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不況で失業する「弱者」たち
「景気に明るさがでてきた」。堺屋経企庁長官はこういうが、周辺にはそんな気配はまったくない。ことに失業問題は深刻だ。私の友人二人も最近、勤め先が倒産し、失業中だ。全国の失業率は四・七%。近畿の失業率は一番高く、中小企業のまち大阪は落ちこむ一方のようだ。大阪市の野宿生活者は一万人を越え全国最多。いたるところの公園は野宿生活者のブルーのテントが林立している。これが"経済大国ニッポン"の現実である。
不況になると、真っ先に職を失うのはいわゆる「社会的弱者」の人たちだ。不安定な仕事についている被差別部落の人たちをはじめ、障害者や女性、在日外国人たちである。例えば、障害者がクビを切られるケースが増加していることは労働省の調査で明らかになっており、なかでも知的障害者のそれは厳しいものがある。
職業訓練と就労の場の確保を
ホウキ、モップ、チリトリ。清掃道具を手にした知的障害者。支援スタッフの指導をうけながら清掃作業の訓練を受けていた。私語はまったくない。黙々と体を動かしていた。ここは大阪の部落解放センターのすぐ近くにある大阪府同和地区総合福祉センター。今年三月下旬の二週間、ここで清掃作業の訓練を受けた知的障害者は翌四月から大阪の公的施設へ。堺技術専門学校、水産試験所、保健所など一〇カ所に派遣された。そこで一年間、さらに実地訓練をうける。そのあと就職ということになるが、関係者は今から職場探しに躍起となっている。
訓練生は全部で三三人。二一歳から五三歳までの女性一〇人、男性二三人だ。訓練生はいずれも「エル・チャレンジ」(大阪知的障害者雇用促進建物サービス事業協同組合)を通じて申し込んできた。「エル」はLabor=労働、チャレンジは挑戦。エル・チャレンジは昨年五月に設立された。組合員は現在、社会福祉法人の大阪知的障害者育成会、同大阪市知的障害者育成会、株式会社のグッドウィルさかい、同ナイスの四者。理事長は大阪知的障害者育成会のSさん。この協同組合の設立に当たっては、部落解放同盟大阪府連西成支部と大阪府連の運動があった。
ナイスは大阪市西成区鶴見橋の商店街に事務所がある。ナイスは西成支部の全面的なバックアップで三年前に設立された。ナイスは地域の雇用、生活、コミュニティを守り、育むことを目的に設立された。西成では西成支部が中心となって六年前に西成地区街づくり委員会が結成された。二年後には「西成地区総合計画」が策定され、三年後にはその計画に沿ってナイスが設立されたのである。ナイスは障害者や高齢者の職場確保を大きな目的としている。
西成支部が障害者問題に本格的に取り組むようになった大きなきっかけは、支部が一〇年ほど前に実施した地区内の障害者実態調査だった。障害者のほとんどは仕事についていない。その理由をきくと、障害のために働けない、雇ってくれるところがないというのが合わせて二割弱。大半は自分が障害があるため、ハナから仕事探しをしていない、仕事につけないと思いこんでいる人たちだった。いわば入り口のところまでにさえ進んでいる人が非常に少なかったのである。「これではいけない」と西成支部が中心となって七年前に障害者の就労を支援する「アスタック」を設立した。現在これが大阪市障害者就労支援センターへと発展。ナイスとタイアップして「障害者雇用促進プロジェクト」を発足させ、職業適応訓練を終了した障害者の就労の場を確保し、障害者の自立支援と生きがいの創出をめざしている。現在、アスタックが職業訓練、ナイスが職場探しに重点をおいている。
一般対策の積極的活用を
前述のように、雇用促進協同組合のエル・チャレンジはナイスなど四者で構成されているが、組合設立の原動力になったのはナイス。広範な知的障害者の結集と社会的認知をえるため、協同組合設立を考えた。エル・チャレンジの知的障害者の主な職場はビルの清掃などの建物サービス、ビルメンテナンスである。例えばビルの清掃の場合、仕事は入札制が原則。しかし入札制では民間会社になかなか太刀打ちできないのが実情。入札のほかに特定契約(随時契約)があるが、これは公益性の高い協同組合のようなものでないと契約に参加できない。そこで協同組合の設立となったわけだ。ナイスの代表で、西成支部書記長のTさんはこう語る。
「障害者雇用にとっては不可欠の随時契約を行政に認知してもらった意義は大きい。入札制のなかで障害者は排除されてることが多かったからだ。解放同盟大阪府連は、同和対策だけでなく一般対策の積極的な活用を訴えているが、これもその一つといえる。また『行政の福祉化』『行政の人権化』を提唱している。これはすべての行政施策を福祉や人権の観点から洗い直すということで、今ある一般対策でも十分に活用できるものがある。それを市民の側があまり知らない。私たちは部落解放運動でつちかった"知恵と経験"を生かして一般対策に切りこんでいく必要がある。それが一般対策の民主化に寄与し、ひいては"社会的弱者"の要求実現につながっていくのではないか。行政依存でない、障害者の自立支援を私たちの運動で強化していきたい」
働いて広がる
可能性 現在の訓練生三三人は大阪市をはじめ一〇市一町から来ている。地域に知的障害者の組織がないところではまだエル・チャレンジの存在自体が知られていない。未組織の地域の障害者にどう"PR"していくか、多勢の人が申し込んできたら受け皿はあるのか等々の問題がある。一歩ずつ着実に歩を進めていきたいと同組合はいう。
清掃の仕事は一般的に朝が早い。訓練生も一番電車で通っている人が少なくない。しかしほとんど休む人はなく、一日四時間の作業をこなしている。時給で一時間七〇〇円。基本的に健常者と同額だ。職業訓練校の生徒と同様に訓練中に"賃金"をもらえるわけだ。エル・チャレンジの支援スタッフのKさんは「いろいろと困難はあるけど、みんな働く意欲は高い。日々成長していく、変わっていく姿を見て、こちらが元気がでる。勉強させてもらっているという感じです」という。ある訓練生は「働いて独立したい。仲間とグループホームをつくって暮らしたい」と語る。
知的障害者は仕事なんかできるはずがないと思っている人が少なくない。これは大変な誤解、偏見だ。働くことを学べば、たくさんのことが可能だ。一生懸命作業に取り組むその姿を見て、そのことを改めて痛感した。