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human Rights155号掲載
連載・部落解放運動は今
辻 暉夫(つじ・あきお 解放新聞大阪支局)

新しい風58

環境と人権の世紀へ

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 時間の流れという観点からみれば、二一世紀の新年といっても、毎年めぐりくる新年と何ら変わるものではない。が、新しい世紀ともなれば、ある種の感慨を覚えるのも事実である。果たして二〇世紀はどんな世紀だったのか、二一世紀はどんな世紀になるのだろうかと。そこで浅学非才を顧みず、まず二〇世紀を簡単に振り返ってみる。

 何千万人という死者をだした二度の世界大戦。今日も戦火が絶えることはない。ヒロシマ、ナガサキ。核の拡散。「人類は核と共存できない」ことを改めて痛感させられた世紀だった。部落解放同盟は「戦争は最大の人権侵害である」として平和運動の一翼を担ってきたが、二一世紀も解放運動が取り組むべき重要なテーマである。

 科学技術の飛躍的な発達と、それがもたらせた"光と影"が激しく交錯した世紀でもあった。テレビ、車、コンピューター等々の出現は私たちの生活を劇的に変えてきた。それらは確かに便利さや快適さをもたらせた。しかしその一方で、この宇宙船地球号が"沈没"の危機に直面するという厳しい現実がある。環境問題は二一世紀の大きな課題と思うので、後述する。

 民主主義、人権尊重、自由と平等が世界共通の価値観として確立した世紀でもあった。国家のワクを越える普遍的な価値観となってはきたが、現実には多くの問題が存在する。わが国においても部落差別をはじめ女性差別、障害者差別、民族差別など様々な問題がある。世界のすべての人たちの基本的人権が尊重される社会の実現は依然として新世紀の大きな課題である。

 人類史上初の社会主義国、ソ連邦の誕生と崩壊は世界に多大な影響を与えた。今日、市場経済万能の感があるが、社会主義が本来めざしていた搾取なき平等社会の実現という理念は二一世紀にきっと再評価されるだろう。

 帝国主義列強による植民地支配と、それからの解放、独立の世紀でもあった。植民地は消滅したが、南北格差はますます拡大している。世界人口の七割を占める貧しい人たちの「いのちと暮らし」をどう守っていくのか、貧困問題は二〇世紀につづいて二一世紀においても最大の問題である。

21世紀はポスト産業文明の世紀に

 雑駁な私見で申し訳ないが、次に二一世紀論にはいりたい。一番真っ先に思うのは「現代文明の転換の世紀」にしなければならないということだ。豊かさ、便利さ、快適さを追い求めてきた今日の産業文明は大量生産、大量消費、大量廃棄をうみだしてきた。人間の「欲望」のおもむくままに突き進んできた。人類は地球の自然の生態系からはみだし、資源の大量消費、環境破壊をもたらせてきた。地球温暖化、大気や水の汚染、森林の減少、砂漠化の進行、酸性雨等々、この地球号は沈没一歩手前の危機に見舞われている。「欲望」のなすがままに自然を収奪し尽くそうとしている産業文明の転換なくして人類の明日はない。

 地球は二一世紀も人類の生存に必要な環境、水、食糧、資源を供給できるだろうか。今日の産業文明が闊歩するなら、この地球号はあと百年もつだろうか。否である。これらの問題は社会経済システム、産業文明を変えない限り、科学技術だけでは解決できないことがはっきりしてきた。

 人口問題も深刻だ。人類は何千年もかかって今世紀初頭、十億人に達した。それがわずか百年で六倍の六〇億人になった。二一世紀に入っても毎年七千八百万人が増えていくと予測されている。環境・自然破壊が進行するなかで、果たして地球はこれだけの人口を養えるのか。食糧は、水は、資源は。どれ一つとっても容易なことではない。

 経済や利便性がすべて優先され、大量生産、大量消費、大量廃棄をうみだしてきた今日の産業文明。二一世紀は適正生産、適正消費、省エネルギーの考えにもとづく"ポスト産業文明"の世紀にしなければならない。しかし、文明の転換は容易ではない。私たち自身の生き方や価値観を大きく転換しなければならないからだ。産業文明とポスト産業文明の相剋ががつづくだろう。どちらが勝利するかは人類の選択にかかっている。

 環境問題は基本的人権の根幹をなす生存権と不可分だ。部落解放運動もまたこの地球号の難題に積極的にかかわっていくことが当然求められている。部落解放同盟の運動方針にはすでに盛り込まれているが、具体的な活動は乏しい。二一世紀の運動の大きな課題であろう。

 二一世紀、IT革命は一層進行し、遺伝子・DNA、バイオテクノロジーなど科学技術はさらに進歩するにちがいない。しかしそれらが本当に私たちの「幸せ」につながっていくのか、経済性や利便性を追求するあくなき欲望の肥大化が何をもたらすのか、立ち止まって考えてみる必要がある。

21世紀を担うシステムと人

 さて二一世紀の部落解放運動はどうなるだろうか。部落解放同盟は今年全国大会を三月三、四日大阪で開催する。そこで二一世紀初頭の運動方針を決定するが、当然「人権の二一世紀」をきり拓くための方針が盛りこまれよう。よく「人権の二一世紀」「二一世紀は人権の世紀」といわれるが、具体的にはどんなことを意味しているのだろうか。私流の解釈では、政治、経済、文化などあらゆる分野を、人権を基軸にして洗い直してみる、人権という視点から見直してみるという世紀である。「人権を主人公にした社会づくり」ともいえよう。人権擁護運動の先頭を担ってきた解放同盟は大きな使命を果たすべき世紀でもある。

全国の運動を引っぱってきた解放同盟大阪府連はすでに第三期部落解放運動論を提唱するなかで 1 人権を軸にした社会システムの創造 2 人と人との豊かな関係づくり 3 誇りをもって生きる一人ひとりの自立をめざす自己変革への挑戦という"三大戦略"をうちだしている。そして真に国民的課題となりうる部落解放運動、社会貢献をめざす部落解放運動など六つの指標をかかげている。

 大阪府連の機関紙新年号では「二一世紀、命運を決する時」という見出しの「主張」を掲載している。その骨子を紹介してみたい。まず二一世紀初頭の第一の課題として「人権の法体系の整備の実現」をあげている。「人権教育・啓発推進法」の制定などがあるが、人権の法体系整備はまだ緒についたばかりだ。一切の差別を撤廃していくための法的整備が急がれる。

 第二の課題は「人間尊重のまちづくりの実現」である。第三は「部落解放運動の社会貢献」。その中心をなす思想は、「たった一人にでもあらわれた人権侵害を見逃さないこと」である。一切の差別を許さずに闘っていくことだ。第四は「部落解放運動を担う人づくり」だ。運動の成否は「人」にかかっている。大阪府連は今年を「人材年」として重点的に取り組むことにしている。

 全国水平社が創立されてから二〇二二年でちょうど百年になる。それまでに「人権確立社会」の実現が成るか。部落解放同盟が二一世紀もずっと存在しなければならない社会であってはならない。