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human Rights146号掲載
連載・部落解放運動は今
辻 暉夫(つじ・あきお 解放新聞大阪支局)

新しい風49

大阪市立の全保育所で完全給食を

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おかずのみの奇妙な給食

部落解放同盟大阪府連の提唱で一昨年に結成された大阪の新しい教育運動組織・「ネム21」はこの三月、大阪市に対してすべての市立保育所での完全給食と給食内容の充実を求める市民の署名を提出、早期実施を求めた。これに対して大阪市は積極的に検討するとし、できるなら今年度中に実施したいとの意向を示した。

 完全給食とは主食、副食ともに保育所が提供することをいう。大阪には全部で七二の「同和」保育所があり、すべての保育所で完全給食が行われている。これはもちろん部落解放運動の高まりの中から実現してきたものだ。一般の保育所では、保護者が昼食をつくって子どもに持って行かせるというところが少なくない。

 大阪市立の保育所では、乳児(〇〜二歳)は完全給食だが、幼児(三〜五歳)は副食(おかず)のみで、主食(ごはん)は子どもたちが持参するというシステムになっている。なぜこんな奇妙なことになっているかというと、国の保育運営費に幼児の主食費が含まれていないためだ。主食持参だけでなく、おかずも多いときで二品、少ないときは一品と貧弱なことが多い。

 食べることは人間にとって最も根本的な重大事。しかし食品添加物、農薬、アトピー、そしゃく力の低下等々、子どもたちの"食環境"は決して良好とはいえない。「心身の健全な発達をはかり、食事に対する正しい理解と態度を形成すること」を目的としている保育所の給食をより豊かなものにしていくことが全国共通の課題となっているわけだ。

新たに広がる教育運動

 ところで、大阪市で完全給食運動を展開している冒頭のネム21とはどんな組織か。結成されたのは一昨年二月。結成総会には大阪府連各支部、大阪教組、大阪同和教育研究協議会、住民団体などから約千人が参加した。

 部落解放同盟が呼びかけて結成されたのだが、その背景には「同和」教育運動が転換期にあるという認識があった。それは「教育のハード面などにおける部落差別は基本的に解消されてきた」との認識に立ち、「しかし学力や差別事件、いじめ、不登校などの問題を解決できていない」としている。こうした問題は部落に限られたものではなく、部落外にも共通する課題でもある。ならば部落に限定されがちだった教育運動を広げていこう、部落内、外で力を合わせて取り組んでいく必要がある。

 ということで「部落の教育課題の解決に重点を置いてきた教育運動から、広く外にうって出て、校区全体の教育課題に取り組む運動」をめざすことになった。ひとことで言えば、広く市民をまきこんだ新たな教育運動を展開しようというわけだ。

 ネム21はこれまですでに様々な運動を繰り広げてきたが、今度の完全給食実現運動もそのひとつ。署名活動はネム21に加盟している大阪府連各支部を中心に、大阪市職員組合、大阪市従業員組合などが二月の一カ月間精力的に取り組み、合わせて二万一八四七を集めた。この署名を大阪市に提出、早期実施を求めたわけだが、大都市の大阪が完全給食を行うようになれば、その影響は大きいだろう。

共闘広げた茨木のとりくみ

 この完全給食実現運動は二年前にも大阪府茨木市で行われ、昨年四月に完全給食が実現した。茨木市は大阪と京都の中間に位置し、人口二六万。大阪市と同様、三歳から五歳は主食を持って来る方式だったが、市民運動が行政・議会を動かし、昨年四月から全部の市立保育所で完全給食がスタートした。

 この運動を推進したのは茨木保育ネットワーク。茨木市内の解放同盟の三支部、茨木市保母組合などが中心となって二年前の春に結成された。部落解放運動から生まれ、育ってきた「同和」保育の考え方を、子育てのあらゆる面に拡大していこうというのが目的。市民と手をつないで子育て運動を展開していくことをめざしている。いわば"部落発の子育て運動"である。

 このネットワークがまず取り組んだのが完全給食を求める運動だった。短期間に一万余の署名を集めた。このネットワークの東井芳樹事務局長(部落解放同盟沢良宜支部)は「今回の運動によって部落外の人たちのニーズをハダで知り、同和行政で実現できていることを一般でも実現できたら、解放運動による社会貢献になるだろうと実感した」と話す。

 「同和」保育所の給食代は無料だった。一般保育所の給食代は保育料込み。それがこの完全給食化で、すべての市立保育所は月千円となった。つまり「同和」保育所の保護者にとっては無料から有料になったのだが、反対はなかったという。解放同盟支部のある役員は「部落にとっては何の物的な得はないことだが、解放運動の広がり、市民との共闘など得たものは大きい」と話す。

解放同盟のノウハウを市民に

 日本が、世界が今、大きな転換期にあることは誰しもが認めるところである。当然、部落解放運動も例外でありえない。二一世紀を見すえた解放運動のあるべき姿を追求していかなければならない。解放同盟大阪府連は二年前、こうした視点に立って「第三期部落解放運動論」を発表した。それまで部落差別に起因する部落と部落外の格差をなくすることに重点が置かれてきたが、第三期論では格差是正の運動から差別をうみだす社会システムの変革を重視している。と同時に自立や自己実現を強調。また「部落解放運動の社会的貢献」を強調している。部落解放運動がこれまでつちかってきた経験やつながりを生かして、少しでも社会に役立とうというものである。

 完全給食を求める運動も部落解放同盟がもっている"ノウハウ"を活用して、広く市民のためになることを、市民と結束して取り組もうということである。

 大阪の部落解放運動は確かに「部落のためだけの運動」から「部落と同時に市民のための運動」へと変わりつつある。茨木市と大阪市の完全給食実現運動はそれを端的に物語っている。その流れが太い本流となることを望みたいものだ。