方だ。多くの国民がどんな状況にあっても学ぶ権利が保障される社会の実現をはかる。国民的課題としてとらえる。

 第三は、自己実現・自立支援のための奨学金制度を求めるという観点だ。自分の生き方を自分が選択し、自分らしく生きる自己実現の追求こそが自立への歩みであり、これを阻んできたの部落差別である。すべての子どもたちが持てる力を最大限発揮できるよう支援する奨学金制度の確立を追求する。

 第四には、生涯学習時代における学びを支援するための奨学金制度を求めている。学ぶ権利への支援を、高校生や大学生だけでなくすべての年齢の人を支援できる制度の確立を求めている。

 第五は、人材養成・人づくりのための奨学金制度を求めるという視点である。部落問題の解決を担う人材の育成は「人権の二一世紀」の創造へ不可欠だ。奨学金制度を経済的側面からだけでなく、人権尊重の社会づくり、一切の差別を許さない社会づくりを担う人材を育てるための制度へと発展させることが重要である。

新たな理念を

 以上のような考えに立って、奨学金制度の今後のあり方を検討すると、三つに集約されるとしている。その第一はあくまでも現行制度を継続させるという考え方だ。制度廃止絶対反対、断固阻止である。第二は現行制度を廃止するなら、それにかわる新たな制度を創設させるということだ。国・文部省が制度を廃止、一般移行もしないのであれば、大阪府としての独自制度の創設を求めていく。その際、大切なのは特別対策か一般対策かという選択ではなく、どのような奨学金にするのかという視点から政策を立案していくということである。第三は部落問題の解決に役立つ一般対策の改革、創設である。具体的には日本育英会、府育英会奨学金制度等について、その不十分さを明らかにし、改革に向けて取り組むことである。

 この奨学金問題は決して現行法期限切れ後の問題ではない。二〇〇二年度に中学、高校を卒業する今の中学一年生、高校一年生から下の子どもたちが直面しなければならない問題なのだ。奨学金制度がどうなるのかは今の、そしてこれからの子どもたちにとって大問題なのである。

 部落解放同盟として「ポスト奨学金制度」について早急に考え方、政策をとりまとめなければならない。関係行政においても同様である。残された時間はもうあまりない。?