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human Rights156号掲載
西口 徹(朝日生命保険相互会社社会貢献室長)

奨企業への市民の視線に応えて

わが国初の本格的社会貢献ファンド

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社会貢献ファンドとは

 環境問題や人権に対する社会的な関心が高い欧米では、金銭的なリターンを追求する投資においても、収益性・安全性だけでなく社会性・倫理性も考慮するという投資スタイルがかなり普及している。それは、ソーシャリー・レスポンシブル・インベストメント(社会的責任投資、その頭文字をとってSRIと以下略す)と呼ばれている。

 アメリカにおけるSRIは、キリスト教の倫理観に基づく教会の資金運用に始まるとされており、投資先について何らかの社会的選考を加えた投資信託は、一九二九年設定の「パイオニア・ファンド」が文字通りパイオニアである。

 社会性・倫理性を考慮するSRIは、三つの類型に大別される。まず第一には、エコファンドや社会貢献ファンドなど何らかの社会的スクリーンをもつ資金運用であり、教会や労働組合、年金基金などが社会的な選別基準をもって投資する資金も含まれる。

 ここでは、「ソーシャル・スクリーン」と呼ぶ。第二は、株主として経営者に対して企業をめぐる社会問題の改善を要求する行動であり、「株主行動」といわれている。第三は、主に低所得者層の居住地域の改善や発展を目的とする投資で、「コミュニティー投資」と呼ばれている。

 これら三つの類型全体でのアメリカにおける資金規模は、八四年の四〇〇億ドルから九九年には二兆一六〇〇億ドルへと一五年間で五四倍という急増を示している。そのなかで、「ソーシャル・スクリーン」の一部である投資信託としてのSRIファンドの資金規模は、米国モーニングスターの調査によれば、八三本あるファンド全体で約一二〇億ドルである。(二〇〇〇・三末現在)

新たな企業評価軸

 企業をみる市民の眼が大きく変化しつつある。これまでは、規模、業績、財務内容など経済的側面から企業は評価されてきたが、近年は、環境問題や従業員への配慮など様々な社会的側面からも企業に対して鋭い視線が注がれてきている。この傾向は、特にアメリカでは顕著であり、企業を倫理的・社会的に評価する組織が存在し、一定の影響力を発揮している。

 その具体例としては、社会派弁護士ラルフ・ネーダーが中心になって七一年に設立した「パブリック・シチズン」と、良い企業を積極的に評価する立場から六九年に設立された「経済優先度協議会」を挙げることができよう。

 後者の組織は、企業の提供する商品・サービスよりもむしろ企業行動の社会性に目を向けて、先進的な取り組みをプラス評価するのが、基本的な姿勢である。「より良い社会を作るためのショッピング」というベストセラー(一〇〇万部)を出版していることでも有名である。

 日本においても、朝日新聞文化財団による「有力企業の社会貢献度調査」があり、今年で一一回目を迎えている。この調査のアンケート項目は、「社員にやさしい」、「ファミリー重視」、「女性が働きやすい」、「障害者雇用」、「環境保護」、「情報公開」、「企業倫理」など合計一一項目からなっている。例年約二〇〇社がアンケートに回答しており、総合評価トップ企業には「企業の社会貢献大賞」が贈られ、個別の部門賞もある。

このような問題意識は、わが国において近年次第に高まってきている。例えば、関西経済連合会が昨年九月に実施した「企業と社会委員会・米国調査団」である。その調査ミッションでは、前述の「経済優先度協議会」を含めて企業の社会的責任に関する評価機関を訪問するとともに、企業の社会的責任に関する啓発機関にも精力的にヒヤリングをしている。

本格的な社会貢献ファンド

 九九年八月に日興アセットマネジメントが、「日興エコファンド」を設定し、環境問題に積極的に取り組む企業の株式だけでポートフォリオを組む投資信託として、社会の注目を大いに集めた。その後半年間に同様のエコファンドが四本相次いで設定された。

 これらのエコファンドは、個人投資家、とりわけ女性や若年層の感覚にマッチした金融商品として好評である。その投資家は、欧米では「グリーン・コンシューマー」ならぬ「グリーン・インベスター」と呼ばれている。このようなエコファンドは、SRIファンドの一種であり、わが国における社会的責任投資の嚆矢といえる。

 朝日生命グループの一員である朝日ライフアセットマネジメントが昨年九月に設定した朝日ライフSRI社会貢献ファンド「あすのはね」は、エコファンドの「環境」に加えて、「消費者対応」、「雇用」、「市民社会貢献」の四分野から企業を評価して、運用対象を決定するわが国初の本格的な社会貢献ファンドである。

 投資先企業の選考スキームを簡単に整理すると、概ねつぎのとおりである。

* 国内の上場・店頭全銘柄 (約三四〇〇)のなかから、時価総額上位約七〇〇銘柄に絞り込む
* 七〇〇銘柄に対して社会貢献度の調査をアンケート形式で行う。一部ヒヤリング調査や公開情報も活用して、レーティングを付与する。
* レーティングにより、社会貢献度の高い約三〇〇銘柄を社会貢献ユニバースとする。
* これらの銘柄のなかから、投資魅力度やリスクコントロールの評価判断を加えて、約五〇から一〇〇の銘柄によるポートフォリオを構築する。

 社会貢献度の主な調査項目としては、下記のとおり。

* 環境−環境配慮の社内体制、環境汚染・廃棄物の把握と対応、エネルギー消費の削減努力など
* 消費者対応−消費者意見の反映、PL(製造物責任)への対応、高齢者・障害者への配慮など
* 雇用―女性・高齢者・障害者の活用、勤務形態、能力開発、業績考課、育児・介護休業の制度、人権・セクハラ問題への対応など
* 市民社会貢献−会社・社員のボランティア活動、地域との共生への取り組み、海外における地域活動など

人権の視点を大切に

 人権は、企業評価の全分野に通底する課題であるが、特に「雇用」や「消費者対応」では重要な視点となっている。

  「人権・セクハラ問題への対応」に関する具体的な質問項目には、人権尊重規程や従業員プライバシー保護規程の有無をはじめ、セクハラ相談窓口の設置を含めたセクハラ防止についての取り組み状況などがある。

 その他にも、「障害者雇用」では、その雇用率だけでなく、配属先の決め方やその職場環境にも充分配慮しているかを確認している。「女性雇用」も同様に、女性雇用率、管理職登用状況など男女雇用機会均等法の精神に沿ったいくつかの質問項目を含めている。もちろん、点数化にあたっては、業種等の違いを考慮することにしている。

 「育児休業」においても、その制度内容に加えて復職時の処遇や利用実績、さらにはフレックスタイムや託児施設等の有無も確認している。

  「消費者対応」分野についても、バリアフリー化の推進という考え方から、企業が提供する製品・サービス、そして店舗や施設で、バリアフリー化やユニバーサル・デザインが進展しているかを質問している。また、より積極的な推進のための取り組み姿勢の指標として、モニター制度などの有無も確認している。

NPOとの連携

 この社会貢献ファンド「あすのはね」には、新しい時代を切り拓く一助になればという考えから、二つの特長を備えている。

 一つは、二一世紀の市民社会で活躍が期待されているNPO(民間非営利組織)との連携である。社会貢献度の調査において、「市民社会貢献」分野は、NPOの柔軟な感性と新鮮な発想を生かすために、特定非営利活動法人であるパブリックリソースセンターに外部委託したことである。他の三分野は、三菱総合研究所に委託している。

 もう一つは、販売会社・受託会社の賛同を得て、信託報酬の一部を(社)日本ユネスコ協会連盟や(財)日本フォスター・プラン協会など社会的信頼の高い団体に寄付するという仕組みである。

 毎年の寄付金総額は、信託財産の額に比例して〇・一から〇・二%の割合で決定される。また、寄付先団体については、必要に応じて見直すこともありうるとしている。

 いずれにせよ、これらの特長の意味するところは、NPOに対する一方的な支援ではなく、社会貢献度の調査というビジネスにNPOを組み込み、共に手を携えながらお互いにメリットがあるようにするという仕掛けづくりである。このような動きは、欧米では「WIN・WIN」といい、新たな関係性として注目されている。

SRIファンドの意義と課題

 エコファンドを含めてSRIファンドは、社会性・倫理性の高い企業こそが、長期的に安定した成長を持続できるであろうという基本認識に基づいて設計されている。コンプライアンス(法令順守)はもとより、人権や環境などの社会的な責任に対しても尊重する文化風土と体制が整っている企業は、致命的なリスクを回避でき、リスク発生頻度も低いと考えられるからである。

 社会貢献ファンド「あすのはね」の持つ主な社会的意義は、つぎのとおりである。

 まず第一に、企業活動の多様な側面を多角的に評価する、わが国初の本格的なSRIファンドということである。「エコファンド」は、SRIファンドという考え方をわが国に紹介したという意義は大きいが、企業評価の分野は、基本的に環境問題に限定されている。

 一方、この社会貢献ファンドでは、前述のとおり、「環境」のみならず「雇用」、「消費者対応」、「市民社会貢献」という四つの側面から、企業の社会性・倫理性を総合的に評価して、投資対象企業を選考している。アメリカのSRIファンドでも、複数のファクターから評価するのが、一般的である。

 二つ目は、新たな企業像づくりに与えるインパクトである。昨年は、大手メーカーによる企業不祥事が相次いだこともあって、この社会貢献ファンドには、予想を上回る大きな反響があった。このファンドは、投資という市場メカニズムを通して、企業の社会性・倫理性さらには透明性を促進させるものとして大いに注目されている。

 実際に、朝日ライフアセットマネジメントには、マスコミや研究者などからの反響だけでなく、いくつかの上場企業からも様々な声が寄せられている。例えば、このファンドのポートフォリオに組み込まれることを希望して、自社の取り組み内容を説明したいとか、コンプライアンス体制の見直しのために、社会貢献度アンケートの質問項目で社内を改めて見直したいなどである。

 わが国におけるSRIファンドは、まだ緒に就いたばかりで、今後の課題も少なくないが、そのポイントはつぎのとおりである。

 第一点は、多種多様なSRIファンドが登場することである。市民の価値観の多様化はいうまでもなく、また企業の社会的側面もグローバル化の進展のなかでますます多元多軸化してきている。SRIファンドも、このような背景の下で多様な理念や考え方に基づく商品開発が望まれる。

 第二点は、コンプライアンスや情報公開など分野横断的な側面をどのように把握するかである。「環境」や「雇用」などそれぞれの分野での法令順守を確認するだけでなく、企業におけるコンプライアンス体制そのものをしっかりと把握する必要がある。透明性を確保する情報公開もまたしかりである。

 第三点は、SRIファンドの普及と発展を支える環境整備である。企業の社会性や倫理性を総合的に調査し、評価・格付する外部の独立した組織の誕生が期待される。このような組織は、アメリカにおけるように、複数の団体がその信を世に問うことが肝要である。さらには、SRIファンドを含めて社会的責任投資全般について情報提供する情報センターのような組織も必要であろう。

 企業倫理は、単に危機管理上の課題だけではなく、今や経営戦略における「競争力」になるという認識が高まってきている。一歩先を歩んでいるのは「環境」で、テレビ等のCMがそれを如実に示している。人権啓発をはじめとする「モラル(道徳)」が、「モラール(士気)」となる時代の到来である。

 SRIファンドは、「人権」を含めて社会性・倫理性をビルト・インした金融商品で、まさに時代が要請したものである。これが一つの契機となって、「良き企業市民」の理念がさらに浸透していくことを願ってやまない。

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主な参考文献

* 『グッド・マネー』リッチー・グローリー著、平野秀秋訳、晶文社
* 『ソーシャル・インベストメントとは何か』水口剛、國部克彦他共著、日本経済評論社
* 『企業評価の新しいモノサシ』斎藤槙著、生産性出版
* 『企業と社会委員会米国調査団 報告書』 関西経済連合会
* 『有力企業の社会貢献度2000』朝日新聞
* 文化財団編集、PHP研究所